◆ R I N G O * S A N

  歌うパステル画家5*SEASONの蒼いブログショー
  3月の「りんご*さん」のオープン日は
  3/4(土)、3/5(日)、3/14(火)、
  3/22(水)、3/30(木)の5営業です。


テーマ:
ジョーカー
『ダークナイト』の悪の化身・ジョーカーって、
案外コマカイ奴なんちゃうん?
カップヌードルの前できっちり3分座ってたり。


ジョーカーはカッコイイ。
なんせ「金なんかいらない!」と言って、
奪った数億ドルの金を一瞬にして燃やしてしまうんだから。
コイツの言ってることは正しい。間違ってない。
たぶん、私も数億という金には火を付けられるだろう。
金に見えへんもん。
そやけど私、明日のための1000円は燃やせない。
ジョーカーよ、君は燃やせるのか?
明日のための銭を! 食うための金を!
燃やせへんかったらなぁ、私ゃヘソで茶を沸かしたるっ。

ジョーカーを狂人として映画に君臨させるのなら、
食事のシーンなんかがあれば良かったかもね。
彼の異常性が私にも伝わったかもしれない。
かなり「骨のある奴」に映ったもん。

だいたいジョーカーって奴は
何を食って生きてるんだ? 謎だらけの悪人、
名前も所在もわからない「悪そのもの」、
人道に確実に存在する性悪として描かれているんだろうけど、
自分の素性を語らない観念だけのヒトを前に
私はまたしてもヘソで茶を沸かすことになる。
「御主、名を名乗れっ!」
イライラしたわ。名乗らんわりに
「ボクの母親はボクにこんなヒドイをした」などと
お涙頂戴話をしたりする。単なるマザコンか?
何者やねん、母親って? 今どこで何してるねん?
一方のバッドマン。
正義の味方の正体も不明だけど、
観客は真実を知って映画を観る。ここがフェアじゃない。
バッドマンが独り相撲をとってる感じ。

しかし。ジョーカーはまだいい。
人間のカスだけど自分の筋をとおしてる。
もっとイライラするのはバットマン。
善を通せば悪が生まれる。
当たり前やないかぃ! おまえ~
何年バットマンの看板掲げてるねん!
まだそんなとこで立ち往生してるのか?
なんやかんやいうて、貴様はセレブ思考なんちゃうん?
タンスにドル札を なんぼ忍ばせてるねん?

・・・とまぁ、ヘソで茶を沸かす以前に、
私の頭が煮えくり返ったヤカンになり
シューシュー湯気が出まくった映画『ダークナイト』。
世間では絶賛される批評が多いけど、
私にいたってはイマイチ迫ってくるもんがなかった。
『バッドマン ビギンズ』を観ていたら
もっと違う感じ方をしたのかもしれないし、
金かけた破壊シーンは愉快ではない
こんな私の感性が邪魔をして
ダークナイト=「闇の戦士」に乗れなかったのかもしれない。

とはいうものの、アクションも撮影も秀逸、
後半のバッドマンの選択は緊迫があった。惹き付けられた。
なんといってもジョーカーを演じたヒース・レジャーは凄い。
賞賛の一言。これほどの魂、役者馬鹿には背筋が凍った。
急逝が悔やまれる。合掌。

ちなみにトランプのジョーカーは
タロットのゼロ番に位置する『愚者』に値する。
冒険・旅・好奇心などを暗示するこのカード
私はタロット大アルカナで最も強いカードだと捉えてる。
というのも22枚の中で
最も人間らしさを暗示していると思うので。

『ダークナイト』のジョーカーも所詮は人間。
ひるむな、バッドマン。
最強の愚者やんか、君も!


