◆ R I N G O * S A N

歌うパステル画家5*SEASONの蒼いブログショー
11月の「りんご*さん」のオープン日
11/8(水)、11/9(木)、11/10(金)、11/12(日)、
11/15(水)、11/16(木)、11/17(金)


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$◆ cinemazoo-ピース
『KISS』
『ドクロス』展のために描いた小作品ですが
込めた想いは大きな大きなLOVEのつもり。

カラー画像はこちらで。
MJに捧ぐ、なんちゃって。


スーパースターはやはり孤独だった。
溢れんばかりの仲間や同志に囲まれていても、
スーパースターの憂いは
スーパースターにしか埋められない。

スーパー・スター、MJ=マイケル・ジャクソン。
未だ明らかにされないMJの死。
さまざまな情報がささやかれ、
「とんでも裏情報」こそが
真実ではないかと噂される中、
私は50歳の若さでMJを死に追いやったのは、
私自身だったと反省せざるを得ない。

MJにまつわる様々なバッシングを知るにつけ、
やつれたスーパースターの姿を哀れみを持って見た。
おもしろおかしくネタにした。
恐ろしいことに、
いつのまにかパガンダに染まってた。愚かだ。

MJの最も印象に残る楽曲をあげるなら、
私にとっては『ビートイット』でも
『スリラー』でも『BAD』なく、
作詞作曲もMJ自身が手掛けた
『Earth Song』 ~You Tube~


京都議定書が時代の理想として、
高らかに掲げられた ずっと前、
すでに地球の危機を楽曲にしていたMJ。
壮大な優しさと厳しさと、
悲哀がこもった「愛の歌」を私は
このドキュメント映画『THIS IS IT』を観るまで
すっかり記憶の底に沈めてた。ホンマもんの阿呆だ。
映画を観た一番の思い、それは懺悔。
「ごめんね、マイコー」。

映画館で拍手が起こる映画など、
今の時代、そうざらにはない。
『THIS IS IT』では、それが何度も何度も。
ステージが完璧に向かって山を越える度、
MJ支持の拍手が さざ波のように湧き起こっていた。
希望を残してくれたスーパースターにいいたい、
「ありがとう、マイコー」。


★★★★☆☆☆ 7点満点で4点
私は'80年代のバブル景気を金銭的に謳歌しなかった。
けれど、たっぷり謳歌したものがある、それは音楽。
MTVを夢中になって見た私は、
今から思えば「音楽バブル」の渦中にいた。
熱心なファンではなかったとはいえ、
MJは皇帝の如く君臨した人だった。

音楽をエンターテイメントに変えた人、
一般的にはそんな印象のMJだけど、
私の場合はダンスやパフォーマンスよりも、
ボーカリストとしてのMJが深く残っている。

熱心なファンでもなく、
エンターテイナーよりも歌声が好きだった私にとって、
MJのリハーサル風景を繋ぎ合わせた この映画は、
DVDの特典映像クラスの出来映えにしか思えない。
そうして、急遽の作という荒さが目に付いたのは
私が色眼鏡で映像を追っているせいだ。

なのに、胸を打たれた。
皆が一人のために、一人が皆のために、
ステージが進化していく有り様に感動した。

けれど生前、あんなにも完璧主義だったMJを思うと、
「未完成」であるリハーサル風景を
「作品」として公開していることに罪深さも覚えた。
MJがリハーサルで一瞬、
本気になって歌った時、胸が締め付けられた。
本気で歌うMJが見たい。

そう、リハーサルの完成形を心から見たい。
いったい、どんなステージになったんだろう?
スーパースターの死を、心から悼みたい。
ロンドン公演が行われていたら、
世界は大きく変わっていたかもしれない。
MJは本気で世界を変えようとしていた。

なのに、こうも思う。
巨額の制作費をかけたエンターテイメントは、
バブル期の後追いのようで、私は少々、疲れる。
とはいえ、MJにしか出来ないステージに違いない。
けれど、いいや、とも思う。
MJは「歌」に原点回帰すべきだったのでは? と、
ともかく、たいへん複雑な想いを抱いた一本。

最も心を揺さぶられた場面がある。
冒頭に短く登場する、無名の人たちのコメント。
オーディションに合格した彼等の一言一言に泣けた。
その中の一人が、目に涙をいっぱいためて、
こう言っていたのが忘れられそうもない。
「人生は辛いだろ?」
MJの姿が重なって…。

