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先週の「信之」といい、今週の「昌幸」といい、ストレートなタイトルが続きます。

それにしても三谷脚本恐るべし。

昌幸が「信幸が捨てた『幸』の字を、信繁、お前が貰ってはくれぬか。」とおーっと、まさかの「真田幸村」の登場か、と思わせておいて・・・あれですものね(笑)

このドラマには当初の予定通り、「真田幸村」は登場しないようです。

 

これまでさんざんドラマを盛り上げてきた真田昌幸も遂に没しました。

関ヶ原の戦いより10年の幽閉生活。徳川を破って勇名を馳せた武将として、さぞ無念であったろうなと思います。

関ヶ原の戦いにて所領を改易された大名の多くは、他家に仕えるか、後年大坂の陣で豊臣家と運命を共にした人が多いのですが、織田秀信(信長の孫、三法師)のように戦後のストレスで早くに亡くなったものも多くいました。

真田昌幸同様に大名に復帰することなく幽閉の身のまま亡くなった大名の一人が、高橋和也さん演じる宇喜多秀家。

秀吉の猶子であり豊臣五大老の一人、関ヶ原の戦いでは副大将を務めました。

戦後は薩摩まで落ち延び島津家に匿われましたが、やがてそれが徳川幕府に知れることとなり出頭。

最後は八丈島に流され、なんと84歳まで生きました。流人生活55年(!)

何を思って生き続けたのでしょうかねぇ。

八丈島では今でも宇喜多(浮田)という名字が多く残り、皆様割と上品な顔立ちをされているとか。

 

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歴史大好き古藤が、大河ドラマを見て何も見ずに自分の記憶のまま思ったことを書くだけの企画です。史実と異なる場合もあるかと思いますが、ひらにご容赦を。

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真田昌幸改易!

おにーちゃん、真田源三郎信幸改め信之の男気が前面に出ていた今夜の放送。

父・昌幸と弟・信繁の助命嘆願を乞い、なんとか果たした訳ですが、共に尽力してくれたのが舅である本多平八郎忠勝。

言わずと知れた徳川四天王の一人であり、最近ではゲームの影響で戦国最強の武将という認識を持たれている方が多いと思います。

 

初陣は桶狭間の戦いの前哨戦である大高城の兵糧運び入れ。主君である松平元康(=家康)と共に敵中孤立した大高城へ兵糧を運び入れるという困難な任務を成し遂げました。

その後も武功を重ね、武田方には「家康に過ぎたるもの二つあり、唐の頭に本多平八」と称賛され、織田信長にも「花も実も兼ね備えた武将」と評すほど。

さらにその武名を一躍高めたのが小牧・長久手の戦いの時のこと。秀吉と対陣していた徳川軍。秀吉の甥・秀次が率いる別動隊が隙を突いて家康の本拠地・三河を攻めようとしますが、家康はこれを察知。密かに群を返し、これを撃破します。

しかしそのため秀吉に対していた徳川本陣にはほとんど兵は残っていない状態。秀吉はすぐに別動隊を撃破した家康本隊の背中を突こうと進軍を開始します。

その何万もの秀吉軍にわずか五百ほどの手勢で立ちはだかったのが本多忠勝。川向こうから鉄砲を撃ちかけて必死に秀吉軍の進軍を止めます。

これを観た秀吉は忠勝の忠義と武勇を惜しみ、進軍を止めたと言います。

 

また忠勝の武勇を示すエピソードとして、忠勝は戦場で一度も傷を負ったことがなかったといわれています。晩年、小刀で木を削っていた際、誤って自身の左手を傷つけてしまった。「儂も傷を負うとは、死期は近いな。」と悟り、果たしてその通りになったという。

愛槍は「蜻蛉切(とんぼぎり)」、置いていた穂先にとんぼが止まったらそのまま真っ二つになったと言われる天下の名槍です。

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第2次上田合戦も真田軍の勝利。しかし肝心の関ヶ原の戦いでは石田三成率いる西軍が徳川家康に敗北。

