テーマ:こぶた(・@・)日記
2011年03月24日

東北地方太平洋沖地震(3.11-3.15)

ども♪
左鼻だけ詰まりやすいでおなじみのこぶた剣士です。
(・@・)ノ


お久しぶりの更新です。

記事自体は、実は数日前に書き上げていたのですが、どうにもアップする気持ちになれず・・・

ずっと躊躇していました。


テーマは3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震について、です。


書いては消して、書いては消しての繰り返しでした。

なかなか自分の気持ちを活字にするのは難しいし、何を書いても非難される気もしていました。

同時に、「自分に何ができるのか?」を必死に考えていました。


著名人、芸能人のように資金もない。
かと言って、何かしらの技術や才能があるわけでもない。

どこにでもいる平凡なサラリーマンの自分にできる事。


ひとつだけありました。
やはりそれは、ブロガーとして、一週間の出来事をしっかり記しておく事でした。

やっとアップする決心がつきました。
むしろ、そのくらいしか出来ません。
背伸びをして、偉そうに地震について語って高尚な人種になれた気がしても夜が明けたら小さな庶民なのですから。


なので、自分の身の回りで起こった事実、変化をただ書き連ねようと思います。



■3月11日(金)
14:40過ぎ、仕事中に強い揺れを感じる。
直感でヤバイと感じ、思わず机の下にもぐる。
本当に長く強い地震。
机がガクンガクン揺れ、机ごとペシャンコにならないか不安に感じたほどでした。


ある程度揺れがおさまったので、同じフロアの人全員に「外に非難しよう」と声がけをし、会社のむかいにある駐車場に避難する事に。


もちろんエレベーターはストップしているので、階段で移動。


階段を降りている途中、ある事が脳裏をよぎりました。


「俺の大切な人たちは無事だろうか?」


同時に、

「震源地は何処だろう?」


神奈川?
千葉?


そのあたりならまだいいかもしれない。


これが、東北や関西方面なら、現地はそうとうにヤバイ事になっているのでは・・・


同時に、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)という港町で暮らす祖母と母の事が心配になりました。


不安は的中。


携帯で震源地を調べた同僚が、

「震源地は宮城県三陸沖で・・・えっ!震度7!?」


・・・はぁ?
(゚Д゚;)?


震度7?


震度5強とか、6弱とか、そのレベルなら体験した事があるが、震度7はさすがに聞いた事がない。
「マグニチュード7の間違いなのでは・・・」


「いえ、震度7、間違いないです。」


心の中に暗澹としたどす黒い泥みたいな気持ちが渦を巻いて体を支配していくのがわかります。
身体に力が入らない。いやな予感しかしない。


とにかく電話。
携帯のボタンを押す手が震えてうまくかけられない。


そして、やはり電話は繋がらない。


どうしよう。
祖母と母が住む家は、まさに震源地ドンピシャ。
今は生きている事を祈るしかない。


気が気じゃなかったけれど、会社の人間と外で雑談をしていたら、業者さんに声をかけられました。
15時から打ち合わせの予定だった・・・
(゚Д゚;)


業者さんは、会社の最寄り駅に降りた瞬間地震に見舞われたらしい。
こんな時に・・・よくきたね。大変だったんじゃない?
せっかく来てもらったので、駐車場で手短に打ち合わせをしました←

業者さんは、電車も止まっているし、どうやって帰ろうか・・・
と言っていましたが、とりあえずバス乗り場を案内し「グッドラック!」と言ってさよならをしました。


そして、電話は相変わらず繋がらない。


でも、ツイッターだけは繋がります。
ツイッターで繋がっている友人の無事を確認。
ちょっとほっとした。


この時は、親にもツイッターさせたいと本気で思った。


引き続きツイッターを見ていると、「仙台空港が埋もれていってる!」というつぶやきを発見。


えっ?どういうこと!?


そう質問を返すと、すぐに「津波で」とリプが返ってきました。


「津波」


その2文字は、俺に今まで経験した事のない絶望感をあたえるには充分すぎました。


祖母の家は、徒歩10分ほどで海なんです。
走れば5分とかからないくらい、海に近い場所に建っているんです。


59歳の母と、82歳の祖母は避難できているのだろうか。


どうか、どうか避難していてくれ。
母ちゃん、どうか、ばあちゃんを連れて避難していてくれ・・・!!
何度も電話しても繋がらないので、祈る事しかできない自分に苛立ちを覚えます。


日も陰ってきました。
余震もだいぶ落ち着いたので、帰宅方法を模索する。
都内の電車は完全にストップ。
帰宅難民で都内はパニックらしい。
政府からは、下手に動かずに会社に泊まれという指示も出た。


徒歩でも2時間くらいで帰宅できるのだが、会社の仲間と一緒にいた方が心強い。
何より、どこの道路が崩れているかわからないのに夜に徒歩で帰るのは危険な気がする。
ということで、会社に泊まる事にした。


約20人くらいで一夜を明かす事になったので、コンビニに食料を調達しに行く。
お弁当コーナーがだいぶ少なくなってきている。
ほとんど買占めみたいになってしまったが、20人分の夕食と翌日の朝食のお弁当とお茶、水を購入。


こぶた(・@・)ぶろぐ

皆でコンビニパーティー。
ローソンのポイントがだいぶ貯まりました←


近くにある誰でも知っている大手さんの社員も泊まりだという。


母と祖母の事を考えると食欲もわかないが、今はどんな事があっても動けるようにしておかなければならない。
食べて体力を付け、気持ちをしっかり持っておく。
これが今俺に唯一できる事。


そういえば、仙台の友人はどうだろうか・・・?
仙台で一番の親友は、祖母にくらべればだいぶ海から遠い場所に住んではいるが・・・
電話してみる。


繋がった!!


もしもし!?無事か!?


なんとか無事。そっちは大丈?
(こんな時に俺の心配をしてくれるコイツが大好きだ。)


うん、大丈夫。
お前の家は大丈夫?


床下浸水は確実だと思うけど、家族全員で避難しているし、大丈夫。


そうか、無事ならよっかった。
携帯の電源も貴重だと思うから切るぞ?


うん。


また会おう。


うん、また会おう。


そう言って電話を切りました。
海からだいぶ離れた親友の家ですら床下浸水。
もう家は波に飲まれた事は間違いなさそう。


相変わらず母に電話は繋がらない。


テレビを見ると、津波に飲まれる町の映像など、恐ろしい映像ばかり。
しかし、肝心の名取市の映像が一向に流れない。


もしや、映像を流す事すらできないほどの惨劇なのでは・・・
映像が流れない事が、逆に自分を冷静にする。


そうだ、妹に電話してみよう。
愛知県に住む妹も、きっと母に電話しようと試みているはず。
もしかして、繋がっているかもしれない。


何度か電話すると、繋がった。


お母さんと連絡ついたか?

いや、私も話せていないんだけど、お母さん、さいたまにいるかも!


・・・はぁ?
(゚Д゚;)?


さ い た ま !?


妹曰く、予定が変更されていなければ、今日はさいたまの知人宅に遊びに来ているらしい。


そうか、さいたまにいるなら生きている可能性が高・・・


祖 母 は ど う し た !?


