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子どもたちが教えてくれた。幸福の法則11 を出版しました。


子どもを育て、子どもと暮らすことで初めて出会ったさまざまな驚き、氣づき。それらは私たちおとながいつのまにか忘れていた、人生を豊かに、前向きに生きるための知恵だったのです。


このブログを、皆さんと知恵を交換する場にしていければいいな、と思います。子どもと暮らすことはもちろん、誰でもが子どもだったことから感じていること、たくさん共有していければ嬉しいです。


本に書ききらなかった私たちの体験もご披露します。


お知らせ)

ブログタイトルを「子どもたちから教えてもらおう!幸福の法則ブログ」から本のタイトルと同じ名前に変更しました<(_ _*)> 08.10.21

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すってんころりん

2009-11-10 09:11:41 テーマ:1章 まず安心からはじめる

秋ですねぇ。

木々が色づき始め、美しい景色に心が洗われるようです。


今朝、鉢植えの水やりをしていたら、祖父母と孫かな?という3人連れが楽しそうに話しながら通り過ぎていきました。


祖母「坂道だねぇ。いっぱい道に丸印がついているでしょ?」


孫(男の子)「うん」


祖母「これはねぇ、この道ですべって転ばないようについているんだよ。

    すべってすってんころりんしたらいたいよ」


孫「転んだらいたいよね。すってんころりん。すってんころりん。すってんころりん


祖母「(合唱するように)すってんころりん。すってんころりん」


おじいちゃんは、黙ってそんな2人と一緒に歩いていました。


あの子にとって”すってんころりん”は、今日見つけた宝物プレゼントなのでしょうね。


子どもって、こうやって毎日ステキな宝物を見つけてルンルンしながら生きているんだよなぁ、と

思い出させてもらった一コマでした。


そして彼が宝物を大切に味わうことができていたのは、一緒に”すってんころりん合唱”をしてくれたおばあちゃんと、温かく見つめていてくれるおじいちゃんの存在があったから・・・。


自分の子どもでなくとも、子どもと共に生きている大人として、温かい氣持ちで毎日をつむぎたい、と思います。


小さい頃の宝物って、何があったかなぁ?


                                          斉藤知江子

全ては必要なことだった

2009-11-04 22:18:26 テーマ:8章 私たちはそのままで完成している

私が母のお腹に宿ったのは、両親が結婚してすぐ!の頃でした。


若かりし母は、思ったそうです。「今はまだほしくないのに~」。(これを私にバラしたのは父です叫び

大人の私からみれば、”ま、さもありなん”という感じです。無理ないよね、と。

結婚してしばらくは、楽しく新婚生活を過ごしたいだろうし、すぐにつわりとお付き合いではね・・・って。


でもきっと、お腹にいた胎児の私にとってはショックだったのでしょうね。

なぜか、そのショックは今でも感じられるような氣がします。


生まれる時、私はへその緒を首に巻き、羊水を飲んでいたそうです。

生まれてすぐに保育器に入れられました。

ペシミストで悲劇的に語ることが好きだった父は、「もうこの子はまともに育たないのでは」と思った、と後に語っていましたが、母は「まあ保育器に入れてくれたのはサービスよねー。知り合いの病院だったから」だって。

なんて楽観的なんだ。


でもねー


ひょっとして、私、お腹で感じた母の氣持ちから、”私はいらない子”と信じていたのでしょう。

だから、胎児当時の知恵を総動員して、一番大切な母にできる最大のことをしようとしたのではないか。

つまり、必死に”無事に生まれない”ための努力をしていたのではないか   と、今にして感じるのです。

当時使える材料は、へその緒と羊水くらいしかなかったでしょうからね。


(努力の甲斐なく)無事生まれた私は、きっと無力感と共にいたのでは。

自分ができる最高のこと、と信じていたことを、成し遂げられなかったわけですから。

これは、無事に生まれたというとても有難いことに対する失礼な物の言い方だと思います。ただ、当時の私は、こう感じていたのだろうということを、今の私が知っているのです。


ただの想像に過ぎない、といえばそうです。

ただ、小さい頃から感じていた”私がいてごめんね”とでもいうような、根拠のない申し訳なさの説明にはなるのです。

ずっと不思議でした。

両親はずっととても私を大切に育ててくれてきたのに、どうしてこんな”根拠のない申し訳なさ”がいつもまとわりつくのかなと。


ま、この氣持ちのおかげで、”今のままの自分ではいけない。成長しなくっちゃ”と、向上心に火がついたのも事実です。コーチになったのも、この氣持ちがエンジンになったことは確か。そして、無力感や愛されていない感を味わう人の氣持ちもよーくわかる。意味がありました。


