YNOTさんからお借りしました。
コマスミダ♡
インタビュー和訳お借りしました。
ありがとうございます。
全くブレのない、チョンユンホという人そのものが出ている、いいインタビューですね~♡
こうして見ても定石的で、違う見方をすれば少し飽き飽きしていると感じることもある。このような場合は二通り。鋭い質問をあれこれ避けようと頭を使うか、そんな必要はないくらいに根が素直か。インタビュー中、終始チョン・ユノは最善を尽くし、自分の内情を話そうと努めた。時折、ぶっきらぼうな表情が混ざることもあり、「自分が何を話しているのかもよくわからない」と話すくらいに、よくわからないことを言う時もあった。だが、一つ明らかだった。彼の全ての言葉には本心がこもっていた。
久しぶりだ。話題のドラマ<野王>の撮影後は何をして過ごしていたか。
ユノ 「<野王>が終わり、3日間休んだ。済州島で再充電して日本ツアーの準備をした。やっぱり演技をするとまた元の場所に戻ろうとするから、なんか寂しかった。合間に<野王>の打ち上げに参加したが、先輩たちが父親のようで、伯母さんのようだった...ドラマに集中しているうちに、思ったより準備時間が少し短くて、いつもよりもっと一生懸命に練習した後、日本ツアーとワールドツアーのステージに上がった。」
ドラマはなんだかんだ言っても上半期最高の視聴率を記録し終了した。
ユノ「本当にそうなりましたね。僕にとって大きな勉強になったドラマで、何より良い人たちに出会った。サンウヒョンは実の兄のようにとても良くしてくれて、ソンリョンヌナも本当の母親のように話してくれて、今でもその気持ちを忘れられない。今回、作品をやりながら僕は本当にラッキーボーイだと思った。初めは皆さん見守ってくださったが、すぐ仲良くなってからは本当にたくさんの教えをもらった。」
撮影現場で一番年下として、先輩たちにたくさん可愛がられたようだ。
ユノ「歌謡界では、それなりの経歴があるが、ドラマは今回2回目でベテランの先輩たちとご一緒できて本当に良かった。サンウヒョン、スエヌナ、ソンリョンヌナ、皆さん東方神起の曲を良いと、褒めたりアドバイスを惜しまなかった。そして、後半部では、イドクファ、チャファヨン先輩が演技モニターをマメにしてくださった。「次はもっといい作品で成長しろ。これからが楽しみだ」とイドクファ先輩が言ってくださったのが記憶に残っている。ドラマと関連していろんなことがあったが、チームワークは本当に良かった。」
クォンサンウとキムソンリョン先輩がインタビューで本当にたくさん褒めていたが、内容は見たか。
ユノ「実は作品が終わって、インタビューをしないと思っていたのは、ドラマで先輩たちが多くて自分がインタビューであれこれ話をするのはどうかと思った。でも、先輩たちがインタビューで僕に対して良い話をたくさんしてくれて、本当にありがたかった。そして、僕はやっぱり男だから、サンウヒョンが一番気楽で、たくさん頼った。プライベートでも本当に良い方だ。周囲の人をまとめて、正直で、かっこいい男だ。」
演技は2回目の挑戦だったが、初め(地面にヘディング)に比べて、どのような点が違ったと思うか。
ユノ「まだ足りない部分はあるけれど、もう少し真摯になった。足りない部分に対してもとても悟るようになったし、演技を通して知らなかった世界、気づかなかった自分を発見できて考えもとても変わった。そんな意味で<野王>のペクドフンは僕にとってぴったりの役を、時にかなったプレゼントだったと思う。誰かを最後まで信じるという点は、実際の僕に似ていたし、忘れていた正義感と家族の大切さを改めて悟った。もちろん、演技をしながら、もどかしい部分もあったけれど。(笑)」
歌手、ユノユンホの人生に話を変えよう。東方神起としてデビューし、いつのまにかデビュー10年になった。活動をしていて一番幸せな時はあるか。
ユノ「いつもステージの上が一番幸せだ。観客と一緒に呼吸する時、喜びと感激で胸がいっぱいになる。10年間、東方神起として活動していて、たくさんの事があった。グループのリーダーであると同時に、人間として我慢しなければいけない部分が多かったけれど、辛い時、ステージに立つとストレスを吹き飛ばすことができた。普段は言いたいことも我慢する方だが、ステージの上では言いたいことは全部言う。泣かない人がステージの上で泣いたこともある。確かにステージが一番自分らしいと思う。」
ステージで一番正直になるとは歌手をやって良かった。
ユノ「ドラマを通して、知らなかった自分自身を発見できて、ステージの上に立つ既存の自分を確かに認めることができ、そのバランスがとても良かったと思う。そして、演技をしてみたら、表現力が確実に伸びた。今でも不足しているけれど、伝えようとする意味を、さらに上手く表現できるようになった。」
