ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。


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 14
 
 横浜港から清水港までの船内でダウンしたのが嘘のように、
 渋谷ツヨシは気丈に踏ん張っていた。
 零時を挟んで、仕事の切りがよいところを見計らって、
 内田さんが食事にしてくれて、心も体もリフレッシュできた。
 清水港から乗り込んだ仕事も折り返し点を過ぎて、
 もうひと頑張りすれば、太陽が東の空に昇る頃までには神戸港に着く。
 それで仕事が終わる。

 
 食事が終わり、深夜の甲板で内田さんとフィリピン人の船員のジミーや横浜港の立ちんぼの女について語り合っている間、
 昨年の3月、ユウジと一緒に新門司からトレノでカーフェリーに乗り込んだことを、ツヨシは思い出した。
 

 凪のように静かな瀬戸内海の優しい風に当たり、
 それにも飽きて、フェリーの中の銭湯に行くと、
 五月蠅い中国人と遭遇して、とにかく最悪だった。
 あんな奴らと東京まで一緒かとユウジにこぼしていたら、
 金比羅参りか、鳴門の渦潮でも見物するのかは知る由もないが、
 団体で徳島で降りてくれて本当に助かった。
 
 
 隣のエンジン音が唸る。
 ツヨシは内田さんに付いて、言うがままに動いている。 
 少しは仕事に慣れたとはいえ、船のエンジンのことなどさっぱり解りはしない。
 何がどう動いて、どうなって、船が動いでいるのか、
 ド素人のツヨシに理解出来るはずもない。
 トランクスの中まで汗でびっしょりだ。
 

 そういえば、ジョンとユーさんの焼き肉屋でたらふく食べて以来トイレに行ってなかった。
 考えてみれば、横浜でこの船に乗り込んで以来、
「ソウル」という名の焼き肉店でした小便が一度切りである。
 大は出ていない。
 これだけ汗が出れば、人間の体は出るものもでないかもしれいない。
 
 
 内田さんがツヨシに近寄り、声を掛けた。
「もうすぐ終わるぞ。あと30分だ」
「神戸港に着くんですか?」
 ツヨシの声が弾んだ。
「そうだ。
 船はもう大阪湾内に入っているだろう」
 
 エンジンのクリーニングは終わった。
 

 ツヨシとユウジは船内のトイレで小便を済ませ、
 シャワールームに入った。
 頭髪にシャンプーリンスをぶっかけ、髪をまぶし、
 タオルをボディシャンプーで泡だらけにして、
 汗と油をさっぱりと流し落とした。
 船底に積まれた2台のエンジンの1台を動かし航海しながら、   
  もう1台のエンジン停止して、クリーニングするという、
 牢獄のようなアルバイトからようやく解放された。
 

 あえて名前も覚えなかった貿易船はこれから荷物を積み込み、
 門司港に寄って、台湾の基隆に向かうそうだ。
 二人が丸2日半を過ごした錨を降ろした船の周りでは、 
 ジミーたちフィリピン人の船員が急がしそうに這いずり回っていた。

 
 ツヨシとユウジはお世話になった内田さんと白井さんに挨拶して、
 バイトを斡旋した事務所に寄って、各々5万のバイト代を受け取り、路線バスで神戸の街に出た。
 

 初めての神戸。
 船が着いたのが六甲アイランドかポートアイランドなのか、
 それとも別の場所だったのか、まったく知らないほど、
 神戸という街は二人に未知の土地だった。
 中学校の修学旅行で古き良き日本の伝統文化を知る機会として、 京都と奈良に行き、大阪に寄って、神戸はスルーして長﨑に戻って来た。
 
 
 路線バスを三宮で降り、
 取るものも取りあえず、目に付いた喫茶店に入り、
 横浜の伊勢佐木町で内田さんが若いウェイトレスにぶち切れた「冷コー」を注文した。
「なかなかいけるじゃないか!」
 独り言のようにユウジが呟いた。
「いける!」と、ツヨシも相槌打った。
 それから、モーニングセットを食べ終えて店を出た。
 

 商店街をぶらぶら歩きながら、寄り道ついでに、
 朱色に塗られた鳥居に引き込まれるように生田神社を参った。
 道に迷いながらも迷宮のような長﨑を想わせる細い坂道を登り、
 風見鶏に出会い北野天満宮を参って、見知らぬ人の結婚式に遭遇した。
 

 古い木造の西洋建築が並んでいる、これが有名な異人館。
 しかし、それがこの狭いエリアの総称なのか、
 特定の建物を指すのか、二人はとんと解らなかった。
 不思議なことに、震災で被害に遭わなかったのだろうか。
 言葉も交わすこともなく、細い坂道の街からゆっくりと降りた。
 若いサラリーマンに尋ねて、ようやく目的地である中華街の南京町に辿り着いた。
 
 
 神戸の中華街は彼らが生まれ育った長﨑の中華街よりは多少大きくても、横浜から比べるとずっと小ぶりだった。
 これで二人は長﨑、横浜に続き、神戸の中華街である南京町を訪れ、念願の日本三大中華街を制覇したことになる。
 冷やかしついでに南京町を2度3度と往復した。
 

 中国人が下手な日本語で客を呼び込み、
 もう一人の男が簡易なカウンターキッチンで料理を作っていた。
 こいつらに比べれば、
 今朝、言葉も交わさず別れたフィリピン人の船員ジミーが何倍も 洗練せれ、かつ上品だった。
 
 
 身を乗り出して、ユウジが内田さんの口調を真似て麺を二杯注文して、もう一人の垢抜けない男から釣りを受け取った。
 数分後、薄めの出汁と細い麺が入った薄い小ぶりなプラスティックの容器をまずユウジが受け取り、ツヨシが続いた。
 割り箸で、するするとと麺と飲み込み、ユウジがスープを啜った。
「見掛けによらず、いけるね。
 ツヨシも食べな」
 

 ユウジに奢ってもらって、中華街からメリケン波止場に出て、
 幼くて遠い記憶しかない、阪神淡路大震災の被害を改めて知った。
 それから、三宮に戻った。
 夜通し貿易船の船底でエンジンのクリーニングに携わっていたので、さすがに眠さには勝てず、サウナで暫しの眠りを貪った。
 
 
 二人は神戸から横浜に戻って来た。
 新神戸から新幹線のぞみに乗り、
 3時間足らずで新横浜まで戻ってしまうのがなごり惜しく、
 わざわざ三宮から高速バスに乗り込み、
 夜通し揺られ、横浜に辿り着いた。
 
 
 横浜に着くなり、吉野家に寄った。 
 二日半、船の底でエンジンをクリーニングするというハードなバイトで苦労して手に入れたバイト代には頓着しなかったが、 
 二人は封に入った5万円にびた一文触ることなく、
 牛丼の大盛りだけを注文し、さっさと平らげ、
 お冷やのお替わりとお茶を飲み干した。
 

 神戸の中華街南京町で奢ってもらった麺のお返しに、
 ツヨシが店員に、「二人分」と言うのも聞かず、
 ユウジは「割り勘」と言葉を挟み、千円札を差し出しお釣りを貰い、爪楊枝をくわえ、店を出た。
 夜の万国入り乱れた立ちんぼの顔を眺めることなく、
 ツヨシとユウジは朝の横浜駅に向かって歩いた。
 

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 13
 
 周麗子が荼毘に付された翌日、
 仕事帰りの中野ミドリが駅に向かう途中、携帯電話が鳴った。
 

「上野キミコです。
 先日はお世話になりました。
 ミドリさん、よろしかったら、
 今度の日曜日に、中野のわたしの家まで遊びに来られませんか?」
「はい、伺います」
 

 ミドリはプライベートというより、ビジネス会話のように、
 二つ返事で、キミコの誘いを了承した。 
 
 
 二人は出会ってから最初の日曜日に中野駅で待ち合わせた。
 電話のつれなさとは裏腹に、カップルの最初のデートのようにそれぞれ胸をときめかせていた。
 

 午前9時55分。
 予定より5分早く、ミドリが改札を抜けると、すでにキミコが待っていた。
 初対面の中華会館ではスーツ姿だったミドリが淡いベージュのジャケットにブルージーンズというカジュアルな装いのに対し、
 キミコはジェケットとジーンズから薄い紫のワンピース。
 

「おはよう。
 少し早かったけど、迎えに来てくれてありがとう。
 あなた、今日は可愛いワンピースを着ているのね?」
 ミドリは挨拶代わりにキミコのワンピースを褒めた。
 

「ありがとう。
 この前、ミドリさんと上野駅で別れてから、すぐに雨が降り出して、目の前の丸井に入ると、
 中華会館で亡くなった周麗子さんのことを思い出しました。
 小学校6年の時、わたしと麗子さんを結びつけた中野サンプラザを出ると急に夕立にあって、丸井で飛び込んだ。
 
 けれど30分待っても降り止まず、
 二人の財布のお金を合わせて、ワゴンの中の傘を買おうとしても、
 お金が足りず、結局、買うことが出来なかったのが心残りでした。
 上野の丸井で雨宿りしたわたしは目に飛び込んだワゴンの中の傘をすぐに買い、ついでにお揃いの薄紫のワンピースを買いました」
 

「そうだったの。
 お似合いよ、そのワンピース。
 そういえば、あの日、雨がざっと降ったわね。
 わたしはスーツが濡れないように駆け足で学校に戻った。
 わたし、中野って初めて。
 中野ミドリが中野の街に来るなんて、何か不思議な気分ね」
 

 ミドリに言われる前に、上野キミコも同じようなことを感じに囚われた。
 

「そうだ。
 お互い何も知らなかったわね。
 わたしが上野の日本人学校に務めて、
 あなたが中野に住んで、音大生という以外は。
 中華会館で出会ったのが不思議なくらい。
 あそこの古い館であなたのお友達の周さんが亡くなり、
 わたしが勤める学校の学生が二人亡くなった。 
 御免なさい。
 大事なお友達が亡くなって、あなたが気を落としているのに、
 少しは気を使うべきでした。 
 許してください」
 
 
 しかしながら、キミコはミドリが憎めなかった。
 今日で会うのが2度目とはとても思えないほど、
 ミドリのことを昔からの友人のような気がした。
 
 
「わたしが富山県の出身で、
 家族と住んでんでいたのは、立山連山の中の小さな集落。
 そこは他人が群れる東京とは正反対の周りが知り合いだらけの閉ざされた世界。
 生まれて18年間、わたしはそこで過ごした。
 大袈裟な話ではなく、家族と学校とその集落しか知らなかった。
 地元の高校を卒業して1年間、
 富山市の観光バスのガイドをして去年の春、わたしは東京に出て来た。
 だから、わたしはあなたは同じ二十歳。
 
 
 あそこに見えるのが周さんとの思い出の中野サンプラザ。
 1月の成人の日に成人式があったんでしょう。
 わたし、成人式には行かなかった。
 田舎で同級生に会うのも気が引けて、
 成人の日の祭日は、若者の街の渋谷に出て映画を観に行った。
 東京に出て来て2度目の映画鑑賞だった。
 初めの時と同じ映画館に行って、何を観たと想う。
 忘れちゃった。
 

 だって、映画が始まってからずっとシートに座って眠り続けていた。
 宣伝を見ながら眠いな思って目を瞑ったと思いきや、
 映画が終わり、エンディングテーマが流れ、
 人が席を立つ頃になって、ようやく、目を覚ました。
 お金を損した気分にもなったけど、
 眠ってしまったわたしが悪いんだから、しょうがない。

 
 気分を取り直して、渋谷のデパートに入り、自分にプレゼントした。
 今日からわたしは大人の仲間入り。
 これが自分にプレゼントしたのは財布なの」
 ミドリは肩に掛けたバッグから黒革の財布を取り出した。
「名の知れたブランドではないし、それほど高価でもない。
 それでも、わたしにとっては大事な宝物。
 毎日、大事に使っているわ」

  
 そういう成人の日もあるんだ。
 キミコは黙ってミドリの話を聴いた。
 
 
「わたしが田端に住んでいるのを知っているでしょう。 
 東京ではちょっぴり地味な街。
 実家暮らしのあなたはシェアハウスを御存知?
 わたしはそこで赤の他人と5人で住んでいる。
 バスガイド時代に1年間、社員寮で暮らしていたとはいえ、
 赤ちゃんの頃から知り合いだらけの富山の山の中に住んでいたから、知らない人と暮らすのがどんなものか経験したかった。
 それに、少しは住居費も抑えられる、
 わたしのお給料でも何と暮らしていけて助かっている。 
 
