• 23 Mar
    • そりゃないぜ、セニョリータ

      子供の頃に読み聞きしたフレーズが ふと頭に浮かぶってことありませんか? なんの脈絡もなく 突然それはあらわれ、 なにごともなかったかのように去っていくのです。 ただ、 中にはしばらくとどまるものもあって、 「あれ? これってなんだっけ?」と 悩ませたりもします。 僕の場合、 かなり昔に読んだ小説の登場人物(しかも端役)の 名前がふと浮かび、 「あれ? 誰だ、こいつ」と悩むことが多いです。 たとえば 『ホールドハースト卿』なんかは よく頭に浮かびましたね。 あまりにも何度も頭に浮かぶので ネットで検索し 「ああ、シャーロック・ホームズに出てきたな」と きちんと認識するようになりましたが、 そうなる前は 「誰なんだよ、こいつは」と いつも悩まされたものです。 しかも、 そういった端役の名前は だいたいにおいて間違って憶えているもので 僕は彼を《ホルド・ハースト卿》と記憶していました。 今はネットの検索が非常に有能なので 『ホールドハースト卿で検索しています。 ホルド・ハースト卿で再検索しますか』などと 至れり尽くせりの対応をしてくれますから 僕みたいなアホでも彼が誰かわかったしだいです。   で、 表題の『そりゃないぜ、セニョリータ』ですが、 このフレーズがふと浮かんでからというもの 僕はちょっと変な状態になってしまいました。 いえ、 どうってこともないのですが、 頭にこびりついて離れないんですね。 かといって このフレーズを使う状況に陥ることもないので 頭の中でぐるぐる回っていたんです。 ホルド・ハースト卿(いえ、 ほんとはホールドハースト卿)のように いちいちネットで検索するのも馬鹿げてるから しばらくぐるぐる回らせていたのですが、 どうにもこうにも気になったので 思いきって調べてみました。 結果はーー うーん、これも正しくは 『そりゃあないぜセニョリータ』だったんですね。 ケーシー高峰氏が そういう歌をうたっていたそうです。   (↑このお方がケーシー高峰氏です) ふうむ、 ケーシー高峰氏か。 昔はよくテレビに出てましたね。 白衣を着て、聴診器を首にぶら下げ、 お下劣なネタをやってましたっけ。 ま、 そのお下劣さを強く感じさせない飄々たる人物でしたね。   いえ、 まあ、それだけの話なんですけどね。 それと、 どうしても『そりゃないぜ、セニョリータ』って タイトルのブログを書きたくなっただけの話なんです、 あしからず。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 22 Mar
    • タナトスとジャンクフード

      僕たち夫婦は めったにジャンクフードを食べないんですね。 ファストフードも食べなければ、 カップ麺なんかも かなり長い期間食べてないですね。 それだけでなく 甘ったるい炭酸飲料とかも ずっと口にしていません。 さらには 7年ほど前から 電子レンジ無しの生活をしているので 冷凍食品も口にしてないし コンビニの弁当とかも食べません。 どんなに忙しくても 鍋やフライパンを使い なにかつくって食べてるんですね。 これは、 宗教上の理由とか 深い思想性にもとづいてしてることではなく、 ただ単に そうなってしまってるだけでなんです。 電子レンジが無いのも前のが壊れたときに 消極的理由で買わなかっただけですから。 しかし、 そういう状態が長くつづくと不思議なことに 身体の方がジャンクフードを 受けつけなくなるんですね。 食べると気持ち悪くなったり 著しく体調を崩したりします。 ただ、これも不思議なことに 体調が悪いときには なぜかジャンクフードを口にしたくなるんです。 味の濃いものや化学調味料たっぷりのものが 欲しくなるんですね。 たとえば、 とある有名なカップ焼きそばを 食べたくなったときは要注意です。 まあ、 これは僕たち夫婦に限ったことですが、 あれを欲するときは気づかぬうちに 体調を崩していることが多いのです。   (↑とある有名なカップ焼きそばの図) これは ほんとうに不思議としか言えません。 体調を崩すとわかっているのに なぜ そんなものを欲するのか? しかも、 もともと体調が悪いはずなのに。 もちろん、 これに答えは用意されていないのですが、 僕たち夫婦はこう考えてみました。 ①身体に刺激をあたえ毒を排出しようとしている ②体調が悪く、判断能力に瑕疵ができた ③死への欲求が我々を突き動かしている ①は猫がその辺の草を食べ、 毛玉を吐き出すのに似てますね。 ②はいかにもありそうに思えるけど、 あまり面白くない見解です。  ③はジャンクフードが死に直結してる みたいな意見ですが、 まあ、面白いとはいえるかな。 また、 ②によって③がもたらされることも あるかもしれませんね。 いえ、 答えのないことなので この話にも結論はないのですが、 普段食べつけないものを欲するときには もしかしたら 死への欲求が高まっているのかもしれません。   そういうことって あるように思えるんです。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 21 Mar
    • 言葉と映像 その35

