• 29 May
    • 今、書いているもの 〈次、なにを書こうかな②〉

      『そのとき僕たちは東へ向かっていた』 この一文からはじまる物語を 僕は考えているのですが (『FishBowl』を書きつつですよ)、 どうなることでしょうか。 ま、 書きあげられない可能性もあるし、 その場合はまた違うのを書けばいいやと 思いながらの作業ですけどね。 で、 この一文ですが、 短いながらも けっこうな謎が含まれてますね。 まずは 『そのとき』っていつ? これは語っている時点より前のことだと 示しているのでしょう。 だけど、 「じゃあ、いつなの?」って思いますね。 ついで 『僕たち』って誰? まあ、ひとりは『僕』ですね。 つまり、 これは一人称の物語ということです。 しかし、 『僕たち』となっているので 誰か他にいるわけです。 単数かもしれないし複数かもしれない誰かが 『僕』と連れだっているのですね。 そして 『東へ向かっていた』 上に書いた通りの時間に 単数もしくは複数の連れを持つ『僕』が 『東へ向かっていた』わけです。 しかし、 どの地点からの『東』なのでしょうか? 彼らは現在どこにいるのでしょう? そして、 『東』にはなにがあるのでしょう? いえ、 答えはありませんよ。 それはこれから考えていくことです。 いま僕にわかっているのは この一文にストーリーを進めさせる可能性が ありそうだということだけです。 ま、 とはいえ ストーリーがどこに向かうのかは まったくわかりませんけどね。 しかし、 特定できないまでも 時間と空間はなんとなくわかりました。 『僕』を含めた集団は これが語られている時点より前に どこかから東へと向かっていたわけです。 では、 次の一文はどうあるべきでしょう。 いまだ不確定な要素だらけなので これも ふと思いつくものでいいわけです。 『運転席にいる男はしきりに咳をしていた』       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 28 May
    • 今、書いているもの 〈次はどんなのを書こうかな①〉

      『FishBowl』が 終盤を迎えてからというもの この種の話が増えてきましたが 今回は 「次になにを書こうかな」というのを 考えつつ書いてみようと思います。 いえ、 当然のことに 全力で『FishBowl』に向きあってはいますよ。 ただ、 このように次回作を考えるのも 僕は好きなんです。 さて、 僕はもう1年半も 新しい小説を書いていないので 「次になにを書こうか」というのに使う 能力が著しく減退しています。 ま、 簡単にいうと なにも思いつかないんですよね。 最初に『FishBowl』を書きあげた 6年ほど前は、 新たにもうひとつ長いのを書こうとして 3章あたりで詰まり、 そのまま断念してしまいました (後で書くつもりではありますが)。 その後しばらくは ぼんやりしていたのですが、 ふと何気なく浮かんだ一文から 『清水ミカ』というのを書いたんですね。 この ふと何気なく浮かんだーーというのを 僕はよく経験します。 とくにテーマも決めず、 登場人物もわからず、 ただなんとなく書いた一文から 物語がはじまるわけです。 まあ、 「そんなんでいいのかな?」と 自分でも思いますよ。 だけど、そうなっちゃうんだから しょうがないですね。 さてさて、 次に書くのは 『FishBowl』がえらく長かったので 思いっきり短いのがいいですね。 短いもので なおかつ ふと何気なく浮かんだ一文からはじまる物語。 可能性のある一文が書けさえすれば、 あとは自ずとストーリーが進むはずと思うんです。 ま、 最後までたどり着かなくとも しばらくは頭を酷使せずに書けるはずです。 ということで、 僕はふとこういう一文を思いつきました。 『そのとき僕たちは東へ向かっていた』 うーん、 これでなにか書けるのだろうか?       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 27 May
    • 『エクエル』と『命の母』 ~表現の仕方について

      一応は男である僕が こういったのを書くのもどうかとは思ったのですが 最近テレビCMを見て どうしても気になってしまいましたので―― という前置きで なにを書くのかというと、 これですね。 大塚製薬の『エクエル』 まあ、 端的に言えば更年期用のサプリメントです。 このCM (レストランで奥さんが汗を気にするやつです)を 見るたびに、じーっと見つめてしまうんです。 なんというか 非常に心配りのできたCMだなと思うんですよね。 だいいち、 「これ、更年期用なんっす」という アピールがほぼ無いですよね。 「ホットフラッシュ」とかも言わないし。 淡々と日常的なシーンが流れてるだけで 「大豆」というキーワードで なんとなく全体をまとめてる感じ。 「ああ、イソフラボンね」と、 半拍遅れくらいで気づくわけです。 商品がこういうものだから かなり心配りをして制作したんだろうな――と 思わざるをえないです。 商品パッケージも そういう配慮を感じさせますね。 いえ、 僕は大塚製薬関係者ではないですからね。 ただ単に感心したことを述べているだけです。 という前置きが 必要だなと思ったのは、 ついで こちらのお話をしようかなと思ったからでした。 小林製薬の『命の母』ですね。 最近 このCMを見ませんが こっちはドカーンとわかりやすい 表現方法を使っていますね。 だいいち パッケージがすごい。 商品名の次に大きく書いてあります。 『命の母』=『更年期用』と 一目でわかるようになってます。 ま、 これが小林製薬の良いところなんでしょうが、 うーん、 もうちょっとはぼやけさせて欲しいなぁ。 《わかりやすさ》も大切ですけど 心配りも必要だと思うんです。 多様な表現方法があって然るべきではありますが。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 26 May
    • 猫を見て思うこと