 これから、あなたのお家に伺うのに何だけど、
 よかったら、来週、田端に来ない?
 わたしの部屋を紹介するわ」
 

 ミドリの語りにキミコは小さく頷いた。
 ミドリさんはバスガイドをしていたんだ。
 そして、東京に出て来た。
 逞しいな。
 田端の街に行ったことはないけど、
 ミドリさんの部屋に行くのもいいのかもしれない。
 友人の部屋を訪ねるのも、キミコは初めてのような気がした。
 幼稚園の頃から、小学校中学校高校と、
 お誕生会に誘われたこともなければ、友達を誘ったこともなかった。
 そうだ。
 人が家に訪ねて来ることも、キミコにとっては画期的なことだ。

 
「ここは趣のある商店街ね。
 とても東京とは想えない。
 新宿からたった5分でどこか地方の街に紛れ込んだみたい。
 悪く思わないで。
 田舎者のわたしにはなんだか落ちつくわ」
 
 
 レトロな中野のアーケードをミドリと歩いて、キミコは初めて気が付いた。
 ミドリさんはわたしと同じ二十歳とはいっても、
 ずっと大人びて、しっかりしている。 
 でも、わたしよりちょっぴり小柄なんだわ。
 あの秋の時雨の中、周麗子さんと丸井の前で別れ、
 わたしは一人このアーケードで母を待っていた。
 今はこうしてミドリさんと肩を並べて歩いている。
 

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 12
 
 ツヨシとユウジはジミーに暫しの別れを告げた。
 二人は船底のエンジンルームに潜り、
 フィリピン人の船員は貨物船の業務に携わるのだが、
 彼がどんな仕事をしているのか、とんと見当が付かなかったが、
 神戸港に着く明日の朝にはまた会うことが出来るだろう。
 

「じゃ、ジミー」
 ツヨシとユウジは言葉を揃えて階段を下りた。
 

 作業着に着替えた二人がエンジンルームに着いた時、
 内田と白井はこれから作業について軽い議論を交わしていたのである。
 

「やあ、帰って来たか」 
 内田が声を掛けた。
「清水でドンズラするかと思っていたら、戻って来たか、
 金をもらわないと、帰りたくても帰れないからな、
 そこの兄ちゃん」
 

 内田はツヨシに問い掛けた。
 

「今晩は頑張ってもらうぜ。
 これしきのバイトでダウンするようでは、
 ベッドの上の元気な若い姉ちゃんを落とせはしまい」
 イントネーションは関西訛りながら、
 何故か、内田の言葉が標準化していた。

 
「昨日はご迷惑掛けて申し訳ありませんでした。 
 今晩はしっかり働かせてもらいます」
 ツヨシはそう言って頭を下げた。
 

 ツヨシが内田に付き、ユウジが白井に付いて仕事を始めた。
 腰に巻いた仕事バンドが重かったが、
 ツヨシは内田の言われるままに作業を手伝った。
 今日で2日目とはいえ、昨日は早々にリタイアしているので、
 実質、初日と言える作業の中で、
 

「あれ取れ。これ持って来い」
 内田に言われるままにツヨシは動いた。
 

「バルブを回せ。 
 馬鹿、そんな事してたら、怪我するぞ」 
 内田の言葉は下品なようでどこか暖かった。
「いいぞ!
 少しは慣れたか、飯だ、飯にしよう」
 

 内田の号令でツヨシとユウジは甲板に上がり、
 白井が用意したコンビニ弁当を4人で食べたのである。

 
 弁当を食べ終わり、春只中の真夜中の太平洋の海風に当たりながら、缶入りのウーロン茶を飲んでいると、
 ツヨシが内田に尋ねた。
 
 
「この船にジミーというフィリピン人の船員がいますね」
「フィリピン人だらけで、名前までは知らないが」
 

 内田の言葉は標準化されたままだった。
 

「ジミーの友人で元船員のフィリピン人が運転するワゴンに乗り、
 清水港から、その人がやっている焼き肉屋に連れて行ってもらって、ご馳走になったんです」
「連れとジミーも一緒に?」
 

 内田が尋ねた。
 
 
「はい。
 横浜で船内からフィリピンのジミーの家まで電話を掛けてやった、お礼でしょう。
 ジョンの奥さんは韓国人です。
 ジミーによると、ジョンは横浜の伊勢佐木町のキャバレーで奥さんのユーさんと知り合い子供が出来て結婚したそうです。 
 

 二人はフィリピン、韓国というお互いの国には帰らなかった。
 そのまま横浜に残った彼らは、ジョンが船を降りたのをきっかけに、奥さんの知り合いのいる清水に移り、焼き肉屋を始めたって訳なんです。
 ジョンと奥さんは日本語で会話して、
 二人の子供たちとも日本語で話しているそうです。
 息子は日本の小学校に娘も日本の保育所に通う、日本漬けの家族です。
 

 そんなに、日本がいいんですかね?」
 ツヨシは独り言を言うように内田に問い掛けた。
 

「馬鹿だな、お前。
 日本がいいに決まってるだろう。
 フィリピンにしろ、韓国
 国で食えないから日本に出稼ぎに来てるんだろう。
 男も女も、タレントもゴルファーも同じだ。
 船員ならフィリピンだ。 
 最近はインドネシアも増えてきた。
 何しろ、人件費が安いからな。
 この船だって、船長と航海士以外はほとんどフィリピン人だろう」
 
 
 内田さんはここで言葉を切った。
 

 作業着の胸ポケットの煙草を取り出し、ライターで火を付け、
 旨そうにラッキー・ストライクを吸った。
 空になったウーロン茶の缶に消した煙草を押し込んだ。
「20年間前なら、日本で外人の女はといえば、フィリピンだった。
 でも、法律が変わったんだろ。
 

 俺が船の仕事を始めた10年前には、
 それまで主流だったフィリピン・バブが表舞台から姿を消して、
 ロシアの女になった、ルーマニアの女になった、
 タイの女になった。       
 
   
 嘘だと思うなら、バイトが終わったら、貰った金を握って、
 夜、夜中に、横浜の街に行ってみな。
 選び放題、万国勢揃いの立ちんぼの女が待っている」
 

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 11
 
 中華会館で亡くなったのは中国人女性の周麗子、金美南、
 台湾人男性の陳大全、葉資明の計4名で、
 彼らの死因は死後3日目を迎えても依然として不明のままだった。
 日本式にいえば成人になったばかりの若い彼らが如何なる理由で異国の地でこの世を去らなければならなかったのか、
 生きるということはつくづく不条理なものだ。
 彼らの遺体は司法解剖を終えると、警察から家族の元に戻される。

 
 中野ミドリが勤める日本人学校の学生である金美南の家族は明日、中国の吉林省から来日予定で、
 もう一人の陳大全の家族は今日の夕方、台湾の高雄から来日する。
 今日から授業は再開されて、事務所はてんやわんやの忙しさだ。

 
「ねえ、中野さん、陳さんのご両親が乗られた台湾からの便は成田に着くの羽田なの?」
 ミドリの上司である事務長が言った。
 

「済みません。
 わたしは海外に行ったことがありません。
 それどころか、飛行機に乗ったことがないので、
 台湾からの飛行機が成田に着くのは羽田に着くのか、さっぱり解りません」
 

「中野さん、
 今時の若い人が一度も海外に行ったことがないといのは一体どういうことなの?
 景気が悪いとはいえ、小金持ちとわれる日本人が安全でぬくぬくと育って、冒険心がないのね。

 ねえ、そうでしょう。
 
 うちの学校は海外からの留学生の授業料で成り立っている、
 彼らの支払うお金で、わたし達はご飯を食べている。
 あなたと同世代の二十歳前後の若い人達が、
 はるばる海を渡って日本にやって来ているというのに、
 あなたという人は。
 彼らのバイタリティーを少しは見習ったらどうなの」

 言いたいことを言ってしまうと、事務長はいつものように、
 ぷいとドアの外に出て行った。
 
 
 事務長の言うことにも一理はあるが、
 ミドリにも言い分はある、所詮、わたしは富山の田舎者だ。
 パスポートも持たず、飛行機にも乗らず、
 バスガイドをしていた会社の高速バスに揺られて、
 わたしは東京に出て来た。
 若い女性が地方から東京に出て来るのと、 
 中国や台湾から日本の首都である東京へやって来るのは、
 考えようによっては、同じようなものではないだろうか。
 
「そうだ。そうだ。その通りだ」
 
 わたしにとって東京は言葉の通じる外国のようなものだ。
 オーストラリア人が女王陛下の居られる英国のロンドンに行くようなものだ。
 ミドリは小さく溜息をついた。
 そうするうちに、事務長が戻った来た。
 

「中野さん、わたしはこれから陳さんのご両親を迎えに空港に行くので、留守をお願いします。
 陳さんの両親に会ってからでないと、
 わたしの予定は立てられないので、警備の人もいるし、
 時間になったら鍵を掛けて帰って構いません。
 明日は金さんのご家族が来日されるでしょう。
 明日は明日で忙しくなりそうね」

 そう言ったなり、黒いスーツを着た事務長は黒バッグを片手に持ち、部屋から飛び出した。
 
 
 あれはあれで事務長は良い人なんだわ。 
 どんなに急な用が入って忙しくても、
 言いたいことだけ言って、ストレスを発散させると、
 わたしには仕事を押し付けず、自分で用を済ませるんだもの。
 それはそうと、事務長は成田に行くのだろうか、羽田なのだろうか。
 
 
 昼休み、昨日中華会館で出会った上野キミコさんとメールと電話で確認を取った。
 キミコさんの小学校時代の同級生の周さんの遺体が他のご遺体と一緒に警察から家族の元に戻されることを、
 一応、彼女にも警察署の電話番号と住所を教えておいたけど、  一体どうするのかしら。

 
 次の朝、ミドリが学校の事務室のドアを開けると、
 昨日と同じ黒いスーツを着た事務長と飛び込んで来た。
 
「中野さん、これからお茶の水のホテルの陳さんのご両親の所に行ってくれない。
 わたしは3時まで成田に行って、金さんのご家族を出迎えます。
 陳さんの両親は多少日本語が出来るので、
 あなたでも対応できるでしょう。
 午後の便でご遺体を伴って帰国されるので空港まで同行して。
 お願いします」
 
 事務長はそう言ったなり、部屋を飛び出した。
 

 お茶の水のホテルに行って陳さんのご家族のお供をする。  
 それは解った。 
 でも、空港って、羽田、それとも成田?
 どうにでもなれ。
 ミドリは事務長に言われるまま、日本人学校からお茶の水に向かった。

 
 駅からニコライ堂の脇を抜けて坂道を下って行くと、
 陳大全さんのご両親の宿泊されているホテルがあった。
 ミドリはフロントの女性に陳夫妻の所在を尋ねると、
 お昼前にはチェックアウトされるようで、
 ミドリが部屋を訪ねた時には帰国の準備の最中だった。
 
 
「わたしは日本人学校の中野と申します。
 上司から陳さんのご家族と一緒に空港まで同行するように言われて参りました」
「そうですか、ご苦労さまです」
 陳さんの父親が切り出した。
「でも、空港までは結構です。
 これから、警察に行って、息子と一緒に台湾の高雄まで戻ります」
 
 息子の陳大全よりずっと上手な日本語だった。
 

「あなた!」
 ミドリは女性の声に振り返った。
「いいえ。
 主人のことです」
 陳さんの奥さんだった。
 
 
 ホテルのフロントから電話が入った。
 タクシーが着いたようで、夫妻と一緒にホテルを出ると、
 運転手さんがタクシーから降りて来て、
 トランクルームに夫妻の荷物を積み込んだ。
 

 まず、ご主人が後部座席の運転手の後ろ、
 それから、奥さんが乗り込み、助手席にミドリが腰を降ろして、 タクシーはご子息の遺体が安置されている警察に向かった。
 警察署に到着して、
 夫妻が荷物を警察署内に移し、慰安室の内部に入っている間、 
 ミドリは荷物の番をするようにじっと待っていた。
 

 十数分後、奥さんがミドリの前に現れた。
「息子の安らかに眠った顔を見ていただければ」
 それだけ言うと、陳大全の母親は涙をこぼして崩れ落ちた。
 結局、ミドリは警察署で棺の中の陳大全さんに手を合わせただけで、空港には行かず、上野の日本語学校に戻って来た。
 
 
 キミコは黒いスーツ姿でミドリが教えてくれた警察署に出向いた。
 ミドリとは入れ違いで、
 警察の安置室に置かれていた周麗子の遺体は唯一の家族である母親の手に引き取れていた。

 
 キミコは警察の人教にてもらった、周麗子が眠っている、  
 二人が卒業した小学校のある中野に戻った。
 夕方のラッシュアワーの中、
 キミコは人混みをぬって駅前から歩き出した。
 

 丸井が新しくなって驚いた。 
 そうだ。
 中野に近くに住んでいながら、
 中野駅の向こうに行くことなど、キミコは滅多になった。
 意識の中では新宿より遠い、別の街とさえ思っていた。
 丸井が新しくなっていても気付かないはずだ。
 