ヤバイ、ますますヤバイ。


足腰が悪い82歳の祖母があの津波からひとりで逃げられたイメージが全くわかない。
祖母に関しては絶望的な想像しかできない。
いや、母だって予定が変更され、仙台にいた可能性だってある。


本当に、祈るほかにない。
俺は、いつの間にか椅子に座りながら眠りに落ちていた。



■3月12日(土)

早朝。


妹から電話が。


お母さんと連絡が取れた!!
お母さん、昨日の夜のうちにレンタカーを借りて仙台に向かっているんだって!!


な ぜ 仙 台 に 戻 る !


余震だってあるだろうし、そもそも現地入りできるのか?
祖母が心配なのはわかる。
しかし、今は自分の命だろうが!!


と、思ったりもしたけれど、そのなりふり構わない行動力はとても母らしいと思うし、すごいと思う。
俺が同じ状況なら、レンタカーを借りてまで仙台に戻ろうと思うだろうか。
良いか悪いかは別として、ここ一番の母の行動力は尊敬だ。

とにかく生きていたのならいい。

ちょっとだけ、安心した。


6:30頃、電車の運行状況をしらべると、どうやら本数を減らして運行しているらしい。

一度帰るか・・・


会社の窓から見た朝日。
こぶた(・@・)ぶろぐ
こんな時でも、誰にでも平等に朝日は昇るのだな・・・とか、
朝日を見る事ができる俺は幸せ者だな・・など、
そんな事を思ったり。

祖母がこの太陽を見ている事を祈って。


電車はやはりすし詰め状態。
相変わらず余震が頻繁に起こる。
帰宅途中、超満員のホームでみんなの携帯から地震警報が一斉に鳴り出したあのカオスな出来事は忘れられない。


そして帰宅直後、母から電話が!!


もしもし!!
生きてたのか!!


生きてる!!
今、レンタカーを借りて仙台に向かっている。
全然進まない。

今、福島。


何で俺に一声かけてくれなかったんだよ!!


だって電話も通じないしばあちゃんg・・・・


ツーツーツー・・・


切れてしまい、それ以降、一切電話は繋がらなくなった。


たった30秒くらいだったけれど、とりあえずちゃんと声が聞けた。
母は生きている。
今はとりあえずそれでよしとしよう。
せっかく助かった命。
どうか、無茶はしないでくれ。


最後に大丈夫か!気をつけろ!と、声をかけてあげられなかった事が悔やまれる。


テレビをつけると昨日の夜からあまり変化のない映像が繰り返し垂れ流されている。
福島の原発がどうにかなったらしいが、福島の事は右から左で、全然事の重大さがアタマに入ってこなかった。


そしてこの日は、大切な人と会う約束をしていた。
地震後で会えないかもと思ったけれど、会ってくれるらしい。
ありがたい。


街を歩いていると、
こぶた(・@・)ぶろぐ

桜が咲いていたり。



こぶた(・@・)ぶろぐ

夕日がとても綺麗だったり。


どこのお店もほとんど休業なので、予定していた事はできなかったけれど、それでも、この時の俺には外に出て人と会うという事が重要だったように思える。
たぶん、家にいたら心が死んでいたと思う。

ありがとう。


そして、帰宅。

テレビをつける。


朝とは違う、新しい映像、新しい情報がたくさん放映されている。
仙台の荒浜海岸には、200人~300人の遺体が打ち上げられているとの情報も。
祖母の家は、荒浜海岸より5~6キロ南の海岸沿いにあるんだ。
名取市の映像も映る。

祖母の家よりはだいぶ海から遠い場所だったが、よく知っている場所。
そこがすでに海に飲まれている。


この場所でこの有様なのだから、祖母の家は全壊だろうな・・・
というか、祖母はひとりで逃げられたのだろうか・・・


なんとも言えない絶望感が再び俺を襲う。


母からメールが。
電話は相変わらず繋がらないが、メールはなんとかできる状態らしい。


***


ばあちゃんがどこにも居ない。
会ったという人もいない。
○○おじちゃんと偶然会って一緒に探している。
祈り続けてくれ。

***


・・・


ばあちゃんと会ったのが今年の正月が最後だなんて思いたくない。
うどんが大好きなばあちゃん。
毎年正月にうどんをご馳走しているのに、今年は行けなかった。
頼むから来年はご馳走させてくれ・・・


その後もテレビでは、仙台市の様子が次々と映る。
どこもかしこも思い出がある場所。
生まれてから24歳になるまで、ずっと仙台で過ごしていた。
その後は仕事で岩手県、青森県と異動したけれど、岩手県の映像も、知っている場所が多い。
特に仙台は、放映される映像の全部が知っていると言ってもいいほど。
俺の思い出が全部波にさらわれた気がして、本当に涙が止まらなかった。
気付いたら、テーブルの上に、涙の水溜りができていた。


ヤバイ。

このままでは気が滅入ってしまう。

関東に居ながら心の病になってしまいそうだ。
自分から情報を遮断しなければ。


俺はテレビを消した。



■3月13日(日)
この日、ツイッターを見ていると、おなじみのチル友さんたちが新宿に突発的に集合する流れになっている。

俺も行きたい。

ひとりで居ても何ができるわけじゃない。
ならば、皆と会って、無事の喜び、生きている喜びを分かち合いたい!!
素直にそう思えた。

スペシャルゲストで八重桜先生を連れて皆のもとに向かう。
新宿にむかっている地下鉄の中、携帯にメールが。


母からだ。


**

ばあちゃんの名前、生存者リストに名前があった!


だけど、どこの避難所かわからない。
まだ会えていない。

**



「生 き て た !」


「よかった・・・!よかった・・・!」
俺は、地下鉄の車内で泣いた。


「よかったね!!よかったね!!」
八重ちゃんも一緒に泣いてくれた。
本当にいいコだ。


ツイッターのフォロワーさんもものすごく心配してくれていたので、早速報告。
「おめでとう!」「よかった!」「祈りが通じた!」など、数え切れないくらいのリプをいただいた。
それで、また泣いた。


新宿のオッチョン塔(タワレコ)前に到着。
みんないた。


みんな、新宿に向かう途中の俺のツイートを読んでくれていて「おばあちゃん、生きていてよかった!」と言ってくれた。みんなとハグをして、そして、また泣いた。


今回の発起人のヒビキちゃんはじめ、
ののたん、ねこさん、hiroさん、たっくんの4人に、やえちゃん、こぶたの2人がお邪魔して、6人。
その6人で勤務中のオッチョンを冷やかしに。。。
しかし、オッチョン見当たらず。

とりあえずお茶でも・・・
と思ったらねこさんのiPhoneが行方不明というゆゆしき事態。
(後日、見つかってよかった!)

