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2017-01-18 22:53:40

DeNA傘下の詐欺旅行サイトの違法手口

テーマ:企業・機関の「裏の顔」

DeNAは故意に詐欺に加担したのか]

DeNAは去年11月末に各傘下企業が提供するキュレーションプラットフォームサービスに於いて、誤った記事や盗用記事・写真等の指摘が何百件にも上ったことから、全ての傘下企業の提供サイトを休止したとのこと。

 

キュレーションプラットフォームサービス・サイトの中の旅行部門が、詐欺会社である株式会社Find Travelが運営する旅行のポータル悪徳サイト「ファインドトラベル」。DeNAの傘下(子会社)になったのは20152月。

 

当時の代表CEO井出一誠容疑者(違法行為が明白であるため)は、旅行のポータルサイトを立ち上げる際、如何に楽をして「国内最大」の旅行ポータルサイトにするかを考えた。そして安易で稚拙な行為を行ってしまう。

 

それは、自社社員(契約社員を含む)一人一人が何十ものアカウントを使用して別人になりすまし、旅行関係や自治体のサイト、個人ブログ等から、美しい写真と優れた旅行記等の記事を探して「盗用」し、一つの旅行記として投稿すること。一応、写真等には出典URLを明記しているが、出典元から承諾を得たケースはなかった。

 

そしてサイトのアクセスカウントについては、延べクリック数を有効にした。つまり、社員が皆、自分の投稿を一日何百回もクリックし、サイト全体のアクセス数を上げていたということ。

これによって読者ユーザーアクセス数が、国内の旅行ポータルサイトの中で最大となり、「国内最大の旅行ポータルサイト」と謳って広報活動を展開する。

 

ネットニュースでは、これを鵜呑みにして報道したケースもあったと思うが、地上波テレビや一般紙の新聞等の「一流マスコミ」は、「ウラが取れない」ということで報道しなかったはずである。

 

DeNAがなぜ、こんな「ウラが取れない」サイト運営企業を傘下に収めたのかは分からないが、果たしてDeNA側は本当にこの違法行為を知らなかったのか、という疑問が出てくる。

 

DeNAのように、如何に歴史の浅い企業であっても、普通の企業であれば子会社化する相手企業を最低限、調べるはずである。ファインドトラベルサイトについては、調査する以前にトップページを見れば、公表されているアクセス数や「国内最大」のうたい文句が「偽物」であることが分かる。一日に旅行記が数件しか投稿されないサイトが「国内最大」である訳がない。旅行記の全ての写真が他サイトからの転載というのも普通のサイトではあり得ない。

 

その「数件」の旅行記は全て自社社員が投稿したもので、一般のユーザーが投稿する旅行記は新着ページには反映されない。検索すると表示されることもあるが、その際でも関連性の薄い自社社員の旅行記が優先的に表示され、一般ユーザーの旅行記は最後に表示されるようになっている。

 

今回の傘下企業サイトの休止の要因は、医療部門サイトの記事が出鱈目だったことなのだが、一応、責任を取る形でDeNAのCEOは自らの報酬を半年間、僅か30%だけカットすることを公表している(添付画像)。しかしその医療関連記事についての炎上がなければ、ファインドトラベル等のサイトはそのまま継続されていたかも知れない。

 

サイトを見ただけで、相手企業が「偽物(偽者)」であることが分かるにも拘わらず、傘下に入れたのは、最初からDeNA側も「偽物サイト」であることを知りながら、自社の価値を高めるため、子会社化したのではないだろうか。Find Travel社側も「DeNAグループ企業」という信頼を得て、HISやるるぶ、自治体関連の公的機関等とコラボしている。

 

是非次回の株主総会で株主や総会屋の面々が「真相」を追求することを期待する。

しかし、「国内最大のクチコミ&旅行ポータルサイト」を謳うフォートラベルも約9割の旅行記投稿者の一日のアクセス数は数十ほどと、「国内最大」の宣伝文句が疑問視される。また、投稿に応じて付与するポイント制に於いても不正が確認されている。
 
