2006年05月25日

黒い手帳3

テーマ:ショートストーリー

まとまった時間が取れなくてついつい遅くなってしまいました。ごめんなさ~い。


黒い手帳   


黒い手帳2  


 私は思わず絶句した。
 あぁ、そうだ、そういうケースだってあるのだ。
 真喜志さんは受話器の向こうで大きくため息をついた。
「お恥ずかしい話ですが、妹はこちらに居られないようなことをしましてね。どこに居るんだか、生きているんだか分からないような状態なんですよ。連絡一つ寄越すわけでなし」
「はぁそうですか」
「どうせろくなことをやっているわけじゃないでしょう、あなたもあんな女に関わりにならないほうがいい」
 電話口の声は冷たく響いた。
 でも、それならなぜ彼女は実家の連絡先など書いておくのだろう。いつかは戻りたいと思っているからで、それは肉親としての自然な感情ではないだろうか。確かに居られないようなことをしたのかもしれない。郷愁にかられ電話をかけて、懐かしい声を聞いたことの一度や二度あった事だろう。迷惑をかけてしまったことを恥じて、帰ることもちゃんと電話をかけることも出来ないのかもしれない。
 ただ、おそらく私の2倍くらいは年齢のいっているであろう相手に対して、とてもそんなことを言うことは出来なかった。
「でも…」
「こちらではもう死んだものとして諦めていますから」
 小娘には反論の余地の無いきっぱりとした物言いだった。これ以上は無理だ。
「えっとじゃぁ、手帳はどうしたら良いでしょうか」
 私のものではないものをどうしたら良いか分からなくなって私は思わず間抜けな質問をした。
「捨ててください。こちらに送ってもらっても困りますから」
「はぁ」
 何か割り切れない思いで、私は黙ったまま受話器を握っていた。
「朝岡さんでしたっけ?」
「はい」
「帰ってきたければ自分の育った家は忘れていないでしょう、そういうことです。もちろんあなたの親切はありがたいとは思いますが」
「分かりました、ではそのようにいたします」
 受話器を置いて私は呆然としていた。結局本名を聞きだすことも出来なかった。お兄さんにしてみれば単なるおせっかいということだ。でも彼女の思いは?この手帳は?ほんとに捨ててしまっていいの?実家との関係がどうであれ、彼女のほかの電話番号は?それは彼女にとってどういう人たちなのだろうか。


 アルバイトから帰ってきて改めてその手帳を見直す。いくら見直したところで、書いてあることは変わらなかった。私はしばらくその手帳を持っていた。彼女の思いが込められているような気がして捨てられなかったのだ。アルバイトを掛け持ちしていたために私は忙しかったし、その手帳に書いてある電話番号に電話をかけてみる勇気も時間も無かった。一日経ち二日経つうちに、返すに返すことも出来なくなってしまい、私がいろいろ考えていた薄幸な女の人は実はとんでもなくいい加減な人だったのかも知れず、まるっきり私の空想の産物なのだった。故郷に残した子供も居ない、毎月の5万円はヒモに買ってやった車のローンか何かで、けれど実際のところはやはり何も分からないのだった。


 それでも私は彼女が飲み屋で友達とから騒ぎをしながら、ふと故郷のことを思い出しているような気がしていた。彼女が何をしてこちらに来ることになってしまったのかは分からない。大阪から、なぜ東京に来たのかも分からない。大阪で何をしていたのかも、東京でどんな気持ちで居るのかも。
 けれど私の想像の中の女の人の唇はやっぱり真っ赤に塗られていて、暗い眼をしてグラスを煽っているのだった。