そうこうしているウチに休憩のオッチョンも合流したので、この人数を受け入れられるカフェはないだろうという事で、カラオケでご飯を食べようという事に。


ツイッターを見ていたmomoさん、200ちゃん(犬)、よっちゃんも合流し、ますます賑やかに。
こんな時に不謹慎と思う人もいるだろうけど、この時みんなに会えてよかった。
本当に心強く感じた。本当にありがとう。


祖母はまだ生存者リストに名前があっただけで、どんな状態なのかわからない。
もしかしたら大怪我をしているかもしれない。
まだ完全に安心はできないけれど、とりあえずはひと段落。


誰に感謝していいのかは分からないけれど僕は今日も生きてる まだ もう少し君を愛していれる。



■3月14日(月)
平日がはじまる。

思えば地震が金曜だったのが不幸中の幸いだったのかもしれない。
不安すぎて翌日とか、絶対に出勤できなかったと思う。


福島の原発事故の影響による計画停電の話とかがチラホラ出てきた。
電車も通常より少ない本数だとか。。。
運休している路線があるとか。。。
とりあえず、いつもより30分ほど早めに出勤してみる。
最寄り駅にたどり着いたところ・・・


人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人・・・・・・・・


・・・


駄目だこりゃ。
(´Д`;)


とりあえず電車はあきらめた。
徒歩でも1時間半くらいなので、ちょっと歩いてみようかな。
という事で、徒歩通勤してみる事に。


この日はとても良い天気。
微量でも放射能が混じっているなんて考えたくない。
放射能はとりあえず棚の上ええぇぇぇーーーへぇーーーっ♪←


徒歩出勤と考えると気が滅入るけれど、お散歩という設定にするとちょっとだけウキウキするから不思議。
こうやって小さな幸せを拾っていかなければ、たまに仙台の映像が脳裏にチラついたり、まだリストだけで見つかっていない祖母の事が気がかりで、また泣きたくなる。


ちょっと遅れたものの、無事に出勤。
チクチクお仕事をこなしていたら、母からメールが。


**

ばあちゃんに会えました!
怪我もなく元気です。
これからの事を話し合います。

**


よかった・・・
やはり、リストに名前があったとしても、ちゃんと対面するまで安心できないものです。
本当によかった・・・
おそらく家は海の底だと思うけれど、命があれば・・・


よし!
仕事仕事っ!!
しかし、この日は会社の最寄り駅が15:30で運休になるという情報が入り、14時頃に全員退社。
ほんの少ししか会社に居られなかったけれど、会社のみんなと会えただけでよかったと思う。
祖母の無事も確認できたし、ちょっとずつ日常をとりもどして行きたい。


その晩、ツイッターのアイコンを変えた。


こぶた(・@・)ぶろぐ


今は剣も盾も持たない。
両手はあけておく。
俺にできる事があったらいつでも動けるように。
そんな気持ち。



■3月15日(火)
この日の朝、母と久しぶりに電話ができた。
携帯は、電気が通っている家で充電させてもらったらしい。
実はずっと疑問だった、「祖母がどうやって助かったのか」を聞いた。


ここでおさらい。
・祖母の家は海から徒歩10分圏内(津波ジャストミート)。
・年齢82歳。
・足腰が弱いため、歩くスピードは非常にゆっくり。
・母が不在のため、家に一人。
・年寄りが多い町のため、誰かが助けてくれているとは考え難い。
どう考えても死亡フラグしか立っていない。


しかし、祖母は生きていた。


その理由を聞いて俺は驚愕した。


祖母は津波警報が出たため、近所の人と徒歩で逃げていた。
しかし、津波の方が圧倒的に早く、津波に飲まれたらしい。


祖母は、波にさらわれ、命を諦めたそうだ。

だけど、奇跡は起きた。


なんと!

祖母が津波に飲まれ、流れ着いた先が避難所の2F!!


波にさらわれ、避難所の玄関に偶然入り、しかも階段をのぼって、2Fまで波が運んでくれたのだ!!
流れ着いた先に、避難していた人がいて、手を差し出してくれて、一命を取りとめたのだと。

しかも、一緒に家や木材、車、船も流されていたのに、傷一つなかったのです。



話は変わります。
12年前に亡くなった祖父は、漁師でした。
この港町で生まれ、海を愛し、海に生きた男でした。


じいちゃんが守ってくれたに違いない。


こぶた一家は、そんな風に思っています。
祖母に関しては、本当にありえない奇跡のため、そう考えた方がむしろ自然のように感じます。


いわゆる網元のおぼっちゃんだった祖父は、一般人である祖母と周囲に反対されながらも大恋愛の末結婚したそうです。

祖父は脳の病気で亡くなったのですが、他界する間際、祖母に「一緒になれてよかった」と祖母に言ったそうです。
ほとんど口も聞けない状態だったのに。


祖父と祖母、この2人の恋愛は今も続いているんだなぁ・・・
と、そう思いました。


とにかく、生きていてくれて、本当によかった。

(つД`。)


後日、家を確認したら基礎しか残っていなかったそうです。
でも、命さえあれば、家はまた建ちます。
東京もスーパー、コンビニの食料品がスッカラカンだったり、ガソリン、トイレットペーパー、ティッシュが買えなかったり、計画停電が連日実施されていたり、電車も終日土日ダイヤの8割運行だったり、放射能の問題だったり、いろいろありますが、被災地の家族、友人の事を考えればたいした事ありません。


また、友人数名と連絡をとり、仲の良い友人の安否は、1人を除いて確認できました。
1人だけ行方不明ですが、今は生きている事を祈るのみです。


避難所の祖母や母の体力や気力がいつまで持つのか、それも不安です。
しかし、今は仙台入りしたい気持ちをぐっとおさえます。


中にはこんな俺を「非情」と叩く人もいるでしょうね。
会社でもよく、「お前、帰らなくて大丈夫?」と言われます。


でも、俺は帰りません。
俺が一人で現地に行っても、無駄なエネルギーを消費し、被災者に行き渡る食べ物が一人分なくなるだけだと考えます。


現在のような状況では、何をしても非難されがちです。
自分の考えを発信すれば叩かれる。
何もしなくても、被災者の事を考えろ!と叩かれる。

(たぶん、この記事を叩く人もいると思う)

今、テレビやネットには「正義」や「道徳」があふれています。
地震の事を語ろうとすればするほど、指導者やインテリの臭いがしてくる気がします。
あーだこーだ言って高尚な人種になれた気がしても、結局は小さな庶民。


たとえば、今はさまざまな人が募金を呼びかけ、これまた大勢の方が募金を行っています。
募金する者は善。
募金しない者は悪。
そんな空気が、現実世界にも、ネットにも流れています。


しかし、俺は募金しません。

何故なら、実家が倒壊しているからです。
祖母に募金します。


こんな風に、中には俺の様な背景の人間もいるのです。
街頭に立つ募金の呼びかけを無視し、素通りする時に感じる視線と罪悪感ったらないです。


なので、もう俺は、この地震の件に関して誰も非難しない。
誰も叩かない。
そう決めました。


言わないという事は、考えていないという事ではない。

行動していないという事は、行動する気がないという事ではない。

それだけは、分かってほしいかな。


誰かを非難する事はとても簡単です。
もしかしたら、あなたが非難した人は俺のような背景を抱えた人かもしれません。
あなたが憎いあの人は、誰かの大切な人なのです。


俺にできる事は少ないけれど、確実にあります。
忘れないために、記憶から消すために、こうしてブログにドキュメントとして記録しておく事。


そして、日常を取り戻す事。

しっかり仕事をし、経済活動をする事。

消費を楽しむ事。


そして、ひと段落したら家族のもとに行き、抱きしめてあげる事。
ただ、それだけです。


復興はプロに任せた!

俺の故郷はそんな簡単には滅びないし、思い出は津波にも流されない。

行方不明の友人や遠い親戚の事を思うと胸が苦しくなるし、今回の地震が今後俺の人生に、日本に、世界に、どんな影響を残すのかはわからないけれども、俺は、生きる事を楽しむ事だけは絶対にやめない!!