 
 そこはキミコと周麗子の思い出の中野の丸井の前から歩いて10分ほどの奥まった住宅街の中にあった。
 ひっそりと佇むこじんまりとした葬儀場に見えない斎場に駆け付けた時、人の気配はどこにもなかった。 
 

 キミコが黒い布が覆ってかるだけの飾り気のない祭壇に近付くと、
 祭壇の上に、周麗子の遺影が掲げてあった。
 今時珍しい白黒の写真は小学校の卒業式以来別れた、
 8年の歳月を物語るように、今年の成人式の日に、
 小学6年生の二人を結びつけた中野サンプラザでキミコに芽生えた、彼女がイメージしていた周麗子と別人の姿があった。
 

 白黒の遺影に掲げられている麗子の写真は長い直毛の黒髪に、
 頬骨が高くえらが張り、想像するに、
 切れ長の細い目の上に墨で描かれたような一本の眉が引かれていた。 
 
 
 キミコの想い出の中の麗子はランドセルを背負うには大きな小学生ではあったが、反面、ふっくらとしら赤いほっぺのおかっぱ頭の女の子だった。
 小学校6年生の時には、周という名字さえ知らなければ、
 日本人に想えた彼女が、成人すると、すっかり中国人らしくなっているのに、キミコは驚きを隠せなかった。
 

 どこからともなく、黒い喪服姿の中年のやつれた女の人が出て来て、「どなたですか?」と、少しばかり中国訛りの残った日本で尋ねた。

「この度はご愁傷様です。
 わたしは上野キミコと申します。 
 周麗子さんと小学校時代のクラスメートで、
 麗子さんが亡くことを新聞で知り、中華会館に出向きました。
 そこで知り合った方に麗子さんの安置されている警察を教えて貰い、係りの方にご遺体は葬儀が行われる中野にありますと言われて、
 こうして駆け付けました」
 キミコは正直に事の次第を説明した。

 
「そうですか。
 上野さんと言われましたか。
 わたしは周麗子の母親です。
 麗子とは中野の小学校時代の同級生ですか。
 来ていただいて、ありがとうございます。
 麗子も喜んでいるでしょう」
 母親はキミコのために、祭壇に置かれた棺の窓を開けた。

 
「麗子。
 よかったわね。
 お友達の上野さんが来られました。
 たった一人のお友達です。
 これで、麗子の霊も浮かばれるでしょう」
 そう言ったなり、母親は白いハンカチで目頭を押さえた。
 キミコは周麗子の遺体と対面して放心状態になった。
 

 しかし、ここで倒れてしまっては、
 1月の成人式の日からキミコの心に棲み付いた麗子の偶像が崩れてしまう。
 両足に力を入れ踏ん張り、どうにか持ち堪え、
 キミコは棺の中の麗子を覗き込むように見つめた。
 真っ白な死装束に身を包んで、静かに眠っているような麗子は遺影の写真とはまったく別の表情だった、
 棺に横たわる麗子はたった一度だけ親しくしたクラスメートのために、小学校6年生の彼女に時に戻り、
 薄化粧をした、ふっくらとした綺麗な顔をキミコに拝ませた。
 

 お坊さんも来なかった。 
 神主さんもいなかった。
 牧師さんも来なかった。 
 夜の9時まで、キミコが斎場にいる間、
 棺の前でお母さんと二人きりだった。
 キミコはここで一夜を過ごそうとしたが、
 母親が耳打ちした。

「上野さん、お疲れになったでしょう。 
 麗子のために、今日はありがとうございます。
 御苦労様でした。
 お家はお近くですか?」
「はい。
 歩いて帰れる距離です」
「若い女の子が遅いと、ご家族も心配されているでしょう。
 今日はお家にお帰り下さい」
 促されるように、キミコは麗子の元をあとにした。
 

 帰宅して、ベッドの中で寝付けないキミコに疑問が残った。
 麗子さんの母親の話では、麗子さんのお父さんが台湾人でお母さんが中国残留孤児のお子さんのようで、二人のお子さんの麗子さんがどうして中国人なのかしら。 
 
 
 翌朝の10時、キミコは昨日と同じ黒いスーツ姿で再び、
 周麗子の元に駆け付けた。
 麗子の遺影が見つめる中、麗子が棺の中で最期の時を過ごす中、 キミコは彼女の母親と二人きりで殺風景な葬儀場の祭壇の前で折り畳み椅子に腰掛けながら2時間の時を過ごした。
 

 昨夜から不思議に思っていたが、
 無宗教なのか、お金がないのか、
 お坊さんも神主さんも牧師さんも来ない中、
 正午、黒いスーツ姿の葬儀社の二人が斎場に現れた。
 
 
「御出棺させていただきます」
 太った中年の男性がそう言うと、キミコはお母さんと立ち上がった。
 言葉を掛けた男性によって棺の窓は開けられ、
 これで最期になるであろう、麗しい、麗子の顔が現れた。
 

「思い出の物がございましたら」
「何もありません。
 娘は自分の荷物をすべて持って家を出ましたので」
 母親が言うと、
「そうですか。
 最期にお花を供えてください」
 男性は数本の白い菊をお母さんに手渡し、
「そちらの方もどうぞ」と、キミコにも差し出した。
 
 麗子の母親に続いて、キミコは周麗子の棺に白い菊を供えた。
「これでお別れになります」
 そう言って、男性が棺の窓を閉めた。
「麗子!」 
 娘の名前を叫んで、お母さんは化粧が崩れるほど大粒の涙を流した。
 

 葬儀社のが二人で麗子の棺を車に運んでいる最中、
 お母さんがキミコに声を掛けた。
「上野さん、昨日に続いて今日も来ていただいて、
 本当にありがとうござます。
 麗子も喜んでいるでしょう。
 わたしとあなたの二人に見送られて、麗子は天国に旅立ちます」
 

 母親は麗子の遺影を持って助手席に乗り込んだ。
 キミコは一人、狭い通りから棺に収められた周麗子の遺体が乗った車を静かに見送った。
 
 
 シェアハウスに戻って部屋で寛いでいるミドリにキミコから電話があった。

「昨日はお世話になりました。       
 周麗子さんが安置されていた警察署を教えていただいて、
 どうもありがとうございます。
 昨日の夜、中野の斎場で周麗子さんのご遺体と面会しました。

 今日の正午、麗子さんは荼毘に付されるため、
 お母さんに付き添われて、旅立たれました。
 8年ぶりに会えたと思ったら、今日がお別れの日となりました。
 とても綺麗な麗子さんの最期にお目にかかれて、
 言葉もありませんでした。
 本当にありがとうございました」
 

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 午前8時前、二人はシャワーを浴びて、作業着から元の服に戻り、
 ツヨシは辛子色のジーンズ、チェックのシャツと黒いジャケット、
 ユウジはブルージーンズ、白いカットソーの上から紫の薄いパーカーを羽織り、清水港で船を降りた。
 

 振り返ると、船内で彼らを揺らした名前も知らない貨物船は疾うに横浜から浦賀水道を過ぎ、相模灘を抜け、
 伊豆半島を回り、見えない錨を降ろし、接岸していた。
 

 ユウジと甲板から戻って3時間あまり、ハンモックのようなベッドで眠りの続きを貪ったので、ツヨシの体力も普段に戻っていた。
 ほぼ徹夜で働いたユウジは船の中で仮眠することも考えたが、
 若さにまかせてツヨシと行動を供にすることにした。
 ツヨシとユウジがこうして静岡県内に足を踏み入れるのは初めてだった。
 

 大学受験では費用節減のため高速バスを利用し、
 進学で長﨑から出て来た時はトレノを道連れにカーフェリーに乗った。
 関東を巡った高校時代の修学旅行は長﨑と羽田を点と点で結ぶ、 飛行機の利用だった。
 

 二人は東名高速のバスの車内で静岡県内を通過したことはあっても、大空の上で小さな窓から雲の切れ間の富士山を眺め見たとしても、太平洋を航海しても、大袈裟にいえば、静岡県という土地は処女地だったのである。
 
 
 当てなどなかったが、
 班長の内田さんからは出航する1時間前の夕方の6時まで乗船すればいいと告げられたので、とりあえず、港から清水の街に出ることにした。
 

 二人が波止場周辺をうろうろしていると、 
 横浜で船に乗り込んですぐ、電話を掛けてくれとせがんだ小男のフィリピン人にまた捕まった。
「どこに行くんですか?」
 今朝はツヨシが腕を捕まれなくて幸いだった。
 

「どこに行くんですか?」
 ツヨシは男を無視した。
 昨日と同じ作業着姿の小男は執拗だった。
「昨日のお礼に、よかったら、車に乗りませんか?」
 
 
 フィリピン人の船員が日本で車を持っているとも想えなかった。
 その昔、貧しさゆえに九州の地から海を渡ったじゃぱゆきさんではあるまいが、小男の手配した密輸船で身売りされるのではないだろうか。
 
 
 遠い昔、ポルトガル人が南蛮船に乗ってに日本の海岸に現れ、
 キリスト教の布教活動を建前に、
 平戸をはじめとする九州各地で数多くの日本人を浚い、
 奴隷として東南アジア各地で売り飛ばしたという伝説を。
 

 あるいは、南蛮貿易が盛んだった故に、
 やはり東南アジアの港街でポルトガル人がささいな口論から九州人を斬りつけ殺害した腹いせに、
 九州の港に寄港したポルトガ船を日本側が襲撃したとい逸話を、
 猫のしっぽの語り部の近所のおばあさんから怪談話と一緒に聞かされて、二人は育った。
 

 それらが為政者の耳にも入り、秀吉のバテレン追放令、
 家光による鎖国、結果、日本は二百余年の春眠を貪る結果となった。
 
 
 フィリピン人の小男は訛りのある日本語で続けた。
「車です。
 清水に住んでいる友達が迎えに来てくれるので、
 一緒に乗って街まで行きませんか?」

 
 旅は道連れ世は情けとよく言ったもので、
 次郎長親分で有名な清水港の波止場で、春の風の中に揺られながら、騙されたつもりになって、
 ツヨシとユウジは小男のフィリピン人と並んで車を待った。
 
 
 5分後、どこからとなく、白からグレーに変色したであろう、
 車体のあちこちに錆の浮き出た、よくよく見るとマツダの古いワゴンが、平成の世の日本ではお目に掛かれないような代物がその姿を3人の前に現した。
 
 
 素人には見えない右頬にナイフの傷のあるフィリピン人の男が運転席のガラス窓を手回しで下げて言った。

「ジミー、この二人は?」
「ジョン、この日本人には世話になった。
 昨日、船の中から国に電話を掛けてくれて、
 マリアと話せて、ほんと、助かった。
 だから、この二人も乗せてほしい」
 現代のフィリピン人に一宿一飯の恩義があるのかは知らないが、
 彼らの会話はフィリピン訛りの日本語だった。
 
 
 ジミーと呼ばれた小男がジョンの隣の助手席に座り、
 スライドドアを開けたツヨシとユウジは空になったティッシュの箱が置かれた後部座席に乗り込んだ。
 こうして、ワゴンは清水港を後にした。
 

 ジョンの運転はナイフの傷を彷彿させるほど荒かった。
 日本の運転免許証を持っているのが疑われるほど、
 フィリピン生まれの野生の走りだった。
 ワゴンはいつの間にか波止場から港湾施設を走り去った。
 
 
 日本語のAMラジオに飽きたのか、
 ジョンはデッキにカセットテープを挿入すると、どこかで聴き覚えのある唄が流れてきた。
 女がタガログ語で唄い、弦がメランコリックにメロディが奏でた。
 

 言葉もアレンジも違ってはいたが、確かに日本の曲だ。
 しかし、内地と呼ばれる大和物とは微妙に旋律が違うので、
 沖縄の唄ではないだろうか。
 日本の本土から遠く離れた沖縄は歴史や文化や風土を異にするため、時として中国や台湾、東南アジア諸国と人的文化的な混在する。
 ワゴンが信号で停車すると、次の唄になっていた。
 これも多分、これも沖縄の唄だ。
 

 ワゴンは右折と左折を繰り返し、2階建ての民家の前で停車した。
 運転手のジャージ姿のジョンが車を降りた。
 作業着のジミーも降りた。
 眠り込んでいたユウジをツヨシが突いて、スライドドアを開けさた。
 
 
 ジョンとジミーに続いて、生欠伸のユウジとツヨシは開店前の店の中に入って行った。
 そこはフィリピン人のジョンが経営する焼き肉屋だった。
 物音を聞き付け、女性が奥から出て来た。
 

