◆ R I N G O * S A N

  歌うパステル画家5*SEASONの蒼いブログショー
  4月の「りんご*さん」のオープン日は
  4/4(火)、4/9(日)、4/12(水)、4/13(木)、
  4/15(土)、4/19(水)、4/27(木)の7営業です。


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フライング・ピース


・・・
この地球では いつもどこかで
朝が はじまっている。
(略)
経度から経度へ。
ぼくらは あさを リレーする。
そして いわば ぼくらは
交替で地球をまもる。

・・・・   「あさ」谷川俊太郎(部分)


谷川俊太郎さんの「あさ」という詩が好きだ。
「ぼくらは交替で地球をまもる」
という表現に慰められることが多く、
朝は地球番のための合図なのだ、と思う。

その「朝」だった、
2001年の9月11日、
ニューヨークにテロの惨事が起ったのは。
映画『ユナイテッド93』を観て、
「あの朝」の空が あんなにも晴れ渡った青色で、
あんなにも希望に満ちあふれていたことを、
阿呆なことに、私は5年過ぎてようやく知ったのだ。
あの朝のニューヨークの事件は、日本ではもうすぐ
一日が終わろうとする夜に勃発、
ニューヨークは、私たちが送った朝を
きちんと受けとめてくれた。なのに、
絶たれてしまった!!!!
あってはならない手段で。

映画を観て、さらに確信。
私たちは「9.11」の真相を、
まだ何も知らないと考えた方がいい、と。
なぜなら真相が報じられていないばかりか、
真相は検証されてもいないし、
真相を積極的に知ろうとしない、
私たちの無知にも責任があると思うから。

『ワールド・トレード・センター』を観た後すぐ、
本作を観た。悲惨で、残虐で、虚しい事の成り行きを
可能な限りドラマ性を排除し、
ドキュメントとして描いている。しかも きっちり
“ぶっちゅ政権批判”も盛り込まれている、
と私は感じた。

朝を輝くばかりの詩文に変えるのも人間ならば、
最悪の地獄絵の朝に変えるのも、人間。
どちらが素敵で、どちらが奈落か⋯?
分かり切ったこと。

税金を納めている立場の人間ならば、
機会をつくって しっかり観ておきたい映画。
「朝」のリレー、いえ、地球上の、
「自然のリレー」が途切れることのないように。



★★★★★★★ 7点満点で満点


ガタガタ震えながら観た。怖かった!!!!
あんなにも不安な想いで
映画館の椅子に座ったのは初めての経験だった。

「2001.9.11」でハイジャックされた4機の飛行機のうち、
計画を遂げることなく墜落した1機、
ユナイテッド93便の記録を軸に映画化。
結末はメディアでも報じられている通りなので、
ここに書いてしまっても差しつかえはないだろう、
ハイジャック犯を含めた乗客全員が死亡。
たまたま機に搭乗した乗客たちの生存願望も、
犯人たちが定めた狙いも
両方共に遂げられることはなかった虚しさ、悲劇。
この映画にヒーローは現れない。

生存者がいないわけだから、
飛行中の93便で起った出来事はすべて想像であり、
ドラマはここでのみ展開する。
なんとか生き抜けようと力を合わせて
ギリギリまで努力する姿は、
『ワールド・トレード・センター』でも
主題となっていた「希望」であり、
人類が次世代に伝えていくべき
最も大切なことではないか。

『ワールド・トレード・センター』と
ある意味 対になる本作。
2パターンの映画が公開されて本当によかった。
どちらか一方だけだと、誤解が生じやすい。
本作の主人公をあえてあげるとしたら、
真っ青の「朝の空」。

~新宿武蔵野館にて観賞~






●映画『ユナイテッド93』サイト
●この映画の前に観た『ワールド・トレード・センター』の感想
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揺れる気持