そう思います。

 

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コメント

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39 ■東北地方太平洋沖地震レス(その10)

>M-seaさん
きっとこぶたは幸せな方で、家族も主要な親戚もみんな無事で、家を失ったくらいですみました。
もっともっと大変な人は大勢いるでしょうね。。。
M-seaさんの苦労も、ツイッターで拝見していました。
浦安市は断水で本当に大変だったみたいですね。
なのに東北を最優先にされて、最初はないがしろにされていた感じですよね。。。
食べ物があって、家族がいて、それだけで幸せって、本当にそう思います。
今まであたり前だと思っていたものが、今回の件でガラリと考えがかわりました。
毎日、太陽を見ることができるというだけで、すごい奇跡みたいなもんなのかもしれない。
そう感じられれば、毎日同じような日常だってすごく愛しく思えるし、大切に過ごせると思います。
M-seaさんの、前を向いていこう!ですごく励まされます。
そうなんですよね!!
いろいろあると思うけれど、前を向いて!!
無理に笑う必要はないけれど、きっと日本は大丈夫ですよ!!
ありがとうございます。


>明日も、晴れ。さん
大丈夫です!
私は苦しんではいません。
確かに母と祖母の安否が不明だった時は不安でしたけど。。。
もう大丈夫です。
私の書いた文章で救われた人がいるならば、それは嬉しいですね。
今日を、明日を、大事に生きようと思います。
ありがとうございました。

38 ■東北地方太平洋沖地震レス(その9)

>escheさん
今回ばかりは、ご先祖様とか、そういう霊的な存在を本気で信じました。
震源地の東北だけではなく、関東もみんな帰宅難民になってしまったりで、結構なパニックでしたね。
学生は勉強を頑張る!社会人はお仕事を頑張る!それでいいんだと思います。
みんなが同じ方向を向けば、それはそれで危険だと思いますし。
日本は絶対大丈夫ですよ!!
お互い、それぞれの人生を頑張りましょうね!!


>さちちゃん
ありがとう。
あの当時は数多くの人から心配メールをいただいていたので、さちちゃんにどこまで報告したのか分からずで・・・
しかも、精神的にかなり参っていたのでたぶん中途半端な報告になっていたと思います。
なんかいろいろ心配かけてしまったね。
俺らがしっかりと働いて、さちちゃんが社会人になる頃に、ちゃんとバトンを渡せるようにしなきゃなって思います。
ほんと、これからたくさんの幸せがありますように。。。


>aさん
命があるって本当に、当たり前じゃなくて、ありがたい事だったんだなって思いました。
確かに家はなくなってしまったのですが、命があればまた家は建ちますからね。
この記事を書いてからだいぶ経過してしまいましたが、ニュースなんかを見ていると、ちょっとずつ復興しているんだなぁって思います。
(原発は相変わらず危険ですが…)
それでも、大丈夫って思いますよ!
大丈夫です。
だって、俺たちの国なんですから!!
俺たち自身も世界に誇れるブランド、Made in Japanなんですから!!

37 ■東北地方太平洋沖地震レス(その8)

>うぉるくん
ホント!!じいちゃんカッコイイでしょ!?
若い頃の写真を見ると、なかなかのイケメンなんですよこれがww
そうそう!!宮城は絶対復興するよ!!
俺もまだテレビの映像しかしらないけれど、相当に酷い有様だと思います。
知っている街が瓦礫の山と化しているから・・・
うぉるくんが仙台に来てくれる事になったら、できるだけ俺も合わせて仙台に帰るようにしたいと思います。
仙台で世界一の酒を飲み交わしたい!!
声、かけてね。
そして、その前には石川があるし、俺たちは日常を楽しむ事をやめずに、働いて、消費して、経済をまわして行こうね!!


>ambiちゃん
ambiちゃんも震災後の活躍、ツイートで見てたよ。
間接的にかもしれないけれど、多くの人たちの心の支えになっていたよねー。
すげぇなぁって思いながら見ていたよ。
働き盛りの俺たちが、今の日本を支えなきゃ!!
そして、次の世代にバトンタッチしなきゃな。
奇しくも、この地震で俺が死んだあとの世界を考えるようになったよ。
読んでくれてありがとうね。


>みっちぃさん
遠く広島から想ってくれて本当にありがとう。
大切な仲間って言ってくれて本当にありがとう。
なんか、じーんときた。
命って本当にすごいよね。
人生も本当にすごい。
みっちぃさんとの出会いだって、本当に運命めいたものを感じたし、何かそういう特別な力って絶対にあるよね!!
そして、みっちぃさんのお腹に宿っている新しい命!!
震災後の世界に生まれてくる命のためにも、今俺たちがちゃんと働いて、しっかりと日常を生きなければ!!と思います。
そして、みっちぃさんが育った広島も、原爆の被害があった都市ですもんね。。。
直接は知らなくても、東北でのほほんと育ったこぶたなんかよりも、よっぽどリアルに聞いたり、見たりしてきたんだと思います。
広島も立ち直ったし、関西も、阪神大震災からも立ち直ったし、何度ボロボロになっても驚くほどに復興するのが日本の底力だし、誇るべきところだと思います。
今は東北の復興を信じて、それぞれのやり方でそれぞれの人生を精一杯生きましょうね!!
そしていつか、お子さんを連れたみっちぃさんとapで会いたい♪

36 ■東北地方太平洋沖地震レス(その7)

>ゆうゆさん
いえいえ、抱きしめてください←
今思うと、震災後の3日間は、本当に心が不安定でしたね・・・
気付くと涙が流れているんですよね。。。
あんな精神状態になったのもはじめての経験です。
今は東京もだいぶ落ち着いてきましたし、ホント、精一杯働いて、経済をまわして行くしかないんですよね。
こぶた一人の力は小さいけれど、それでも、社会は小さな力の集合体ですから!!
身体に気をつけて、一生懸命働いて、社会貢献したいと思います。
どんな小さなお仕事でも、きっと仙台の母や祖母にも繋がっていると思います(彩り思想)。


>hideさん
コメントありがとうございます。
本当に無事でよかったです。。。
天国の祖父には感謝してもしきれないと同時に、俺の目標です!!


>チーコママさん
本当にあの映像は現実とは思えませんでした。
でも、確実に、こぶたが行った事がある思い出がある土地なんですよね。。。
テレビに津波の様子が映るたびに涙が勝手に出て止まらなかったです。
今にして思うと、たぶん遠くに離れているから泣けたのかなって思います。
仙台にいたら泣いている暇なんかなかったと思う。
まだ泣けるだけ幸せだったのかもしれません。
献血!いいですね。
献血って血の有効期限があるから、継続的な援助が必要らしいですもんね。
できる事から、日常を取り戻して行きましょうね!