「ジョン、この人達は?」
 韓国人特有の訛りのある日本語だった。
 ジョンに代わってジミーが応えた。
「昨日、船の中で世話になった日本人。
 船から降りてジョンの車でここまで一緒に来た。 
 ユーさん、お世話になります」
 フィリピン人と韓国人の会話までが日本語だった。

 
 あっけに取られながらも、
「よろしくお願いします」と、ツヨシとユウジは声を合わせた。
 まずはジミーがシートに座り、焼き肉台を乗せたテーブルの向いのシートにツヨシとユウジが並んで座った。

 
 ジョンと奥さんのユーさんが奥に下がっている間に二人の馴れそめを語ったジミーによると、
 フィリピン人の船員だったジョンは横浜の伊勢佐木町のキャバレーでホステスをしていた韓国人のユーさんと知り合い、子供が出来て所帯を持った。
 すなわち、結婚した訳だ。
 

 ジョンとユーさんはフィリピンと韓国に戻ることなく、
 そのまま日本に残ることにした。
 ジミーはその理由を都合よく端折ったが、
 彼の言葉の間に挟まった、語らなかった部分を翻訳し要約すると、
 ジョンとユーさんの母国、フィリピンと韓国より第三国の日本に住むほうが、彼ら夫婦にとって都合がいいらしいのだ。
 解るようで解らない話だ。
 

 フィリピンに戻ったら戻ったで、
 ジミーの家族とユーさんの間で悶着があるだろうし、
 韓国に戻ったら、ユーさんの家族とジミーの溝はそう簡単には埋められないだろう。
 二人にとっては日本で差別されても、苦労しているほうがまだマシという訳だ。
 

 数年後、ジョンは船の仕事から足を洗って陸に上がった。
 奥さんのユーさんの提案で、夫妻は横浜から彼女の友人が暮らす清水に移り、彼らが日本で根付いて生活し得る、
 お金を得られるであろう手段として、焼き肉屋を開いた。
 その場所こそ、ツヨシとユウジがジミーとジョンの二人にフィリピン人に連れて来られた焼き肉店「ソウル」である。
 

 ジミーによると、ジョンとユーさんには二人の子供がいる。
 夫婦を日本に繋ぎ止めた上の子は小学校3年生の男の子、
 下は5歳の女の子。
 夫婦の教育方針で、二人の子供はそれぞれ日本の小学校と保育所に通い、家でも日本語で通しているという。
 
 
 そうこうするうちに、ジョンとユーさんが店に戻って来て、
 ツヨシ、ユウジ、ジミーの3人は焼き肉とご馳走になった。
 きつめの化粧に目鼻立ちがはっきりした、
 40歳前後でちょっぴり太めのユーさんが目の前で牛肉を鋏で切った。
 

 網の上でジュー・ジューと音を立てた牛肉を、強めのニンニクが入ったタレに浸し口に運ぶと、肉の旨みと辛さが口から目と鼻に抜け頭の天辺に抜けるようだった。

  
 口の中で肉とご飯とキャベツと玉葱がまどろみ、
 アサヒのスーパードライを飲み干した。
「日本のビールが一番旨い」
 港を渡り歩く船員のジミーが言うのだから本当だろう。

 
 3人が焼き肉を食べ終わったと頃合いに、
 ジョンとユーさんの息子のアキラが店内に現れ、ジミーに尋ねた。
「おじさん、今度はいつ来るの?」 
「いつになるかな?
 アキラが好きな夏休みかな?」
 ジミーが応えた。
「そう。
 おじさんは休みになると日本に来るんだもの」
「アキラ、いつまで春休みか?」
「明後日までだよ」
 

 二人は初めて訪れた静岡県内で観光らしきことの一つもしなかった。
 ただ、ジョンという頬にナイフの傷がある船員上がりのフィリピン人の運転するぼろなワゴンに乗り込み、清水港から彼の住居兼焼き肉店に行って、韓国人の奥さん、ユーさんの手ほどきで焼き肉をご馳走になっただけだ。
 あいにく曇っていて富士山の頂は見えなかった。

 
 ジョンのワゴンで清水の街中まで送ってもらった車中でも、
 ユウジは眠り込んでいた。
 ツヨシがユウジを起こし、ジミーと3人で清水の街を適当にぶらぶらして定食屋に入った。
 タクシーで清水港に戻って、ツヨシとユウジとジミーの3人は停泊中の貨物船に乗り込んだ。
 

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 残り少ない春休み、上野キミコはふだん通りに7時前に目覚めた。
 パジャマからジーンズとシャツに着替え、自分の部屋からトイレに行って用を足し、洗面台で顔をざっと洗い、ブラシで髪を整え、 
 2階から1階のリビングに降りた。
 両親と祖母に「おはようございます」と挨拶を交わして、
 上野家の朝食の定番であるトースト、スクランブルエッグ、
 サラダを食べ終え、紅茶を飲んだ。

 
 今朝はどういう風の吹き回しか、父が読み終えた朝刊を手に取り、
 キミコは全国紙の新聞を一面からペラペラとめくって読んだ。
 数分後、三面記事で自分の目を疑った。
 

 記事とモノクロ写真によると、
 場所は都心からそれほど遠くはない、戦前に建てられた中華会館
と呼ばれる中国人と台湾人が暮らす施設で周麗子さん21歳が死亡。 周さんはもう1人の中国人女性と台湾人男性2名と供に亡くなっていたが、4名の死亡者の顔写真はなく、死因も触れていない。
 
 
 1月の中野サンプラザでの成人式以来、頭の中に芽生えいた、
 小学校の同級生だった周さんが亡くなったという現実に直面した。
 あの周さんが亡くなるなんて、信じられなかった。
 悪い冗談のようで、映画か小説の中の出来事のようだった。
 彼女を探し出そうにも、何の手掛かりもなく、仕方なく諦めていた。
 3ヶ月後、想像すらしなかった形で、キミコの目の前に彼女が現れた。
 
 
 使った食器をキッチンで洗い、鋏を持ってテーブルに戻ると、
 周さんの死亡記事を鋏で切り抜き、自分の部屋に戻って、
 とにかく気持ちを落ち着かせようと、キミコはいつもの習慣に身を委ねた。
 

 洗面台で朝食後の歯を磨きながら、
 一瞬、手を止めて、鏡の中の自分に問い掛けた。
 これから周さんが亡くなった場所に行こう。
 

 最中に、Tシャツジャージ姿の弟の洋一に声を掛けられた。
「おはよう。何かあったの?
 今朝は気合いが入っているみたいだね」
 黙ったままキミコは自分の部屋に戻り、黒のジャケットを引っ掛け、新聞記事をバッグの中に入れて家を出た。

 
 中野ミドリは中華会館で亡くなった日本語学校の二人の学生を想い描こうろしたが、どうしても上手く彼らの顔が思い浮かばず、
 デスクの上にある学生ファイルで二人を探し出した。
 それから、パソコンのハードディスクに収められた二人を再確認した。
 
 
 金美南さんは中国人女性で吉林省出身の21歳。
 陳大全さんは台湾人男性で高雄出身の20歳。
 ミドリには二人の顔に見覚えがあった。 
 金さんはミドリよりは一回り体が大きく骨格のしっかりした、
 なかなか日本語の上手な人だった。 
 学校に入ったのが、わたしと同じ昨年の4月だったのを覚えていた。
 もう1年この学校で過ごした後、来年には日本の大学へ進学する予定で、将来は日本企業に就職したいと言っていたのを思い出した。
 

 一方、陳さんのほうは昨年の9月に学校に入学したと記していた。
 しかし、彼の顔は思い出せるが、日本語がそれほど上手くなかったことしか印象になかった。

 
 事務長が戻って来た。
「中野さん、これから金さんと陳さんが亡くなった中華会館という寮に行って、それとなく外からそ様子を探ってきなさい。
 それから、何でもいい、
 あなたの感じたことをわたしに報告しなさい。
 30分か1時間、周囲を歩いてもいいし、じっとしていても構いません。
 あなたに任せます。
 ただし、一人で行くこと。
 いいこと、マスコミがハエのように集っているから、
 臭い物には蓋の例えで、マスクをしなさい」
 事務長は自分のデスクの抽斗から白いマスクを1枚取り出した。
 

 「これ持って行きなさ」
「はい」
「それで、場所は解る?」
「どうにか」

 ミドリはインターネットで中華会館を検索し地図のコピーを取り、
 マスクを付けドアの外に出た。

 
 屯するマスコミの餌食にならないように気を付けて日本語学校の周辺を抜け出したミドリは上野駅に着いた。
 山手線から地下鉄に乗り継ぎ、A4のコピー紙に印刷した地図を見ながら10分歩いてようやく、
 蔦の生い茂った21世紀の迷宮という風情の年代物の建物に辿り着いた。

 
 亡くなった2名の学生が住んでいたこともあり、
 中華会館という名前だけは知っていたが、ミドリはここに来るのは初めてだった。
 実際に古びて時代がかってはいたが、館というべき巨大な木造の建物だった。
 政治家なり財界人が音頭取りをすれば、歴史的建造物として指定されてもおかしくない由緒ある白亜の豪邸のようにも感じられた。
 
 
 関係者以外立ち入り禁止を示すため、
 警察がロープを中華会館の前に張り、
 警視庁と印字された紺色の制服姿の警察官が睨みを利かせ、
 どうにか車が擦れ違えるほどの細い道路には取材の車、
 レポーター、記者などの張り付ついていた。
 

 ミドリは彼らに紛れて中華会館に近付くと、華奢な女性にぶつかった。
「済みません」 
 どちらからともなく、声を出した。
 ミドリは彼女と目が合った。
「あの、マスコミの方ですか?」
 女性はミドリに尋ねた。
「いいえ」と、マスク越しにと応えた。
 グレーのスーツにパンツ姿で白いマスク姿のたミドリは、
 自分では意識していなくても、このような事件現場にいては、
 マスコミ関係者に見えるのかもしれなかった。

 
 ブルージーンズに黒いジェケットとカジュアルなファッションとはいえ、そこかしこに、良家のお嬢さんの趣きが漂う若い女性に尋ねられて、ミドリは一瞬、戸惑った。
 
 
 ミドリが黙っていると、彼女は言葉を続けた。
「済みませんが、少しお尋ねしてもいいですか?
 わたしの小学校のクラスメートがここで亡くなりました。
 昨日のことです。
 今朝、わたしは自宅の新聞で彼女の死を知りました。 
 直後、いつものように歯を磨く自分の顔を鏡の中で見ていると、
 微妙に、普段とは違うわたしを発見しました。
 彼女が亡くなった場所に行きたいという衝動を、
 どうしても抑えることが出来きず、
 こうして中華会館までやって来ました」

 
 ミドリは一声ついて彼女を見つめた。 
 わたしと同じ歳くらかしら、
 よく見てみると、シンプルな腕時計だけで、
 アクセサリーの一つ身につけず、今時の若い女性に珍しく、
 髪も染めず、黒髪のショートカットで、
 薄化粧ながら目鼻立ちがはっきりした彼女はとても可愛らしかった。
 シェアハウスの女子大に通う田中さんは同じ歳でもずっと大人びているのに。

 
「申し遅れました。 
 わたしは上野キミコと申します。
 音大生でこの春から3回生になります」
 やはり、彼女はわたしと同じ二十歳だ。
 ミドリが彼女の歳を当ててご満悦な気分に浸っていると、
 

「わたしの小学生時代のクラスメートに周麗子さんと中国人女性がいました。
 周さんはわたしと同じ中野区内の小学校の通い、
 卒業式で別れて以来、それきりになっていたのですが、
 今年の1月、中野サンプラザで成人式があって、
 その時、わたしは周さんを思い出しました。
 

 そういえば、小学校6年生の時に、担任の先生に出された課題を調べに、周さんと一緒にここ中野サンプラザに来たことがあると。
 それ以来、周さんのことがずっと気になって、
 頭から離れることがなったのですが、
 わたしには彼女を探し出す術がありませんでした。
 なぜなら、小学校時代の友人が一人もいなかったからです。
 それから、もんもんとした時間を過ごしながら、
 今朝、周麗子さんの死を知ったのです」
 
 
 上品そうな上野キミコと名乗る音大生が目の前の中華会館で亡くなった中国人女性と、どう巡り巡って小学校の同級生なのか、 
 どうにも腑に落ちなかった。
 ミドリには小学校中学校高校を通じて中国人の同級生など一人もいなかったのだから無理もない。
 
 
 ミドリの前に初めて中国人が現れたのは、
 バスガイドになって初めての仕事でディズニーランドに行った時だ。 
 ディズニーでは多くの中国人を見かけた。
 銀座のデパートにも彼らはいた。
 それよりずっと多くの中国人を見たのは浅草の浅草寺だった。
 二十歳のミドリの人生で本格的に中国人が現れるようになったのは、昨年、彼女が上野の日本人学校に勤めるようになってからだ。