実際、はじめてこの氣持ちの動きに気付いたときは、生まれた頃の自分をものすごく誇りに思いました。

限られた中で、ベストを尽くしてよく頑張った!と。

やり方はいいものではなかったけれど、大切な人にできる最高のことをしようとした、その心意気には感じ入った。

今はわかるのですが、”根拠のない申し訳なさ”は、きっと無意識のうちに信じた”私はいらない子”という思い込みが、その大元だったのでしょう。

母としては少しの間感じただけだった氣持ちを、ひょっとしたらあっという間に変わっていただろうその氣持ちを、私自身が、後生大事に”変わらぬ私への想い”として、採用してきたのです。


このところ、色々なことがあってこの氣持ちがクローズアップされてきました。

あらためて、私、良く頑張ってきた。

いらない子、と想う氣持ちと、そんなこと想わないで~と願う氣持ちとの狭間でヨロヨロしながら、よくここまできた。


人間、色々な氣持ちを抱く。抱くものはいだく。たとえば、お腹に宿った子を”まだ欲しくないのに”なんて氣持ちも抱く。

”こんなこと思っちゃいけない”と自分で突っ込みいれたくなるような想いも 抱く。


抱いた氣持ちに文句言っても、それは無理な話。抱いた自分を責める必要もないでしょう。

抱いたことをただ観ていれば、そのうち氣持ちは変わる。


諸行無常。


思うことは思う。

そしていつか変わる。


ただ、それだけのことなのですね。


大切なことは、どんな想いを採用し、どの行動を選ぶか。


子どもは、いろんな想いを親である私たちにぶつけてきますね。

ぶつけてくれるのは、ある意味有難いこと。

表現してくれれば、そこから自然と変わるのも早くなる。


とはいえ、これまで、ぶつけられた想いにオタオタしていた私もいます。

”あまりにもひどいこと言っている!”と怒っていたこともよくありました。

抱く想いを責めたこともありました。


でも、抱くものは抱く。そして変わる。それを知って待っていれば、本来子どもたちが持っているバランス感覚に基づいて、彼ら自身が”愛”に基づいてきちんと調整していくものなのでしょう。

その姿もたくさん目撃してきたなぁ。


調整のための土台になるのは、まわりにいる大人の支えかな。

デンとして揺るがない(ように見える)大人の存在。


母としての自分は、本当にたくさん失敗してきた。でも変わる、子どもも自分も。


どんどん変わる私たちを、だからこそしっかり観て生きたい、と改めて想う今日この頃です。


そして、コーチとしての自分が、クライアントさんのどんな想いを聴いても、揺らがずに受けとめることができるのは、胎児の頃からの自分がサポートしているような氣がするのです。


無駄なことは一切なく、全て必要で、自分がこの世に生まれ出た意味・役割を果たすことができるための、プレゼントなのだと、改めて思います。


プレゼントは、甘いのもあるけど時にはほろ苦いね。


ま、そんなこともあるさ。


                                    斉藤 知江子


今日書いたことは、私個人の体験と想いです。もしもこの記事で、つらい想いをなさった方がいらっしゃったとしたら、どうぞお許しください。

 

受け入れること・裁くこと

2009-10-22 21:41:35 テーマ:9章 ありのままを受け入れる

<からだ>の声を聞きなさい 2 という本があります。


その中で印象的だったところ(いくつもありますが)に、「14章 まったく新しい愛の定義」があります。


・・・・愛するということは、自分自身と相手のありのままの姿をまず受け入れ、その上で様々な経験を積んでゆくことです・・・


非常にシンプルなことだ、と続きます。

ただし、シンプル=簡単とは限りませんよね。


・・・受け入れる、というのはスピリチュアルな行為です。したがって、左脳的知性によってそれを理解することはできません・・・


左脳的知性は、あらゆることを物質レベルで確かめ、証明せずにはいられないものだから、左脳で受け入れる、と決めたところで、心は安らがず、動揺してばかりいることになるのだそうです。


以上、引用および感想でした。


確かに、子どもをありのまま受け入れましょう、とはよく言われることですが、言うは易し、行うは難し、と感じます。


そして、自分自身を受け入れるということが、世の中で一番難しい、と教えてくれたのは、とってもお世話になった以前務めていた会社の社長です。


では、どうやって受け入れるのか?