      昔 実家で猫を飼っていたこともあって 僕は無類の猫好きなんですね。 その辺を歩いていても 猫を見かけると じっと見つめてしまうし (で、目をそらされますが)、 触らせてくれるフレンドリーな猫とは 飽きることなく遊びつづけることができます。 (↑遊んでくれた猫くん。手の出演は僕の奥さんです) 猫って なんだか不思議な存在ですよね。 こうやってカメラを向けても じっと見つめかえしてくる子もいれば、 すぐに目をそらし 「あんたのことなんて見えてないよ」と 無視しつづける子もいます。 ま、 個体差ってのもあるわけですから そういうものなのでしょうけど、 ただ、 猫って全般的に予測不能な動きをするように 思えてなりません。 こっちが《こういうつもり》で動いて だいたいの相手の行動を予測しても、 向こうが持つ行動の分岐は多様すぎて よみきることが困難なんですよね。 まあ、 高いところにいる猫は たいてい僕たちを睥睨するかのように見ています。 「お前たちはどうせここまで来られないんだろ?」と 言ってるんでしょうね。 しかし、 中途半端な高さにいる猫は ちょっと曖昧な表情を浮かべますね。 「うーん、ここまでは来られないだろうけど なにか奥の手を使われたらマズいかも」とでも 考えているのでしょう。 僕はかくこのように 猫を見つめながら 彼らの言っていそうなことを 想像するのが好きなんですよね。 猫って、 そういう想像をかきたててくれる 存在のようにも思います。 「うわっ! あんなとこで あんなことを?」と この猫は言っていそうに思えますけど、 どうでしょうかね?       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 25 May
    • 今、書いているもの 〈FishBowl その⑱〉

      『FishBowl vol.17-2』の書き直しも終わりました。 いえ、 『vol.17-2』というのは あくまでも便宜的にそう名づけただけですがね。 これは独立した章とするには短すぎるし とはいっても 前後の章にくっつけるのも どうかなって思える程度に重要な部分なので 別立てにしてみた次第です。 枚数は400字詰め原稿用紙で23枚 (ちなみに『vol.17』も145枚でした。 勘違いしてしまったんですね。すみません)。 この章に書かれているのは 前回《小テーマ》としておいた 主人公の父親が死ぬ件なんですね。 しかし、 やっぱり重要な部分ではあるので 短いながらもこういう扱いにはなるのでしょう。 ところで、 あとすこしで 長かった『FishBowl』も完成させられると 少々浮かれ気味になった僕は これまで公開したもの全部で何枚くらい 書いたのかを集計してみました。 結果は―― 『vol.0』から『vol.17-2』までで1,918枚でした。 これは、 自分が携わってきた時間の感覚に照らし合わせると 意外な短さでしたね。 最終章を足しても2,000枚を少し超えるくらい。 うーん、 もう5,000枚ほどは書いてきたつもりだったんだけどな。 いえ、 別に量り売りしようってわけじゃないので 長さ短さはどうだっていいんですけどね。 それどころか、 この程度の内容のものを どうしてもっと短く書けないのかと 思うべきなのかもしれませんね。 ――いや、 まあ、こうなってしまったのだから しょうがないですね。 すくなくとも僕にとって このテーマはこれくらいの長さでないと 表現できないものだったってことでしょう。 これを書いてる時点で 閲覧・ダウンロードあわせて のべ841人もの方々が読んで下さってるわけですから (ほんと、感謝に堪えません) 最後まできちんと終わらせられるようにしよう。 終わりを迎えていない物語は そこにどんなに素晴らしい部分が含まれていたとしても まったく意味をなさないものですからね。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 24 May
    • 聖天様