  
 喋り辛いのでミドリはマスクを外し、上着のポケットに入れて、
 キミコに言葉を掛けた。
「上野さんと仰いましたか」
「はい」と、小さな声でキミコは応えた。
 

「わたしはマスコミの人間ではありませんが、 
 上司の指示でここに来ています。 
 詳しいことは言えませんが、
 あなたもご存じのように、昨日、この中華会館という寮で中国人女性2名と台湾人男性が2名亡くなりました。
 その内の1名、中国人女性の周さんという方があなたの小学校時代のクラスメートということですね」
「その通りです」
 キミコは頷くように応えた。

 
 ミドリとキミコが言葉を交わしている間にも、
 辺りはマイク片手の何人ものレポーター風の男女や記者達がうごめき、押すな押すなのすし詰め状態だった。
 
 
 
「あの、お名前を伺っても宜しいですか?」
「構いませんよ」
 この時、ミドリの頭に事務長の姿はなかった。
「嬉しい」
 キミコは正直な心音を吐露した。
 
 
「わたしは中野ミドリと言います」 
「わたしは上野キミコです」
 彼女はもう一度、自分の名前を言った。
「もし、宜しかったら、携帯電話の番号とメールアドレスを交換して頂けませんか」
 慎重派のキミコにはとって生まれて初めてともいえる大胆な行動だった。
 彼女の熱に押され、ミドリは肩に掛けていたバッグから携帯電話を取り出し、二人はその場で赤外線を使い、携帯番号とメールアドレスを交換した。
 
 
 ミドリはキミコに近づき、少し背伸びして、耳打ちした。
「わたしは日本語学校で働いていますが、
 もう、戻らないといけません」
「え!」
 ミドリの言葉にキミコは思わず声を上げた。
「大きな声を出さないで、人が振り向いたでしょう」
 ミドリはマスクを外したことを後悔した。
 

「小さな声で言うわね。
 わたしが務める学校の学生2名がここで亡くなりました」
 ミドリの告白にキミコは少し屈んで、ミドリの耳に手を当て応えた。
「ということは、わたしのクラスメートの周麗子さんがその二人の学生さんと一緒に亡くなったのですか?」
 ミドリは小さく頷いた。
 キミコはミドリの目を見つめて言った。
「駅まで一緒に行かせてください」
 
 
 中華会館を離れた二人は、地下鉄から山手線に乗り替えて上野駅に着いた。
「ここで別れたほうが良さそうね。
 もう、あなたも知っているでしょう。
 あなたの友人の中国人女性の周さん。
 わたしが務める日本人学校の中国人女性と台湾人男性の計2名、
 残る1名は台湾人男性。
 4人とも死亡した原因はまだ解っていないわ」
 ミドリの言葉にキミコは軽く首を垂れた。
 

「今日はどうも有り難うございます。
 これから日本語学校に戻られるのですね。
 わたしはわたしと同じ名前の上野の街を少し歩きたいと思います」
 
 
 二人が上野で別れて1分後、急に雨が降り出した。
 キミコは目の前の丸井に飛び込んだ。
 そうだ、小学生時代のわたしと周さんの思い出を作り変えよう。
 

 そうだ、あの時は秋だった。
 中野サンプラザを出ると急に雨が降り出し、
 丸井で雨宿りしたのに、二人の財布の中のお金を足してもワゴンの中の傘を買うことが出来なかった。
 今日こそ、キミコはワゴンの中の折りたたみ傘を買った。
 あの時に買えなかった紫の同じ千円の傘だった。
 

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 8 
 
 ツヨシとユウジはA4サイズにプリントした地図で場所を確認して、本牧の事務所で手続きを済ませ、午後6時半を待った。
 太陽はすでに西の空に沈み、夜の帳はおりていたが、
 それほどの暗さは感じられなかった。
 
 
 貿易船というより何でも積み込むことから雑貨船と言われる船内に入るとまず、フィリピン人の姿がツヨシの目に飛び込んだ。
 嫌な予感がした。
 1人、2人、3人。
 

 30歳くらいの小男の船員がツヨシに近付いた。
「電話を掛けてください」
 フィリピン人特有の訛りのある日本語だった。
「電話?」
「はい。電話です」
「携帯を持ってないの?」
「持ってますが、お金が掛かるので、
 ここからフィリピンに電話を掛けてください」
 
 
 用がないので、ツヨシは国際電話の掛け方など知らなかった。
 ユウジの目を見て、そのまま知らんぷりして、通り過ごそうとした。 
 
 
「待ってください。お願いします」
 小男がツヨシの腕を掴んだ。
 男は腕を掴んだまま、操舵室のようなところにツヨシを引き込み、ユウジも後に続いた。
 フィリピンの小男は壁掛けの固定電話の前で止まりツヨシに、
「お願いします」と、半ば強要した。
 

 長﨑で何度かフィリピン人の船員を見たことがあり、
 ツヨシは彼らが切れると怖いことを知っていたので、
 なるようになれと開き直り、
 電話案内の104をプッシュして、
 コールセンターの女性に国際電話の掛け方を教えてもらい、
 フィリピンの国番号に続けて、男が紙に書いた番号を押し続けた。
 

 呼び出し音が鳴る。
「ハロー」と女の声が響いた。
 横で聴き耳を立てていた小男が受話器を奪い取った。
 ようやく、二人はこの場から解放されたのである。
 
 
 ツヨシとユウジは操舵室から通路に戻った。
 船内に仄かに体臭が匂う船内の一室で事務所で渡されたグレーの作業着に着替え、黒い安全靴を履き、黄色いヘルメットを被った。
 二人が通路に出ると、どこからか聞き覚えのある関西弁が聴こえてきた。
 

 目の前に現れたのは、伊勢佐木町から脇道に入った喫茶点で出会った関西人の二人組だった。
 彼らも同じヘルメットを被り、同じ作業着を着込み、同じ安全靴だった。
 

 ツヨシとユウジはバツが悪かった。
 躊躇する間もなく、
「兄ちゃん達、さっき、会えへんかったか?」
 男は独り言でも言うように喋り続けた。
「どこやったかな。
 そうや。
 冷コーも知らん、アホな姉ちゃんのいるサテンで、
 わしらが冷コー飲んでた時や。
 それで、兄ちゃん達、ここ初めてか?」
 
 
 ツヨシとユウジは口を閉じていた。
 
 
「なんや、愛想悪いな。
 横浜の子か?」
 ツヨシはちらりとユウジの顔を見た。 
 二人が黙ったままでいると、
「それで、兄ちゃん達、どこから来たんや?」
 何もここで長﨑出身と言うこともない。
 以心伝心、二人は長い付き合いでそれくらい解っている。
「内田さん、急がないと遅れますよ」
 連れの若い男が突っ込んだ。
「解った。
 白井、この兄ちゃん達、覚えているやろ。
 わしらが冷コー飲んでいる時、見たやろ。
 こんな偶然もあるんやな」
 白井はツヨシとユウジの顔をチラリと窺った。
 
 
 内田と白井という二人の関西人の後に付いて、
 ツヨシとユウジは黙って階段を下りた。
 二人が辿り着いたのは、船底のゴーゴーと唸るエンジンルーム。
 初めて見る光景だった。
 

「兄ちゃんたちは学生でこの仕事は初めてか?」
 内田の問いにツヨシとユウジは黙って頷いた。
「きっと、誰かにだまされて来たんやろ。
 楽で儲かるバイトがあると聞いて。
 解る。解る。解る」
 
 
 内田の声のトーンが上がった。 
 
 
「わしはここの班長や。
 よーく覚えとけよ。
 今も昔も船の中は親分子分の世界や。
 海軍も自衛隊も商船も貨物船も同じこと。
 いいか、兄ちゃんたちは、わしの兵隊や。
 今からわしを上官と思え。わしの手足のように働くんや」
 

 とんでもない所に迷い込んだと、二人は黙っていた。
 
 
「わしは今まで何人も兄ちゃん達のような素人さんに会っとるからな。
 よう見てみい、あれが船のエンジン。
 解るか?
 ディーゼルや、トラックと同じディーゼルエンジン。
 同じエンジンが隣にもあるやろ。
 今から止まっているエンジンをクリーニングする。
 車の車検みたいなもんや。
 その間、今動いているもう一つのエンジンで清水港まで航海する。
 これから朝まで徹夜になる。
 
 清水に着いたら、飯食って仮眠して、
 夕方には神戸に向かって出港する。
 今度は今動かしているエンジンをクリーニングする。
 それからクリーニングを終えたエンジンを動かし、
 駿河湾から太平洋に出て紀伊半島を回り、大阪湾内の神戸港までの航海。
 これが段取り、解ったな。        
 わしは内田、この男は白井、それで兄ちゃん達は」
 
 
「僕は渋谷です」
「下の名前は何や」
 内田の威勢に押されて、
「渋谷ツヨシです」
「僕は丸山ユウジです」 
「ツヨシとユウジやな」
 内田の後から、
「宜しくお願いします」と、二人は声を揃えた。

 
「一つ質問があるのですが」
 ツヨシが内田に問い掛けた。
「何や、なんでも言ってみい」
「隣のエンジンが動いているということは、
 もう横浜を出港しているのですか?」
「そうや。
 船はもう横浜を出ている。
 もうすぐ、黒船に乗ったペリーさんの浦賀水道を通る」
 
 
 内田は厳つい見掛けと違い、意外に物知りのようだった。
 この船が江戸幕府に開国を迫ったアメリカのペリーが錨を降ろした浦賀沖を通るとすれば、自分は幕末一の思想家、吉田松陰になった気分で、ツヨシは気を強くした。
 船はこのまま、相模灘から伊豆半島を回って、朝には清水港に寄港する。
 

 夢想家のツヨシは頭の中で船の進む航路を描いた。
 内田は170センチ前後ながら、船の力仕事をしているせいか、
 作業着に隠された体は筋肉質のようで、
 相方の白井は細身の優男で内田よりは若干上背がある。
 内田と白井を真似て、ツヨシとユウジは用意された腰バンドを巻いてエンジンに近付いた。
 

 とにかく暑かった。
 一瞬に頭の天辺からパンツの中まで汗だくになり、
 目の前のエンジンは止まっているとはいえ、
 すぐ隣のエンジンが動くているせいか、音が耳をつんざくほどだった。
 

 ツヨシとユウジは見よう見真似で、腰バンドからスパナを始めとする工具を取っては元に戻した。
 車の免許を持ち、トレノを運転し、メカに強く、
 細身ながら中学高校とサッカーをやっていたユウジと違い、
 元来、部屋で本を読み音楽を聴くのが好きな文化系のツヨシにはこの手の肉体系のバイトは難儀そのものだった。
 内田が言っていたように、楽で儲かるバイトは真っ赤な嘘で、
 ツヨシは「ああでもない。こうでもない」と独り言を呟き、
 誰かにだまされた気分に陥った。
 
 
 1週間前、ユウジからの電話で、
「大学の先輩から紹介してもらったので、
 横浜から神戸まで船に乗り込むバイトをやらないか?」と、 
 誘いを受けて、ツヨシは二つ返事でOKを出した。
 
 
 1 保育所から高校まで一緒のユウジからの誘いだったこと。
 2 ユウジの話では船に乗っているだけで、バイトはそれほど大したことではない
 3 船の中で二泊し、神戸から横浜まで高速バスで戻る料金込みで、3泊4日で5万円になること。
 
 
 昨夜、ファミレスからユウジの部屋に戻り、
 改めて、ツヨシはユウジからバイトの内容を聞いた。
 ユウジも初めての経験らしく、
 先輩が言うには、船のエンジンを掃除することらしい。
 楽なバイトというのはとんでもない勘違いだった。
 

 錨型で一見筋肉質のツヨシは極端に言えば、
 ノートパソコンより重いものを持ったことがなく、
 そういえば、ユウジに貰ったミニ冷蔵庫を二人で持ち上げ2階のツヨシの部屋に運んだだけで息が切れていた。
 もうくたくたで、体力の限界だった。
 

 あいにく、本牧の事務所で係りの人に言われたように、
 腕時計も携帯電話も着替えたロッカーの中に置いて来ており、
 作業ズボンのポケットには財布とハンカチしか入っていなかった。
 あまりの疲労で時間の概念が壊れていた。
 夜の8時から作業開始で、11時なのか、深夜1時なのか、
 解らなかった。
 それとも、まだ10時に達していないのかもしれなかった。
 
 
 汗は滝のように流れ、首に巻いたタオルは湿り、
 下着の半袖シャツからトランクスまで水浸しだった。
 ツヨシはとにかく横になりたかった。
 どこでもいいから目を瞑ると、すーっと天国へ逝ける気分だった。
 もうお金などいらない。
 こんなきついバイトで5万円ぽっち貰ったって、洒落にならない。
 一ヶ月分のアパート代に消えるだけだ。
 