~シネマデプト友楽にて鑑賞~


『Earth Song』Michael ackson / You Tube
日本語字幕入りです。ぜひ、ご覧ください。

●マイケル・ジャクソン『THIS IS IT』サイト
映画館で観ておくべき一本。
劇場公開は終わってしまいましたが、いつかどこかで、
何らかの形で観られるチャンスがあれば、ぜひ。
来年1月末にDVD発売予定。

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『淋しがり屋のト音記号』



旅先で迷子になる、
なんて経験は、
方向感覚が糸の切れた凧状態の私には
よくよくあるお話だ。
けれど、旅が予定調和でないだけに、
迷子になったおかげで、
とんでもない親切に甘えられたり、
どこにでもある穏やかな家族の風景に
ホッと胸を撫で下ろしたりする。
かといって、自ら進んで迷子になってやろう、
そんな気持ちで旅に出ているわけではないけれど、
分単位で予定を決めて旅に出るより、
気の向くままよその土地を歩いて、
風来坊を気取った方が
記憶に残る想いを味わえるとは思っている。
そうして時に、言語が異なった よその国ほど
忘れ難い温かさをくれるのではないか…?

母国語ではない国で迷子になったとき、
その国で交わされる言葉は
ただの音階へとスイッチされ、音楽へと変わる。
が、音楽と変化した言語は居心地がいい。
なぜなら居心地の悪い言語など、この世にはない、
そう私は信じて疑わない。
なぜなら、人を不快にさせる音調で
日常が交わされることなどないのだから。

言語が音楽に変わった“たった一夜の物語”を観た。
『迷子の警察音楽隊』。
音楽の尊さを見事に描いた
今年の映画〆に相応しい映画だった。



★★★★★☆☆ 7点満点で5点
エジプトからイスラエルへ演奏を目的に来た警察音楽隊は、
見知らぬ土地で迷子になる。
楽団の目的地は「文化ホール」だったが、
迷子になった街にはホールどころか、
文化すらないという。
そんな文化のない街の住人と、
警察というお硬い組織で異端視されている音楽隊は
どこかで共鳴する琴線をもっていた・・・。

交わす言語が違っても国境を隔ててはいても、
寂しさも後悔も、そして人を恋いうる気持ちも
あたりまえに横たわることの再発見を
見事に描いた「説得作」だった。
しかも、笑える。爆笑ではなく、
ネタが分かっているのに笑える落語に似た笑い。

音楽という自己表現が放つエネルギー、
これをを讃えつつ、同時に本作は映画讃歌であり、
芸術讃歌でもあると思った。嬉しい、と思う。
やはり国境や隔たりを超えるのはコレなのだ。

とりたててドラマチックな演出はなく
あくまでも淡々と物語は進行するが、
語りかける強さがほとばしっていて、
今年の〆映画に相応しい一本だった。

さりげなくリアルで、
さりげなくロマンチックで、
さりげない奇跡が訪れる、きっと誰にでも訪れるであろう
ありふれた一夜のハプニングを
さりげなく音楽に託したところに好感をもった。
ぜひ、エジプトの警察音楽隊には日本にも来ていただきたい!
泊まるところがなければ、私のところで雑魚寝でも…?

ただ、私が似たテイストの『天然コケッコー』を観ていたため、
どこかで比べてしまっていた。自分に渇っ!


●『迷子の警察音楽隊』サイト

*Home*

●アートラッシュ企画『ジ・エンド・オブ・ザ・イヤー』のお知らせ
2007年12月26日(水)~30日(日)
タロットより『正義』『力』の原画を展示します。
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『巨人は小さい』



木村拓哉さんのことを
キムタクと呼ぶのは失礼にあたるらしいけれど、
略名が認知されるのは、
世間では受け入れられた証。
人名だけでなく、コンビニ、デパ地下、マクド、
イラレ、ママチャリ、イケメン・・・
そこまで略するか!
と首をかしげるようなものもあるけどねぇ、
「おめ誕」っていわれても・・・。

私5*SEASONの略名は
5*(五個目)であるが変則略語という感じ。
本名の場合も大八木恵子を略してヤギ。
キムタクとかハセキョー、
古いところではエノケンみたいに、
はい! 略しました! というスッキリ度に欠けるなぁ。