一番恐ろしいこと、
それは何も感じないこと。

精神不感症とでもいうのだろうか、
感激もなく、落ち込みもなく、喜びも哀しみも、
泣くことも、笑うこともない、少しもゆれない、
何があっても神経が微動だにしない、
そんな鋼鉄の心を持つのは まっぴらご免だ、
とんでもなく怖い。
人が生きるということは揺れ続けるということで、
心臓がドクドク動いてビートを刻むように、
気持だってユラユラ動いて揺れなければ、
35度~36度の あたたか味のある
人間という生き物には とてもとても思えない。
だから嫉妬 や ねたみや劣等感や疑心という
醜い感情だって生きている証しなのだ、
影の自分自身も認めなければ
さぞや しんどいだろう、平凡な暮らしが。

そうして時に、人のこころは
大きくゆれる。右に左に、
上に下に、ぐるりと一回転してゆれて、
近しい人間の心までも大きく揺らす、
その挙げ句、指針が大きく変わることもある、
人は ひとりで生きているのではないのだから。

西川美和監の映画『ゆれる』を観た。
あれは9月の映画の日だったから、
もう小一ヵ月前になるというのに、
「観た」という印象が今も消えないのは
映画が放っていたメッセージが強かったからで、
私も集中して観たからだろう。

『ゆれる』というタイトルが示すように、
“ある吊り橋の事件”をきっかけに、
この映画の軸となる兄弟や、
周りの人間たちの気持と人生も大きくゆれる。
彼らは生きているんだし・・・!

たいへんに細やかな心理を映す映画で、
私は最初から最後まで ずっと引き付けられたけど、
ひとつ気になったのは
この作品では「親兄弟は意思が通じ合うもの」という
杓子定規な観念で創られているような気配が
家族崩壊を経験している私には苦手といえば苦手だ。

家族は ひとつの机に座って、
和気あいあいと 、たまに言い争ったとしても、
手を取り合って生きる姿が ほほえましく正しい
とは まったく私は思わない。
一生打ちとけない親子も兄弟もいるだろうし、
片親だけで育つ子どももあるだろう、
劇場型に盛り上がっていく映画の結末は
ステレオ対応過ぎるように思ってしまった。

私自身の家族が以前、
それぞれに理想の家族像を追求するあまり、
歯車が狂い、傷つけ合う関係だったから、
なおさらそう思うのかな。結末にこそ、
「あの家族」のオリジナリティが観たかった。

私の家族。両親と妹と私。
今は両親が実家に住み、
妹は嫁いで別の家族をもち、
私もひとりとはいえ独立して暮らす。
親子は別々、姉妹も別々、
もう無邪気な子どもは絵描きの私だけ、
誰もが「普通の暮らしはこうである」を主張しない。

人は私の家族を見て
「楽しくて良い家族だ」という。
それで間違いはないだろう、
幸いなことに、私の実家には
家族それぞれの友人がひっきりなしに訪れてくれる
きっと他人にとっても居心地のいい家なのだ。

そんな家族は、かつて大きく揺れ、
ぶつかり合い、傷つけ合った、だからこそ、
今の形がある。それに
映画『ゆれる』の兄弟と同じように、
「同じ親から生まれて、どうしてこうも違うのか」と
私ら姉妹はそれぞれにコンプレックスを抱いたもの。
私は『ゆれる』と同じ経験をした、だからこそ
真実味をもって響いてきた映画だとは思う、でも⋯
でも⋯という言葉が頭で揺れる一本やねんなぁ、これ。


★★★★★☆☆ 7点満点で5点
香川照之さんとオダジョーの演技が世間で大絶賛。
もう今さら私ふぁふれることもないだろう。
というか、私にとっては
父親役の伊武雅刀さんの演技が強い。

オダジョーは演者というか、
創る側のこだわりを持っている人のような気がする、
イマイチ、演じることに納得してない⋯
とかなんとか、そんなことを思っていたら、
案の定オダジョーは現在映画を監督中とか。
アートのセンスを持ってる人って
なんとなく匂ってくるんです。

「男ども」の映画。
その平均を崩すのは女ですか、やはり。
女は邪悪なものなんでしょうか、いつの時代も。

洗濯物をたたむ、洗濯機をまわす、
洗濯物を干す、男の侘しさは洗濯、この映画では。
裁縫、ゴミ出し、風呂掃除、
やってるのかな、この映画の男たちは。

地方の田舎よりも
東京の、大都会の暮しの方が割が良い、
このコンプレックスから解放されるのは、
ある程度 内面が枯れないと難しい、
このニュアンスが さりげなく演出されていたところに好感。