      とくにそうしようと 思ったわけではないのですが 僕は『待乳山聖天』というところへ 行って参りました。   なんか、 ふと立ち寄ったんですよね。 こちらの写真にもあるように 『待乳山聖天』は 『まつちやましょうでん』と読むようです。 素敵な築地塀の前には すべて顔のない仏像が並んでいました。 あらゆることに造詣の深からぬ僕は 『聖天様』についても知らず、 ただひとつだけ思いつくのは 市川崑監督の映画『獄門島』において 「生駒の聖天さんも、河内の聖天さんも、 みんな出あえそうらえたまえ」と 月代さんが言っていたことくらいでした。 「加持祈祷に関係あるんかな?」などと 思っていたのですが、 ちょっとだけ調べると 『聖天様』って、 『大聖歓喜天』のことなんですってね。   つまりは、 あの象頭のお方ですね。 願いを叶えて下さる力の非常に強いお方だそうで そのためか 平日のお昼過ぎというのに けっこう参拝されてる人がいましたね。 ところで、 これ気になりますよね? 「え? 大根?」と思うのが人情でしょう。 しかし、 辺りを見渡すと 至るところに大根の意匠があるんです。 それと、巾着ですね。 この大根と巾着とが 『待乳山聖天』の象徴なんですね。 ほら、こんなふうに。 あまりに参拝者がひっきりなしに来るので 僕はひとまず裏手を歩いてみました。 すると、 ここにも大根が。 実は、 上の写真には闖入者が映りこんでいます。 ここです。 鳩ですね。   それにしても なんだか不思議な感じのする空間だったな。 その影響で鳩が映りこんだのでしょうかね。 あ、 大根。 これをお供えするんですね。 うーむ、 やっぱりなんか奇妙な場所だな。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 23 May
    • 夏の到来 ~モノクロ写真における光のあらわれかた

      気温が30度近くまであがって、 もう 初夏とかいってる場合じゃないように思えますね。 すこし動くと汗ばんでくるほどです。 太陽も高いところまで昇り、 強い陽光を落とすようになりました。 地面にも 夏の光と影がくっきりとあらわれています。 イチョウの葉は、 陽のあたる部分だけぼやけてみえます。 中心寄りは黒く、端は灰色になってますね。 瓦に落ちる影も 夏のものにみえませんか? 比較対象がないので あくまでも感覚的ですが、 「こりゃ、夏っぽいな」と僕には思えます。 モノクロ写真って 色を排しているぶん 光のあらわれ方がより際立つように思えるんです。 それはつまり、 影のあらわれ方の 真逆のものとして――ということなのでしょう。 太陽の傾きが さらに夏のものとなれば あらわれる影も より稜線をはっきりとさせるのでしょうね。 室内へ入る光も その性質を変えるはずです。   いえ、 なんで公衆トイレなのかは 深く考えないようにして下さいね。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 22 May
    • すみだがわ

      ほんのちょっと前に 僕たち夫婦は隅田川沿いを歩きました。 僕たちは以前 川沿いの町に暮らしてことがあるんですよね。 だから――というわけでもないかもしれませんが、 川を見ると懐かしい感じを持つし 若干だけテンションが上がります。 あ、 鉄橋を電車が進んでいく。 普段は 電車をまじまじと見ることなんてないですが、 鉄橋を進む電車は別です。 じっと見つめてしまいました。 鉄橋の下を通るのも楽しいものです。 川面にあたる陽光が 構造物にも反射して 奇妙な色合いにみせていました。 硬いはずの鉄がゆらめいているように。 もう夏ですが、 ここに来るとやはり あの歌をうたってしまうもんですね。 『春のうららの 隅田川 のぼりくだりの 船人が 櫂のしずくも 花と散る ながめを何に たとふべき』 ま、 船は通りますが 『船人』も『櫂のしずく』も見えませんね。 かすむ向こうには 人工物の極みとでもいうものが聳え立ってます。 何に譬えたらいいか 悩むような眺めとはいえませんね。 人工物の累積と化してますもの。 ところで、 僕は気になるものを発見してしまいました。 わかります? ほら、 この部分です。 『隅田川右岸護岸建設工事(その25)』   『(その26)』もあるのかな? と 思いながら歩いたんですが 見つけられませんでした。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 21 May
    • 今、書いているもの 〈FishBowl その⑰〉 ――解決されること/されないこと