 
 ツヨシがいくらお金に余裕のない学生とはいっても、
 世の中にはもっとお金のない人 貧乏な人はいくらでもいるはずだ。
 ホームレスもいれば、自己破産者もいれば、
 横浜の一角に巣食う貧民達もいる。
 自慢じゃないが、借金なんてない、
 生まれてこれまで食べるのに困ったこともない。
 頭に邪念がうごめくだけで、ツヨシはだた突っ立っているだけだった。
 すると、気が遠くなり始めた。

 
「休憩!」
 どこかで誰かが叫んだと同時に、
 ツヨシは号令を合図と受け止めのか、その場に倒れ込んでしまった。

 
 目を覚ますと火照り過ぎた熱を下げるために首に当てられたペットボトルのミネラルウォーターを手に取り、彼はひと思いに飲み干した。
 ツヨシはハンモックのような揺れるベッドに寝かされていたのだ。
 想いのほか気分が良かったので、
 ツヨシは部屋から出て階段を上り船の看板に出た。
 

 吹き抜ける風が心地良かった。
 ベンチに座り、大空を見上げると、きらめく無数の星たちと綺麗な彎曲を描いた一点の三日月が橙色に輝いていた。
 風が強く吹き抜けた。
 汗で湿ったツヨシの体と作業着は一瞬にして冷やされ、
 小刻みに体を震わせた。
 
 昨年の春、新門司からトレノを道連れにしたカーフェリーでも暇を持て余しては甲板に出て、
 静かな凪の中、ユウジと眠れる夜を過ごしたものだ。
 あれから早いもので1年が過ぎた。
 風が止んだところで、ツヨシはベンチから離れ、   
 甲板から海に落ちないように設けられた柵の手摺りに近付いた。
 怖かった。
 

 星が輝く空とは対照的な真っ暗闇の海にこのまま落ちてしまったら、誰一人、ツヨシのことなど気付きはしないだろう。
 対岸の灯りも見えなかった。
 今頃、どの辺にいるのだろう。
 船が揺れた、ツヨシは腰を沈め、手摺りを握りしめた。
 

 その時、ユウジの声がした。
「ツヨシ、こんな所で何をしている?」
 振り向いたツヨシは、手を放し、その場に倒れ込んでしまった。
「大丈夫か?」
 走り寄ったユウジは仰向けになったツヨシの手を取った。
 ツヨシは急に吐き気を催した。
 ユウジの手を借りて起き上がり、手摺り目掛けて胃の内容物を吐き出した。
「大丈夫か?」
 
 
 1分前と同じユウジの言葉を聴いたツヨシはもう一度、
 手摺りに向かって、胃液と胃の中の滓を吐き付けた。
 

「ありがとう」 
 胃のざらざら感と口の苦味はともかく、
「どうやら、助かったようだ。
 今、何時くらいかな?」
「午前4時半だ。ここに来る前に壁時計で確認した。 
 それより、ツヨシが心配だった。
 休憩に入ったので、具合はどうかと見に行ったら、
 幽霊のように、ハンモックから消えた。
 もしかして、甲板に出て海に落ちてやしないかと、走って来た。
 無事で良かった。
 ツヨシ、船内に戻ろう。
 あと、3時間もすれば、清水港に着く。
 それまで、お前はハンモックで寝てていい。
 内田さんが俺にそう言ってくれた。
 清水に着けば、出港の夕方の7時まで約半日の自由時間だ」
 
 
 ツヨシはユウジの手を借りて立ち上がり、体を揺らした。
 口の中が胃液で臭く、気持ち悪かった。
 早く、水で口を濯ぎたかった。
 二人は甲板を離れ、船内に戻った。
 海風で冷えた体を揺すりながら、ツヨシは言った。
 

「ユウジがハンモックに運んでくれた?」
「俺一人じゃ無理だ。
 俺と白井という若い人で一緒に運んだ。 
 休憩の合図を聴いて、振り返ったら、お前がぶっ倒れていた。
 本当に驚いた。
 死んだかと想って、胸に手を当てると、心臓は動いていたし、
 呼吸も乱れていなかった。
 内田さんに掛け寄って、彼の指示で白井さんの手を借りて、
 ハンモックまで運んだ。
 重かったよ。
 
 お前、60キロはあるだろう。
 気を失っているせいか、それ以上に感じたね。
 ツヨシを運ぶ途中で白井さんと言葉を交わした。
 彼は今年でこの仕事を初めて3年目、取っ付き難くそうでも、
 案外、良い人だ。
 内田さんは32歳独身、白井さんは俺たちより同じ歳で奥さんと1歳の女の子がいるそうだ。           
 彼らは神戸在住、白井さんは内田さんの部下というより弟分で、
 コンビを組んでるそうだ」
 
 下に降りる階段の手前で、ツヨシは上手い具合に冷水機を見つけた。
 その場で首を垂れ、右足でペダルを踏み込み、
 水を口に含んでは吐き出し、今度は一気に飲み干した。
 

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 7
 
 昨年の夏、渋谷で上野キミコの腕時計が止まってから気節は移り、
 正月の三箇日が過ぎ、平成22年が世間が動き出すと、成人式が待っていた。
 

 たたでさえ、人付き合いが苦手で、
 一人でピアノを弾いているのが好きな彼女には鬱陶しかった。
 それでも両親に勧められると嫌とは言えないキミコに今回は二人の祖母も加わった。
 

 いやいやながらも、まるで中学受験の当日のように区役所が催す成人式に出席することにした。
 朝早くから予約済みの近所の美容室で今では珍しくなった黒髪を和風に結い、キミコは晴れ着を身に付けた。
 二人の祖母に頂いた水色を基調とした紅の花柄の色鮮やかな振り袖と両親からのプレゼントの紫の帯が細い体に引き立った。

 
 タクシーで家に戻るなり、
 同居している父方の祖母と成人式のために招いた世田谷に住む母方の祖母が揃い踏みで玄関まで出て来て、
「まあ、キミコ、お姫様のように綺麗だわ。 
 さすがにわたしの孫娘なこと」
 二人の祖母は舞台に立った役者のように声を合わせて台詞を吐いた。
 

二人の祖母に手を引かれリビングに進むと、両親が待ち構えていた。
「キミコ、本当に綺麗!」
 祖母たちを真似てか、両親も声を合わせて言った。
 キミコは小さな溜息をついてソファーに腰を下ろして、
 いつもは上品な彼女がどうしたことか、
 テーブルにあった父のカップの紅茶を飲み干した。
 
 
 父が運転するクラウンの後部座席にキミコは乗り込み、
 母が続いた。
 5分と掛からず、車は会場の中野サンプラザに到着した。
 父が声を掛けた。
「キミコ、成人式おめでとう、
 一生に一度の晴れ舞台だ。
 キミコも今日から大人の仲間入りだ」
 

 母に手を取られ、キミコが車から降りると、父のクラウンは駐車場を求め、通り過ぎて行った。
 色とりどりの晴れ着を披露する二十歳の娘たちと、
 スーツや袴姿の男の群れを避けるように、キミコと母は足を進めた。
 彼女は後悔した。 
「わたしには場違いだわ。
 やっぱり、こんな所に来なければよかった」
 
 
 しなしながら、彼女は一旦、中野サンプラザに足を踏み入れると、
 ある感慨に浸ったのだ。
 ここに来るのは何年ぶりかしら。
 そうだ、小学生の頃以来。
 たしか、あの時は6年生だった。
 

 あの時、一緒だったクラスメイトの周麗子さんは、
 中国人の彼女は今、どうしているのかしら。
 まだ、日本にいるのかしら。
 でも、彼女は確か、日本生まれで、
 中国語を話しているのを聞いたことがなかった。
 日本語も、クラスのみんなと同じように上手に話せた。

 
 キミコの成人式の収穫は小学校のクラスメイトの周さんを思い出しただけだった。
 それ以外は何もなかった。
 周さんについても同じだった。
 彼女はどんな人だったかしら。
 キミコは小学校時代を懸命に振り返った。
 でもそれも無駄だった。
 
 
 だって、周さんと親しくしたのは何かの授業で先生に出された課題を調べに中野サンプラザへ行った時だけだった。
 確か、新聞で何かを調べた。
 6年生になって同じクラスになって、たまたま隣同士の席になった。 
 それまで、二人は挨拶を交わす程度の仲だった。
 彼女の家は思い出せない。 
 なぜなら、キミコは一度も周さんの家に行ったことがなかった。
 周さんに限らず、彼女は友達の家に行くことなど滅多になかったのだから。

 
 もしかして、周さんも中野サンプラザの成人式に来ているかもしれない。
 仮に、周さんが会場にいたとして、彼女がわたしの隣に座っていたとして、その人が周さんだと、言える自信がない。
 だって、もう8年近く彼女に会っていない。
 

 12歳から20歳までの8年間は人間の一生を左右するほど重要だから。
 顔だって変わる、身長だって伸びている。 
 小学校の頃、クラスで3番目のおチビさんだったキミコの身長は現在163センチである。
 平成生まれの二十歳の日本人女性としは平均以上であろう。

 
 思い出した。
 周さんはクラスで2番目に大きかった。
 中国人の周さんはどれほど大きくなっているのかしら。
 小学校を卒業する時にはすでに160センチ近くあったはずだ。 いつも周さんを見上げていたのを、キミコは覚えている。
 でも、中国人の彼女が日本の成人式に主席してお祝いするのかしら、そう考えると、変だ。
 中国人の周さんが日本の着物に身を包んで、成人式に出るなんて。
 
 
 そういえば、成人式の会場になった中野サンプラザに来ていた女性は圧倒的に晴れ着の人が多かったが、少数、そうでなかった人もいた。
 スーツの人もいた、カジュアルな人もいた。
 赤ちゃんを抱いていた人もいた。
 カップルはいたし、中には外人さんだっていたかもれいない。
 
 
 しかし、日本生まれの周さんは外見だけで中国人とは解らない。
 小学生の頃からそうだったように、
 周さんは、自分から中国人ですと口に出さなければ、日本人と見分けがつかなかった。
 あの頃から、キミコにとって、周さんと日本人との違いは、
 ただ、周という中国式の名字だけだった。
 
 
 それ以来、キミコの脳裏に周さんが棲み着くようになった。
 二人で出掛けた中野サンプラザのあの日以来、
 周さんはどうしたのかしら?
 小学校を卒業して、周さんは一体どこへいったのかしら?
 そういえば、あの日、中野サンプラザの帰りに周さんに誘われ、
 二人でキミコの家とは反対側の丸井に寄ったことを、
 彼女は思い出した。
 

 中野駅を過ぎると急に雨が降り出した。
 二人は急いで丸井に駆け込んだ。
 結果的に雨宿りになった丸井の中でワゴンに積まれた千円の傘を買おうとしたのに、二人の財布を合わせても買えなかった。 
 
 
 30分待って小雨になってようやく、
 キミコは左、周さん右に丸井の前で別れた。
 雨に打たれながら、キミコは中野のアーケードまで小走りで、
 丸井では使い物にならかった、祖母に買ってもらったディズニーのキャラクターの入った小銭入れから10円玉を摘まみだして公衆電話の挿入口に入れ、母に迎えに来てもらったのを覚えている。
 周さんはどうして、あの日、わたしを丸井に誘ったのかしら。
 
 
 案の状、キミコは成人式のあった中野サンプラザで一人の友人にも出会えなかった。
 彼女の側に母がずっと付いていて、式が終わって、
 二人で外に出ると、待ち合わせのカフェで父が待っていた。
 帰りのクラウンの後部座席でも、キミコはずっと上の空だった。
 

 家に戻り、キミコは晴れ着のまま、豪華なお寿司をつまみ、
 お正月に続いて、お猪口一杯の日本酒をぐいっと飲み干し、
 二人の祖母からそれぞれ、封に包んだお祝い金を受け取った。
 普段は会話すら疎らな弟の洋一からも、
「お姉ちゃん、成人式おめでとう」と、声を掛けられた。

 
 二人の祖母と母に手伝ってもらい晴れ着を脱いで自分の部屋に戻り、ピアノに触って、キミコは初めて周さんを探そうと思った。
 でも、お風呂に入り、パジャマに着替え、ベッドの中で瞼を閉じ、
 周さんの顔を思い出そうとしとしが、輪郭も浮かばなかった。
 周さんに会いたくても、無理だと諦めた。

 
 中学高校と私立の女子校に進んだことによって、
 地元の学校には区立小学校しか通わなかったキミコには幼なじみともいえる友達が一人としてなく、
 その結果、連絡のつく小学校時代の友人も一人もいなかったのだから。
 