>甘夏りんごさん
ありがとうございます。
母も、死んだ祖父が守ってくれた・・・!と、電話の向こうで号泣していました。
東京近郊もそうとう揺れましたからね。
余震が今よりも激しい中、よくもまぁ、寝ずに車を走らせて戻ったな・・・と思いました。
レンタカーを借りる時もドラマがあったらしく、レンタカーの店員さんは最初、仙台に行くと言ったら断ってきたらしいのです。
そこを、「きっと、母(祖母)は1人で困っているんです!私が帰らなかったら死んでしまう!」と訴え、レンタカー屋さんも、「気をつけて行ってらっしゃい」と言って貸してくれたそうです。
こんな記事にもミスチルネタをちょろちょろと入れてしまっているのは、もう仕方ないので諦めてください←

35 ■東北地方太平洋沖地震レス(その6)

>asamiさん
まずは本当に生きていてよかったです。
津波に流されても生きていたなんて、本当に奇跡としかいいようがない。
衣服がずぶぬれのまま避難して、毛布も何もなく、食事も取れず、まだまだ寒い東北地方なので、体の弱いお年寄りなどは、せっかく避難できても避難所で亡くなった方も数名いらっしゃったそうで、救援物資が届くまでの最初の数日間は地獄だったそうです。
母親が毛布などを持ってすぐにかけつけなかったら、祖母も危なかったかもしれません。
震度7ってどのくらいの揺れだったのでしょうね。
本当に、未だに信じられないです。
それぞれができる事を精一杯やって、そして、日常を取り戻して行く事が復興への近道ですよね。
ありがとうございます。


>magiさん
お久しぶりです♪
magiさんも仙台出身だったのですかー!?
そして、ご家族全員無事で本当によかったです。
本当に全然電話も何も繋がりませんでしたよね。
こぶたの場合、母がさいたまにいたので、携帯電話なんか触った事もない祖母とどうやって連絡取ればいいのか・・・と途方にくれてしまいました。そこで迷わず帰るなんて、さすが母親です。
仙台と盛岡の開催は難しいでしょうね。。。
でもきっと、時間はかかっても、ミスチルは仙台の地に再び立ってくれるって信じています。
その時はこぶたも参加したいなぁ←
5月10日に参加されるんですね!!
是非是非お会いしましょうよ♪
全国の変態さんと一緒だと思いますけどw
それでもよければっ!


>ビスコさん
読んでくれてありがとうございます。
そして、レス、遅くなってゴメンナサイ←
みんなそれぞれできる事をすればいいんですよね。
募金でもいいし、お金に余裕がない方は祈るだけでもいいと思うんです。
もうすぐ祖母は避難所から出なければならないらしいので、その際は笑顔で仙台に乗り込んでやろうと思います!
ビスコさんに会ったらはぐだ!はぐ!!ww

34 ■東北地方太平洋沖地震レス(その5)

>はちさん
はちさんは九州の方なのですね。
他人事のように感じてしまうっていう気持ち、分かります。
逆に阪神大震災の時には、こぶたは東北に住んでいたので、全然他人事の様に感じていました。
本当に同じ国で起こっている出来事なのかなぁ・・・って思ってしまうくらいでした。
テレビで流れる映像をずっと見るのはやっぱり良くないみたいですね。
こぶたもずっとテレビをぼーっと見ていて、気付いたらずーっと泣いていて、かなり情緒不安定になっていました。
一時、自ら情報を遮断したのでよかったと思います。
たぶんあれを繰りかしていたら、PTSD的な感じになっていたのではないかと思います。
悲劇の映像ばかりを垂れ流すのはやっぱりよくないですよね。
それにしても、今回は本当に神とか、霊的なものの存在を感じました。
時に人間の力や常識を凌駕する、信じられない奇跡の力ってあるんだなぁって思いました。
天国のおじいちゃんに本当に感謝です。


>桃いちごさん
今回は、母親の行動力には本当に頭が下がりました。
あの時帰る事を即決していなかったら、翌日は規制仙台には近づけていなかったらしいです。
桃いちごさんも、コメントありがとうございます。
これから、母と祖母の力になろうと思います!


>ないなみさん
こんなこぶたの駄文で泣いてくれてありがとう。
ないとうさん、そういえば阪神大震災の当事者でしたね。
こぶたはその時東北に住んでいたので、あまり実感がなかったんだけれど、数年前に当時被災者の方のお話を聞いた事があって、ものすごい衝撃でした。
東京は品不足くらいで私生活にはそんなに支障をきたしていないので大丈夫です。
今月末には仙台まで新幹線が開通すると思うので、そうしたらいろいろとお手伝いに行こうと思います。
乗り越えてみせますよ!!

33 ■東北地方太平洋沖地震レス(その4)

>めうさん
こんな長文を読んでくださってありがとうございます。
おじいちゃんがなくなってから、おばあちゃんはそんなに悲しむわけでもなく、口癖の様に「じいちゃんは近くにいるから」って言っていたんです。なんか、その言葉の意味がわかった気がします。
何十年も連れ添った仲にしかわからない絆みたいなものがあるんでしょうね。
羨ましいと思うとともに、こんな夫婦を目指したいって思います。
めうさんの仙台のご友人も無事でなによりでした。
小さな幸せを見落とさないように、日常を楽しく生きていければ、きっとまた日本は元気になりますよね!!
がんばりましょうね!!


>クルミさん
関西の方はおおごとになっていなくて本当によかったと思います。
阪神大震災からやっと復興したのに、追い討ちみたいにならなくて、本当によかった。
実は、こぶたの上司が当日たまたま大阪に出張に行っていて、あ、打ち合わせをしている途中に「あ、なんか揺れていますね」って感じで、打ち合わせが終わったら大変な事になっている事に気付いて、気が付いたら新幹線が止まっていて帰れないという事態だったみたいですw
ミスチルの大阪、和歌山公演の中止は残念でしたが、京セラドームで振り替えが決まりましたね!!
ミスチル側も、ファンの事をいろいろ考えてくれていたんですね。
「かぞえうた」の発売も決まりましたし、きっと歌ってくれるんじゃないかって思っています。
ミスチルから元気をもらって、そのもらった元気をまた違う人にあげて、いつか日本中がまた元気を取り戻せるように、ぼくらは日常をがんばりましょうね。


>みちかさん
今回の地震は、あまりにもテレビから流れる映像がショッキングすぎて、実は夢なんじゃないかって思ったほどでした。
ホント、名古屋のあの時・・・というか、地震が起こる1秒前にも想像すらできないほどの大地震でしたね。
行方不明の方もまだまだ大勢いらっしゃいますし、きっと沖に流されてしまった方もいるでしょうし、本当の意味で大変になってくるのはきっとこれからでしょうね・・・
いざという時は体が健康でないといけませんからね!!
体調には気をつけて、来るべきおばあちゃんの仮設住宅引越しの時に備えようと思います。
ありがとうございました。

32 ■東北地方太平洋沖地震レス(その3)

>らららさん
今回ばかりは、こぶたの母親の行動力に尊敬です。
母親がレンタカーで帰っていなかったら、身寄りのないウチのばあちゃんは心細くてどうにかなっていたかもしれませんね。
こぶたが母親と同じ立場だったらどんな行動を取っていただろうと考えましたが、即座にレンタカーを借りてどうなっているのかわからない被災地に行くという事はしないと思います。
天国のおじいちゃんにも本当に感謝!!
こぶたのおじいちゃんは、生きている頃からすごく強くて、優しくて、怒った姿を見たことがないくらい心の広い男でした。
一般的に海の男って喧嘩っ早いイメージがあると思うのですが、本当に紳士で、今でも尊敬しています。
しかもイケメンでした(笑)
グランディが遺体安置所になっている事は、仙台の友人から聞いていたのですが、今後、落ち着いたら取り壊しになるらしいですね。数々の思い出があるグランディが取り壊しになるのはとても寂しいですが、しかたないです。
コバタケさん、2回も東北に行ったらしいですね、それでいてそんなに宣伝するわけでもないので、本当に善意から来る行動ですよね。本当にすごい行動力だと思いました。
こぶたには、それだけ動ける基盤がないので、今はこちらで普通に働きます。
そして、避難所から仮設住宅に引っ越す際に、手伝いに行こうと思います。
コメント、ありがとうございました。


>eruさん
ありがとうございます。
本当に、皆さんの祈りが通じたのか、怪我一つなくぴんぴんしているそうです。
ひと段落したら、全力で力になりに行こうと思います。
今は避難所で、無料で食事も出るし、もちろん家賃もないので、ある意味助かっているとおもうのですが。大変なのはむしろこれからだと思います。でも、ぼくら家族が支えあって生きていこうと思ってます。
本当に心が参っているときに、会おうよ!って言ってくれたツイッターのチル友さんにも本当に感謝ですし、もちろん、リプなどで励ましてくれたeruさんたちにも本当に感謝です。
これから、小さな幸せをたくさん拾って、大きな幸せに変えていければって思います。
お互い、日常を大切に生きていきましょうね!