      こういうのを書くと、ほんと、自分って性格悪いなぁ――と 思います。暗黒面がほとばしってますね。   ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 20 Mar
    • アンバランスな物体 ~謎の警告

      家の近所をてくてくと歩いていたら、 なにやら不思議な物体が目に入ってきました。 屋根の上に なにか乗ってますよね。 アップにすると―― きっと換気設備の一部なのでしょうね。 だいぶ年代物のようです。 もしかしたら銅製でしょうか。 トタン張りの全体像からすると ちょっと異様に思えます。 アンバランスですね。 建物もかなり傷んでます。 たぶん工場なのでしょうが 現在も稼働中なのかわかりません。 しかし、 屋根に乗ったのとは別に大きなエアコンの 室外機もあるし、 それは比較的新しそうです。 ん? なにか貼り紙がありますね。 室外機の横に ガムテープでべたっと貼ってあります。 こちらもアップにすると―― は? マスクをここに捨てないでください? いやいや、 なんだ、これは。 マスク? それって、あの口のまわりを覆うアレのこと? 最近、花粉がまってるからよく見かけるアレ? それとも 一部のプロレスラーが被ってるアレ? まあ、いずれにしても そんなものを捨てられたら そりゃ迷惑でしょうね。 しかも、 こんなもんを貼るくらいだから けっこう頻繁か、もしくは大量に 捨てられているのでしょう。 もう一度じっくりと見て 考えてみましょう。 いや、 想像できないな。 口を覆うものにしても レスラーのものにしても そんなのが頻繁にであれ大量にであれ 同一の場所に捨てられるなんて。 うーん、 家の比較的近くに こんな事態が持ちあがっていたとは。 東京ってやっぱり怖ろしいとこなんだな。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 19 Mar
    • 椰子の実とDNA ~あるいは、想像と科学

      ちょっと前に 童謡『故郷』を引用してからというもの (3/13 ふたつの『ふるさと』) 僕はいろんな童謡が 気になるようになりました。   もしかしたら 失われていた子供時代の記憶が よみがえったのかもしれませんね。 つい先日も、 気がついたら『椰子の実』を 口ずさんでいました。   『名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ   故郷の岸を 離れて 汝はそも 波に幾月』   これは島崎藤村の詩だったはずです。 柳田國男から浜に打ち寄せた椰子の話を聞き、 それで書いたーーというふうに憶えてます。   これまた うろ憶えですが、 柳田國男の方は同じモチーフを 『海上の道』という本にまとめたはずです (間違っていたらごめんなさい)。 文学者である藤村は詩に書き、 学者(科学者ではない)の柳田は 考察を重ねたというのが面白いですね。 同じひとつの事実でも受け取る者が違うと こんなにも異なった結果が生まれるわけです。   僕は高校生のときに一時 柳田國男にはまりかけたことがあって 幾つか彼の著述を読んだのですが、 『海上の道』は途中で断念したように憶えてます。 同じ頃、 藤村の詩を読んでもいたので ちょっと感慨深いものがありますね。 このふたりは友人だったわけですから。   ところで、 《浜に打ち寄せた椰子の話》が 友人であるふたりに異なった作品を もたらしたーーというのも面白いですが、 これって現代であれば また違う展開になったはずです。   柳田が現代風のバリバリの科学者だったら、 きっと打ち寄せた椰子のDNAを調べ それがどこ産のものであるかとか 同じDNA型を持つ椰子の分布を調べることでしょう。 そうなると、 もう数字と記号の世界になってしまいますね。   現代風の藤村は それでも詩を書くかもしれません (数字や記号からも詩は生まれるはずですものね)。 ただ、 あの童謡と同じような詩にはならないでしょう。 すくなくとも、 『名も知らぬ 遠き島より』とは書かないでしょうね。   想像するしかないことは そのぶん 力強く言葉を引き出すのかもしれません。 事実をきっちり知ることも重要なのでしょうが、 不確定な要素が残っていた方が より面白いと僕は思います。   柳田國男の著作がそうであるように、ですね。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 18 Mar
    • お坊さんの勤務時間

