平和なのかなんなのか

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 昨日は当直

 

 これまでそれなりの救急車の台数と直接来院の方の対応をさせていただいておりました。

 

 でも

 

 昨日に限ってはかなり平和・・・

 

 いいことなんだけど

 

 ほんとに平和なんだろうか

 

 人が減ってきてるからなんだろうか

 

 何度も何度もピッチを見てしまう一晩でした

 

 朝から外来

 

 のりきろー

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呼吸器

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 人工呼吸器がトラブルで停止

 

 それで本当に大切な家族を失いました

 

 マッチング中間発表4位のとある大学病院からは

 

 当初機械のトラブルのことについての説明だけがあり

 

 死因は肺炎とのことでした・・・

 

 これって刑事事件的なくらいの扱いの気もするのですが・・・

 

 ただただ悲しすぎました

 

 今はただ、怒りしかなく、どうしたらいいのかわかりません

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動脈瘤

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 朝の外来は何とか乗り切りました。

 

 昼からは手術。ここ最近ではすごく珍しい、透析関連の動脈瘤の手術です。

 

 今回僕は第一介助者なんで、執刀の先生がスムーズにできるように心がけます。でも

やりすぎるとここほれわんわん的になるんで気を付けないといけません。難しいところです。

 

 無事に終われるように頑張りましょうねぇ。

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どうして

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 とあるみやこの大学病院では起こったことを公表して、そのうえで事故調査委員会となりました。 

 

 それなのに、とある葵の御三家の一つの海の近くの大学病院はいつまでたっても公表せず・・・。というか公表はしないとのこと・・・。

 

 確かに、第三者委員会にゆだねて協力しながら調査はしているけど、それはあくまで再発防止のためのことであって、根本的には起こったことに対して真摯に対応しないといけないと思います・・・

 

 事故調査委員会の結果だけを話して、納得いかないと話せば、再度事故調査委員会を開きましたとその話だけをされ、他の家族が怒った様子を見て初めて後日になってから、「お参りにいきたい」・・・・。だいぶ家族で話をしたのちにお気持ちだけでと辞退させていただいたら、後日になって「お見舞金の話を」と連絡が・・・

 

 遺族ってそんなもの求めてるんじゃないんですけどねぇ・・・。ただただ、お粗末な対応に不信感が募る一方な印象で、古巣なだけに残念な感じでした・・・

 

大きな変化のきっかけ

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 ちょっと長いうえに暗い内容があります・・・(ごめんなさい)。自分の気持ちを振り返り、整理をするのに少しお話させてください。

 

 昨年末、義父が69年の生涯を閉じました。少しだけ思い出をまとめさせてください。


 義父とは僕が研修医1年目の時に出会いました。初期研修の初めに僕が選択したのは心臓血管外科・呼吸器・乳腺外科、中でも呼吸器外科でした。医師としての自覚も技術もまだまだ足りない中、悪戦苦闘をしている毎日のなか初めての右肺全摘除術の担当としてお会いしたのが始まりでした。気管支鏡検査の入院のときから、不安な気持ちもあったと思うのにそんなことおくびにもださず、いつも笑顔で僕に缶コーヒーとお菓子をこっそりくれていました。(もう時効ですよね)術後も部屋に行くたびにしんどいはずなのに、いろんなお話をしてくれて、いつも緊張しきっていた僕の心を落ち着けてくれていました。少し変わった病型で発表もさせていただきました。退院後はなかなかお会いすることもなくなっていましたが、外来通院時にお見かけするといつも笑顔で手を振ってくれていました。
 数年が過ぎて、当直のバイトに行った病院で娘さんにお会いしました。お父さんのお話で盛り上がり、ちょこちょこバイトに行きお話をするうちに仲も良くなり、最終的に僕の妻になってくれました。はじめてご挨拶に行ったとき、少し驚きながらもにこにこと迎えてくれて、「もう帰るの?泊っていけばいいやんか」と言ってくれたことは今でも忘れていません。
 結婚し、ちょこちょこお会いする時も時々、傷口を見せてくれては、「ここまでは何ともないんやけどなぁ、ここからがかゆいんよ」とおそらく僕が少し縫わせてもらったであろうところを見せては笑いながらからかってくれました。今ではもうそんな傷のこしませんよ。
 何度か旅行にも行き、入院もされ、ほんとにあっという間の10年近くが過ぎました。義父は残った左の肺の上部にアスペルギルスを患い、少しずつ呼吸状態も悪くなりながらも何とかHOTで自宅で生活をしていました。
 発熱の後に呼吸苦と意識障害が出現し、救急車で以前に僕が働いていたこともある、かかりつけの大きな病院に運ばれたのが年末のある日でした。CT上も残った下肺野まで炎症の影が出てきており、ナルコーシスにもなっていて挿管しか方法はない印象でしたが、ERで義父はあまり望まれなかったとのことでNPPVでの対症療法となっていました。それでも、可能性があるのであればと、先生に気管切開になっても自宅で見ていくからと話したのちに、家族で相談していた矢先・・・。呼吸器のアラームが鳴りました。何が起こったかわかりませんでしたが、呼吸器が作動していないことだけは確かな状況でした。ただみているだけではどうしようもなく、すぐにナースコールをしましたがなかなか来ていただけず・・・。Drも来ないため僕が枕元に入り換気をしようと物品を頼むとなぜか酸素流量計が部屋にない・・・。でも、補助換気をしようとした時点では確かに自発呼吸も、反応も発語もありました。なのに・・・。徐々にHRが低下し、最終的にはPEAとなりました。後から思えば、100%酸素を呼吸器で使用しなければSpO2を90%保てないのに、それが止まればどうなるか・・・。必要なのは圧ではなく酸素なのに・・・。なんであのときすぐに気付けなかったのか。なんで他院だからって遠慮してしまったのか・・・。本当に自責の念に駆られてなりません。義父にはもちろん、妻にも悲しい場面を目の当たりにさせてしまった。仮にも集中治療を志しているのに僕は・・・。僕はこの日を二度と忘れません。だれにも同じ思いは二度とさせたくありません。
 でも、いつまでも下を向いていては、生前から優しくにこにこしていた義父が心配してしまうので、少しずつまた前に向かっていけるように考えていきたいと思います。いまはただ、傷ついた家族の傷を少しでもいやせるように。僕はただ、義父のように笑っていられるように頑張ろうと思いっます。
 おとうさん、本当にありがとうございました。まずはゆっくりと休んで、そのあとまた見守ってください。


 最後まで読んでくださってありがとうございました。家族一同少しずつ前にむかっていきますので今後ともよろしくお願い致します。

満床・・・

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 うちの病院は田舎の小さな病院なんで、ICUは基本的に6床設定になってます。そんなわけでちょっと何かあるとすぐに埋まっちゃうんですが、大抵一日たてば何とかなってきたのが現実でした。
 今週は救急主任部長がなつやすみなんで、病院には救急専門医は僕しかいない状況でボチボチ楽しくやれてますが、僕には肩書きがないので基本的にはもう一人の救急部長の先生が救急の応受の判断をされてます。
 で、昨日はICU満床・・・。とりあえずとって対応してから考えようっていう僕と、はじめから重症は断るっていう部長との意見が激突しました・・・若輩者の僕では太刀打ちできずその場は仕方なく引き下がり、かなり葛藤しながら戻りました。
 幸い昨日はそんなに重症そうな依頼はなかったんでこっそり全部うけましたが、なんともねぇ・・・
 頑張って力をつけたいとおまいました。がんばろ!