「ある事件」の真相追求をすることで、
家族は崩れていく。
真実は常にひとつしかない、
けれど それを見聞きした人間の数だけ
真実は物語として発展する。
真実にもっとも近い物語はどれか、
完璧に見破る人間がいるのかなぁ。

新宿武蔵野館にて観賞~






●映画『ゆれる』公式サイト
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urei

豚に憂う


三島芸術の頂点であり、
映像美の極みでもあり、
三島様式美の到達点だと思う。
反面、あまりに馬鹿げたこと、
アホだとも思う。

【あらすじ】2.26事件が勃発した二日後。近衛連隊長に勤務していた武山信二 中尉は、事件に加わることが出来なかった悔恨と、後に かつての友である反乱軍を敵に回すことになる苦悩を胸に自決する。28分の短編。セリフは一切なく、流れるのはワグナーの音楽のみ。
●監督/原作/脚色/美術/制作/主演 三島由紀夫
●出演/三島由紀夫 鶴岡淑子


三島由紀夫の独裁映画。
三島由紀夫の演技については
お世辞にも上手とはいえない素人の域だった、
が、セリフを全て排除したこと、
三島由紀夫の顔全体をカメラがとらえないこと、
ワグナーの音楽のみで通したことで、
演技ではない真実味、リアル感がでた。
作品の舞台空間は、
能舞台のそれのように簡素化され、それは
儀式としての「夫婦の最後」を芸術作品へ押し上げ
モノクロームの世界は神話となる。

前半、「男」を印象づけるべく組まれた三島由紀夫の
フンドシで日本刀をかかげている姿は、
筋肉が隆々としているのに、物悲しい。
物書きには あまりに不用な筋肉の成果は
どこか滑稽にも思えてくる。

夫婦が最後に愛し合う場面は
妻・麗子を演じる鶴岡淑子が髪の毛の一本まで美しい。
三島由紀夫は義務として妻と交わる、
ぎこちない動きが ここでも物悲しい。

男性社会の賞賛、
女は傍観者として関わる切腹。
心中ではなく、妻は妻の勤めとして
夫の後から自決する。
腹を切った夫の後始末をするために
妻は後に残されるなんて!
なのに血に染まった妻の白装束を
美しいと思った私がいた。

後に、三島由紀夫本人も自決することになるが、
本作の切腹シーンはそれを彷佛させるに充分で。
というか、昭和にしか生きられない作家にとって、
これは疑似体験としての総合芸術か。

あー! アホくさっ。


★★★★☆☆☆ 7点満点で4点
アート、芸術、美学としての完成度は
おそらく高いのだろう。ただ、
私とは180度違った思考回路に寒イボが。

問題の“衝撃の切腹シーン”は やはり、
痛いのが苦手な私は 「ひぃぃぃっ!」と声がでた。
けど、以前に観た小林正樹 監督の
『切腹』の冒頭で描かれている切腹シーンの方が、
はるかに“痛み”が伝わってきたように思う。
あれはホントに痛いっ!!!
三島のそれは、ホラー映画もどき。
腹から飛び出た腸は豚の内臓を使ったとか。

鶴岡淑子は凛として美しく。

最後の枯山水で横たわる ふたりは静寂を生み、
このとき様式としての美は完全に停止し、
三島芸術の頂点は永遠となって、
もう朽ち果てることは ありはしない。しかし、
美学だか、神聖だか・・・よぉわからんわ。


キネカ大森「三島由紀夫 映画祭 2006」にて~




東宝 憂國    松竹 切腹
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ずいぶん前に描いたタヒチの女性の胸元。
なんだか『山猫』のアンジェリカに似てる。
百花の女王のような彼女も数年後には
間違いなくドラム缶体形になるであろう、
イタリア女ってバキュームカーみたいに食うもん。


3時間の動く名画、
どこを切り取ってもルネッサンス芸術という豪華さ。
人物の配置や衣装の選び方、
色味が重ならないよう配慮した画面構成などなど、
これらの美意識は教わって獲得できる感覚ではなく、
名門に生まれ育った貴族の血がさせるもの。
前半では鉄砲戦の場面、後半では圧巻の舞踏会の場面、
よくぞ名画を復元してくださったと感謝。
ただ‥‥。