      2日前には言い訳を重ねていましたが ほんとうにやっとのことで 『FishBowl vol.17』を公開することができました。 この章は実質上のエピローグにあたるものと 僕は考えています。 『vol.0』がプロローグだったわけですから それに呼応するようなかたちで書いてあるんですね。 芸人であった父親がほんとうは いったいどういう人物だったのか、 そして なぜ死んでしまったのか――という問いを 『vol.0』ではたてていたのですが、 それにたいする答えが 『vol.17』には書いてあるということです。 それも 『vol.0』でそうしたように 様々な人から話を聴くという体で書いています。 読んだ方がどう思うかは別にして、 書いた者としては形式としても 相呼応するようにしたつもりです。 で、 はじめにたてた問いが ほんとうに解決したかというと―― うーん、 どうなんでしょうね。 それは書いた本人にもしっかりとはわかりません。 『FishBowl』に出てくる小説家はこのように言っています。 『――主人公ってのはえてしてそういうもんさ。悩みが深いあまりに疑り深くもなってるんだ。ま、解決できないようなことばかりが用意されていて、実際、多くの問題は手つかずのまま終わるのだから、そうなってもしょうがないけどな。でも、一番大きな問題は解決されるもんなんだよ。じゃないと誰も最後まで読まないし、読み終えても意味がわからないからね。それはテーマといっていいものだ。テーマとはどのような物語にも提示され、解決されるものなんだよ』(『FishBowl vol.15』) まあ、 彼の言っている『一番大きな問題』というのは 父親の死にまつわるものとは別物ですが、 この件は僕が考える あるべき小説の姿をあらわしています。 長い物語には 幾つかの《小テーマ》とでもいうようなものが 存在しているはずです。 それは、 物語を推進させるために必要なものでもあります。 また、 『一番大きな問題』の解決を促す役割を果たす場合も あることでしょう(逆に、それを阻害することもありますが)。 それらの《小テーマ》たちは すべてが解決されなくてもいいのです。 謎を謎のまま残す――というのも それらに関しては《あり》です。 ただ、 『一番大きな問題』は解決されるべきものですね。 ――と述べていて、 前提を翻すようなことをしますが、 父親の死に関する部分はこの小説において 《小テーマ》にあたります。 それはあくまでも物語を推進させるためのものであり、 僕が『FishBowl』で書きたかったことは また別にあるのです。 それは、 「物語に倫理であるとか、社会的通念というものを ぶち壊す力があるか?」という問いです。 この問いにあたえられるべき答えは すでに幾つかの章にまたがって 小出しにしておきましたが、 最終章において よりはっきりとしたかたちになるはずです。 前出の小説家はこうも言っています。 『ま、やってみるんだね。どんなことでも努力するのは悪いことじゃない。理性であるとか社会的通念というのが、感情や欲望に打ち克つところをみせてもらえるならそれもいいだろう。理性や社会的通念に価値があるってことが、それによってわかるからね。でも、君たちが死ぬときまで意味あるものとして残るのはそんなもんじゃない。理性? はっ! 社会的通念だ? はっ! 馬鹿げてるよ、そんなのはまったく馬鹿げてる。王子様、そんなもんはこの場所にそぐわないものだよ。それに、だいいち、君の物語はすでに結末の決まってるものなんだぜ。いいか? 物語にも、人生にも、説得力が必要なんだ。それを損ねてはいけないんだよ。真実味に欠損ができれば、物語からも人生からも説得力が失われてしまう。そういったものは、読むにしろ生きるにしろひどくつまらなく寂しいものなんだぜ』(『FishBowl vol.15』)       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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    • 【宣伝】『FishBowl vol.17』発行いたしました

      このたび、《BCCKS》にて、 『FishBowl vol.17』を発行いたしました。   『17.いつも遅れてやってくるもの/太陽の十字架』 (画像クリックで読みにいけます)   つづきものなので、 こちらから先にお読み下さい。 『FishBowl vol.0』 『プロローグ』 『FishBowl vol.1』 『1.呪われた名前からの逃亡/父さんの芸人化』 『FishBowl vol.2』 『2.誕生と崩壊/「雨を降らす女たち」』 『FishBowl vol.3』 『3.母さんの結婚と幾つかの死/有機的な結合』 『FishBowl vol.4』 『4.雨の日の暴力/FishBowl/段ボール』 『FishBowl vol.5』 『5.タイムを散らす/古い本に既に記されていること』 『FishBowl vol.6』 『6.新たな飛翔、常に予約されている席/赤いスクーターに乗った放火魔』 『FishBowl vol.7』 『7.猫の出現/真昼の決闘/弟が生まれるということ』 『FishBowl vol.8』 『8.こんがらがっていること/蔽われたるもの・隠れたるもの/父さんの独立』 『FishBowl vol.9』 『9.はじめての恋、十本の指/チョコレート騒動』 『FishBowl vol.10』 『10.家々の灯り/目に見えるもの、見えないもの』 『FishBowl vol.11』 『11.真新しいマンホール/ひとつ目の芸人の死』 『FishBowl vol.12』 『12.Family Affair/見てはならないもの/もうひとつの芸人の死』 『FishBowl vol.13』 『13.無遠慮な風/出来もしない計画/風の音とグノシェンヌ』 『FishBowl vol.14』 『14.真昼の不安/『FishBowl』/最初の警告』 『FishBowl vol.15』 『15.二度目の警告/温佳の災難』 『FishBowl vol.16』 『16.意味あるものとして残るもの』 ――以上、宣伝でした。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 20 May
    • 初夏の風景