31 ■東北地方太平洋沖地震レス(その2)

>美雲さん
美雲さんがおっしゃる「個人が無理なく」というところ、共感です。
あえて誤解を恐れずに言うと、「エコロジー」と根底のぶぶんは似ていると思うんですよね。
復興には、継続が必要だと思っていて、一時の支援物資だったり、義捐金だったりで、ちょっと時間が経てばはいもう終わり。
という感じにはせずに、この被害から復興するには、継続した援助と支援が必要なんだろうなって感じます。
そう考えると、無理に頑張りすぎると支援も疲れてしまう。
エコの取り組みみたいに、根本的な部分を支えられるように、無理せず力を合わせていかなければって思います。
義捐金詐欺とか火事場泥棒みたいな奴らは何なんでしょうね。
人の心を持ち合わせていない可愛そうな人。。。
そんな奴ら、絶対に天罰が下りますよ。
できる事を無理なくがんばって行きましょうね!!


>かれんちゃん
そうそう!!
人それぞれやれる事が違うんだし、それぞれが一生懸命楽しんで生きる事がもっとも重要だと思うよ!!
ウチのばあちゃん、どうやら避難所のムードメーカーになっているらしいしww
避難所を離れてからがいろいろ辛いと思うんだけど、ウチのばあちゃんなら大丈夫!と信じています。


>みくちるさん
ツイッターでもこぶたのおばあちゃんの話を追っていてくれてありがとうございます。
こぶたも、関東にいたのでまだ本当の意味で実感がないんだと思います。
これからおばあちゃんが避難所を出なければならない時が来て、だんだんと実感がわいてくるのかもしれません。
本当に大変なのはこれからなんでしょうね。
茨城の家が壊れた事は残念ですが、命があればまた家は建ちますからね。
こぶたのおばあちゃんの家も、崩壊しましたが、今はそれを悲しんでいる暇はありません。
命があっただけでも本当によかったと、今は思います。
読んでくれて、コメントまでいただき、本当にありがとうございます。
書いてよかったです。
ミスチルのツアーも復活しましたし、これから私たちが日本を元気にしていきましょうね!!

30 ■東北地方太平洋沖地震レス(その1)

>あす母さん
そうなんです。
神様はいた。
無宗教、無神論者だったこぶたが、本気で神の存在を感じた瞬間でした。
記事には書かなかったですが、祖母と一緒に逃げた方は亡くなったそうです。。。
祖母には、たぶん生きているうちにやらなければならない事があるような気がしています。
なんとなくなんですが、そんな気持ちです。
みんな、それぞれに自分のやることを「普通に」やる。
まったくその通りですよね。
俺は故郷を想いながら毎日のお仕事をがんばります!
そして、一生懸命働いて、おばあちゃんにお金をあげようと思います。
あす母さんも、子育てがんばって!!
そして、毎日を楽しく生きましょうね!!


>さっちーちゃん
生きている限り立ち上がれるし、立ち直れる!!
まさにその通りだと思う。
さっちーちゃんが、会った事もない遠くに住んでいるこぶたの事を想ってくれていてありがとう。
さっちーちゃんはじめ、TLの皆には本当に勇気を貰いました。
ツイッターがなかったら、一人で家でおたおたしていたかもしれない。
本当に支えてもらいました。
こぶただけじゃなくて、今回の地震では、みんなそれぞれに思う事があるだろうし、こぶたよりも、もっと大変な思いをしている人もいるだろうし・・・
だからこそ、今は、被災地以外の人は、日常を心がける事が大事かなぁって思いました。
ボランティアに行きたいと思った人はそうすればいいし、募金したいと思ったらそうすればいいし、何もできない人は本当に何もしなくてもいいと思っています。
そして、ミスチル成分はどんな時だって含ませますよww
大好きとキスをいただいちゃいました♪(きゃぁ!)


>なすさん
こちらこそ、軽くなるという事は決してないよ!!
でも、軽くなるという気持ちも分かります。
だってこぶたも阪神大震災の時はそうだったと思うから。
こちらこそ、ありがとう!

29 ■今日は、晴れ。

苦しまなくってもいいのです。
人は人によって生かされています。
あなたの書いた物で、救われている人も
いるのです。
どうぞ、今のままのあなたでいてください。
明日がどんな日であっても、今日を生きたことは
確かなこと。

あなたの言葉が誰かにつながっていきますよに、祈り★

28 ■無題

こぶたさんのブログを読んで
この日本中あっちこっちに
いろんな人がいて、想像を絶する想いをしている人が今もいる!という事を改めて実感した。

うちも浦安なので、
液状化、断水、で大変ではあったけど、
食べ物もあって、家族がいて
それがそれだけで幸せなんだって
思った。

これから放射線、被爆、食べ物
日本はどうなるんだろ?って
思う。
でもまず自分の愛する人が
生きていること。
生きていればいいんだって
思うよ。
こぶたさんのツイッターを読んでて
私も不安だったから、
ご家族が無事だって
わかった時、こみあげるものがあったよ。

これからもいろいろあるけどさっ
とりあえず前を向いていこうね!
Mより

27 ■無題

おばあちゃんの奇跡。

命があるだけでありがたいこと。
それ、忘れがちだよね。
いまの私も、目の前の見えない不安や恐怖に怯えてしまって、
立ち直れないんじゃないかとさえ思ってしまう。

でも、命があればそれだけで十分ってこと。
改めて。

それでもやっぱり不安・・・
誰かの大丈夫が聞きたい今日この頃。

26 ■良かった!!!!

お母様、おばあさま共々ご無事で本当に本当に良かった!!!
奇跡ってあるんですね…。こぶたさんのおじいさま、ありがとう。

こぶたさんの考え、とても素敵です。
>あなたが憎いあの人は、誰かの大切な人なのです。
特にこの一言にはっとさせられました…。
私も私に出来ることを精一杯頑張ります。
私達の世代がしっかりしなければ…。

これから日本に沢山の良い事がありますように。。。

25 ■無題

本当にご無事で良かったです
お祖父さんの話の所で思わずジーンとしてしまいました(/_・、)

僕もその時は大学に居たので夜まで家族と連絡がとれなくて不安でした。
離れて暮らしていれば尚更ですね。


一人一人出来ることも違えば役割も違う。
きっと一人一人がやれることをしていけば日本は絶対大丈夫ですねo(^o^)o

24 ■本当に良かった(;_;)

こぶたさんのお母さん、おばあちゃんの命が助かったこと、本当に本当に本当に良かったと。
心からそう思いました。

遠く広島に住む私だけど、少しだけだけど一緒に最高のミスチル時間を過ごした仲間だし、こうして繋がっている大切な仲間だし!