      ほんと なんとなく気になったというだけのことですが、 《お坊さん》の勤務時間って どうなってるんでしょうね。   いえ、 僕だってなんのきっかけもなく そんなことが 気になったわけではないですよ。 近所に護国寺という大きなお寺があって よく 若い《お坊さん》に出会すので そう思ったしだいです。   (↑夜の護国寺。この時間でも若いお坊さんと思しき人物は歩きまわっています)   たぶん、 そういった若い《お坊さん》は 修行中の身なわけですよね。 で、 そうなると、 修行中の者にも労働時間の上限ってあるのかなぁーーと 思ってしまったのです。   もし仮に それがあった場合、 彼らはかなり朝早くからお勤めをしているでしょうから 昼過ぎには定められた労働時間を越す可能性がありますね。   まあ、 2日働き、3日休むみたいにしてるのかもしれませんが そうなると なんか修行っぽくなくなる気がします。   じゃあ、 日々残業を強いられてるのか? と思いますけど、 その場合は 『三六協定』を労使間で結んでいるってことになるし、 それもなんだか修行っぽくないと思えます。     これは《お坊さん》に限らず、 ラーメン屋であろうとプロレスラーであろうと 修行中の方たちにはつきまとう問題に思えます。   「あ? 残業が多い? 修行してるんだから ガタガタ言うんじゃねぇ!」 などと怒鳴られつつ 過重な労働を強いられているのはかわいそうだし、 かといって 定時であがれるというのは やっぱり修行っぽくないなと思ってしまいます。   いえ、 これも僕がなんとなく そう思うというだけのことですがね。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 17 Mar
    • 言いたいけど言えないこと

      僕は仕事をしているときなんかに 経験することが多いのですが、 「うーん、きちんと意図が伝わってないなぁ」って 思うことありませんか?   こっちは「これこれこういうつもり」で 話してるはずなんだけど それがちゃんと伝わらず 何割か引きで相手は受け取ってしまうーーってこと。   それが重要なことであれば 100%とまではいかなくても 8割方は伝わるように努力しますけど、 「ま、どうでもいいか」と思えることだったら そのままにしちゃうってこともありますよね。   で、 「うーん、ほんとはそうじゃないんだけどな」などと 忸怩たる思いを持つわけです。 そういうとき、頭の中には 《ほんとうに言いたかったこと》が渦巻きます。   こういうのってストレスですよね。   ただ、 僕はこうして文章を書くときに それらのストレスが役立っているように思えるんです。 ほんとうはこう言いたかったんだけど、 うまく伝わらなかったことーーというのは 口から出なかった言葉として 僕の中に溜まっていってるんですね。   それを『排泄してる』というと かなり下品な表現になってしまいますが、 実態としてそういうことを僕はしているのだと思います。   行きつく先を持たない言葉を多く抱えていればこそ 僕はこうして毎日 文章を書いているんだろうなーーと思うわけです。 ま、 もちろん、それだけが文章を書く理由ではありませんが。   これは、 なにごとにも良い面はあるということの ひとつの証左でしょうね。 考え方、見方によっては 同一の事象も異なった面をみせるということでもあります。 言いたいことがうまく伝わらないのは ストレスに違いないけれど、 そのストレスも使い様によっては 役立つこともあるーーと まとめておきましょうか。 いえ、 かといって きちんと伝わらないのを求めたりはしませんがね。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 16 Mar
    • 言葉と映像 その34 『マシーンになりたい』

      僕はほんとにマシーンになりたいです。 疲れない身体と精神を持っていたらどんなにかよいことでしょう。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 15 Mar
    • 今、書いているもの 〈FishBowl その⑪〉――ストーリーが変わるということ

      一応の前置きとして―― 僕はいま『FishBowl』という長い物語の 書き直しをしているところなんですね。 で、 13章まではなんとか発行することができたわけです (【宣伝】『FishBowl vol.13』発行いたしました をご参照下さい)。 今は15章の 書き直し作業をしているところなのですが、 ほんと、もう、かなり煮詰まってますね。 いえ、 もちろん一度は書きあげたものなので 「この後はこうなって、で、ああなって」 というのはわかっているんです。 しかし、 それでもなかなかうまくはいかないものなんですよね。 とくに 14、15、16章に関しては 以前から大々的に手を入れようと 考えていたのもあって、 もうスッチャカメッチャカになってます。 前に書いたのを半分以上は捨て去り いちから書いているのですけど、 頭の中は混乱の極みに達しているんです。 いや、ほんと、パンク寸前です。 さらには、 6章辺りに新たに投入しておいた登場人物の 扱いをどうしたらいいのかも わからなくなってるんですね。 「ええと、こいつはどういう行動を するべきなんだっけ?」などと思いながら 一字一行と書いているしだいです。 ま、 しかし、 こういうことってよくあるんですよね。 僕の書き方に問題があるからかもしれませんが、 突然 風来坊のような登場人物があらわれて ストーリーを掻き回していくということが。 「うーん、この後どうすりゃいいんだ?」と 悩んでいたりすると、 そういう想定外の人物がひょっこりやって来て、 ストーリーを揺り動かすんです。 膠着していた状況に 横合いから蹴りをいれて あるべき物事が、あるべき場所におさまるよう 働きかけてくれるんですね。 まるで 靴職人のお爺さんが寝ているあいだに やって来る小人さんたちのようにです。 いえ、 僕は目をぱっちりと開けて書いているんですけど とにかく、そういった人物が出てきちゃうんです。 今回の《新たなる登場人物》も きっとそういった小人さんの類いなのだろうと思いながら、 僕は「うんうん」と唸りつづけているわけです。 ストーリーがより正しいものに 変わっていくことを信じながら唸っています。 もし万が一にもそうでなかった場合は―― いや、 そんなこと考えたってしょうがないですよね。 『FishBowl』にはこういう台詞が出てきます。 「さっき僕が何者かと言われましたけど、僕は小説家です。書き通すことのできない小説家であるかもしれないけれど、そのことは自分の中で揺るがせにできない確かなことなんです。僕の中にはある家族が住んでいます。その家族の愛も、苦しみも、希望も、僕の中で真実として息づいています。それを書くことさえできれば、僕は死んでしまってもいい。そう思ってます。それを書き終えるまでは絶対に死にたくないんです。(『FishBowl vol.12』) そう、 これだけは なんとしても書きあげなければならないんです。 誰のためでもなく 自分自身のために。 そして、 少ないながらも僕が書いたものを 読んで下さっている方たちのためにもですね。 あと少しです。 ほんと、あと少し。 書くことに関しての手助けは要らないので 神様(小人さんでもいいですが) せめて 僕がこの物語をきちんと最後まで書きあげられるよう お見守り下さい。 それだけはぜひともお願い致します。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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    • 【宣伝】『FishBowl vol.13』発行いたしました