      ここのところ 忙しない日々がつづいていたので 僕は周囲を見渡すということも あまりしていなかったようです。 しかし、 『FishBowl vol.17』の目処が立ち、 やっとすこしは気がゆるんだのでしょう 久しぶりに 空をゆっくりと見たり 道端の草花に目を向ける気分になれたようです。 もう夏ですね。 木々の葉も色を濃くしているようです。 この花なんかも 明るい空の下に似つかわしい色をしています。 名前も知らない地味な花ですが 僕が歩く先々に ふっと待ちかまえてるかのように咲いてました。 低木にわんさとついた白い小さな花。 これも美しいですね。 視野が狭くなっていたことに 反省を促してくれているようです。 「ほら、きちんとまわりを見渡せば  私たちみたいな美しい子がたくさんいるのよ」と。 こちらのお方もなにか言っていそうですね。 その姿もそうであれば、 このお方が背中をおつけになっている 台座自体も後ろの石塀によりかかっています。 「ま、ちょっとは気を楽になさい」とでも 仰って下さってるのでしょう。 「はい、仰せのままに」と 僕は頭を垂れておきました。 12時過ぎの風景。 初夏のまだ強すぎない陽光が辺りを照らし 道行く先を明るく見せてくれています。 どんなに気を昂ぶらせても たまにはこうして 周囲を見渡してみるものですね。 様々なものたちが こうやって 励ましてくれているのですから。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 19 May
    • 今、書いているもの 〈FishBowlその⑯〉 ~言い訳

      何日か前に すこしだけ言及しましたが 『FishBowl vol.17』を 書きあげることはできました。 「えらく長くかかるなぁ」と 思っていたら、 まあ、それもそのはず 400字詰め原稿用紙で換算すると、 350枚くらいは書いてたんですね。 かつて書いていたものを 電子書籍リーダーにおとし、 それを見ながら書き直しをしているわけですが それだけの枚数であれば 写すだけでもそれなりの時間を要しますよね。 いえ、 言い訳をしたいわけではないんです。 ただ、 それなりに時間のかかることをしていたという 事実を書きたいだけです (とはいえ、これは言い訳ですけどね)。 ところで、 小説って 読むときもそうですけど、 書いているときも 終わりに近づくと 興奮状態になるものなんですよね。 長いものともなればなおさらで、 これは きっとマラソンランナーがゴールに近づいたときの 気分に似ているのでしょう (いえ、僕は長い距離を走ったりはしませんが)。 なんというか、 それまでに書きつらねてきたことが 終局に近づくにつれ また違う相を見せはじめるんですよね。 何年も前に完成させたものだというのに それを感じるだけで どきどきしてしまうんです。 「ああ! これからどうなるんだろう」とさえ 思ってしまいます。 結末がわかっているというのにーーです。 今は、 書きあげたものを ふたたび電子書籍リーダーにおとし、 最終的なチェックをしているところです。 書いているときは 「けっこう手直しするんだろうな」と 思っていたのですが どうもそこまでではなかったようですね。 チェックが終わったら、 電子書籍として公開できるように ちまちまとした作業をし (これはけっこう面倒なんですが)、 それで終わりです。 あと 挿入章と最終章を書き直しすれば 長かった『FishBowl』とも お別れになります。 うーん、 嬉しいけど、ちょっとだけ寂しいな。   ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 18 May
    • 新潟に行ってきた その詳細編⑦

      夜―― 親戚一同はふたたびの飲み食い。 というか、 墓参から帰ってきてすぐに 飲みはじめていたので、 こう言うのもなんだけど 飲酒の合間に法事を営んだって感じ。 でも、 ま、そういうものなんでしょう。 かくいう僕だってずっと飲んでましたよ。 だって、 それくらいしかやることがないんですもの。 いや、 いつの間にかに仲良くなった 従妹の子供たち(男2人)と遊んでもいましたね。 兄の方は突然 僕の方にイヤホンを挿してきて音楽を聴かせてくるし、 弟の方は僕の膝の上で寝転がり 携帯ゲーム機の画面を見るよう強要してくるしで たいへんなことになってました。 「ね、この曲知ってる?」と兄。 「ほら、バナナが落とせるんだよ」と弟。 「ああ、知ってるよ。でも、なんで  こんなの聞いてるんだ?」と兄へ僕。 「すごいな。バナナを落として邪魔するんか」と弟へ僕。 兄の方(たしか9歳)はなぜか ユーミン(しかも荒井由実時代の)や 奥田民生や、キャロル・キングを聴いていて、 弟の方は『マリオカート』で遊んでいるんですね。 僕はべったりとくっついてる2人の問いかけに 同時にこたえるという苦行を強いられていました。 しかし、 そういうのも悪くないですね。 それに、 ここでは ずっと昔からそういうことが繰り返されてきたんです。 (撮影は従妹の息子その1) 僕も子供の頃は 従姉妹たちとつるんで遊んでました。 実に様々なことをそこから学んだし、 これもやはり僕の考え方の 原風景になっているんですね。 僕が書いている『FishBowl』は 不完全なかたちになった家族が集合し、 大家族的なものをつくる――というのを 物語の縦軸にしているのですが、 その根底にあるのは ここの家で経験したことなのだと思います。 伯父たちや伯(叔)母の言葉も 僕の中のどこかに残っていて、 それが登場人物の台詞となっているようにも思えるんです。 『こういうのは好まない』と言いつつも このように書くのは 半分は宣伝であり、 もう半分は感傷によるものと理解して下さい。 酒や遊びの強要から逃れ、 たびたび外へ逃げ出した僕は 人が誰も通らない道を歩きながら 記憶と現在の自分がしていることの 摺り合わせをしていました。 ああ、 テールライトが赤く光ってる。 こういう《絵》も この場所で幾度となく見た気がする。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 17 May
    • 新潟に行ってきた その詳細編⑥