命って本当に尊いって、あらためて感じています。
命ってすごい。人生ってすごい。
実は、私のお腹の中には、新しい命が宿っているんですよ。結婚4年目にして初めての。
そろそろブログを。と思っていた頃に、日本にこういう事が起こって。
私もずっと躊躇していました。でも、そろそろアップしたいと思います。

内容がそれてしまいました。

津波の被害を受けた地域の映像を見たとき、私は、小さい頃から目にしている、広島に原爆が投下された後の広島の街の映像が、頭に浮かびました。
良くない表現かもしれないけれど、本当にそう思いました。本当に悲惨な状況なんだと。

でも、どんな状況でも、一人一人のチカラが合わされば、きっと復興する!
そんな事を言ったって、今をどう生きるかさえわからなくて、先が見えないんだぞ!って言われるかもしれないけれど、私はそう思います。
それに向かって、応援し続けます。

方法は様々だけど、みんなその先にある想いは一緒。
そう信じているので、自分のやり方で、これからも過ごしていきます。

こぶたさんの仲良しの友人の方が、絶対にご無事でありますように!

23 ■おばあちゃん

生きてて良かった。
ほんとに奇跡以外のなにものでもないですね。
この記事読んだら無意識に泣いてた。

わたしも、自分の人生をせいいっぱい生きる!勉強する!人の役にたつように。まわりまわっていつか、同じような被害にあった時に、あたしが支援者として現地に行く時に役立つように。
あたしたちの未来は、日本は、これからも続いて行くんだから。

22 ■無題

おはようございます!
お祖父さんとお祖母さんの大恋愛の話は、本当に本当に感動しました。
間違いなくじいちゃんが守ってくれたんだと思います!じいちゃんかっこいい!!

復興。
宮城を含めた東北は絶対に復興します!
仕事で僕の相棒の方が5泊6日で宮城に行ってて、昨日帰って来ました。
現地の話を聞いて、写真を見たのですが、圧倒的な被害の大きさに正直言葉を失いました。

けど、全国の自衛隊、消防隊員、医療関係者、ボランティア、自治体関係者が全力で頑張ってるそうです!
おそらく、僕も2~3カ月以内に現地に行く事になります。
その時は全力で復興のお手伝いをしたいと思います!

その日まではこぶたさんと同じく日々の生活を楽しみながら生きていこう。
今回の記事を書いてくれてありがとうございました!同じブロガーとして大尊敬!!

21 ■こぶたさんへ

お母さま
おばあさま
ご無事で本当に良かったです!!!

漁師のおじいさまが守ってくださったのですね。

でもお母さまだって埼玉の地で
結構な揺れを感じ怖い思いをなさったはず。。
なのにレンタカーで北へ向うとは
おばあさまを想うゆえの行動なのだと感動してしまいました(゚ーÅ)

で、この緊迫感あふれる文章で・・・
「よくきたね。大変だったんじゃない?」ときましたねw
その他にも何箇所か見っけてしまいましたヨw

20 ■びっくりしました。

本当におばあさまご無事で良かったですね。
あの日の地震と津波の被害は、これが現実と思えない…見たことのない状況で、こぶたさんのブログから避難された方々の思いを知りました。
先日職場で献血をさせていただきました。小さなことしかできませんが、これからも考えていきます。
早くいつもの日常が皆さんの元に戻りますように…

19 ■大変でしたね

皆さん無事でよかった。波から救ったのはお祖父様ですね。読んでよかった

18 ■泣けて泣けて

よかった
ほんとによかった

どなたかもいっておられましたが、そばにいって抱きしめてあげたい衝動にかられました。
こんなおばはんに抱きしめられても嬉しくないだろうけど…

街中の募金箱
通り過ぎるたびに感じる視線…私も感じていました。
今は何をすべきかも考える余裕もなく…元気で頑張って働くことくらいでしょうか…

こぶたさん
体に気をつけて
元気でいてくださいね。(長文失礼しました)

17 ■(>_<)

本当に、よくこのブログを書いてくれたと思います。

被災経験とかない人に

このブログやこぶたさんの考えを否定なんてできる訳がないんだ。

もちろん、私も。


私にできる、目に見えてできることは、募金ぐらいだろう。

あとは、水平線の彼方に希望が浮かんでいることを祈るぐらい。

無事に会えたら

君のおかんの代わりに

ぎゅーーーーーーって抱きしめてあげます。

(会ったこともない人に言うことじゃないなぁww)

16 ■無事で良かった…!

こぶたさん、お久しぶりです(・@・*)
記事を読んでいて、涙が出てきました…。

こぶたさんが仙台出身だということを知っていたから、こぶたさんのお母様方が無事なのかずっと心配でした(T_T)でも、無事で本当に本当に良かったです…!!!

実は、私も仙台出身なんです。人生で初めてあんなに大きな地震を体験しました。私はその時東京にいたから震度5強でしたが……。すぐにインターネットの情報から震源地が仙台と判明。しかも震度7。信じられませんでした…。仙台に住んでいる祖父母、叔父、叔母のことが脳裏に浮かびました。願うことしかできないのは歯痒く、メールも電話も一切繋がりませんでした。結局、11日の夜無事であるというメールが来ました!本当に良かったです(T_T)

今回の地震の規模は想像を超えるほど大きく、案の定とっても楽しみにしていた仙台公演も開催見送りになってしまいました。。。悲しいけれど、被害状況から考えれば当然のことだし、天災には敵いません。
いつか仙台公演ができることを楽しみにしてます!またネタバレを見られない期間が延びました…(笑)5/10まで辛抱です是非、5/10にこぶたさんにお会いしたいです\^o^/

それではまた。(桜井さん風に笑)

15 ■それぞれができることを。

お母様もおばあちゃまも、本当によかった。
おばあちゃまは一度は海に流されたなんて。。。怖かったでしょうね。。
おじいさまが守ってくださったんですね。
読んでて涙が出てきました。
避難所にいらっしゃるとのことですが、その後体の具合はいかがでしょうか。。

お母様の勇気ある行動にも感動しました。
強いおばちゃま、おかあさまに守られて今のこぶたさんがいるんですね。

私も地震がきたときに、とうとう関東に来た!って思いました。そして、震度7って聞かされた時、マグニチュードでしょ?って言いました。信じられなかったです。

あたしもこぶたさんと同じ立場なら、きっと同じように考えたと思います。
私は直接東北地方に知り合いはいませんので募金をしました。これからもいろんな場所でしていこうと思っています。

はやく大切な人を抱きしめられる日がくることを祈っています。

14 ■泣いてもた…。

阪神淡路の震災思い出したのと
、おばあちゃんとおじいちゃんの話のくだりで
なんか泣いてしまった。


私は阪神淡路の震災では比較的被害が
少なかったほうなんだけど
それでも考え方が随分変わったからね。

特に家族の大切さに関しては
すごい考えさせられたよ。


東京も実家も大変だろうけど
乗り越えていけると良いね。

必ず人は乗り越えて行くのだと信じています。

13 ■無題

こぶたさんありがとう。

こぶたさんのお母さんの行動力にありがとう。
こぶたさんのおばあちゃんの奇跡にありがとう。

こぶたさんのおじいちゃん、守ってくれてありがとう。

いまはうまく言えないけど、仙台が大好きです。

12 ■身の丈

私は九州に住んでいます。今回の地震は、初めは他人事のように感じていたと思います。

でも、ずっとずっとテレビから流れる映像や情報。
はっきり言って、少し病みました。
精神的にかなり滅入りました。自分に重ね合わせ、自分が住んでる所だったら。家族が住んでる所だったら。