      このたび、《BCCKS》にて、 『FishBowl vol.13』を発行いたしました。 『13.無遠慮な風/出来もしない計画/風の音とグノシェンヌ』 (画像クリックで読みにいけます)   つづきものなので、 こちらから先にお読み下さい。   『FishBowl vol.0』 『プロローグ』 『FishBowl vol.1』 『1.呪われた名前からの逃亡/父さんの芸人化』 『FishBowl vol.2』 『2.誕生と崩壊/「雨を降らす女たち」』 『FishBowl vol.3』 『3.母さんの結婚と幾つかの死/有機的な結合』 『FishBowl vol.4』 『4.雨の日の暴力/FishBowl/段ボール』 『FishBowl vol.5』 『5.タイムを散らす/古い本に既に記されていること』 『FishBowl vol.6』 『6.新たな飛翔、常に予約されている席/赤いスクーターに乗った放火魔』 『FishBowl vol.7』 『7.猫の出現/真昼の決闘/弟が生まれるということ』 『FishBowl vol.8』 『8.こんがらがっていること/蔽われたるもの・隠れたるもの/父さんの独立』   『FishBowl vol.9』 『9.はじめての恋、十本の指/チョコレート騒動』   『FishBowl vol.10』 『10.家々の灯り/目に見えるもの、見えないもの』   『FishBowl vol.11』 『11.真新しいマンホール/ひとつ目の芸人の死』   『FishBowl vol.12』 『12.Family Affair/見てはならないもの/もうひとつの芸人の死』 ――以上、宣伝でした。   ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 14 Mar
    • 待つのが嫌い

      僕がいま働いているのは 都内の比較的大きな商業施設内なんですね。 そこは 1階から8階までたくさんのお店がひしめきあっていて、 10階に休憩室や更衣室があるのです (いえ、男子用の更衣室はないので 僕は薄暗い小部屋で着替えてますが)。 僕たちは出勤すると地下1階から エレベーターで10階まで行き、 着替えた上でお店に向かうわけです。 当然のことに 帰るときは逆ルートを通ることになるんですね。   これは けっこうかなり面倒なことですよ。 えらく大人数がひとつのビルで働いているから エレベーターの待ち時間も長いですし。   ところで 僕は待つのが嫌いな人間なんですね。 年をとって 気が短くなったというのもあるのでしょうし、 特にここ最近はなにかに追いたてられているような 気分になっているのもあって とにかく待つのが嫌なんです。   かといって 地下1階から10階まで登るというのは さすがにつらいので(一度やってみましたが、 もう二度とする気にはなれませんでしたね) 朝はぼんやりとエレベーター前で佇んでいるわけです。   あの時間はほんとに無駄ですよね。 「まったくなんの因果でこんなことになってんだよ」と 思うくらい無駄です。 ですので、 僕は下りはほぼいつも階段を使っています。 無駄な時間を使いたくないからですね。   しかし、 10階から地下1階まで降りるとなると まあまあな時間がかかるわけですよね。 きっと、 待った上でエレベーターに乗り込んだ方が 早く着くことでしょう。   しかし、 それでも僕は階段で降りるんです。 けっきょくは それで無駄な時間を浪費することになるのですが 待つくらいなら足を使いたくなるのです。   たまに そのことに気づき(たまにしか 気づけないのですけど)、 「ほんと馬鹿」と思いますが これまた たまには同じように階段を足早に降りる人に出会い 「ああ、同じ病気の人なんだな」と 思ったりもします。   ゆったりと待つことができる人間に なりたいと思うこともありますが、 ま、 そういう病気なんだからしょうがないのでしょうね。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 13 Mar
    • ふたつの『ふるさと』