今では、音楽番組の控え室に行けば"大先輩"の水準になっただろう。後輩らとは仲良くしているか。
ユノ「誰か"アイドル界の先祖"までじゃなく、"アイドル界のおじいさん"じゃないかって(笑)実は先輩になって寂しくなった。後輩は先輩に近寄りがたいし、先輩は後輩の邪魔をしないようにするから。こういった部分を壊したくて、僕たちは新しいアルバムを出す度に、控え室を訪ねて、後輩たちに直接CDを配る。僕たちが後輩らに"よろしくね"と言うことは、"一緒に頑張ろう"あるいは"仲良くしよう"という意味だ。
今一番気に入っている後輩は誰か。
ユノ「特に挙げることができないのは、最近は一様に実力もとてもあって、みんな覚えが早いからだ。ただ、心配なのは自分のカラーを早く見つけられればいい。確かに歌謡界に人が増えて競争はし烈になった。実力はいつか伸びるけど、自分だけの個性とカラーは絶えず研究していないと、見つけるのは難しいし、淘汰しやすい。そして、人格と他人の言葉を受け入れる姿勢を身につけないと。」
同世代の友達の大部分が就職して、一部は結婚した人もいると思うが、ユノも平凡に生きていたら何をしていただろうか。
ユノ「もともとは検事が夢だったから、歌手になってなかったら一生懸命勉強して、司法試験に挑戦していたんじゃないか。平凡に生きていたら、多分今ごろ結婚してたと思う。僕の家族は仲が良くて、昔から、両親が結婚した歳に結婚したかった。両親が27歳で結婚したから...もうその年を越しちゃったけど。(笑) 現実に戻ると、まだ結婚する時ではないと思う。誰かの責任を負えて、確実に準備ができた時すると思う。」
海外では、言葉のまま"東方の神"に近い人気だ。日本の札幌ドーム公演では、地下鉄が追加運行され、海外歌手で初めて日産スタジアムに入る。本人が思う人気の要因は何か。
ユノ「日産スタジアム公演は本当に簡単ではなかった。(ニヤリ)海外はどの国でも現地の文化を学んでから段階別にゆっくり上ってきたから、人気はがっちりしたと思う。海外の活動を、満8年やった。札幌で一番最初にライブツアーをやったとき、400人の前で公演を」したけれど、8年ぶりにその100倍の4万人が来てくれた。本当に感謝した。海外活動を短期的にしてて、海外のファンに申し訳ない部分もあるけれど、時間と機会があれば一つの場所で長い間活動してもいいと思う。」
韓国語で応援する海外のファンを見ると、とても胸がいっぱいになるだろう。
ユノ「以前とはまた違う。最近、youtubeなどを通して見ると、韓国語は基本で、韓国の文化自体をたくさん知らせている気がした。胸がいっぱいで嬉しくもあるけれど.、うーん...良い事だけ伝えたいのに、たまに間違った文化まで伝わっちゃう気がして。(笑)」
10年を駆け抜けてきて、未来に対してもっと大きな計画がありそうだ。
ユノ「昔から"僕たちのようになりたい人たちにとっての希望になりたい"と思っていた。それで、出来るかはわからないけれど、ドラマ<ドリームハイ>に出てきた学校のようなものを作ってみたいし、ボランティア活動団体も立ち上げてみたい。僕が一番得意な音楽とダンスに関係した才能で誰かを手助けすることが夢だ。今もこっそり手助けしているけど(肩をすくませ)、たくさん学んで確かな知識を蓄えた時、計画を広げてみたい。」
最後に、個人的に言いたいことがあれば。
ユノ「10年という歳月の間、一途に東方神起を愛してくださってありがとう。ここまで来れたのはやっぱりファンの皆さんのお陰だと思う。一緒に東方神起を作ってくれたこと。今まで一緒に黙々と歩んできてくれてありがとう。信じてくれたファンの皆さんに本当に感謝している。」
ユノ's WISH LIST
"一生暮らす家を用意するなら、家は可愛く作ってみたい。僕は僕なりのセンスがあるから。もちろん、図は他の方に任せるけど。(笑) 僕の考えを専門家に伝えて、その家だけは直接参加して建ててみたい"
必ず!! 正します
チョンユノに対する誤解や偏見の中で正してほしい部分はあるか。
ユノ「初めの挨拶を見て、恐くて、冷たそうだと思う人が結構いた。少女時代のソヒョンが前の<HIGH CUT>のインタビューで僕が学生主任みたいだと...(一同笑い)僕は実はとても素直で優しい。ただ子供みたいな大人。そして、もうひとつ。<ランニングマン>を通して僕のよくない絵の実力が公開されたけど(いわゆる"ユノユノの衝撃的な絵の世界)、だからと言ってセンスがないわけじゃないと必ず!はっきりさせたい。
訳:kana(@cknabnlaue)