      本来であれば、 もうすでに『FishBowl vol.17』を発行してた はずなんですけどね。 予定していた5/15にやっと書き終え、 今はそれの読み直しをしてるところです。 で、 それと並行して これを書いているわけですが、 こういった文章ってなにも考えずに書けていいですね。 気は焦ってるんですが、 この時間もきっと僕には必要なのでしょう。 さて、 2時間のお食事のあとで 僕たちはお墓へ行って参りました。 小雨の降るなか手を合わせます。 よく見るとわかるんですけど ここのお墓って崖っぷちにあるんですよね。 今回、 お墓も新しくし、崖には土留めまでしたそうです。 僕の記憶に残っているお墓は 中心に大きなものがあり、 その周辺に小さな塚のようなのが 幾つもあるというものでしたが それらも合祀したようです。 ああ、 これは子供の頃に見たのと変わらない光景だな。 崖の下には お地蔵様もおられます。 首のないお地蔵様もいますね。 従妹の子供(5歳くらいだったっけ?)は 「なおしてあげて」と言ってましたが 「それはちょっと無理」とこたえておきました。 お地蔵様の脇には庚申塔も。 苔生してますね。 様々なものが蓄積していった感じがあります。 苔もそうであれば、それ以外のものも。 空には雲が重なり、 細かな雨で全体が滲んでいます。 そういえば 祖父ちゃんの葬式の日も すごく天気がよかったのに 突然 雨がサーっと降り出したっけな。 まさに驟雨だった。 あのとき 僕は中学生で、 まだ人間の死というものに馴れていなかった。 いや、 いまだに馴れてはいませんけどね。 あれからいろんなことがありもしたけど、 残ってるものはあるんだな。 思い出そうとすれば、 そのときの映像はまだしっかりと出てきますからね。 雨に濡れた草花だって 記憶にとどまる物事を思い出させようとしてるようです。 祖父ちゃんが入院していたときのことだって。 あれは僕の中にいまだ しっかりと残っていますね。 『FishBowl』にあらわれる幾つかの死のシーンは あの頃に焼きつけられた 光景の重なったものでもあるのでしょう。 こういうの――書いている人間が その内幕を言いたてるというの――を 僕は好みませんが、 しかし、 あらゆることの原風景になってるんだろうな。 うん、 まあ、 きっとそうなんだろう。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 16 May
    • 新潟に行ってきた その詳細編⑤

      昨日は若干の煽りを入れて 終わりにしたのですが、 ほんと、たいしたことじゃないですからね。 さて、 僕たちは『まるご』という料理屋で こんな感じのものを食しました。 いや、 これはごく一部ですね。 この後も続々と料理が運ばれてきて とてもじゃないけど食べきれませんでした。 僕はかなり世事に疎い人間なので 知らなかったのですが、 どうも これでもかと料理を出すことがおもてなしである という考え方があるらしいですね。 隣に座った従妹の夫君が教えてくれました。 ちなみに彼と会うのも20年振りのはずですが、 彼の方は 「いやぁ、10年くらいでしょ」と言ってました。 他の親戚連中も口を揃えて 「20年ってことはないはずだ」と言います。 ま、 どうでもいいことなんですが これってどういうことなのでしょう? これくらい年をとった人間だと 10年程度の差なんて気にならないのでしょうか? もし仮に 僕が5歳から20年間も顔を出していなかったら 違いは大きくあらわれるわけだし、 それは10年であっても変わらないはずです。 しかし、20歳をこえたくらいからの年月は経ち方も それによって人にあたえる影響も 僅かになるんでしょうかね? うーん、 よくわからないなぁ。 ま、いいか。 もしかしたらほんとに10年くらいしか 経ってないのかもしれないし。 とはいえ、 顔を隠したこの二人――僕の伯父様方にとっての 年月はまた違うように流れていたようです。 ほんと、 しみじみ思うけど、年とったよなぁ。 元気そうでなによりだけど、 ずっと顔を出さずに悪いことしたな。 あんなにかわいがってもらってたってのに。 なんて感傷に浸っていた僕は あるものを発見してしまいました。 発泡スチロール製のケースですね。 それもかなりの年代物です。 これ、なんだと思います? 中が気になりますよね? では、 開けてみましょう。 なんと! 中には冷えた(いえ、若干ぬるかったですが) ビールやジュースが! すごくないですか? このシステム。 お店の方を呼ばなくてもいいようになってるんです。 ほんと合理的なやり方ですね。 テーブルにのっていた小さい方は―― (手の出演は従姉です) じゃーん! 熱燗でした。 うーん、すごいなぁ。 僕も飲み屋の店長時代に このシステムをあみ出しておけばよかった。 宴会が入ったら ぽーんと、発泡スチロールケースを置いとけば いいんですからね。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 15 May
    • 新潟に行ってきた その詳細編④