      『ふるさとは遠きにありて思ふもの』って フレーズはよく耳にしますよね。 いかにも 安っぽいドキュメンタリーなんかで 渋い声のナレーターが言っていそうです。   ところで、 僕はもう20年以上も 自分が生まれた家に戻ってないし、 育った土地に足を踏み入れてもいないんですね。   だからなんだということもないのですが、 先のフレーズを聞くと 「ま、そうだよな」とは思います。   ただ、 これにはこういうつづきがあります。 『そして悲しくうたふもの よしや 異土の乞食(かたい)となるとても 帰るところにあるまじや』   いえ、 この後もつづくのですが、 ここまでを思い出すと 僕は「うん、まさにその通り」と 膝を打つような気持ちになります。   『ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの よしや 異土の乞食になるとても 帰るところにあるまじや』   すべての人にとって どうかは知りませんが、 僕にとっての『ふるさと』は そういうものーー東京で乞食みたいな 暮らしをしていても 帰る気にはなれない土地ーーなんですね。   その東京にいると、 夕方にこれまたよく聞くメロディが流れてきます。 童謡の『故郷』です。    (↑こういう時間帯にそのメロディは流れてくるんです)   『兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川 夢は今も めぐりて 忘れがたき故郷』 で有名な、あのメロディです。   しかし、 僕はそれを聞くたびに 3番の歌詞を口ずさんでしまいます。 『志を はたして いつの日にか 帰らん 山は青き 故郷 水は清き 故郷』   すでに忘れ果てたつもりの 生まれ育った土地に 思いをよせてしまうなんて 馬鹿げてるのですが、 このメロディとそれに付随して 思い起こされる言葉は 僕をすこしだけ複雑な気分にさせます。   きっと 人間はそんなに便利にはできていないのでしょう。 忘れた振りをしていても 経験したことはどこかに確実に残っていて なにかの拍子にそれは ふっと頭をもたげてしまうのです。   ただ 感傷に浸っていても なにも良いことなどないので 僕はすぐに忘れた振りをしはじめますけどね。   それに、 僕が『ふるさと』に戻ることもないでしょう。 このように ごくたまに『かなしくうたふ』ことはあっても。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 12 Mar
    • 言葉と映像 その33 『僕たちにできること』

      僕たちにできることは少ないのかもしれませんが それでもなにかはしつづけなければなりません。   ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 11 Mar
    • 彫刻観賞④ ――純粋に美学的見地から股間を見る

      彫刻を眺めつづけるのも もう4日目になってしまいました。 でも、 これで終わりですからね。 最終日の今日は これまでとは趣を変えて 純粋に美学的見地から 彫刻の股間を見てみようと思います。 「は?」とお思いの方もおられるでしょうが、 まあ、4日も彫刻について書いていると こういうこともしたくなるものなんです。 さて、 『トイレで唸る人』ですが、 彼は真っ裸でトイレに入っているせいか 縮みあがっているようです。 アップにすると、こんな感じ。 原形をとどめないほどに縮みあがってますね。 きっと、 寒い冬の日のひとコマなのでしょう。 男子たるもの、こういうのは理解できます。 つづいては、 エミール=アントワーヌ・ブールデルの作品 『弓をひくヘラクレス』です。 こういう切り口だから 仕方ないかもしれませんが、 すぐに目がソコにいってしまうお方も いることでしょう。 でも、焦らないで下さいね。 ちゃんとアップもご用意してありますので。 さすがは勇者ヘラクレスです。 文弱なお方とは違って、 きちんとした形を曝け出しています。   で、 さらにアップ。   重ねてきちんと書いておきますが これは美術作品であり、 僕はその観賞をしているだけですからね。   ロダンとブールデルでは そのパーツのつくり方にも これほどの違いがあるってことを 示したいだけです。   そう、 あくまでも純粋に美学的見地から 眺めているだけですよ。 「そこんとこ、よろしく」です。 では、 後ろからヘラクレスを眺めましょう。 背後からでもわかるってのが素晴らしいですね。 ブールデルは写実的な表現を好んだのでしょうか。 ま、 各器官の分離まではいかなかったようですけど。 しかし、 ロダンも縮みあがってるばかりではありませんよ。 こちらの彫刻では頑張っています。   ほら、ね? まあ、 だいたいの彫刻が真っ裸の人物であるのは 人間の身体をいかに表現できるかが 彫刻家のテーマだったからなんでしょうね。 グロテスクであり、また美しいものでもある 人間の身体を余すことなく表現するためには どのパーツであれ、 きちんと描ききる方がいいと僕は思います。 だって、 そうしない方がいいなら、 パンツくらい履かせときゃいいわけですもんね。   あ、ちなみに 国立西洋美術館の中にも入りましたからね。 僕だって ずっと股間ばかり見ていたわけじゃないんです。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 10 Mar
    • 彫刻観賞③ ――予備知識無しに眺めてみよう。その3

