Perfumeとグルメの日記

Perfumeと食べ歩き(主にラーメン)が好きです。

この2つのテーマについてのエントリーが中心です。

某所にUPしているブログも、Perfumeのファンになった

2008年1月まで過去に遡って転載していくので

よければお読みください。


テーマ:
「Spending all my time」のPV(MV)はご覧になりましたでしょうか?
初回盤にはこれを収めたDVDがあるのですが、You tubeでもご覧になる事が出来ます。
ボクはこのPVがフルで公開されてから、CDを購入するまで1度も見なかったんですが、どうやら色んな所で、このPVのストーリーのバックボーンについて解釈が議論されていたみたいですね。
昨日も書いたように、8月に入ってからDVD見て、ロッキン行って、オリンピック見てと、ずっと忙しく、ネットのPerfume情報から離れていたので、そんな事は全く知りませんでした。
でも、そんな謎解きRPGには早速首を突っ込みたくなる性分なので、ボクも参加したいと思います。
ただし、皆さんの解釈・ご意見には未だ一切触れておりませんので、もし自分のそれと全く同じ
ような解釈をボクが書いていても、「パクったな!!ヽ(`Д´)ノ」というのはご勘弁を。
書き終わったら皆さんのものを読みに行って自分のと照らし合わせます。




まず、このPVは、「Perfumeが超能力養成所で学ぶサイキックガールを演じる」がコンセプトの作品。
冒頭では、「制服を着た3人が自分がいる部屋の内側から外に向かってノックをするも外からは無反応、おまけにドアは南京錠でロックされている」というカットで始まり、またこのカットは曲中に何度も使用されているので、このカットが非常に意味のあるものだというのがわかります。
そして、のっちとかしゆかが向き合って、腕や手のひらを動かしあってコミュニケーションを取っているような事をし、さらに椅子に座った3人が机の上に手を置き、手話のように手を早く動かし合います。
さらに、3人の腕にはそれぞれ「1」から「3」の番号が刻まれています。



ここまでのカットを見て1つ推認出来る事があります。



3人は「超能力養成学校」で学んでいる、いわば学生なのですが一切言葉を発していません。
さきほど書いたように、コミュニケーションは自分の手を動きを相手に見せるだけ。
ドアをノックして、ドアノブを何回も動かしている時も、やはり外に向かって言葉は発しておりません。
という事は、この3人は実は、この学校で学んでいる「超能力」以外には、生きる為の全ての能力を未だ持ち合わせていないのではないでしょうか。
それは、言葉もそうだし、それ以前に自身の意志の表明や、喜怒哀楽を表情で表す事さえも自分の中に備わっていない事が伺いしれます。
もしかすると、このスクールから一歩も出る事を許されずに、「超能力」を操る事以外の人間としての全ての能力を備えないように育てられて来たように見えます。
ひょっとしたら、彼女たちには名前さえなく、腕に刻まれてある数字は、名前の代わりの「認識番号」なのかもしれません。
という事は、このPVの主人公も前作と同じように人間ではないのかも。
そんな彼女たちに唯一、伝達の手段として許されたのが、手や指を動かしてサインを相手に送れるという設定なのでしょう。



では、今度は学んでいるという超能力について見てみましょう。



あ~ちゃんのそれは、「物体を浮遊させる術」です。
しかし、物体を浮遊させているシーンをどう見ても、自分の意志通りに物体の浮遊を行えていないように見えます。



かしゆかは、「物体に物理的な衝撃を与える」事。
しかし、これも目の前の花瓶を割ってしまうなどコントロールが出来ていません。



のっちは、「透視あるいは予測」の術。
これも前半部分を見ると、透視したいものを探り当てているようには見えません。



3人に共通しているのは全くの無表情だという事。
つまり、この3人のサイキックガールたちは、自身に備わっている超能力を、自身の思い通りに操る事ができないのです。
というより、意志というものが欠落しているのです。
だから、外界への訴え(ドアをノックして誰かを呼ぶ事)に、言葉を使わないし、自身の超能力を応用してドアになにか細工を掛ける事にも全く気付かないのでしょう。



しかし、後半に進むにつれて、3人に変化が表れます。



それは、「青いリンゴ」の存在です。
この青いリンゴは、旧約聖書の『創世記』に出てくる「善悪の知識の木(知恵の樹)」に成っている禁断の果実。
そう、アダムとイブがそれを食べて、知恵を付けてしまったので、神から楽園を追われた原因となった事で知られる果実です。
(なお、彼らが食べたのはリンゴなのか?という説が根強くあるという事は加えておきます)



この青いリンゴがPVの1分37秒あたりで出てきてから。それまで全く知恵がなかったサイキックガールの3人に何らかの知恵が芽生えてきた、という暗示なのだと思うのです。
それが証拠に、3人の超能力に少しずつ変化が表れてきています。



あ~ちゃんが、物体の浮遊をコントロール出来るようになり、かしゆかが、スプーンを破壊する事なく曲げられるようになり、のっちは自分が透視したい物を透視できるようになりました。



彼女たちは、自身の超能力に意思を反映させる事ができるようになったのです。
意思や知恵が芽生えたという事は、今度は外界に出たいという欲求を満足させる事への試行を始めるのは当然の帰結です。
その為には、個人でバラバラに保持している超能力を1つにまとめる事が不可欠です。
それを行うに、彼女たちは手を繋ぎ、自身のパワーを3人で共有する手段に気づいたのです。
後は、外界へと羽ばたく為に儀式を行うだけです。



机には象徴である、青い林檎が並んでいます。
3人は手を繋ぎ、お互いのパワーを結集させます。
しかし、青い林檎が「浮遊」した所で、曲は終わりを迎え、林檎はあえなく落下し、そのカットでこのPVは終わりを迎えます。
3人は、外界に出向く為の手段を失ったところでPVが終わったというのが、ボクの解釈です。



結局、このPVは前作同様に、「主人公が自我に芽生えた途端にその世界が終わる」結末になっているようです。
そういう意味では、このPVの監督の田中裕介さんは、以前のPVをしっかり読み込んで、その世界をそのまま踏襲してくれたのでしょう。
そして、アダムとイブの世界観を出す為に、3人にミッション系の制服のように見える衣装を着せたのではないかと思います。



さて、皆さんの解釈とは同じだったでしょうか?
ぜひ、同じである事を望んでおります・・・。









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