だいたい私は呼び名が多すぎる。
最近では「ごーやぎ」とか呼ばれたりして。
今後、数ある私の呼び名から、
もっとも定番になるのはどれだろう?
なんてことを思いながら、
東宝の(これも略名だわ) 古い映画を観ながら思った。
その『待って居た男』には
伝説の役者エノケンこと榎本健一がいた。
喜劇王エノケンかぁ、いいなぁ。




★★★☆☆☆☆ 7点満点3点
『次郎長三国志 第8部 東海一の暴れん坊』の前に観た推理時代劇。
2本立てだったので、どうせならと思って観たのだが、
やはり私の熱が下がってて・・・。

大物は花をよそにもたらす、
この典型的な筋書き。
大物を演じたのは長谷川一男、
であるが、お調子者の威張りんぼ親分を演じた
エノケンの芸達者ぶりに感シマであった。 ※

※感シマ、つまり感動しまくりの意。
~ごーやぎ(5*)用語辞典より~

1942年公開作品
~2007.2.15 シネマヴェーラ渋谷にて鑑賞~


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『頭上が重い貴婦人』


小学校の低学年時代に
図書室にあった『悲しみの王妃』を読んで以来ずっと、
マリー・アントワネットは私にとって
気になる女性のひとりとなった。
とうぜん『ベルばら』も読破したし、数々の舞台も観たし、
本だって けっこう読んだし、近いところでは、
先週放送になった『世界ふしぎ発見!』の、
『マリー・アントワネット』の回だって観た、
番組のクイズは、当然全問正解、
黒柳徹子さんには遠く及ばないとはいえ、
けっこうなアントワネット・フェティストだ。

アントワネットに傾倒したのは、
幼い頃に なんの刷り込みもなしに読んだ
小説『悲しみの王妃』にえらい感動したせいで、
こんな女性が実在していたのか⋯という驚きと、
本に描かれていた美しい挿し絵に惹かれたこと、
それから、お話がハッピー・エンドだから。
断頭台の露と消えた王妃であったが、
幽閉されてからのアントワネットは
初めて社会に自立し、
毅然として自分の人生に幕を下ろした。
物語の結末は悲劇として綴られてはいても、
立派に信念を貫ぬき、揺るぎない王妃となったのだ、
マリー・アントワネットは幸福を受けとめた人であり、
人生に感謝し、短い生涯を終えた。
社会への自立、人間としての意思、王族としての美学、
死を受け入れた彼女の精神は どれもが気高い。
彼女は歴史上の人物で、
私が初めて出会った“筋を通した女性”であり、
男性のそれ以上のインパクトを持って私の心に刻まれ、
その想いは今もなお変わることはない。

実際、幽閉されたアントワネットに関わった人々は
彼女の魅力に魅せられ、心から慕っていたときく。
人を惹き付ける能力と直感に優れていたアントワネットは
天性の愛らしさと、魅力に溢れる人物であり、
それゆえ憎悪の対象にもなり、孤立をよぎなくされた。
私は思う、孤立の中からしか芽生えない意思がある、と。
歴史の変革の象徴として生き抜くことを
彼女は自分の意思で選択したのだ。

彼女はたったの14歳で、
祖国を離れ、たったひとりで歴史のために嫁いだ。
マリー・アントワネットの悲しみの果てに、
今の私は“自由”を手にしている。


【映画】解説: 有名な悲劇の王妃マリー・アントワネットの物語を、1人の女性の成長期としてとらえた宮廷絵巻。幼くして故郷を離れ、異郷フランスの王室で必死に生きた女性の激動の人生を丁寧に物語る。監督は『ロスト・イン・トランスレーション』のソフィア・コッポラ。『スパイダーマン』シリーズのキルステン・ダンストが孤独を抱えて生きる女性を愛くるしく演じている。実際のヴェルサイユ宮殿で撮影された豪華な調度品や衣装の数々は必見。(シネマトゥデイ)

★★★★★★☆ 7点満点で6点
いや、素晴らしい。強烈な個性だ。
ソフィア・コッポラにしか作れない映画であり、
彼女にしか描けないマリー・アントワネットだ。
ここまで自我を貫ける人を私は尊敬するし、憧れる。
歴史巨編だとか、フランス革命の何たるかを想像して観ると、
間違いなく肩透かしに合う。逆に、私は
前作『ロスト・イン・トランスレーション』と
まったく同じだろうと ほとんど期待していなかったのが、
憶測は まったく裏切られた。誰がなんと言おうと傑作だと思う。