      書いている僕自身も こんなに長くなると思っていなかったのですが 虚心坦懐に彫刻を眺めるというのがまだつづきます。   『地獄の門』ですね。   これは、圧巻です。 大きさといい、そのカオスさといい、 呆然とその前に佇まざるをえない 雰囲気があります。 きっと、 タイトルを知らずとも 『地獄の門』とか、それに近い文言を あたえてしまうことになるんでしょうね。   「あ、『トイレで唸る人』がいる」などと ふざける気にもしばらくはなれませんでした。 しかし、 つぶさに見ていくと けっこう面白いものが散りばめられてますよ。   たとえば、 天辺に立つこのお三方。 正面から見ると ちょうど股間が隠されるように手を伸ばしたり 腰を捻っていますね。 それも笑えるし、左側のお方は とくに奇妙な感じをあたえます。 「ジャンケン、ポン! ん? またアイコ? もう!」って 言ってるように思えます。 でも、 その下では―― これは肉眼ではみえませんでしたがすごいですね。 『トイレで唸る人』の上には一列に たくさんの顔があるし、 背後では大変なことが起こってそうです。 右側には《生ける骸骨》みたいのもいるし、 その右隣には《デビルマン》風の人物(?)もいます (お暇な方は拡大して見てくださいね)。   また、 このようにうずくまってるのもいれば、 この期に及んで性懲りもなく 絡みあっている方々もいますね。   全体的に悪意を感じさせる彫刻ではありますが、 その中でもとくに 『門』の枠に貼りつけられた この赤ん坊っぽいのは怖いです。   アップにしてみましょう。 いやぁ、怖いなぁ。 夢に出てきそう。 首の曲げ方がリアルですよね。 ある特定の状態に陥った嬰児にみえます。 うーん、 虚心坦懐に眺めてやろうと思っていたのに なかなかうまくいかないですね。   きっと、 作品自体に《力》があって、 それがひしひしと伝わるからなのでしょう。 ちょっと、負けた気分です (なにに? と思いもしますが)。   なので、 明日はまた違う側面から 彫刻を眺めてやろうと思います。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 09 Mar
    • 彫刻観賞② ――予備知識無しに眺めてみよう。その2

      昨日につづき 虚心坦懐に彫刻を眺めてみようと思います。   これは、 『カレーの市民』ですね。 さすがは高名なオーギュスト・ロダン。 見ただけでタイトルがわかってしまいます。   しかし、 『カレー』ってなんでしょう? カレーライスの、ではないでしょうから フランスの地名ですかね。   ただ、 これらの人物は 僕のフランス人イメージから遠く隔たってます。 いえ、 あくまでも僕のイメージからというだけのことですが。   それにしても 彼らは一様に暗い顔つきをしてますね。 このように 頭を抱えているお方もいます。 なぜなんでしょう?   こっちのお方は、 「ああ、もう、ほんと やってられねえぜ!」って感じの 手つきをしていますね。 フランス人っぽい仕草――なのかはわかりませんが ま、 日本人であればこんなオーバーアクションは しないことでしょう。 かと思えば、 このお二人は 暗澹たる面持ちではあるものの どこか決然としたものも感じさせます。 通勤ラッシュのとき 地下鉄でよく見かける表情ですね。 「今日も仕事かよ。うんざりするぜ」と思いつつも、 「ま、家のローンがあっからな」などと 自らを納得させようとしてる顔つきにみえます。 そのように見てみると、 ほら、 通勤時間の駅構内みたいにも思えませんか? 一部にオーバーアクションの者が 混じっていますが、人で溢れかえったところでは そういう感じの方もきっといることでしょうし。 いえ、 思えないというならそれでもかまいませんけどね。   ところで、 こういった群像を眺めていて思ったことですが、 その瞬間をとらえ、 動かない時間に定着させるという部分では 彫刻は写真と同じ要素を持っているんですよね。   ただ、 当然のことに違う要素もあるわけで、 僕はそれをこのように考えてみました。   「彫刻は写真に比べて 作者の意図をより直接に 表現することが可能なんじゃないか?」   生きている人間に指示をして ポーズをとってもらっても そこには それぞれの人間が銘々勝手に 考えることが混じるはずで、 作者が意図したそのままを表現するのは 難しいでしょうからね。   全員に自らの意図を伝え それを写真におさめるよりは、 あとから意図通りに補正できる方が 楽なのでしょう。   そういった意味では 彫刻は小説にも似てるかもしれません。 この状況であれば こういう表情や身体の動かし方をするはずだ――という 作者の意図を反映しやすいという点で。   もちろん、反映しやすくても 意図そのものをあらわすには たしかな技術が必要なんですけどね。 ま、 オーギュスト・ロダンという人は そのたしかな技術を持っていたのでしょう。   こんなふうに その後ろ姿からだけでも 彼らが深い思い悩みを抱えているのが わかるんですからね。   ただ、 それでもやっぱり こういう光景は駅の構内でよく見かけると 僕は思いますがね。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 08 Mar
    • 彫刻観賞① ――予備知識無しに眺めてみよう。その1