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 6
 
 中野ミドリは都内の一軒屋に赤の他人と住んでいる。
 彼女は東京へ移り住むことを決意していたものの、 
 引っ越しの初期費用を抑えるために苦心した。
 

 昨年の3月、会社に辞表を出す3週間前、
 富山の寮からノートパソコンでネットサーフィンのあげく、 
 ようやく安上がりなシェアハウスのサイトを見つけた。
「急遽、欠員が生じるため、シェアメイトを募集します」
 ミドリは思い切ってメールを出した。
 
 
 翌日、ミドリに返信メールが届いた。
「引っ越しは日曜日です。 
 都合がつけば、東京で部屋をご覧になりませんか?」
 早速、ミドリは返信を出した。
「来週の月曜日、田端に伺います」
 以来、彼女はこの家の一室に住んでいる。
 シェアハウスの住人は全員女性で、大学生、OL、看護師、
 シェフ見習い、ミドリを含めての5人。

 
 朝7時に起きて、
 いつも時間が重なるOLの石田さんとシェアハウスのリビングで、 パンとコーヒーの軽い食事を摂り、ミドリはそのまま日本語学校に向かう。
 そんな毎日の繰り返しだった。 

 
 毎朝、シェアハウスから田端駅まで歩き、山手線に乗り、
 ミドリはスーツ姿で日本語学校のある上野まで通勤する。
 午前9時前、彼女が学校の手前で見た状況がこの日の異常さを物語っていた。
 

 すでに大変な騒ぎだった。
 事件の匂いや噂を嗅ぎつけた野良犬どもがぐるりを囲っていたのである。
 何事かと感じたミドリは人混みを避けるようにビルの中の日本語
学校に入った。
 
             
 グレーのスーツを着た背の高い中年女性の事務長にミドリは呼び止められた。
 小柄な彼女は事務長を見上げるまでもなく、
「中野さん、早く入りなさい」と催促された。
 

 ミドリが素早く室内に入ると、
「あなたは今朝の事件を知らないのですか?」 
 さっそく、事務長に尋ねられた。
「何があったのでしょうか?」 
「あなたはのんびりしていますね。
 早朝、警察から連絡があって、うちの学生2名亡くなったようです。
 まだ、口外していませんが、
 マスコミが噂を聞き付けて、押し掛けているのです。 
 
 もし、彼らに何か聞かれれることがあって、知らない振りをしなさい。
 決して口を開いていけません。
 それより、外出を禁止します。
 電話で尋ねられても、何も聞いていませんと、言い張るのです。
 解りましたか、中野さん。
 それから、お昼も、出前で済ませて下さい。
 そのうち、あなたの耳にも情報は入ってくるでしょう、
 あなたはわたしに言われたことだけをすればいい。
 決して誰にも何も喋らないこと。
  
 これからが本題です。
 明日から、新学期の予定でしたが、
 とりあえず、明日は臨時休校です。
 明後日から新学期を始めます。
 中野さん、学生達の連絡係をお願いします。
 携帯に電話、メールが繋がらないようなら、 
 アパート、寮などに連絡しなさい。
 それでも、連絡がつかない人には学校の友人繋がりでも何でも結構です。
 今からすぐに始めなさい」
 そう言って、事務長は部屋から出て行った。
 
 
 事務長は富山から出て来たミドリを面接し、
 数いる応募者の中から彼女を採用したくれた恩人である。
 いつもは温厚な事務長が初めて険し顔を見せた。
 ミドリはパソコンのモニターを見ながら、
 日本人学校に在籍する百人以上の学生、一人一人に電話を掛けた。
 

 全員が携帯電話を持っているので、電話に出た学生には直接、
「明日は臨時休校で、明後日から新学期になります」と、伝えた。
 大半の学生は「ああ。そうですか」と言って納得してくれたが、
 中には「どうして学校が休みになるんですか?」と、
 手こずらせる学生もいた。
 

 彼らにしても、大金をはたいて日本まで来ているのだから、
 言わんとすることが解らなくもなかったが、
「急な用事で休校になります」と、ミドリは言葉を濁した。
 それでも納得できない学生もいて、
「わたしは明日、学校に行きます」と、韓国訛りで怒っていた。
「事務長の命令です」と、ミドリが語気を強めて言うと、
「解りました」そう言ったなり、学生は電話を切った。

 
 電話に出なかった学生には留守番電話にメッセージを残した。
 留守電サービスを利用していない場合は携帯電話のメールアドレスにメールを送った。
「明日は学校をお休みにします。
 次の次の日から新学期になります」と、
 電話と同じメッセージを解りやすい日本語の文字で伝えた。
 
 
 就業時間の午後6時になって、
「2名を除いた学生に連絡がつきました」
 事務長に報告すると、
「ご苦労様でした、あなたはもうお帰りなさい」
 ミドリは身が引き締まるというより、緊張したまま、
 1度も外出せず、一日の仕事を終えたのである。
 
 
 夜の7時、ミドリは上野からまっすぐ田端に戻って来るなり、
 リビングにいた大学生で同じ歳の田中さんに「ただいま」と、
 軽く挨拶したなり、自分の部屋に直行した。 
 濃紺のスーツも脱がず、彼女はベッドで大の字になった。
 

 それほどまでに疲れていた。
 こんな事は生まれて2度目の事だ。
 

 バスガイドになって初めての仕事で東京ディニーランドを訪れた時、あの日はともかく我も忘れて朝まで眠り続けた。
 しかし、今回は今までに経験したことのない緊張感で頭の天辺から爪先まで、何かに締め付けられるような鈍い重みと張りで、 
 すーっと意識が遠のいて、そのまま倒れるように、
 2時間ほど眠ってしまった。
 
 
 目が覚めて、ミドリが部屋のラジオのスイッチを入れると
 都合よく、ニュースが耳に入って来た。
 無意識のうちに朝の事件が気になっていたのだ。
 

 声から想像して、父親世代の男性のアナウンサーが伝えるところ、
 台湾人2名と中国人2名が都心からそう離れていない閑静な場所にある、戦前に建てられた由緒ある中華系の寮で死亡したと。
 事件か事故かの詳細は明らかになっていない。
 ただ、事務長の話では、亡くなった4名の内、うちの学生が2名含まれている。

 
 ミドリは上着を脱いで部屋からリビングに出た。
 夕食を終えたシェアメイトの話掛けにも上の空で、
 ドラマを流すテレビにも目向けず、冷蔵庫の冷凍室の自分用の冷凍したごはんをレンジに掛け、永谷園のお茶漬けで流し込んだ。
 このシェアハウスでは朝は急ぎの人もいるので10時までは、
 リビングのテレビは付けない決まりで、
 ミドリの部屋にはテレビがなかった。 
 だから朝のニュースで台湾と中国人の死亡事件を知らなかった。
 
 
 ミドリは一旦部屋に戻り着替えとタオルの用意をして、
 5人で共有するバスとシャワーのうち、
 いつものように彼女はシャワー室に入り、汗と疲れを流し落とした。
 実家を出たミドリはお風呂に浸かるのを極力さけ、
 富山の寮でもこのシェアハウスでも、シャワー派になっていた。
 もう一度部屋に戻ったミドリは、パジャマに着替え、
 夜の眠りについた。
  

 翌日、ベッドで目覚めたミドリは頭が重く、体の節々が痛かった。 それでも、仕事を休む訳にはいかない。
 気を入れて、ベッドから起き上がり、
 いつものようにリビングでOLの石田さんと軽い食事を摂っていると、彼女が何かを思い出したように、
「ねえ、ミドリさん。 
 あなた、日本人学校に勤めているのよね」
「はい。そうですけど」
 ミドリは怪訝そうに応えた。
 というのも、彼女はシェアハウスで仕事の話を極力避けていたからだ。
 

「わたしの知り合いに、中国人の彼氏がいて、
 その人から今度パーティに来ないと誘われているんだけど。
 中国人って、どうなのかしら。
 あなたの学校にも多いんでしょう」
「そう言われれば、そうですね」
 曖昧に応えて、朝食を終え、ミドリはシェアハウスを出た。
 
 
 学校に着くなり、
 昨日と同じグレーのスーツを着た事務長がミドリに歩み寄って、
「うちの学生の2名が死亡したと、正式に警察から連絡がありました」
 と、耳打ちした。
「一人は中国人女性の金さん。
 もう一人は台湾人男性の陳さんで、
 昨日、あなたが連絡が取れないと言っていた二人です。
 二人が死亡した原因はまだ解っていません」
 そう言うなり、事務長は踵を返し、ドアの外へ出て行った。
 
 

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 5
 
 渋谷ツヨシは子供の頃からの友人のユウジに誘われ、
 彼の住む川崎市の丘陵地帯に出向いた。
 アパートのある立川からJRの南武線に乗り、
 シートに腰掛けていると、見るからに労働者風の中高年や若者が入れ替わり立ち替わり、電車に乗っては降りた。
 

 この沿線には日本を代表する大企業の工場とそれを支える中小の工場が多摩川を挟んでいる。
 彼らの発する標準語的な労働者風の言葉尻を捕らえると、
 工場勤めなのだろうか、少なくともこういう人達が縁の下で日本の経済を下支えしていると、学生のツヨシにもはっきりと感じられたのである。
 彼らと相反して、セーラー風姿の女子高生がお喋りに花を咲かせ、 覇気のない男子高校生が携帯をいじっていた。
 
 
 ツヨシは溝の口で田園都市線に乗り換えた。
 ユウジとは携帯電話で話し、メールで連絡を取り合い、
 月に2度ほど新宿や渋谷で会うことはあっても、
 距離的に近いようで何だかんだと移動に時間が掛かり、
 わざわざ多摩川を渡って、東京から神奈川に来るのは久しぶりだった。
 

 ツヨシは電車を降り改札を抜けると、
 駅前のロータリーから大通りを道なりに歩き、
 公園の脇から坂道を上り、ユウジの部屋の前までやって来た。
 この沿線は戦後、東急が山を切り開いた街でとにかく坂が多い。
 

 坂はツヨシに故郷の長﨑を否応なしに想い出させる。
 彼の実家は坂の中腹にある木造の一軒家だ。
 
 
 ツヨシが一人でここを訪れるのはユウジの引っ越しの手伝いに来て冷蔵庫を貰って以来、5度目である。
 大学入学と同時に一人暮らしを始めたツヨシと違って、
 ユウジは大学入学後、1ヶ月、この先の中央林間に住む、 
 母親の弟である叔父の家族との暮らしが窮屈になり、
 ゴーチェルデンウイークが明けると、急に一人暮らしを始めたのだ。
 我が儘といえば我が儘だし、親に強制されたとはいえ、
 自立心の強いユウジが親類の家で落ち着けるとはツヨシは想えなかった。
 

 ユウジはインターネットで不動産のサイトを小まめにチェックして、アポイントをとった不動産を数件回り、あっさりその日のうちに部屋を決めた。
 両親に背いての一人暮らしのため資金援助が期待できず、
 敷金を含めた引っ越し費用は学生専用の分割にしたので、
 とにかく、ユウジは金が必要だった。
 それ以来、学業よりアルバイト優先の日々が始まったのである。
 
 
 ここは古い建物とはいえ、6階建の鉄筋コンクリートのマンションでエレベーターがあり、冷蔵庫を運ぶのにずいぶんと助かった。
 部屋に備え付けのミニ冷蔵庫をユウジがよく確認せずに、
 先輩からもらっていたお古が邪魔になり、
 ツヨシが譲り受けることになった。
 

 ツヨシとユウジはマンションの管理人に借りた台車に古い冷蔵庫を乗せ、エレベーターで1階まで降りると、
 そのまま敷地内の駐車場まで運び、
 白いスプリンター・トレノの助手席側のドアを開け、
 シートを前に倒し、どうにか後部座席に押し込んだ。
 

 トレノは国道246号線から多摩川沿いを走り、
 日野橋を渡り、立川のツヨシのアパートまで走った。
 木造アパートの2階のツヨシの部屋まで、
 小さいながらも冷蔵庫を持ち上げて階段を上りって、一息つき、
 ようやく部屋に入れた時、二人はその場に立ちすくんだ。
 
 
 マンションの駐車場に駐まる、長﨑ナンバーの白いトレノを確認して、ツヨシはユウジの部屋の601のインタフォンを押した。
「上がってきな」愛想のないユウジの声とともに、
 ドアロックが開けられ、ツヨシはエレベーターで上った。
 1ヶ月ぶりの再会。
「晩飯でも食おうぜ」
 ユウジの言葉にツヨシは軽く頷いた。
 
 
 何人かのオーナーを経て、トレノはユウジの手に渡った。
 元といえば、ユウジの従兄弟の車だった。
 父方の姉の息子が乗っていた車を形見代わりにユウジが高校卒業前に手に入れた。
 