★★★★★☆☆
『ダークナイト』公式サイト
2008/8/20 丸の内ピカデリーにて鑑賞

やぎ座 5*

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ダージリン色の光

『蒼の中のオレンジ』



次々に電車がやってくる東京は山手線の電車。
ラッシュ時は3分間隔、
通常でも5分ぐらいで次の電車がやってくるので、
たとえ1本乗り過ごしそうになっても、
ダッシュで電車に飛び乗ることはない。
「すぐに次がくるから」。
そもそも山手線のホームで「走る人」は
日本人だけで外国人にとっては奇妙な風景に映るらしい。
私は元来がノンビリ屋なので走ることは滅多にないけど、
それでも時々「この電車に乗らなければっ!」と
階段を駆け上がり、ホームを突進することがある。
けど、それは「約束に間に合わないから」というより、
「この電車だ!」と妙な使命感を抱いて、
ヒラリと電車に駆け込むのだ。
理由はハッキリしているようで、実は拠り所はない。
しかしあの、取り憑かれたような「必死さ」を
落ち着いて思い返すとき、こんなことを想うのだった。

生きるということは、
常にY字路の前に立たされているようなもの。
右か左か、どちらの路をえらぶかで未来が変わる。
大きくいえば就職や結婚やわが子の将来、
小粒にいえば「米を食べるべきか、パンにすべきか」
「もう少し寝ていようか、それとも今起きるべきか」など。
Y字路は大木の根っこのごとく、
太いものから細いものまで、
脈々と分かれ分かれになっていて、
人も同様に無意識にチョイスを重ねて時間を泳ぐ。
そうして“ある時”、そう、
停止状態を脱しよう! なんて
強固な意志を持ち合わせている時ほど、
「今しかない!」とガバッと人は路を選ぶもの。
「この電車だ!」と、すぐに来る山手線に飛び乗るように。

アンダーソン監督の『ダージリン急行』を観た。
なんと今年初めて観た映画だったけど、
すごく愛おしい1本。今年はこの映画1本になったり?
それもいいかも、だって共感する!
映画の中に登場する三兄弟のひとりが、
インドを一路走る急行列車に飛び乗るシーンに!!!!!
彼は得体の知れない使命に突き動かされ、
「生命の根源の国と言われるインド」へおもむき、
急行列車に飛び乗る!!!!
そのシーンの必死さ、可笑しさときたら!!!!
今の私の姿とだぶるようで涙がジワ~~汗
彼が飛び乗った急行列車は蒼い車両の海の色。
果てしない海の底の色、夜の空の色。
底知れない未来が待つ列車に
間一髪、彼は飛び乗ることに成功する、だけど、
時を同じく“急行”を追いかけ間に合わなかった人物がいる。
これもコミカルで可笑しい、
年齢ではなく縁だ、人生だなぁと想うわけで。

列車に飛び乗った男性を待つのは、
縁遠かった2人の兄弟が待つ狭いコンパートメント。
広いインドの大地を悠々と走る「ダージリン急行」の小部屋で、
私と等身大の旅が始まる。
小部屋という限りある空間なのに、列車は大陸を行く。
それが重要な人生の岐路になるとは、露知らず。
このギャップこそ、人生ではないかしら。
狭い空間を制すしてこそ、世界が見えるんや!


アンダーソンの映画は『ロイヤルテンネンバウムス』も観ている。
『ダージリン急行』と共通しているのは、
家族の絆。つまり最小単位の人と人の繋がり。
現代社会を「希薄な人の繋がり」と唱えるなら、
家族は急行列車の密室コンパートメントだと私は思う。

しかし、列車を追いかける行為を
山手線「新宿駅」でやったなら、
まちがいなく「今日のトップニュース」になるだろう。
まず、出来ない。
それだけTOKYOの人間は急行を見送りがちなのだ。
あまりに列車のスピードが早過ぎるわ、人が多いわで。

はたしてTOKYOに「ダージリン急行」を追うものはいるのか?
ダージリンとは、インドの古都。
ダージリンティーが有名で、
茶は明るいオレンジ色で、それは太陽の色、
映画『ダージリン急行』は蒼い車体だった。けれど、
乗客の肌の色は太陽の色のオレンジ色に染まっていた。
あらゆる国籍を超えて・・・。