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2006年05月10日

黒い手帳2

テーマ:ショートストーリー

タクシー代3000円
Tさんと食事
みえちゃんにプレゼント
三○BK5万
午後2時赤坂
など、その程度の記載しかない。住所録には2ページにわたって飲食店らしき名前が書いてあった。「黒鳥の湖」という有名なショーパブの名前も記されていた。ずいぶんいろいろな店を飲み歩く人なんだなと思った。
 個人の電話番号もいくつもあった。男性名、女性名。五十音順ではなくどんどん書き足して行ったような、そんな記入の仕方だった。始めのほうにはなぜか06で始まる番号が多くて、もしかしたら大阪から移ってきた人なのかもしれなかった。ペンのインクの色があるところまで一色でそこからはさまざまだ。去年の手帳から書き移したらこのようになるだろう。


 しかし肝心の勤めている店が分からない。必ずその手帳のどこかに書いてあるはずなのに。
その店に電話をして、沖縄出身の女性の名前を聞いて、店宛に送れれば一番良かったのに。
 今だったら、住所録からみえちゃんと書かれた人を探して、何日にプレゼントをくれた人が手帳を落としたのではないですかと聞くことが出来るだろう。20歳になる前の私にはそこまで思いつかなかったし、飲み屋や、風俗店に電話をかけまくるほどの意欲も無かった。
 そもそも私は自分の部屋に電話を持っていなかったからだ。

 少し不安を感じたのも事実だ。もしやくざなヒモなんかが付いていたらどうしよう。自分がそういう立場で、手帳を見ていろいろ調べて連絡を取ったことが分かれば決して愉快な気持ちはしないだろう。だからといって、何かされるとは思わないけれど。きっと近所に住んでいる人に違いない、持ち主欄の番号に電話して、翌日駅ででも待ち合わせればそれで受け渡せるようなそんなつもりだったのに。
 大阪の知り合いらしき人たちの電話番号は多分これが唯一のものだろう。この手帳を落とした人は困っているに違いない。しかし彼女の友人らしき人に電話をかけたとして、なんと言えばいいのだろうか。
 真喜志という姓が彼女の名乗っているものかどうかも分からない。もしかしたら姓が変わっているとも考えられるし、電話をかけた相手が、源氏名しか知らなかったらご破算だ。現に源氏名と思しき女性名前だけの電話番号もちらほら見られた。
 明日、駅前の交番にでも届けようと思っていたのだけれど、なんだか届けにくくなってしまった。交番に届けたところで、彼女が遺失物で探すとは到底思えなかったのだ。


 いろいろ思案の末、やはり彼女の家族らしき人に住所を聞くのが一番問題が無いだろうと思って、手帳を閉じた。そのとたんに私は自分のしたことについて恥ずかしさを覚える。興味本位であれこれ詮索するなんて、そりゃぁ多少は仕方が無いけれど、私は明らかに人の秘密を覗き見て喜んでいたのだった。
 それでもベッドに入りながら彼女についてあれこれ考える。指名の1とか2は多いのだろうか、少ないのだろうか。そもそも一日にどれぐらいの人を相手にするのか、私には皆目見当が付かなかった。指名の全く無い日もあって、あまり売れっ子じゃないのかしら。手帳から浮かび上がってくるのは真面目に勤めながらも、あまり売れなくて飲み屋で散財している女の人だった。いつの間にかきついパーマをかけた化粧の濃い女の人のイメージがひたすら酒をあおっていた。想像の中では真っ赤な口紅がグラスに付いていた。
 毎月三○銀行に入金されている5万は何のお金なのだろうか。もしかしたら故郷に子供を残してお金を送り続けているのかもしれない。


 翌日アルバイト先に行く前に公衆電話から電話をかける。50度数のテレホンカードで足りるだろうか… 
呼び出し音が6回ほど鳴ってがちゃりと電話をとる音がした。
「真喜志です」
男性が電話を取った。毅さんだろうか。
「えっとですね、東京の朝岡と申しますが、手帳を拾いまして、そこにこちらの電話番号が書かれていたので、ご家族じゃないかと思いまして。
そちらに、東京にお住まいのご家族はいらっしゃいませんでしょうか」
沈黙が続いた。
「あの、もしもし…」
沖縄まで電話をかけるのは初めてだった。不安になって声をかける。