      これを継続的に読んでいる方がいたとして、 どのような感想を持つのだろうか? などと 考えながら書いています。 だって、 見知らぬ人物の そのまた母親の実家についての情報って まったく必要ないですものね。 とはいえ、 書くんですけどね。 さて、 あてのない散歩から戻ると、 なにやらそろそろ はじまりそうな雰囲気です。 しかし、 10時からと聞いていたってのに 10時半にはなっていましたね。 暢気というのか、なんというのか。 「ほら、あのお供物のお菓子、どこ?」だの 「花は? 用意してあったでしょ」だのと おばさまたちは申しておるわけですが 進展具合はみえません。 ん? やっとのことではじまるのかな? お坊様の動きがにわかに慌ただしくなってきましたね。 ところで、 欄間のところにかかっている写真は 昭和天皇ご一家のものであります。 僕が子供頃からずっと掲げてあるんですね。 いかにも 田舎のお宅にありそうなものですよね。 おお! お坊様が金ぴかのお召し物をまといましたよ。 ここからはしめやかに 仏事が執り行われました。 僕も般若心経を誦み、 その後で こういうのも唱和いたしました。 あまりバタバタしてると怒られそうだったので 写真はここまでです。 それから またグタッとした なにも決まらず、 どうしてたらいいのかわからない時間がつづき 僕たちは 近所の料理屋さんへ移動することになりました。 古びたマイクロバスです。 これも いかにもな乗り物ですよね。 運転席はこんな感じ。 もしかしたら、 20年ほど前にも この車に乗ったかもしれませんね。 どうなんだろう?   真偽のほどはともかく それくらい古びたマイクロバスに揺られ 僕たちは『まるご』という料理屋へ。 そして、 そこには驚くべき物事が待ちかまえていたのでした! ――いえ、 ま、たいしたもんじゃないんですけどね。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 14 May
    • 新潟に行ってきた その詳細編③

      母親の実家にたどりつきました。 うーん、 なにも変わってないような気がする。 20年くらいの月日は 場所に残る記憶を消すことがないんですね。 いや、 きっとどこかは変わっているのでしょう。 なにかが足されていたり、 なにかが欠けていたりするはずです。 僕は相似形のものを誤認しているのかもしれません。 だけど、 そうであってもかまいません。 この階段 いつ見ても急だよな。 子供の頃はこの階段をなぜか怖れたものでした。 昔、この家で飼っていた犬は 猛然と階段をのぼりはするものの 降りることができず 悲しそうな声で鳴いてましたっけ。   法事の用意をしてますね。 この家の特徴というかなんというか 彼らはこういうのが苦手なんですよね。 いえ、 だいたいの者が仕切り屋気質なんですけど それが徒となるんですね。 『船頭多くして船山に上る』ってやつです。 というわけで、 まだ時間がかかりそうなので 僕はちょっとそこいらまで散歩に。 いやぁ、懐かしいな。 ま、 これを読んで下さってる方からすれば ただ単なる田舎道に過ぎないでしょうけど。 田圃に水がはってありますね。 そこに雨が落ちていきます。 きっと、それぞれの人に それぞれの田舎イメージがあるのでしょうが 僕にとってはまさにこれです。 自分の生まれ育った土地よりも こっちの方が焼きついてますね。 この消火栓もいい味出してますよね。 写真に撮ってもらいたくて ここにいるかのようです。 ん? ああ、まだこの看板 貼ってあったんだ。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 13 May
    • 新潟に行ってきた その詳細編②