ちなみに上田城を攻めていた秀忠率いる別動隊は、結局関ヶ原の決戦に間に合わず。

到着後も秀忠は家康に数日間お目通りも叶わず、後に会った際も大いに叱責されたと言います。

ですがこれも一説によると万が一関ヶ原での合戦に敗れた時に備え、遊軍としてわざと家康が遅れるように指示していたという説もあります。

もし関ヶ原の戦いに家康が敗れていたら、家康は甲斐やあるいは本拠地の江戸で兵を立て直し、最終決戦に臨んでいたでしょう。

あるいは西軍の石田三成も同じように考えていたはずです。万が一関ヶ原で敗れたら、敗残兵をまとめて大坂に残してきた軍などと合流し、京あるいは大坂で最終決戦だ、と。

ところが決戦はわずか一日で終わってしまった。

これは全国のどの大名も予想していなかったことでした。

 

だから九州の黒田官兵衛も奥州の伊達政宗も、一応東軍として自分の領地の周りの西軍と戦っておきながら、中央の情勢次第ではいつでも徳川と対峙する方策も考えていた。

伊達政宗に至っては露骨に東軍方の南部領内の一揆の手助けをして、家康に戦後睨まれている始末。

真田だって、戦が長引けば更に徳川の背後を脅かすような戦略も取れたはずです。

 

この関ヶ原の戦いにおけるスピード決着によって、いよいよ時代は徳川の流れになっていきます。

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まさかのチョイ役登場、伊達秀宗(笑)。 彼は伊達政宗の長男ですが側室である飯坂御前(「独眼竜政宗」では秋吉久美子さんが演じられていました。)の子であったため嫡男にはなれず、後に宇和島藩の初代藩主となる子です。

 

犬伏の別れの下駄投げつけ前歯欠け事件も抜け目なく描かれてしまっていたので、今日は衝撃の死を迎えた細川忠興夫人、ガラシャの話。

彼女は明智光秀の娘で、名を玉といいました。たいそう絶世の美女だったようで、夫・細川忠興の寵愛も並々ならなかったようです。

本能寺の変の折に親族として罪が及ぶことを恐れた父・藤孝に玉を離縁するするよう言われても忠興は断固拒否。

また植木職人が彼女の顔を見たというだけで、嫉妬に狂った忠興はその植木職人を斬首。

そして関ヶ原の戦いの発端となった上杉討伐に向かう際、忠興は「敵に捕まる辱めを受けるようであれば、屋敷に火を放ち自らの命を絶つ」よう命じたのです。

そして今夜の放送にあった通り、石田方に人質に取られそうになったガラシャは屋敷に火を放ち、家老に自らを殺させます。

戦後の忠興の落胆と怒りは激しく、当時細川家に砲術指南として仕えており屋敷の護衛をしていながら逃亡した稲富祐直には追手を差し向け(後に徳川家康によって助命される。)、同じく屋敷から逃げ延びた嫡男・忠隆の妻(前田利家の娘)と離縁するように忠隆に要求。

これを拒んだ忠隆は廃嫡・勘当され、三男・忠利が嫡男となりました。

 

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ようやく観られた「シン・ゴジラ」
怪獣映画というよりは、ゴジラという災害映画。さすがにゴジラとの最終決戦は超エンタメしてましたが。
エヴァンゲリオン新劇場版と同時上映された「巨神兵東京に現る」をたっぷり見せて貰った印象。

新旧入り混じったBGMがいい。「庵野監督はハードルは高いが、気に入ったものはとことん気に入る。心中出来ると思ってるんじゃないかな。」といった音楽担当の鷺巣詩郎さんの言葉が浮かびつつ。
やっぱり一度は鷺巣さんのあの例のBGMで会議がしたい!(笑)

そして前田あっちゃんよりも斎藤工さんよりも、断然目立っていた川瀬陽太さん。すげぇわぁ。。。
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直江状を読み上げる村上新悟さんの声、マジで良いなぁ。

しかしせっかく劇中で武将の呼び名を「名字+官名(or通称)」にしているのだから、「明石全登」ではなく「明石掃部」って呼んで欲しかった。。。

 

さて今夜は出番のなかった片岡愛之助さん演じる大谷刑部(吉継)、小田原の陣後くらいから徐々に体調を崩し、いつの間にか政務にも参加出来ない状態に。

関ヶ原の戦いの時点では目も見えない状態だったと言います。

何の病気だったかは諸説ありますが、「らい病(ハンセン病)」だったと言われています。

病気の影響で顔の皮膚はボロボロになってしまったため、顔を白い頭巾で覆っていたとも。

石田三成とは単なる同僚を超えた親交があったとされており、そのきっかけとしてこんな逸話が残っています。

ある時秀吉が家臣を集めて茶会を催しました。茶碗を回し飲みする際、初めに回ってきたのが吉継。しかしその時吉継は既に病を患っており、顔から膿が茶碗に落ちてしまった。

それを見ていた他の武将たちは茶を飲むふりだけをして次々と茶碗を回していったが、石田三成は堂々とその茶を飲みほした。そのことに感激した吉継は、以後三成を友として生涯を彼のために尽くしたという。