この映画は現代劇であり、ヒロイン・アントワネットは
現代の若きトレンド・リーダーとして捉えるのが正しい。
だいいち映画の中に可愛いフランス菓子が次々に差し出されるが、
どれも現代のショーウィンドウで売っているものばかり。
衣装にしても同じで、パステル調の色合いは現在のセンスだ。

この映画は衣装の変化でアントワネットの心理を読むもの。
ヴィスコンティが正確に貴族社会を描いたリアリズムなら、
ソフィアは歴史を現代感覚で映し出す。
これはコッポラ一族という恵まれた環境に生まれ育ち、
思う存分、才能を開花することができたソフィアにしか出来ない。
一人称映画というか、私小説に似た作品で、
豪華絢爛な本物に囲まれた女性の孤独を美的かつ個人的に紡ぐ。
私小説は日本人の十八番だと思っていたが、
ソフィアは欧米人ならではの音楽と映像とファッションで表現する。

音楽のセンスは私の大のお気に入りの、
'80代後半のUKロック・ニューウェーブ・ダーク編。
ニュー・オーダー、ザ・キュアーなどなど、
ちょっと危うく、不安定で暗い、疾走感を含んだサウンド、
これが好きだという人は、けっこう限られるはず⋯。
『人と違うロック感、疎外感』を持つ人間はここに行き着くし
何かが大きく変わるだろう終末感がサウンドに漂う。
アントワネットが浪費に走った時代と
先進諸国が浪費に走った'80年代後半のダークサウンドは
どこかでリンクするのではないか。
ソフィア自身も恵まれた家庭ゆえの、虚無感を味わったろうし、
アメリカ人っぽくない感覚を持っている。
14歳でフランスへ嫁いだオーストリア人アントワネットと
ソフィアは あまりにも似ている。
ただし、ややサウンドに頼り過ぎの感有り、特に舞踏会ではね⋯。

この映画のアントワネットはファッション感覚を磨くことで
自分の内面を成長させ、自分と向き合う。
私に置き返るのは あまりに無謀と承知の上で言ってしまうと、
私も絵を通じて自分を磨き、鍛練してきたからこそ分かる部分。

アントワネットを演じたキルティング・ダンストの肌の色は
私が思い描いていた王妃のそれと同じ。それもそのはず、
キルティング・ダンストはドイツ人の血を引いているとか。
ドイツ人の肌は抜けるような白さ、という偏見を私はもっている。

しかし、英語を話すフランス王妃だなんて
フランス人なら許せないだろうし、
特にあの時代はイギリスとの権力争いが激しかったのだから、
ソフィア・ファンの私も違和感を覚えたことは確か。
昨年のカンヌでブーイングが起ったというのも
映画の結末を観れば納得できる。
が、これを現代劇だと捉えると、映画の幕切れはあそこしかない。
アントワネットがベルサイユのカゴの鳥だった頃、
彼女は自分の人生を受け身で捉えていたが、
革命の火が燃えあがったのを機に、
自分の意思で王妃であろうと決心する。
このとき、アントワネットは少女ではなくなり、大人になる。
だからベルサイユ以降の物語は、ここでは必要ない。
映画は「フランス革命とは何か」を問うものではなく、
「不変の女の子」をアントワネットに代弁させるのが狙いだから。

台詞が極端に少ない米国の「私小説映画」は
目と音感と動作で味わうオリジナリティに溢れる。
ソフィア・コッポラは間違いなく現代アーティスト。
それは14歳でアントワネットがフランスへ嫁いでいく場面を
気品溢れるアーティストとして描いているところにも
それは如実に表れていると感じる。
実際のアントワネット自身にも作家性は大いにあった、
そんなふうに私は想像しているので。
馬鹿みたいなタワーヘアーを楽しんだあと、
彼女は「お姫さまのお遊び」程度とはいえ、自然回帰をする。
こんな王妃に和の心を見る私って、単に安直なだけかなぁ。

ブーイングの後、カンヌでは大喝采だったとか。
その情景がこの映画の真っ当な評価だと思う。
一日本人の私は最初から大喝采だったけれど。

~新宿東亜興行にて観賞~


*TSUBUYAKI ZOO*



●『マリー・アントワネット』公式サイト
●Amazon CD『マリー・アントワネット』サウンドトラック
↑私は安い輸入版を買った。2枚組。
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影