サイトは信用せず、旅行先は自らの意思で決める、という方は次のバナーをプリーズ・クリック

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2017-01-17 21:34:41

愛媛の超とがったミニ岩山三山(お気軽ハイキング)

テーマ:登山関係

[三山とも30分台で登頂可]

愛媛県内に於ける究極の尖峰の内、スーパー低山(標高200m~500m未満とする)一座とウルトラ・スーパー低山(標高200m未満)二座を紹介したい。

 

三座とも麓から仰ぎ見ると、登頂が困難ではないかと思うほど、山頂部が鋭角的に尖っているが、いずれも急登の少ないコースがあり、ハイキング初心者でも登頂できる。

 

(1)  千羽ヶ岳(401.1m)[西条市丹原町]

東温市の旧川内町から西条市丹原町にかけての国道11号沿いに「桜三里」と呼ばれる桜の名所がある。

 

その丹原町千原(ちはら)地区の中山川を挟んだ対岸、千原と丹原町臼坂、丹原町鞍瀬の三地区の境界が重なる地点に、藩政時代より桜三里とセットで、その景観が愛でられてきた景勝地がある。それが県下のスーパー低山一の尖峰、千羽ヶ岳である。

 

そんな千羽ヶ岳は中山川沿いが断崖になっているものの、裏手の稜線を車道が越えており、そこから尾根伝いに歩くだけで簡単に登頂できる。急登もヤブも皆無。

コースガイドとコース図→伊予の低山随一の尖峰・千羽ケ岳

 

(2)  本尊山(187m)[伊予市双海町]

「夕日のミュージアム」で有名な双海シーサイド公園の上灘川を挟んだ北東に、これまた峨々たる岩山、本尊山(ほぞんさん)が聳え立っている。添付写真では今一つその様子が伝わらないかも知れないが、昭和50年代にJR予讃線上灘駅から撮られた写真を見ると、「岩の富士山」たる山容をしている。

 

また、付近の国道から山の西側を仰いだ際、9合目辺りの断崖に鳥居が建っているのが見えると思うが、それは現在、登山口に建つ天一稲荷神社の前身の社である「本尊の宮」が元徳2(1330)から元禄4(1691)迄、山頂にあったため。

 

山頂直下には治承年間(1177~1181)、藤原氏によって由並本尊城が築城された。その後、城主は南朝方の合田氏、北朝方の得能氏と、落城する度に変わり、天正年間には津々喜氏や稲葉氏が城主だったという。

 

が、長宗我部元親の四国統一時に再び落城。その後、豊臣秀吉の四国征伐による小早川隆景の攻撃で再度落城し、歴史を閉じた。

 

その城壁は現在でも残っているが、山頂下方の岩盤はまるで、近世城郭の城壁を彷彿させるような形状をしている(上の写真)。それは自然の形状なのか、築城や城の改修時に加工されたのかは定かでない。

前述の鳥居の箇所や山頂からは、伊予灘から山口県本土や島群の絶景が広がる。

 

松山方面から向かう際、アプローチが分かり辛いかも知れないが、国道378号の南沿いに小字名の「城の下」という看板が現れてほどなく、外壁に○に「共」と書かれた「上灘共栄網」が入った複合施設が現れる。そのすぐ先の左折道に入る。

 

旧道に突き当たると右折。左手に二軒の民家を過ぎると、天一稲荷神社の石段が現れる。石段口の広場が駐車場なので、軽四以外は斜めに駐車すること。但し、元旦や祭礼日は駐車を遠慮すべき。

 

(3)  医王山(130m)[西条市楠と今治市孫兵衛作との境界]

延長約2.5kmの城壁を擁す古代朝鮮式山城・永納山城跡の縄張内に、地形図での標高が100mの岩山、医王山がそそり立っている。この医王山の山腹にも古代城壁が残っているようだが、残念ながらヤブや土砂に覆われて判然とせず、未整備のまま。