どうしたらいいんだろう。。。

そう考えてた自分が、今は少し恥ずかしいです。
今現在、被災地で苦しんでる人たちがいるのに。

少しずつ、自分にできることを始めていますが、自分の身の丈を知らされてばかりです。

こぶたさん。
ご家族、無事でほんとうにほんとうに良かったです。
おばぁちゃん。絶対おじいちゃんが助けてくれたんだと、私も思います。

11 ■無題

私は京都なので、地震の揺れを少し感じるだけでした。今回の地震、津波はショックで言葉がでません。

こぶたさんのblogを読んで胸が締め付けられました先日、名古屋のガイシでお会いした方がまさか被害に遭われるなんて想像もできませんでした

なんて、言葉をかけてよいか…ただただ日々、一人でも多くの方が生きていることを願うばかりです。

お母さん、おばあちゃんが無事でホントによかったです。ホッとしました。

まだまだ、これから先大変なことばかりですが、体調崩さないお気をつけ下さい。

私は関西ですが、自分にできることを考え行動できたらと思います。

10 ■無題


まず、こぶたさんのおばあさんをはじめとするみなさんが無事でなによりです。


私は関西に住んでいるのでほとんど揺れることもなく
ましてや地震がおこったのにも気づかず寝ていました。←
参戦予定の大阪も中止になり、悲しんだりしていましたが

テレビ、そしてこぶたさんのブログを見て改めて
自分のことばかり考えていたことをとても反省しました(ノ_・。)



私にできることは「募金」くらいしかなかったのですが
とにかくこうしていられることに感謝して毎日を過ごしていかなければな…と思いました


この記事を書いてくださりありがとうございました
私のように今回の地震の被害がまったくない人にも
大切なことが伝わると思います(*^^*)

9 ■無題

読んでて涙が出ました。
おばぁさん助かって本当に良かったですね(><)私も絶対おじぃさんが助けてくれたんだと思います。

私の仙台の友人は無事でした。でもまだまだ家族に会えてなかったりする方々もたくさんいらっしゃるはずですよね(><)

私も無力な自分に落ち込んだ時もありましたが、今は自分の日常を幸せに思いながら生き、その上で自分に出来る事をしようと決めました(><)

頑張りましょう!!!

8 ■無題

これからも
おばあちゃまのご健康とご多幸を
心からお祈りいたします。

お怪我もなく本当に幸いでしたね。

より一層、大事にして差し上げて下さい。
可愛いお孫さんからのおちから添えが一番の体力回復剤だと思います。

お母さまを始め
みなさんが
どんなお気持ちで懸命に探されたか
察するにあまりある気持ちでいっぱいです。

ご自分たちも怖い余震の中
あせりと不安でいっぱいだったと思います。


そして
一緒にご無事だったことを
喜びあえたお仲間さん、
つらい時にそばにいてくださった方たち
こぶたさんの大事な絆として
残った様に読んでて感じました。


これからはいいことしかないに決まってます。


いいことしかない毎日を
作っていくように私も生きます。

7 ■よかったね(>_<)

お母さん、おばあちゃん、無事でよかったですね(^O^) お母さんの行動力とおばあちゃんの奇跡的な救出、、ホントにスゴイですね。きっとおじいちゃんが守ってくれたんですね(>_<)
もう泣いたり笑ったりしながら読ませていただきました!
あと、名取出身だったんですねf^_^;
私、石巻在住です。
幸い、うちは被害なかったのですが、楽しみにしてた仙台のライブが見送りになり地震を怨んでます。
会場のグランディは今、遺体安置所となっていて、ライブどころではないです。因みにご存知かと思いますがコバタケがこちらに炊き出しに来てくれたそうです。ありがたいことです。
長くなりましたが、本当にご無事で何よりでしたo(^-^)o

6 ■無題

読みました。
ツイッターでもこぶたさんの
お祖母さんのお話を聞いて
衝撃を受けました。
それを改めて聞いてまた衝撃でした。
私には想像できません。
体験していないから、
でも同じ日本に住む誰かが
テレビの画面に映る悲惨な
光景の中にいたのだと考えると
何か動きたくなります。
募金しかできない、だから募金をします。
こぶたさんはお祖母さんに。
私の叔父は茨城に住んでいて
家がとても古いので壊れたそうです。
それを聞くと少し悲しい気分になったけれど
命があることがこんなにありがたいことなんだ、
と初めて身に染みて感じました。
なにかまとまらず意味のわからない
稚拙なコメントになってしまいましたが
最後に言いたいことは、
悩みに悩みよく記事にしてくれました(泣)
このブログを読めて良かったです。
なにか不快にさせてしまったらすみません。
こぶたさんのブログのSENSEには元気をもらえました。

5 ■遠く離れていたって

わたしにできることは
限られてるけど、
それを一生懸命やって、
わたしも笑顔で生きることを
精一杯楽しみます(*^^*)♪

I hope that we can sing together sometime.

4 ■無題

被災地支援は、個人が無理なく出来る範囲で構わないと思います。

たとえそれが個人的感情のもとであっても、全然構わないと思います。

だから、こぶたさんがお婆ちゃんに寄付するというのも構わないと思います。

私もネット上の友人が石巻市で被災しているので、義援金は赤十字ではなく宮城県に寄付しました。

ただ、人の善意を食い物にしている義援金詐欺をする輩には、怒りを隠しきれません。


これからは、国民総出で復興に努めなければなりません。

被災したひとも、免れた人も、出来ることをやって頑張っていきましょう。

3 ■無題

俺の言葉はどんな言葉でも、当事者に、当事者に近い人に、かける言葉は軽くなってしまうので、ちょっとだけ

書いてくれてありがとう

2 ■人って

生きている限り、立ちあがれるし、立ち直れるし、考えて動くこともできるんですよね。

友達間で「あたしの知ってる人何事もなかったよー」「うちの知り合いも大丈夫だったよー」という会話がありましたが、私はそれに頷くことができませんでした。それは、いくら画面を通した、文字だけのやりとりとはいえ、こぶたさんだって、他のみなさんだって、「知ってる人」には変わりないから。

自分や自分の(目に見える範囲での)身の回りには何事もなかったけど、画面の向こうにいる、こぶたさんはじめいろんな人がいろんな思いをしたんだなと考えると、やっぱり人ごとじゃないんだと感じたり。そして、何事もなかった立場だからこそ、出来ることがあるんだし、やるべきなんだと。
今回の事で心からそう思いました。


そしてこんな記事にもニヤリとする成分を混ぜこんじゃうこぶたさん、大好きです(・@・)(ε^*)

1 ■よんだ。

国家宗教自由それとも愛~
一日中悩んだよでも結局それって理屈じゃない

宗教なんて信じないけど、神様はいた。
本当によかった。
なんか、これを読んで今までをふりかえった。

みんなそれぞれに自分のやることを「普通に」やる。
「行かない」判断も正しいかもね。

私は子育てをやる。
こぶたさんは仕事をする。

私は募金しかできない。
こぶたさんはおばあちゃんに支援としてお金を。

それでいい。そのほうがいい。

うまくいえないけど、こういう気持ちにさせてくれてありがとう。

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