他人の顔 |  ◆ R I N G O * H A N

 ◆ R I N G O * H A N

歌うパステル画家5*SEASON鈴御はんの蒼いブログショー

別の顔

Another world


もしも別の顔を、たとえば、
生身の人間と寸分 違わぬ人面マスクを持ったなら、
ちょっと違った別の人生を味わえる。
あるいは、別人になりすまし、
私の身辺にいる人たちに接近して、
彼らの別の顔を覗くと同時に、
私自身が どういう人間だと思われているか
こっそり探れるのに⋯。

などと思って、その後すぐ、怖くなる。
何かが、壊れてしまう、と。
いっそ、そっくり整形して今の顔を捨て、
まったく別の人生を歩んだ方が
どこか割り切れるのでは⋯とか。
が、それもできない、
ようするに私は これまでの人生に
絶望してはいないのだろう。

とはいえ、パソコンを使って、
インターネット上で言葉を置いたり、
他人の考えに反応したりするのも、
いわば仮面を付けているようなものだ、
いくら「どこの誰がし」と分かっていても、
どのような容姿をしているのか知っていても、
どれほど親交が深くとも、
たとえ家族の間柄であっても、
パソコンという機械が作った仮面の下の、
いわばバーチャルな世界に、私たちは今いる。
そこには現実社会にはない ひと味変わった
浮遊感が横たわっているはず。
ましてや、まったく知らない人間同士が、
感動のやりとりをネット上でするなら、
仮面に似た開放感も緊張感も あるだろう。

顔が見えないこと、あるいは、
隠すことでしか得られないものは確かにある。
日常ではない、非日常、ここではない、どこか。
憧れ。甘美なもの。

でも、それが私の全てとなったら⋯?
仮面の下の私が知らぬ間に上となり、
仮面なしでは生きられないとなったなら⋯?
つらいな⋯。自分が壊れそう。

または自分の顔がある日、なくなってしまったら。
どうしょう、顔がバターみたいに溶けてなくなったら。

人は容姿で判断できないと
口酸っぱく言っておきながら、
もしも、不慮の事件で顔が消えて、
首から下だけの胴体で生きる運命になったら、
私は 地べたを のたうちまわり
今の私ではいれなくなる、きっと。
もう一歩も外には出ず、世間も友人も、
何もかもを呪うだろう。

それでも もしも⋯
もしも、それでも希望を掴み、
絶望から這い上がり生きよと⋯
私自身が命ずるなら、
私は都市を離れるだろう、
緑や花や、鳥や、風や、水や、山。
自然の声を聞き、心だけで生きる、
そこでは顔など重要ではないのだから。
そうすることで、やがて人の心を試すことなく、
再び人間社会を信頼することも可能かもしれない。


安部公房原作・脚本の映画『他人の顔』を観た。
監督は勅使河原宏。1966年作品。
そこには都市で生きる男の孤独が滲み出ていた。

【物語】自分の顔を失った男が精神科医の協力を得て仮面をつける。男は自己の都市生活の孤独と抑圧からの解放を願いながらも次第に不条理な世界へと はまっていく。 ~「タケミツ・ゴールデン・シネマ・ウィーク」パンフレットより抜粋

顔を失った男は他人の顔を手に入れ、妻の愛を試すのだ。
「愛の試験」を実行した時点で、
もう愛はなく「自分」しか残らない。
自分しか見えない、
そうなるのは もっとも こわいこと。

『他人の顔』の主人公の男は
都市の中という狭い範囲しか観ていない、
もっと広い世界、自然に目を向けるべきだった。
などと、もっともらしいことを
“したり顔”で書いている私が
パソコンのこちらにいることなど そちら側には見えない。
なんと奇妙で、面白くて、馬鹿げた 愉しい現実!



★★★★★☆☆ 7点満点で5点
武満徹のワルツが哀しく、切なく、美しい旋律。
都市に魅入られた人間は、
時代と踊り続けるしかないといわんばかり。

平幹二郎さんの精神科医役が いい。
またしても岸田今日子さんは色っぽいし。
このふたりの会話と診察室のシュールな空間が
社会がもつ異常さをかもし出す。
主役の仲代達矢さんと京マチ子さんの夫婦って、
なんだかな⋯合ってないような?
仲代さんは33歳、4年前の『切腹』と同じく、
髭もじゃの役だけど、こっちのが若く見える
などと、邪念いっぱいの観賞となった。できれば。
『砂の女』の前に観ておきたかった作品。

私が4歳のときの映画で、
町に貼られていた この映画のポスターが
私は こわくて こわくて たまらかった。
包帯ぐるぐる巻きの男の顔と、
その奥の怯えた目を今でも覚えているけど、
あれって仲代さんがやっているのか、代役なのか、
それともあれは絵で、余計に こわく思えたのか。

『武満徹 展』特設シアターにて観賞。





●オペラシティー アートギャラリー『武満徹 展』
●勅使河原監督の『砂の女』
●安部 公房 原作本『他人の顔』


角川エンタテインメント
『他人の顔』選『勅使河原宏の世界 DVDコレクション』