 

この山頂部は全てが岩場(下の写真)のため、360度のパノラマが広がる。頂上には確か、旧東予市が設置した三角点があったように思う。その測量時の高度が130.1m

 

登山口は無名峰登山経験がない者にとっては分かり辛いかも知れないが、2分以内で稜線に上がることができる。

 

因みに私は最初、自治体が整備した永納山の二つのコースを往路と復路に利用し、下山後は道路を回って医王山登山口まで行き、山頂を往復し、永納山登山口まで戻るという、歩き甲斐のある回遊コースを取った。永納山の城壁は部分的に確認でき(下の写真)、展望の優れた複数のピークもある。

 

私が登ったのは最高気温が30度を超えた6月下旬だったが、両山共、潮風が吹いていたので、暑さは殆ど感じなかった。コースガイド→愛媛のサギソウ群生地と古代朝鮮式山城跡と超低山の岩山

 

 

ところで、標高1000m以上の愛媛の尖峰と言えば、久万高原町の石鎚スカイライン沿いにある冠岳(1380m)を思い浮かべる。一時間台で登頂できるが、道なきトラバースやガレ場登りがあるため、読図力とルートファインディング力が必要。コースガイドとコース図は→超尖峰・冠岳と大冠岳

 

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2017-01-16 22:44:33

お龍、土佐和食(わじき)へ(19)

テーマ:龍馬と志士の土佐の主要街道

肺結核で没した有名詩人子孫と交流があった

岸本町道路元標(二枚目写真)から東の土佐東街道の道筋は、そのまま旧国道に重なる。元標から東方を見た際、旧家が全く見られなかったので、香南市香我美町内の街道踏査はここで切り上げることにした。よって今回の記事は机上調査によるものとなる。市販書製作時は全ルート踏破するのだが、ブログではそこまでやる意義はない。

 

野島ハイヤー西隣には、以前取り上げた書家で寺子屋運営者の細木淳蔵の筆塚(下の写真)がある模様。これは淳蔵の没後、門人が廃筆を束ねて埋めた塚。

また、岸本橋東袂が岸本町道路元標の原位置であろうと思われる。

 

街道ルートは以前、「桜とツツジと陸軍壕が同時に楽しめる山

として取り上げた月見山(外部サイトでは→2,700本の桜とツツジが同時に咲く陸軍山砲陣地の山)手前の十字路で県道に合流して南下するが、その十字路北方の月見山宝幢院境内には、以前紹介した徳弘梅左やその父・其舟、松尾芭蕉らの句碑が建立されている模様。

 

県道はほどなく国道55号に合流するが、その合流地の岸本神社入口付近に友綱貞太郎出生地之碑と岡本弥太詩碑(最後の写真)がある模様。前者は安政元年(1854)、岸本に生まれた力士で、板垣退助の知遇を得て角界入りし、前頭筆頭まで進んだ。

 

後者は大正末から昭和初期に活躍した、県下の文学界では有名な詩人で、県下に於ける自由詩の同人誌の草分け「ゴルゴダ」を始め、「短歌芸術」の前身、「あおすけ」等、数々の詩誌や詩集を世に送り出した。

 

詩碑に揮毫したのは高村光太郎で、昭和23年、交流のあった詩人らによって建立された。

余談だが、岡本弥太の子孫とは’90年代後期、ビジネス上の付き合いがあった。子孫は通信機器関連会社の経営者だった。

 

神社入口から左手に数軒過ぎると、また街道は国道と分かれ、北側を並走する。この道も旧国道である。K光氏宅を過ぎると夜須町に入る。

 

次回は土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線夜須駅付近へと移動し、海援隊隊士の墓等を巡った後、土佐電鉄安芸線廃線跡から手結山へと登る。

尚、今回の添付写真の三枚中二枚は、合併前の香我美町教育委員会が発行した「香我美町文化財マップ」から転載した。

 

実際に踏破・踏査した次回の記事に期待する、という方は次のバナーをプリーズ・クリック

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