それが、止まって観る ということだそうです。


自分の中に起きている感情・身体の反応などを、ただ止まって観る。観察する。観る・観察する。

その結果、受容が起きる。

受容”する”のではなく、受容が起きることを待つ。


結構忍耐がいるような感じがしますが、”忍耐も親の愛情”。

これ、高校の先輩が教えてくれた言葉です。


まずは気楽に 観察 から ですね。


そして右脳的知性に大活躍していただきましょう音譜


                                           斉藤 知江子



オススメ本

2009-10-16 13:41:10 テーマ:知恵の泉

勉強なんてカンタンだ!  齊藤 孝著


何年も前に本屋で衝動買いした後、実は読んでいなかったのですが、今日ふと手にとってみました。

1時間もあれば読めるくらいの、小学生向けの本ですが、これがとっても、


おもしろかったー音譜


著者は、ご存知「声に出して読みたい日本語」で日本語ブームを巻き起こした齊藤先生です。

ちなみに私は苗字は一緒ですが、親戚ではありません。


東大卒の齊藤先生が、実は勉強嫌いだった、というところから話は始まります。

そして、決まったやり方が書かれているというよりは、”自分にあったやり方”を見つけるためのコツが、わかりやすーく示されているのです。


小学生向けの本だけれど、ただ今中学3年、バリバリ受験生のわが子にも読ませたい内容でした。


こうやって、知恵を分かち合ってくださるって、なんてありがたいんでしょう。


ちなみに、この本は「齊藤 孝のガツンと一発シリーズ」の第一巻です。

第2巻「カッコよく生きてみないか!」

第3巻「そんな友だちなら、いなくたっていいじゃないか!」


っていうのもあるそうですよ。


サクラじゃないけど、おもしろそうなのでご紹介でした。


皆さんの、”子育てお役立ちなおもしろかった本”もぜひ教えてくださいねひらめき電球


                                        斉藤 知江子

”子育てのマニュアル”について思うこと

2009-10-12 09:35:55 テーマ:観る・聴く・触れる

昨夜、子育ての達人たちのトーク番組がありましたね。

脳科学者のご主人を持つ、カヨ子おばあちゃん(久保田カヨ子さん)と、横峰さくらさんの叔父の横峰吉文さんが紹介されていました。(研修の達人 平林さんもいらっしゃいましたが、実践内容は来週登場されるみたいです)


お2人とも、実践に基づく確信に満ちた言葉で語られていて、本当に素敵でした。なるほど!と氣付くこともたくさんあり、うわ~、すごいな~~!と思うことしきりです。


カヨ子おばあちゃんは、寄せられた相談の数々に切れ味良くどんどん答えていかれます。

相談された方は、目からウロコが落ちるような体験があったのではないかしら。


こういう人たちがいてくれるから、相談することができて、煮詰まっていたり切羽詰っている時には涙が出るほど嬉しいものですよね。

ついつい自分の持っている悩みに対する正解を教えてほしい、頼りたいと思っちゃいませんか?

私はなります!


そして・・・・

思うことがあります。

こういう知恵のある方たちを、”正解を持つ人たち”と思ってしまうことの怖さを。


お2人とも、こんな風に確信に満ちた言葉で語れるようになられた裏には、たくさんの行動と、それに伴う結果からの学びを重ねてこられ、ご自分の目と耳と感覚や氣持ちをフル活動させて奮闘されてきたことと思います。


こういう方たちの知恵を授けていただいたら、それらを大切だからこそ鵜呑みにせず、ご自分の毎日で試してみて、結果をよーく見て、そこからご自分なりの知恵を積み重ねていくのが大切なのだろう、と私は思うのです。


それは、お子さんをよ~くよ~く観察すること・ご自分の氣持ちをよ~くよ~く感じること・ご自分の内側に流れる声をよ~くよ~く聴くこと etc が不可欠。


それらを重ねることで・・・・

ご自分の中で「これだ!」と思う”正解”が見つかるかもしれない。

それを「これが私にとっての正解!」思いこんでこだわると、しっぺ返しを食らうことがあります。

つまり”あ、正解じゃなかったんだ”、と思わざるをえないような出来事が起こる。

私はそんなことの繰り返しでした。今もそうです。


きっと子育てにも、人生にも、不変の正解なんてないんだ。

子どもも自分も状況も、いつも変わります。

子どもは、日々成長が早くて、いくつになっても昨日の子どもとは違う。

そんな中、不変の正解なんてあり得ない。

ということは、マニュアル化は非常に難しい。

作れるものは、読んだ人がご自分なりの知恵を見出すためのきっかけにすぎない。


私はそう思うのです。


実は、私はずーいぶん長いこと、不変のマニュアルや正解を求め続けてきたからこそ、こんな結論に達しています。

あ、もちろん、”このとき、この瞬間はこれが正解と思ってどうするか選ぶ”というのはあります。


大切なことは、よ~くよ~く観て聴いて触れること。

五感を開いて、感じ取ること。


忙しい毎日の中で、そんなヒマないよ!と思うかもしれないですね。

私はそんな風に思っていた記憶があります。今も思っちゃうにひひ


でも、そのほかに大切なことって、どれだけあるのでしょうか?

これは自分にとっての問いかけでもあります。

ついつい、すぐ目の前にあるとても大切なことを、当たり前のことのように思っておろそかにしちゃうからショック!


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