★★★★★☆☆ 7点満点で5点
映像をデザインする、
映画をデザインするアンダーソン監督。
デザインとは、実用面が最重視されるから、
必要でないものは引き算されていく。
『ダージリン急行』の場合は“物語”を引いた、ような?
手垢のついた言い回しだけど、
ある意味で行間を読む映画、日本映画で言えば「小津的」。

娯楽として映画を楽しみたい層と
オリジナルな表現を観たい層とでは、
この映画の好き嫌いは分かれると想像するし、
アンダーソン監督は紛れもない「映像おたく」だと私は思う。
それも玄人受けする映像センスで、
スクリーン全体をデザインしてしまうんだから、
「映画好き」は拒否反応を示すだろう。
おそらく「表現おたく」がハマる世界。

私は好き。
登場する三兄弟のダサイ感じも、
インドの現地の人の服装ですらファッショナブルに、
アンダーソン色に染められる。
全編が雑誌『STUDIO VOISE』か『Casa』をめくっているかのよう。
死と生が隣り合わせに位置する「インド」の姿はそこになく、
死ですらデザインされ、クリエイトの結果として映される。
衣装や小道具、大道具も、音楽センスも極めてリッチだ。
たぶんこれは物に恵まれながらも
どこか心寂しい現代人を彷佛させるし、
東京で暮らす人間とも一致する。
恵まれているのに不安。この贅沢さ!

死は哀しいものではなく旅立ちである。
インドを旅したことははない私だけれど、
かつてバリ島ウブドに滞在した際、
地元の人は口々に話してくれたっけな、
それは旅人の私には目からウロコだった。
彼らは死を舞で弔い、火で愛でる。
「死は終わりでなない、始まりを祝うもの」
ウブドでは葬式は新たな冒険を祝う祭りだったし、
かつて村社会だったニッポンも同じだった、
けれど、それが自然がくれる病や老いであれば祝いも良し、
一方で現在は貧富の差や身分格差で死を強いられる。
だから『ダージリン急行』は、
ただただ デザイン世界の桃源郷として映り、
苛立ちをも伴う。実は私もそうなのだ。

私はアンダーソン監督の映画に惹かれる。
けど、血なまぐささや死の葛藤こそ、
走り去る急行列車に飛び乗る決心だと思うので、
ブルジョア的センスには、やや生緩さを感じるのも事実。

例えば登場する三兄弟がインドの旅の間、
ずっと持ち続けるスーツケースに私のジレンマが象徴される。
スーツケースは一目でヴィトンだと分かるブランド物、
インドを旅する者としては高価過ぎて浮きまくり。
ここにアンダーソン監督は
オリエンタリズムの投影をしているに過ぎない、
という見方もあるにはある。が、
欧米人や「先進国といわれる国々」の悲哀の現れ、とも思える。
人が欲しいのはモノではなくLOVEなのだ、
それを求めて三兄弟は列車で旅に出る。

映画のラスト(クライマックスではない。この映画にクライマックスはない)で
いったい彼らはヴィトンのスーツケースをどうしたか?
それは『洋式美』との決別。
インドで彼らは死を受け入れる。
だから私はアンダーソンが好きなのだ。



●『ダージリン急行』サイト

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『ぐるぐるぐるぐる』
堕ちているのか、包まれているのか。
なんだか人生って、らせん階段に似てる。
それとも、運命の うず巻き。



世の全てのものには
常に裏と表がある。社会には、
光を浴びる表社会と、影に潜む裏社会がある。
人間の心にも明暗の両方を秘められていて、
ポジとネガが常に共存してる。私もそう。

人は誰しも、裏よりも 陽の当たる表の方を好むはず。
が、いったん裏社会に触れ、
もう そこにしか自分の居場所を見出せず、
逃れたくても逃れられない境遇に堕ちてしまったなら、
人は生涯、裏社会で暮らし、
闇の中で光を見出さなくてはならないのだろうか?
いいえ、と私は思う。