 高校の卒業式の後、二人は大学進学で上京するために、
 ユウジが運転する若葉マークのトレノは長﨑から高速道に乗った。
 佐賀と福岡の2県を跨ぎ、新門司ターミナルからカーフェリーに乗船したトレノは船の中では大人しく留守番をしながら、
 四国の徳島を経由して東京湾の有明ターミナルまで二人のお供をしたのである。
 

 縁あって、この古い国産車は長﨑と同じ坂の街へ連れて来られた。
 スプリンター・トレノはかれこれ、15年以上は走り続けている。
 いつもながら、ユウジがハンドルを握り、ツヨシは助手席。
 というもの、ツヨシはまだ運転免許証を持っていなかった。
 

 トレノは多摩川に背を向け246を進み、ファミレスの敷地に入った。
 食後のコーヒーを飲みながら、明日の打ち合わせを確認し、 
 コーヒーのお替わりを飲み干して、彼らはトレノで部屋に戻った。
 
 
 ユウジの部屋はワンルームマンションとはいえ、
 約8畳の洋間で学生の一人暮らしには充分な広さがあった。
 難点といえば、トイレとバスタブが同室で、バスタブに浸かる、
 体を洗う、シャワーを浴びると、必然的に水浸しになる。
 キッチンが狭く、IHのヒーターの下にミニ冷蔵庫と、
 猫の額した洗えないようなおまけのような狭いシンクが付いている。
 

 対照的に、ツヨシの部屋は木造ながらキッチンが広く、
 前の住民の置土産の都市ガスの2個口のレンジとユウジからもらった冷蔵庫。
 室内は約6畳、フローリングに所々にシミと家具を引き摺った跡の傷が残り、梯子を上ったロフトには段ボールに詰まった文庫本と下着、シャツ、セータ、ジーンズなどが入った衣装ケース。
 
 
 シャワーを借りたツヨシはタオルで髪を拭きながら、 
 サッカーに夢中になるユウジに軽く嫉妬した。
 テレビも部屋もここの方が優っていた。
 やはり、ものを言うのは金だ。
 でもユウジは授業料はともかく、生活費の大半は自分で稼いでいる。
 

 その夜、明日の打ち合わせを軽く済ませた二人は、
 ユウジは自分のベッドで眠り、
 ツヨシはソファーをベッド代わりに一夜を過ごした。
 
 
 翌朝、先に目ざめたツヨシが6階のベランダから外の景色を見ていた。
 東名高速が走り、246が走り、雑多なマンションやアパートの混ざって、一戸建てが並び建つ。
 それと同時に、見晴らしが良いこの部屋から眺めでこの街には、
 いかに坂が多いのかを再確認した。
 長﨑と同じだ。
 だから、ユウジはこの街を選んだのだろう。
 

 しばらくすると、シャツとパンツ姿のユウジが眠気眼でツヨシの横に現れた。
「おはよう。
 朝飯にパンでも食べるか?」
 ツヨシは黙って頷いた。

 
 ユウジは冷蔵庫から厚切りの食パンを取り出し、
 トースターを兼ねるレンジでパンを焼き、IHヒーターで湯を渡した。
 マイカップと来客用の黒いカップにインスタントコーヒーを小さじ一杯と小袋から4グラムのグラニュー糖を入れ、室内の白い丸テーブルに並べた。
 

 ユウジが手際よく動いている間、ツヨシは朝まで眠ったソファーに腰掛け、40インチのシャープの液晶テレビの画面に観入っていた。
 
 
 ワイドショーでは昨日の台湾人、中国人の死亡ニュースの続報だ。
 昨日から衣装を変えた中年の女がマイク片手に伝えている。
 相変わらず狭い通りい蔦が生い茂っていた。
 

 死亡した4人はともに戦前に建てられた中華会館という古い寮に住む、2名の台湾人男性と2名の中国人女性で、
 今のところ、4名が死亡した原因は不明。
 どうにも奥歯に物が引っかかっている物言いだった。
 男性の台湾人は各々20歳、女性の中国人は各々21歳。
 彼らの2名が日本人学校に通う留学生ということだ。

 
 トースターを兼ねるレンジがチンと鳴り、
 ユウジは2枚のパンと取り出し、トレーの上の2枚の皿に乗せ、
 それぞれのカップに沸いた薬缶のお湯を注ぎ、
 冷蔵庫の中の丸いカップのヨーグルトを一緒にトレーに乗せテーブルまで運んだ。
 
 
「バターやジャム代わりにヨーグルトをトーストに塗って食べると美味いんだぜ」
 ユウジは床に座ってパンを齧り、コーヒーを飲んだ。
「どうした、食べないのか?」
 あっと言う間にトーストを平らげたユウジの目は
 ソファーに腰掛けたまま、テレビの画面に興じるツヨシに注がれた。
 
 
「俺がせっかく、朝飯を用意してやったのに無視しやがって。
 ツヨシ、相変わらずだな。
 長﨑から東京に出来てきても、ちっとも変わらない。
 いつもまでも、田舎を引き摺らずに、少しは進化しろ。
 どこの馬の骨とも知れない、中国人がテレビの中で死んだ。
 テレビという、現代社会が生み出した幻想の世界で中国人が死にましたとさ。
 
 ただ、それだけだろう。
 そんなことちっとも、珍しくないさ。 
 気になんかしれいられない。
 知り合いでもないんだろう。
 中国人なんて、日本に五万といるどころか、百万人はいるんだから」
 

 ソファーから床に移り座ったツヨシはトーストをコーヒーに浸し、口に運び、それを何度か繰り返した。
 ようやく、朝食は終わり、連日のワイドショーの中国人情報も終わりを告げた。
 
 
 二人は着替えの入ったバッグを肩に下げ、
 エレベーターで1階まで降りた。
 ツヨシは辛子色のジーンズにチェックのシャツと黒いジャケット。
 対するユウジは膝から所々に穴あきのブルージーンズに、
 綿の白いカットソーの上から紫の薄いパーカーを羽織っていた。
 コンクリート敷の野ざらしの駐車場でお留守番するトレノに別れを告げた。
 

 駅までの道程で小坂を上っては下り、
 二人は電車と地下鉄を乗り継いで横浜に出た。
 
 
 ツヨシは汐の匂いが懐かしかった。
 海の香り長﨑を想い出させる。
 二人は駅から流れた。
 背後に建ち並ぶ高層ビルが見えた。
「あれが、みなとみらい?」と、ユウジに尋ねてみようか、
 そんなことも知らないのか」と、馬鹿にされそうで喉元で止めた。
 
 
 それにしても、横浜は不思議な街だ。
 150年前は横浜村という名の、漁村にして寒村だった。
 江戸時代に大きな基盤を築かずに、明治以降、もっと正確に言えば、戦後になって大都市へと化けたのは、日本では横浜と札幌くらいだろう。
 

 横浜港は幕末、琉球経由で黒船に乗ってやって来たペリーによって江戸幕府が開港した港のうちの一つで、それ以来、外人や船乗り相手の商売を基にして、今や日本一ともいえる港となった。
 その代わりといっては何だが、それまで出島で江戸幕府の対外貿易を独占していた、ツヨシとユウジの故郷の長﨑に影が差した。
 
 
 昼には少し早かったが、二人の足は自然に中華街に向かった。
 中華街の外れのテーブルクロスもない店で、
 中国訛りウィーイーターが二人の目の前に並べたのは、
 チャーハンと中華野菜の盛り合わせと薄味のスープが付いていた。
 急須の中国茶を互いに小さなカップに注いで、
 一口で飲み干すと、ツヨシとユウジは店を出た。

 
 長﨑にも、もちろん中華街がある。
 横浜に比べると遙かに歴史が古いが、規模は比較にならず、
 街というより一角という程度で、そこが中華街と知らなければ通り過ぎてしうまほど小さなエリアに過ぎない。
 

 それでも、ツヨシとユウジは中国人には慣れている、
 良くも悪くも、俺達は横浜の奴なんかよりずっと、
 生まれる前から中国人に接しているんだ。
 先祖から受け継いだ遺伝子に組み込まれている。
 この街の中国人が大陸係か台湾係か、
 仲良く共存しているのか、反目しているのか、
 戦前からの古株なのか、平成になってやって来た新入りのなのか、
 違いはあっても、中国人は中国人に違いない。
 
 
 二人にとって中国人なんてのは、どこのか馬の骨どころか、
 街をうろつく野良猫みたいものだ。
 中国人は猫と同じように街をうろつき、勝手に人の国に棲み着いてしまう。
 
 
 江戸時代に鎖国していた日本で、中国人はある種特別な扱いで、
 当時の長﨑には出島に出入りしていたオランダ人用と中国人用の娼家が揃っていた。
 大航海時代を待たず、東シナ海を渡れば日本に辿り着く中国人は、
 当然のようにオランダ人より遙か昔から長﨑に来ていた。
 
 
 子供の頃、誰かに聞いた覚えがある。
 小学校からの同級生のツヨシとユウジの近所の遊び仲間の先輩か誰かが言い出した。
 

「長﨑の猫はどこからやって来たのか?」と。
 二人ともすっかり忘れてしまっていたが、
 嘘なのか本当なのかは知らないが、
 ツヨシとユウジの家の近くの占いが趣味の目の不自由なおばあさんの話では、長﨑に生息する猫は中国か東南アジアから船に乗ってはるばる渡って来たらしい。
 
 
 猫が勝手に船に乗り込んだと考えられなくはないが、
 ねずみ取りのためか、
 猫好きな船乗りや乗船者が連れて来たと考えるほうが自然だろう。
 その猫が日本全国に広まったと。
 
 
 その当時ですら、二人にとって想像するのが難しかったが、
 もう亡くなってしまった、そのおばあさんがまだ子供の頃、
 目がくっきりと見え、腰がすーっと伸びて、
 まだ長﨑に原爆が落とされる前の時代の話で、
 猫の尻尾が真っ直ぐ伸びているのか、尻尾が曲がっているのかの違いで、猫のルーツが中国産か東南アジア産か見分けるのだそうだ。
 

 そんなことはこの際、どうでもいいことだ。
 猫の顔を見ても、啼き声を聞いもどこからやって来たのか解らないように、中国人の顔を見ても、言葉を聞いても、
 大陸か台湾か、上海か北京か、福建省か広東省なのか、
 ツヨシとユウジには、猫同様に見分けなど付かないのだから。
 解っている事といえば、
 中国人も猫と同じく海を泳いだのではなく、
 船に乗って、はるばる長﨑にやって来たという事実だけだ。
 
 
 ツヨシとユウジは表通りから脇道に入った。
 街の表情はそれまでの海風に照らされた港町の表情から顔から一変して、薄汚れたシミの付いたドヤ街へと変貌したのだった。
 同じ横浜の街とは想えなかった。
 ここはかつての長﨑がそうであったように、
 まるで野良猫の住処か、中国人の居留地のようだった。
 

 簡易旅館のような建物とそこに宿泊しているらしいみすぼらしい人の群れと街を、ツヨシとユウジは見るようで見ないような素振りで、早足にもそぞろ歩きにも見える不思議な歩き方で進んだ。
 彼らは日本各地からこの街に流れ着いた後、
 一区画に押し込まれた貧民たちの姿を目の当たりにしたのだ。
 二人は言葉も交わさず街を擦り抜けた。
 
 
 川というよりは運河沿いを歩いて小橋を渡った。
 こうして、並んで歩くと、
 175センチのツヨシのほうが肩が張り骨格が発達しているため、
 遠目には大きく見えるのだが、実際はユウジの方が若干背が高かった。
 
 
 二人には縁遠いセレブな女子大生が好みそうな小洒落た別の街がすぐ目の前に現れた。
 拍子抜けしたツヨシとユウジはこの二つの対照的な街を通り過ごした。
 歩き疲れたというより、緊張感と解放感を同時に味わった二人は、 伊勢佐木町から脇道を抜けて、暗黙の了解で喫茶点に入った。
 

「冷コー、冷コーや」 
 ウェイトレスが黙って突っ立っていた。
「こら、姉ちゃん、冷コーも知らんのか」
 30歳前の男が若いウェイトレスに切れかかっていた。
「アイスコーヒーのことですよ」
 連れの若い男が助けを入れた。
 
 
「関東の女は!」
 作業着風の男はそう言って、胸ポケットからラッキー・ストライクのパッケージを取り出し、連れにも一本差し出し、ライターで火を付けた。
 ウエイトレスが2杯のアイスコーヒーを持ってテーブルの上に並べると、男はかっさらうようにグラスを横取り、煙草をくわえたまま、一気に冷コーを飲み干した。
 

 二人は横のテーブルでホットコーヒーを飲みながら、
 彼らの話を黙って聴いた。
 
 

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