      僕はちょっと前に 上野の国立西洋美術館に行ってきました。 ここには あの高名なオーギュスト・ロダンの彫刻が 幾つか置いてあるんですね。   建物の外にも こんなふうに据えてあります。   これは 「ロダンってなんだっけ?」 「ほら、あの『考える人』の」 「ああ、あれつくった人ね」 という会話によく出てくる『考える人』ですね。   この彫刻は あまりにも有名すぎて広告なんかにも よく登場しますよね。 たまにトイレに座らされたりもしていて すこし気の毒に思えもしますが、 ほんと、 彼はいったいなにを考えているのでしょう?   顔をしげしげと見ると、 あまり深く悩んでるようにはみえません。 それこそ トイレで唸ってるみたいにも思えますね。   ところで、 こういった美術作品を見るときには 大きくふた通りの方法があるように思えます。 ①予備知識を持って見る ②予備知識無しに見る ――というのが、それです。 彫刻や絵画の場合、 モデルが誰なのかとか そのモデルがどういう状況にいるのかを 知って見るのと そうでないのとでは 受け取るものも変わるように思えるのです。   そういう意味では 『考える人』というタイトルも 予備知識になりますね。 もし、 タイトル無しでこの作品――なにかに腰をかけた、 うつむきかげんの男が手に顎をのせている姿を 彫刻にしたもの――を見たなら、 それこそトイレで唸ってるところだと 思うかもしれません。 僕たちは情報過多の世界に どっぷりと浸りこんでいるので なかなか《予備知識を持たないでいる》という 状態にはなれないんでしょうね。 だいいち、 この彫刻がロダン作であることに 僕は一目見ただけで気づいてしまいましたし、 「『考える人』ってタイトルなんでしょ?」 というのも、それに付随して わかってしまったわけです。 そういうのは面白くないので 僕は虚心坦懐に彫刻を眺めることにしました。 すると―― うーん、やっぱり ちょっとした考え事をしているか、 トイレで唸ってるようにしかみえませんね。 ま、 その両方ともに 真っ裸ですることではないように思えますが。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 07 Mar
    • 王様は裸だ!

      これは僕がそう感じているというだけのことですが、 本来的には曖昧なもののはずなのに 自明なこととされているーーというのが この世界には たくさんあるように思えます。   たとえば、 病気に罹ったとき 医師はごく簡単にそれを 既にある病名に結びつけ その《原因》も簡単に言い当てたりしますよね。   いえ、 『簡単に』しているかを 医師でない僕が断定するのも 間違ったことなのでしょうが、 どうもそう思えます。   科学的なことも そのように思えますね。 すべてを知ることなど不可能なはずなのに あたかも自明なことのように説明されると 違和感を持ってしまいます。   もちろん、 僕たちがいるこの世界は 科学的に実証されたものの上に 成り立っているのでしょう。 そう考えないと 高層ビルで働くことなんてできませんものね。   ただ、 僕はふと思うことがあるんです。 「自明とされている前提が もし間違っていたら、僕たちの 世界はどうなるのだろう?」と。   僕たちはこの世界について すべてを知るなんてできないはずです。 自分たちの身体に起こる変化すらも 間違いなく説明することなどできないでしょう。 それなのに 僕たちはそれらを既知のことのように扱っています。   《原因》と《結果》の相対関係だってそうです。 幾つもの《原因》が多数の《結果》に 結びついているはずなのに、 まるで Aという状態にあるってことは その原因としてBがあったはずーーと 機械的に単一の答えを導きだしたりしています。   その方が安心はできるのでしょうが、 しかし、 そうすることによって僕たちはより大切なものを 失っているのかもしれません。 ま、これも 僕がそう感じているってだけのことではありますが。   ところで、 『裸の王様』においては、 はからずも裸であるのを見せびらかしている王様に 大人たちが真実を告げることができないでいると ひとりの子供がこう叫びますね。 「王様は裸だ!」   まるで 自明の物事に囲まれているかのようなこの世界では ああいった叫びをあげることが 求められているのかもしれません。   完全に理解なんてできないことを 得々と説明する人間をみると 僕はそう叫びたい気分になります。 いえ、むろん そうはしませんけれどね。   僕がそう叫ばないのは、 あの子供のように純粋でも 怖れを知らぬ者でもないからなのでしょう。 あるいは、 空気を読んで押し黙り 腹の中だけでせせら笑っている大人に なったからなのかもしれません。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 06 Mar
    • 夜空② ――泰山鳴動編