「そうですか…。いま東京にいるんですか」

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2006年05月09日

黒い手帳

テーマ:ショートストーリー

 昔、まだ携帯電話などなかった時代。皆それぞれ手帳を持ち歩き、住所録、予定表、つまりはその人自身がそこに記されていた。


 深夜、アルバイトの帰り道、立ち寄った公衆電話ボックスの中で私は目の前に黒い手帳を見つけた。何の変哲もないビニール革の表紙。私は辺りを見回したが、それらしい人物が見当たる訳でもなく、友だちへの通話を用件だけで終えると、その手帳を持ったままアパートへ帰った。
 部屋に戻るとインスタントコーヒーを入れ薄暗い蛍光灯の下でぱらぱらと手帳をめくる。
まず一番初めに手帳の後ろの方、持ち主の名前や連絡先が記入される欄を探した。何も書いてはいなかった。手帳の裏表紙の対面のページには整った女文字で
真喜志 絹恵
      毅
     幸則
と書かれていて、それぞれの名前の後に電話番号が記されていた。名前の書き方と電話番号から察するに、恐らく沖縄在住の家族の番号だろう。どこかの会社から、社員に支給されるような社名の入った手帳ではなかった。
 私はちょっと困ったなと思った。すぐに連絡先が知れて、翌朝電話でもすれば済むように思い込んでいたからだった。こんな遅い時間でなかったら、先ほどの電話ボックスで連絡しただろう。
 人のプライバシーを詮索するのは気が引ける。それでも、何かを覗き見るような強い好奇心が働いたのも事実だ。してはいけないことをする、言い訳めいた理由付け。


 早速日程表の欄を確認してみる。まず今日、無記入だったが右端に

と記されている。





と右端にだいたいその順番で延々記されていた。早は早番遅は遅番だろう。公は公休日だろうか。予定表にはその記号的な文字しか並んでいない。持ち主のこれからの予定は一切書いていなかった。


 前のページを良く見ると遅の隣に指と書いてあるところがある。指の後に、1とか2とかの数字が記入されていて水商売だと知れた。水商売ならこんな不定期な休みでは困るのではないだろうか。指名が入るような店は日曜日に休みなのでは…と、私の乏しい知識から推察する。
 日付を遡っていくと、生休という字が何文字か続き、ちょうどそのひと月前の日付にも生休と書かれた休みがあった。それからローションという文字が右端に書き加えられているところがあった。


 あらら、もしかしてこの人トルコ嬢?
 トルコ嬢の日常など私は知らない。
 私の好奇心は赤黒い色を帯びて、真剣にその手帳に魅せられてしまった。


 今ではソープランドと呼ばれているが、昔はトルコ風呂と言って、確かこの頃にトルコ大使館からの要請で名称が変わったのだと記憶している。
 中野にあったトルコ風呂は看板に入浴料5000円、サービス料8000円と書いてあった。サービス料というのは女性の取り分なのだろうか。通りすがりに見てそんな金額で身体を売る女性がいることが、当時の私には信じられなかった。そのほかにはアルバイト先の大人たちの会話の中や、男の友達の自慢話のような中からの貧しい知識。いったい春を売ろうなどという女性はどんな日常を送っているのだろうか。私は夢中になって過去のページを漁り始めた。


続く


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2004年11月14日

ズギが上を向いています。

テーマ:ショートストーリー
ズギが上を向いています。
下を向くと耳が垂れてしまうから。
耳を上向きにしておくのはウサギの誇りなんです。
決して涙をこぼさないようにするためじゃない。
泣くのは恥ずかしいことなんかではなくて、
むしろ
耳を垂れてしまうことの方がよっぽど恥ずかしい。

だからズギは大体いつも常に顔をしゃんと上げて
耳をピンと立てているんです。

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