どんなに裏社会に浸かろうと、闇に染まろうと、
真の償いの気持ちがあれば、やり直しはできるはず。
ただ、相当な覚悟と強い意志を持ち、
精神、肉体、両方に伴う痛みに耐えられなければ、
再び「らせん階段」を転がるように、
闇の底へ堕ちてしまうだろうし、
償いとは「恨み」から解き放れてこそ成立するもの、
これは難しい、たくさんの時間が必要になる。

どんな境遇であろうと、たとえお金がなくとも、
考え方ひとつで得られるもの、それは希望。
希望はまた、消えやすくも儚い。

仏教に『慈悲忍辱』という言葉がある。
意味は「慈悲の心をもち、あらゆる苦難に耐える」で、
読み方は「じひ にんにく」…ちょい笑える…ニンニクかぃ…。
トルナトーレ監督の『題名のない子守唄』を観たところ、
ニンニクたっぷりのパスタのような映画でありました。

…なんて、うそで~す☆ この映画は
「慈悲にんにく」を見事に描いているのであります。



★★★★★☆☆ 7点満点で5点
映画監督トルナトーレと音楽家モリコーネの名コンビによる最新作。
やっぱりね、2人は最強コンビ、流石に息が合ってる。
トルナトーレの大ファンである私も満足!
彼の映画は、モリコーネの音楽無しには成り立たない。

少し前のこと、ラジオでモリコーネ音楽の特集をやっていて、
番組のコメンテーターたちが話していた内容が興味深かった。

モリコーネはトルナトーレの映画音楽を作るにあたって、
まず、脚本に合わせて大まかに作曲する。
その曲に合わせてトルナトーレが映画を作り、完成した後、
さらにモリコーネが音楽を完璧に仕上げるとのこと。
ということは、トルナトーレの映画は
モリコーネの曲と同調すべく作られるわけで、
まさに渾然一体となってしかるべき、なのだ。
『題名のない子守唄』のモリコーネの音楽は
以前の楽曲に比べて、音で抽象的に感情を表したり、
斬新なリズムを刻んだりして、優美なだけでなく、
時に心象を かき乱すようなメロディーもあった。
これは裏社会で生きてきたヒロインの心と、
ミステリーのドキドキ感をあおるのに充分だった。

R15指定ということで、冒頭にいきなり女性の衝撃場面が登場する。
仮面を付けさせられた裏社会の女が、
男の道楽によって選ばれ、品物としてチョイスされる。
非人間的な行ないを、トルナトーレはクールに映してる。
人を人として扱わない非道ぶりを観せたあと、
物語は謎と闇をフラッシュさせながら展開していく。うまいな~。
音楽も当然、ぴったんこだし。
画面構成が「表社会」から疎外されて生きていた女の、
恨みや悲哀を充分に臭わせる。
トルナトーレがこんなにもシャープな映像を作るなんて、意外!

この映画はミステリーの仮面をつけた人間ドラマ。
なので、種明かしとしては疑問が多々残るし、
つじつまが合わないところもある、けれど、
トルナトーレが全てを見せようとしていない意図を私は感じた。
といいつつ、ヒロインの女の妄想なのか、事実なのか、ねつ造なのか、
私にも判断できない場面が いくつかあって
観終わってもスッキリしない部分があるにはある、けれど
病んでいるのは裏社会だけではなく、「表社会」も同様だと、
トルナトーレは暗示してるようにも取れる。
裏と表は一瞬にしてすり変わるもの、
私自身、裏ではなく表社会にいるつもりだけれど、
もしかしたら「限りなく裏を隠された ウワベ」にいるのであって、
それは裏社会にいるようなものかもしれない。

この『題名のない子守唄』は母性がテーマの
ミステリー・ドラマだといわれている。けれど、
私には現代の社会構造を皮肉った批判の一矢にも思え、
背筋がゾクッとなった。闇の支配者の存在を
あからさまに描かず、ぼかしているところがリアルだ。

主演の女優さんの、まるで三役をやっているような
過去と現在の演じ分けがすごい。娘役の女の子もかわいい、
でも小生意気な子やなぁ。イタリアの子はオマセさん?

ラストシーンの笑顔に超号泣。疑問も感じたけどさ…。


●『題名のない子守唄』サイト

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