こんこんキツネ塾

はっとひらめく、うれしくばける。


テーマ:

時間

私たちは時間という制約の中にいます。

しかしその制約をつくっているのは

私たち自身でもあるんです。


没頭したり、ぼーっとしたり

時間を忘れると癒されるのに


時間を区切って計画をたてないと

ついついさぼってしまいます。


時間を確認するとき

時計の針が進んだ分だけ

時間がたっているはずなのですが

本来それは、針が進んだ角度を

確認しているわけなんです。


そしてその動きも

天体の運動が元になっています。


1日,1月,1年と繰り返される

星の周期的な動きを基準にして

それを使いやすく区切ったものを

「時間」と呼んでいるんです。


「時間」は私たちのつくった

概念であり、道具なんです。



すると、

時間という道具を生み出した私たち、

道具のために人生を、日々を

ふりまわされては元も子もないですよ。


時間は、あなたのものなのに。



 

 

 

はい、ばけた。


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テーマ:

くくる


サンマとイルカはともだち?
サンマとタコはともだち?
サンマとウニはともだち?

イルカとタコとウニはともだち?

みんな海にいるので、ともだちです。

より詳しく物事を知るために
名前をつけて「わける」ことで
その生態を研究しようとします。

でもそれが「先入観」になると
その概念が決定しすぎてしまい、
そこから動けなくなってしまいます。

イルカとタコとウニは
生態はぜんぜん違いますが
大前提としては海の中にいます。

「海」というキーワードで
「くくる」ことができます。

正確に具体的に物事を見るための
「わける」視点と
広く抽象的に物事を見るための
「くくる」視点とは
同時にもっていることが大切なんです。

あまりに、細かく物質的に分けすぎると、
そのものだけでしかみれなくなる。
すべてのことが違う違うと見えてしまい
余裕がなくなってしまうことにもなります。

抽象的な感覚で物事をみることは、
キーワード検索のようなものですね。
物事の壁を横断できるのです。

「わける」視点、「くくる」視点、
ふたつの視点で同時に見たときに
世界はもっともっとやわらかく
見えてくるのではないでしょうか。
 
 
 
 
はい、ばけた。
 
 

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テーマ:

座標


座標というものがあります。
何かの位置をあらわすものです。

国の位置、建物の位置、
最近はグーグルマップなど
GPSが発達しており、
地球上で僕がいる位置が
正確にわかります。

この世界中に人間が溢れていても
きちんと僕たちには
個別の位置情報があります。

近い点に家族がいて、友達がいて、
遠くに行くにつれて無数の人が座標上にいます。
近い座標にいたとしても
細かく細かくみていけば、
誰1人その点がかぶることはないんです。

違う座標の上にたっているのですから、
同じ視点をもっているひともいません。


それが「あなた」なんです。
あなたの座標の位置からは
あなたの視点でしか
景色を見ることができません。

だれひとり、
それをとりかえることはできないんです。
その視点は、あなただけのものです。

「あなた」や「わたし」は
その座標に立っていることで、
違う視点をもつ存在として
証明されています。

あなたの視点の代わりは、
あなたの見たのと同じ景色は
誰もみることができない。

それが、あなたがあなたである
証拠なんです。
 
 
 
 
はい、ばけた。
 
 
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大切なことは
人のどのあたりにあるのか。
社会のどのあたりにあるのか。
宇宙のどのあたりにあるのか。