ヴィスコンティ監督も、キム・ギドク監督と同様に、
映画を観ているとき「絵心のある人だ」と感じた。
といっても、ヴィスコンティのそれは
あくまでも「貴族のたしなみ」という風で、
絵心に精魂かたむけ、切磋琢磨した結果ではない。‥‥と、
これはまったくの想像だけど。
ようするに庶民には到底かなわない
センスの固まりのような高貴な作風。
ただ、それが‥‥。

‥‥と言葉を濁してしまうのには、わけがある。
それは、キム監督の『春夏秋冬~』を
この『山猫』を観た後に観て、しっかりと確認したのだ、
『山猫』は 今のあたしには かなり退屈な作品だと。
3時間は、正直いってキツかった。せめて2時間にしてくれ。
途中の1時間は眠ってしまおうかと思ったぐらいだったが、
それでもスクリーンを正視していたのは、
やはり美しかった、それほど圧倒的な美の饗宴。
つまり、キム監督の映像美と、
ヴィスコンティ監督の映像美、
どちらも美を表現するという意味では同質のものだが、
ふたつは仏教のそれと、キリスト教のそれ、距離感がある。
ヴィスコンティ監督の美は、これでもかというほどの、
足し算がベースの華美な油絵世界、一方キム監督の美も、
同様に油絵であって、しかも厚塗りなのに、
「あってもなくても、どちらでもいいものは無くす」という引き算、
カラー作品なのに墨絵世界だった。

おそらく今のあたしが、西洋の美しさではなく、
東洋のもの、ひいては和の境地に立ち入っているため、
目がくらむような絢爛さには疲れてしまうのだ。
なかでもクライマックスの舞踏会の場面でのこと、
主人公のサリ-ナ公爵と
アラン・ドロンが演じるタンクレディーが、
あまりの人の多さにフロアが蒸せ返し、
額に汗を滲ませていたところでは、観ている あたしも息苦しく、
疲れたのか脂汗をかいていた。映画に同調してしまうなんて‥‥、
舞踏会に紛れ込んだような錯角、この映画が本物である証拠だ。
それだけではない、サリーナ公爵が舞踏会の途中で、
ひっそりと ひとりで涙を流す場面では、
驚いたことに、あたしの目尻から ほぼ同時に、
涙が一筋頬を つたった。こわっ、こんなにもシンクロするなんて。
きっと没落していく貴族の落日を ただ見守るしかなく、
悲哀にくれたサリーナ公爵の心境と、
あたしが背を向けた濃い表現から得る感覚は一致するのだ、
ラストシーンで よろめいた公爵の弱々しい姿が、
この映画を観たあたしの実感であり結果だ。
『春夏秋冬~』という最も共感できる同志を得て、
さらに強くそう思う。

そういえば、あたしが十八歳頃のことだった、
『山猫』をTV放送していたことがあって、
当時付き合っていた彼氏とふたりでコタツで観た。
が、彼氏の方が始まって しばらくして大アクビ。
気が付いたらイビキをかいて寝てやがった。
アホな男と付き合ったもんだと、
彼氏の間抜けな寝顔を見て泣きそうになったが、その直後に、
あたしも退屈のあまり眠ってしまった。
似たもの同士だったのだ…。

数年を経て、あたしは
やっぱりアホなままには変わりはないが、
アホなりに変化はあったようだと、
大きなスクリーンで『山猫』を観て感心してしまった。
というより映画がすごいというべき、
苦手な映画ではあるが、観てよかった!
★★★★★☆☆ 7点満点で5点
アランドロンよりもサリーナ公爵を演じた
バート・ランカスターの方が 断然カッコイイ。
耽美な映像美が苦手な方には絶対にお薦めしません。

***************************
でこよ、『カンフーハッスル』を観ようかどうしようかと
迷ってるうちに『~~ランデブー』が気になってきた~!
たぶん、この調子で迷い続け、
初映画は『オーシャンズ12』になりそうや。
明日は否定的な感想が多かった『A.I.』をTVで観るぞー。

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