      で、 僕は石神井公園にある池の畔で 星空を写真におさめようとしていたわけです。   しかし、 あいにくの曇り空。 しかも僕のカメラはかなり小さな子だし、 それを扱うのはド素人ときているものだから 成功するかはまったくわかりません。 それでも寒い中を 僕と《カメラのお師匠様》は 池端に佇みつづけていました。 やがて空は暗くなり、 月のない黒い背景にぽつんとひとつの星が。 そして、 またもうひとつの星が――というふうに あらわれてきました。   「ん? だったら  その写真を載せろよ」とお思いの方も おられることでしょう。 まったくその通りでございますね。 しかし、 この前段からお察しできることかとは思いますが、 あまりちゃんとは撮れていないんですよね。 いえ、 曇り空とはいえども星は見えましたよ。 きちんとこの目で見てまいりました。 しっかりと、はっきりと、 くっきりした星を目に焼きつけてきました。 『冬の大三角』も見つけましたしね。 ま、 言い訳ばかりしてるのもなんなので なけなしの《星空》をお見せしましょうか。 どうでしょうね? わかりますよね? 白いポチっとしたのがありますね? あれが星です。 たぶんベテルギウスじゃないでしょうかね。 いやぁ、 星って撮るの難しいんですね。 性格に問題があるのでしょうが 僕ってけっこうあらゆることを 簡単に考える人間なので、 ちゃっと、さらっと綺麗な星空が撮れるように 思っていましたが、そうではないようです。 それでも僕たちはしばらく粘りましたよ。 場所も幾度か変えて 首が痛くなるほど上ばかり見つめていました。 ああ、 この僕の目に焼きついた星空を そのまま見せられたらどんなに良いことでしょう。 とはいえ、 どんなことでも楽しめるのも僕の性格なので こういったことも楽しかったですね。 《お師匠様》の高級カメラも すこし貸してもらえたので こんな素敵な写真を撮ることもできました。 カメラ熱が高まった僕は 帰り道もパシャパシャと写真を撮り、 モノクロのこんなのや、 枯れたススキが輝く様を写しました。   けっこう遅くに帰路につきましたが、 まだ僕のカメラ熱はおさまりませんでしたね。 駅の近くで こんなのを撮りました。 忘れ去られた片一方の靴ですね。 なんだか寂しそうに見えるのは やはり 星空がきちんと写せなかった侘しさを 照射したものなのでしょうか?   いえ、 このブログのタイトルはあくまでも 『夜空』ですからね。 僕たちはきちんと夜空を撮ったんです。 ただ、 そこに星がいなかったというだけのことです。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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  • 05 Mar
    • 夜空① ――粉骨砕身編

      ちょうど1週間前の日曜日 僕は石神井公園にある池の畔に佇んでいました。 というのは、 昨年の12/13にこのブログにアップした 『電線越しのオリオン』を読まれた方から 星空撮影のお誘いを受けたからです。 しかし、 しっかり曇ってますね。 ま、 お天道様に文句を言うわけにはいかないので これはしょうがないことなのでしょう。 それに だいいち僕は《雨男》だという自覚を 持たざるをえないくらい 休みの日に天候の荒れる人間なので 何重もの意味でどうしようもないんでしょうね。 ま、 これも運命ってやつの一環です。 まあまあ早い時間から 写真を撮るに相応しい場所を 探しまわっていましたが、 うーん、雲が多いですねぇ。 しかし、 いかなるときにも楽しめることは 隠されているもので、 これはサギでしょうね。 こっちは顔を潜らせているカモですね。 ――というふうに いろいろと写真を撮り、 けっこう楽しんでいました。 で、 僕たちはこの場所で 空が暗くなるのを待つことにしました。 イメージ的には 左右から伸びる枝の隙間に 満点の――とまではいかなくとも 星が散りばめられている感じですね。 うん、 素晴らしい。 星が出るのを待ちながら、 カメラについていろいろと教えてもいただけました (いや、ほんとうにありがとうございました)。 なにごとにつけアマチュアな人生を おくってきた僕は、当然のことに 写真に関してもド素人なので 自分のカメラの機能すら 把握していなかったんですね。 たとえば、 これと同じ場所を カメラをちょこちょこと弄って写すと こうなるわけです。 明るいですよね? 暗い空に瞬く星を撮るためには このように光を取り入れるように しなければならないそうです。 うーん、なるほど。   あ、だいぶん暗くなってきましたね。 空を見あげると―― ん? 小さいながらも星が見えはじめてきた。 お借りした三脚にカメラも据えてあるし あとは星が空いっぱいに散らばり それをカメラにおさめればいいってことでしょ? というところで 長くなってしまったので このつづきは明日にしますね。 さあ、 この僕にも星は撮れるのでしょうか?     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。     〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。   ブログサークル ブログにフォーカスしたコミュニティーサービス(SNS)。同じ趣味の仲間とつながろう!

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プロフィール

佐藤清春

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お住まいの地域:
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自己紹介:
丑年生まれ、牡羊座の、B 型人間。 星座占いに因ると、 こういった人間は、かなりはた迷惑な存在ら...

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