2005年12月26日

残像その6

テーマ:小説 残像

 聞いた瞬間、僕は彼女がほかの男に抱かれている様子を想像してしまった。なぜかその想像の中で彼女は僕に対してよりも淫らに振舞っているように思えた。嬌声までが聞こえてくるようだった。あらぬ想像と分かっていても僕の頭の中を埋め尽くして僕は彼女に対して怒っていた。いや怒りに似た強い感情、むき出しになった赤黒い嫉妬そのものだった。僕の子供は孕まないのにほかの男の子供は簡単に孕むのか。相手の男に対しても腹が立っていた。僕の妻が誰だか分からない男に汚されたようなそんな気持ちになった。得体の知れないどこかのだらしのない男に、そいつはろくに避妊もしないで彼女の心と身体を傷つけ、今こうして僕のことまで傷つけている。


 僕は彼女が伏せた目を開くときの柔らかな感じが好きだ。一輪挿しに挿す花の向きをあれこれ確認しているときの神経質な手つきが好きだ。僕が寝ているときに頭の上にふと置かれるやさしい手の重みが好きだ。ちょっと気が強くて僕が何か言うとむきになって言い返してくる、そのときの唇の尖り方が可愛いと思う。
 それはほぼ日常の中に埋もれてしまっているけれど、そういう瞬間僕は彼女と一緒になってよかったなと思うのだ。
 もちろん彼女の人間性を僕は信じていた。子供を堕ろすことと、殺人とどう違うのか僕はあまり考えたことがなかった。


 僕の教えている子供たちは肢体不自由の子供たちだ。さまざまな原因で障害を負っている。面談で介助に疲れきり、将来の不安を訴える親が、ときに投げやりになってふと「生まれてこなければ良かった」と呟く時がある。そんな時僕は言葉を無くす。僕は教師に過ぎず、彼らは僕の上を通り過ぎていくだけだからだ。彼らの将来や、人生を負っているわけではない。

 けれど子供たちが日々がんばっている様子を見ると僕は励まされるし、親たちも嬉しそうにしている。何度も何度も同じことを繰り返し、挑戦して出来たときの喜び。その嬉しさを顔中、体中を使って表現してくる。そんな時僕は子供たちの笑顔ひとつひとつが人間の存在の重さを表していると感じている。命は可能性そのものなのだと十年以上教師を続けてそう思った。だからどんな理由であれ、それを絶つというのは僕にとっては信じられない行為だ。

 胎児が人間なのかそうでないのか法的なことは良く分からない。けれど命はひとつの可能性であって、誰かがどうにかしていいものではないと思っている。結婚前まだ付き合っているときにそんな話を妙子にしたことがあった。あの時に
「そうね、私もそう思うわ」と優しげなまなざしで頷いてくれた。その妙子がそんなことをしていたなんて騙しもいいところ、偽善も甚だしいではないか。
 僕の抱いていた妻に対する気持ちがぐしゃぐしゃになって破壊されていく。いったいこの女はどういう女なのだろう。どういう神経をしているのだろう。僕の妻はこんな女だったのか。


気が付くとソファに座っている僕の足元に身を投げ出すようにして彼女は泣いていた。

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