Your guidance

画家・モディリアーニの半生を描いた映画
『モンパルナスの灯』を観た。
推薦人の言葉どおり良かった。名作。

私はモディリアーニの絵が、
それほど好きではないけれど、
画面に はびこる けだるい気配と
補色を大胆に配置した色の組み合わせは好きだ。
それに極端に長い首と白目のない瞳はデザイン的で、
近頃 流行りの広いリビングでも、
インテリアとしても似合うだろうから、
モディリアーニが好きだという人は多いだろう。
が、この画家も生前は日の目を見ることはなく、
現在評価されている作品は当時、
非難と中傷の的だった。
このことは美術の授業でも習うから
ご存じの人も多いはず。

20世紀の始め頃はモディリアーニだけでなく、
エコ-ルド・パリと呼ばれる印象派の画家たちは皆、
画壇から つま弾きにされ苦労を背負った。
これは当時の芸術が
まだまだ「きれいなもの」が評価され、
「真に美しいもの」は嫌悪されたせい。
つまり人間の本質にグイグイ迫る、
反骨精神のかたまりは 叩かれた。
同じことが、実は日常でも よくある。
それは「あなたには こんなところがあるよね!」
と軽い調子で指摘されたのに、「そんなことないっ!」
と、ムキになって否定する人がいる、それって
たいてい指摘されたことが大当たり、直球ド真中、
だから怒りだしてしまうのだ。
こういう私も、ムキになって否定した経験がある、
だから過去の印象派の画家たちが
あまりに斬新に世の中を切り取ったものだから
世間が無意識のうちに否定した、
その気持も分からなくもない。

今となっては人気のモディリアーニや巨匠・セザンヌも、
そして当然といってしまうと失礼だけど
“理解されなかった帝王”のゴッホも
生前は貧困に あえいだことでは有名だ。
けれど、映画『モンパルナスの灯』では、
モディリアーニに“一角千金のチャンス”と
有名作家になれるかもしれない商談が転がり込む。

作品を商品に、という資産家からの誘い。
これはコマーシャルや商業デザインや、
イラストレーションという地位が確立している今日では、
商品へのプリントもキャリア向上の
選択肢として成立するけれど、モディリアーニの時代は、
瓶や箱などの使い捨てのパッケージに
自分の渾身の作を、それもニセモノを多量に作り、
金儲けの道具にするなど、
無礼極まりない“誘惑”だったはず。
さて、モディリアーニが選んだ選択は⋯?

私はモディリアーニとは違って、
イラストレーターという
職業としての絵描きから始まっている。が、
最近は、商品の宣伝のために描くのではなく、
感動や後々まで伝えたいことを
一枚に留めたいと思うようになった。
だから、モディリアーニの誇り高きプライドは
痛いほどに分かる。 けど、
映画で描かれているようなチョイスは、
21世紀を駆け抜ける私は絶対にしない。
幸いにも時代は変わり、世の中も懐が深くなった。

というか作家は皆、お金と理想の間で揺れるものだ、
崖に立ち、深淵に沈み、悩みに悩む。
そんなギリギリのところにいる画家の内面を
分かりやすく、ドラマチックに脚色したのが
映画『モンパルナスの灯』。そう思うと
同じ絵描きとして私は、ちょっと映画のネタとして
一番尊いものを もてあそばれた気がして、
ほんの少し胸がチクッと痛んでしまう。


★★★★☆☆☆ 7点満点で4点
モディリアーニが生前、売れなかったのは事実だけれど、
この映画はあくまでフィクション。

白黒のコントラストが美しく、
奥様役の女優さんも凛として美しい。
この前に観た『肉体の悪魔』
蒼い若者だったジェラール・フィリップから
年輪のせいかしらん、奥行きと悲哀が滲み出ていて、
ダメ男・モディリアーニの影の部分を熱演。
が、画家の苦しみだけでなく、
描く喜びに満ちている場面も入れるべきだった。
これはエド・ハリス主演監督の『ポロック』でも感じたことで、
画家になりきろうとするのではなく、
自らの感性を解放する、あるいは“自分”の中の童心を見せる、
それだけで充分、誰もが芸術家になれる。

~池袋・新文芸坐にて観賞~


◆ T シ ャ ツ 展 開 催 中
7/3(Mon) まで 東京・代官山アートラッシュにて
TEL 03-3370-6786 ●詳しいお知らせはこちら



●映画『肉体の悪魔』の感想

ビデオメーカー DVD『モンパルナスの灯』
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