      まだ 行きの新幹線内ですよ。 しかし、 車外の様子はこんな感じに 変化していきました。 前の日に掲げた最後の写真よりは すこし木々や畑が目立ってるはずです。 家と家との間隔も若干だけ広い気がしますね。 あいかわらず 母親は話しかけてきて 僕は「うん、うん」と 相槌をうちつづけていたのですが、 しばらくすると 新幹線は長いトンネルに突入しました。 車外はずっと真っ暗です。 「ああ、これってあれでしょ?」と 僕は思ってましたね。 川端康成のアレだ。 これを抜けると―― いえ、 5月ですからね。 当然のことに雪景色ではありません。 ただ、 かなり山がちになってますね。 そして、雨が降っています。 ほんと、 完全なる雨男だよな。 どこかに出かけるたびに行きつく先で 雨が降ってる。 で、 長岡駅に到着。 意外と時間のかからないものですね。 東京を7時に出て、 新潟に9時半着ですからね。 こういう方たちに お出迎えしてもらえました。 しかし、 こういうのってどこにでもいるなぁ。 『オコジロウ』って、オコジョなのかな? だけど、『ジロウ』ってのは 次男ってことかしらん。 もし仮にそうだとしたら、 どこかに『オコタロウ』も隠れてる? なんて真剣に探してはいませんけど、 アレを発見してしまいました。 『オコジロウ』の横に 火焔土器が飾ってありますね。 さすが新潟県。 なにかというと出てくる火焔土器ですね。   長岡駅までは従姉夫婦が迎えにきてくれました。 ここから30分くらい車で行ったところが 目的地であります。 車の窓から。 うーん、雨だ。 子供の頃もこうやって長岡駅から 車でその場所に行っていたんですけど さすがに20年も経つと 記憶のどこにも映像が残っていませんね。 完全に異邦人です。 あ、 着いた。 うん、なるほど。 さすがにこれは憶えてるものなんだ。 ほんと、懐かしいな。       ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 12 May
    • 新潟に行ってきた その詳細編①

      幾日か前にも書いたのですが 僕はゴールデンウィーク中に 新潟へ行って参りました。 朝早くに家を出て、 池袋から大宮へ。 そこで母親と落ちあって 新幹線で新潟まで。 僕にとっては20年振りくらいの 新潟行きです。 子供の頃は年に2回は行ってたんですけどね。 大学を出て以降は かなり疎遠になってしまいまして―― というか、 母親とも疎遠になっているので 顔をあわせるのは何年かに一度くらいでしょうか。 母親に会うたび 「ああ、年をとったなぁ」と 思ってしまう僕ですが、 今回は向こうから 「髪が薄くなってきたんじゃない?」などと 言われてしまいました。 「どこが? え? どこよ」と 少々傷ついた僕は訊いたのですが どうも母親にはツムジの辺りが 薄く見えたようです (あくまでも彼女には、ですよ)。 あまり長く話すと さらに傷つけられそうだったので 時間になるまでフラフラと 歩きまわっていました。 あ、 『十万石饅頭』だ。 「うまい、うますぎる」で有名な 埼玉銘菓ですね。 ん? 『志功』ってサインがありますね。 これって、棟方の志功さんでしょうか? ――なんてことを考えてたら 時間になったので新幹線のホームへ。 新幹線に乗るのも ほんと久しぶりなんですよね。 来た。 と思ったら、 写真を撮る人もあらわれた。 いえ、 僕も撮ってるわけですから 人のことをとやかく言えませんけどね。 もっと混んでるかと思ってましたが 車内はけっこう空席が目立ってました。 えんえんと話しかけてくる母親に 「うん、うん」と相槌をうち、 たまに 「いや、それってこうなんじゃない?」などと 言いながら車外の様子を。 これはまだ埼玉県でしょうかね? と、 まあ、こうなるだろうと思っていましたが 長くなったのでつづきは明日にでも。         ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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  • 11 May
    • 今、書いているもの 〈FishBowlその⑮〉

      『FishBowl』の17章が 終わりそうもないんですよね。 5月15日に発行するつもりでいるのですが 間にあいそうにありません。 この章のあと、 挿入章のようなのを挟み 最後の章になるわけなんです。 一度書きあげたものだから それはわかってるんですけど、 うーん、 なかなか進まないんですよね。 これを書いている時点で ちょうど半分まで進めてはいるのです。 だけど、 あと幾日もないですからね。 いやぁ、 ほんとに終えられるのでしょうか? ま、 気を焦らせても それでどうにかなるわけじゃないっていうのは わかってますよ。 すべてが重要な中でも 終わりの方というのは さらに重要な部分でもありますからね。 丁寧に向きあうのが求められていることなわけです。 ああ、だけどなぁ。 山に籠って一日中書いていたい気分です。 小説のことだけ考えて過ごしていたいですね。 食事もせず、寝る間も惜しんで 書きつづけていたいなぁ。 いや、 まだ時間はある。 諦めることなく、 集中して、 なおかつ丁寧に 書き進めてやる。 この章が終われば あとは一瀉千里(のはずです)。 粉骨砕身 前だけを見て書きつづけよう。 なにしろ、 これだけは絶対に 書きあげなければならないんですからね。     ↓押していただけると、非常に、嬉しいです。      〈BCCKS〉にて、小説を公開しております。

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プロフィール

佐藤清春

性別:
男性
血液型:
B型
お住まいの地域:
東京都
自己紹介:
丑年生まれ、牡羊座の、B 型人間。 星座占いに因ると、 こういった人間は、かなりはた迷惑な存在ら...

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