吉継は武人としての評価も高かったため、秀吉をして「百万の軍を預けたい」と言わしめ、加藤清正ら武断派の評判の上々、徳川家康との親交も厚かったと言われています。

それほどの人物でありながら、三成は関ヶ原の戦いの計画に吉継を誘ってはいませんでした。

実戦経験不足の石田三成方首脳陣。百戦錬磨の徳川家康相手にはなかなか厳しい戦となっていきます。

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今夜は以前お仕事をご一緒させて頂いた仁科貴さんの長編映画初の主演作(意外!)「パンチメン」を観に行ってきました。
もう「バカでー」「意味ね〜」「くだらね〜」(※全部褒め言葉です。)な純然たる娯楽作。ただただひたすらに楽しめる作品となっておりました。
メインテーマ曲も70年代のスーパーロボット風でお気に入りです。
残す公開は明日(8/27)と明後日(8/28)の14時〜、17時〜、20時〜の3回ずつ。
お時間ある方は是非に(^^) 詳しくは公式サイトまで。
http://nakama-kenji.com/sp/

写真は主演の仁科貴さんと中間健詞監督。
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明日(というかもう明けて今夜か)、22時から日本テレビ系にて放送の「幸せ!ボンビーガール」内の再現VTRにワンシーンだけですが再現出演予定です。(カットされてたらごめんね)
お時間宜しければ是非ご覧くださいませ。

http://www.ntv.co.jp/bonbi/
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名だたる大名がたくさん登場した今夜の回。

何を話題にしたらよいか悩みました。

 

番組最後の「真田丸紀行」でも紹介されていた細川氏。

細川氏は室町幕府将軍足利家の一族として管領職を務めるなど名門の家柄ですが、この当時細川氏は「長岡氏」を名乗っていました。

細川忠興の父・細川藤孝は室町幕府15代将軍足利義昭の側近として義昭の将軍即位に尽力しましたが、義昭と織田信長の対立が決定的となると信長側に付きます。

義昭追放後、細川氏は山城国長岡一帯を領地として与えられ、名も「長岡藤孝」に改めます。

おそらくは足利色の強い「細川」を捨て去ることで、より信長への恭順の意を示すことが目的だったのではないかと思われます。

長岡氏が細川氏に戻るのは確か関ヶ原の戦いの後だったはずなので、おそらく忠興も「長岡越中守忠興」と真田安房守に対して名乗っていたはずです(笑)

 

来週はいよいよ直江状!

 

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秀吉が死にまたバタバタときな臭くなってきた今夜。


一番のツッコミどころとしては寺島進さん出浦昌相が生きているのかーいっ!って話。僕もこの人物は今回の大河で初めて知ったのですが、調べたところ元和9年(1623年)つまり徳川3代将軍家光が即位する年まで生きていたようです。


さて秀吉没後着々と力を付けつつある徳川家康。共倒れを防ぐため、後継者たる息子・後の2代将軍秀忠を江戸へ発たせます。

しかしながら、実はこの時点で家康の後継者は秀忠と決まっていた訳では無いようです。

家康にはたくさんの息子がいましたが、長男の信康は武田への内通を岳父でもあった織田信長に疑われ、家康の命により切腹してすでにこの世にはいませんでした。

秀吉没後の時点で跡継ぎとして有力だったのが本記事第11回でちょこっと名前を出した次男の結城秀康、そして三男の徳川秀忠。

結城秀康は武勇に優れ器量も充分、長幼の順序から考えても申し分なかったが、母の地位が低く、また豊臣氏→結城氏と他家の養子となっていた点がマイナス。一方秀忠は決して秀でた器量はないものの、治世をそつなく治めていくには向いているとされていた。

しかし未だ秀吉没後の天下が定まっていなかった時期、家康の家臣たちもどちらが跡を継ぐべきか意見が分かれ、参謀・本多正信は次男・秀康を推していたほどでした。

徳川家の後継者が決まるのはもう少し先のこと。


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