前回まで、イスラエルが世界から「嫌われる」ワケには、ユダヤ人が負ってきた苦難の歴史があることを紹介した。

 

それを、落合信彦氏の記述を借りると、以下のようなものだ。

「長い歴史を通して、彼らは常に厳しい現実に直面させられてきた。その現実とは、六百万人の同胞が殺されたホロコーストであり、イスラエル建国を抹殺しようとする敵に囲まれているという事実であり、建国以来、戦ってきた五つの大戦争だ。


負ければ地中海に叩き落され、イスラエルは間違いなく世界地図から消え去る。そういう戦争を独立後わずか40年の間に五度戦い、五度勝った。


それは数千年にわたって負け続け迫害され続けてきたユダヤの民たちの『もう絶対に国を失いたくない』という激しい思いの結果であり、極度の怯(おび)えに裏打ちされた強さだった(憎しみの大地 落合信彦)」


 1948年にイスラエルが建国されてから、周辺のアラブ諸国と4度もの戦争(中東戦争)をしてきて、すべてに勝利を収めてきた。

しかし、一度だけ、スラエルが負けそうになった戦争がある。

それが第四次中東戦争だ。

 

 「1973年10月6日午後、エジプト、シリアがイスラエルを突然攻撃

。イスラエルでは、最大の祭り(ヨム・キップル)の真っ最中であり、アラブはラマダン(断食)だった。この奇襲で、イスラエルは当初大敗北を喫した(同書)」

 ボクが高校で世界史を習っているときに、この第四次中東戦争のことを知った。

このとき、この戦争の別名である「ヨム・キップル戦争」の「ヨム・キップル」という聞きなれない言葉が少し気になって記憶に残っていた。




ユダヤ教の聖地エルサレム



それから、約10年後に、久しぶりにこの言葉と「再会」することになった。


イスラエルに旅行に行く前、イスラエルに関する本を読んでいたときに、この「ヨム・キップル」とは、ユダヤ教では、「贖罪(しょくざい)の日」であることを知った。


贖罪の日とは、「悔い改めと神のゆるしを求める祈りの日(大辞泉)」のことで、安息日と同じように、この日も労働が禁止されている。


「ユダヤ教徒はこの日は飲食、入浴、化粧などの一切の労働を禁じられている(ウィキペディア)」


ユダヤ教で労働を禁止されたこの日に、シリアやエジプトがイスラエルに戦争を仕掛けたことで、第四次中東戦争の別名が「ヨム・キップル戦争」になったということをこのときに知った。高校生のころの疑問が思わぬところで解けた。


ただ、そのときは一瞬、コナンの気分になって満足しただけで、イスラエルでどこに行くか、現地の治安を考えると、そもそもどこに行けるのかが気になって、ヨム・キップル戦争どころではなかった。

このイスラエルの旅から15年後、今度は、下の記事を書いているときに、ヨム・キップル戦争に関して別のことが頭に浮かんだ。


「アメリカ人と京都旅⑦「日本人と神様」と「キリスト教徒とGod


この記事の中で、「新約聖書入門 三浦綾子」から次のような記述を引用した。


「安息日を文字どおり死守した極端な例として、これも『旧約聖書入門』で書いたことだが、『一群のユダヤ人が、安息日に攻撃を加えてきたシリア人に対して、安息日を犯すよりも、甘んじて死を選らんだことはあまりに有名である』」


これを読んたときに、「ひょっとしたら、ヨム・キップル戦争は、この旧約聖書にあるユダヤ人襲撃にならったものではないか?」という気がしてきた。 



そんな思いつきから始まり、知り合いのユダヤ人から聞いた「嫌われる側の論理」も紹介したいとも思い、今回こんな記事を書くにいたった。

この2000年以上前の奇襲では、シリア人の側が勝利した。

しかし、1973年の第四次中東戦争(ヨム・キップル戦争)では、シリアとエジプトは、奇襲には成功して攻勢に立ったものの、結局はイスラエルに返り討ちにされている。


はるか昔の験を担いだつもりだったかもしれないが、ユダヤ人も200年前とは違って、今度はそううまくはいかなかったようだ。


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