そもそも僕たちは何を探しているのか。
自分探し、自己啓発、
なりたい自分を探して、どこへ向かうのだろうか。



僕たちは、いつでも足りています。



「足りている」と感じたときに、体は自然と進みだし
自分に必要なものを引き寄せます。

「ひきよせ」というものは
引き寄せたり、引き寄せられたり、ではなく
「いつのまにかそうなっている」ことなんです。

誰かが食べているから食べたいのではなく、
体が必要としているものを手に取り、食べていることです。

誰かが所有しているから所有したいのではなく、
自分に必要なものを、自然と手にいれていることです。

誰かが輝いてみえるから輝きたいのではなく、
自分が輝ける場所に、しらずしらず立っていることです。

ただ、何かをしたい。何かがほしい。誰かのようになりたい。
そう思うこと自体はあたりまえのことです。
僕もよく、そのようにいろんなことを願います。

しかし、何かがしたい、と思うと同時に
できていない自分を肯定してしまいます。
何かになりたい、と思うと同時に
なれていない自分を肯定してしまいます。

したい、ほしい、なりたい。そう思えば思うほど、
目の前の世界が気にいらず、不満を抱いてしまいます。
ますます叶わない環境を自分でひきよせているんです。


足りている、と。考えてください。

これまでもずっと、足りていたんです。


その気持ちで世界を眺めてください。

この世界が、地球が、偶然にできたとするのならば、
いったいどのような奇跡が連なれば、
この完成された世界が生まれるのかを、考えてみてください。

その世界の循環を感じてください。

そのときに、はじめて、
自分の身体が、心が、ひとりでに向く方向があります。

それは僕たち人間が、
この世界の、地球の、宇宙の循環の一部だからこそ、
その流れに身を任せた時に向いていく方向があるんです。

それがひとつの「自然」な状態です。
そして、自分が自然なときに「自分らしい」のです。

人は、これが自分だ、と認識できる体があり自我があり、
それだけで他の誰とも違うのに、「自分らしさ」を探します。

自分はここに立っているだけで自分らしくあるはずなのに、
なぜかそれを、どこか別の場所に探しています。

それは、かけているメガネを
どこかに忘れたと思い込み探しているようです。

「自分らしさ」
それは、自分をよくしること。

ただそれだけです。

自分の目から見ている外側を探すのではなく
外側を見ている自分がいることを知ることです。

自分をうけとめることです。
身体も容姿もこころも能力も経験も
理想の自分と、現実の自分を混同しないことです。

成功と思うことも失敗と思うことも
ただそんな出来事があっただけです。
自分について評価せず
他人について評価せず
ただそれを見つめるだけです。

足りているからそれでいいんです。

足りている今この瞬間を実感し
納得することが、
自分らしさそのものです。

より詳しく、より深く実感できれば
自分らしさは、はっきりと見えてきます。

それは原石を磨くようです。
見れば見るほど、均一ではなく、さまざまなクセがあり、
凹凸がある自分を知ることになります。

それを、ただ、じっと。
じっと見る。

物事に、自分自身に、森羅万象に
よい、わるいなど、そんなものはないんです。

ただ、そこに無数に事実があるだけです。
それを、じっとみることが自分らしさの発見。
自分さがしであり、自己啓発なんです。

自己啓発は自信を得ることではなく
ありのまま「わたし」を、これ以上ないところまで
徹底的に知ることです。

それが「足りている」という実感になります。

私たちの生きているこの世界は、
偶然にしてはあまりにも上手く出来すぎています。

無限に近い数の歯車で組み立てられた
宇宙という機械の中に地球があり、世界があり
僕たちの生活があるようなものです。

でもそこにエラーがおきないのです
機械なら、一番ちいさな歯車によってすべてが停止します。
プログラムなら、コードの1文字によってすべてが停止します。

なのにこの世界はエラーがおきない。
だから美しいんです。
歯車のひとつひとつまでが完全な役割をもっているんです。

僕たちは日々の出来事を理不尽に感じ憤っています。
しかし、その出来事自体、奇跡的な出来事なんです。

理不尽ですら、
愛でることができるほど
この世界の仕組みは美しい。

私たちはみんな美しい歯車であると同時に
小さな歯車をつくりだすクリエイターです。

言葉を発し、文字を書き、手足を使い、世界を変化させています。
どのように小さな影響でも、この世界を動かす歯車の創造です。

あなたは「世界」というノートに、文字や図を書き加えています。

自分が安らかであれば、安らかに筆を振るい
安らかな言葉を書き、それを見て安らかだと言います。

自分が苛々としていれば、落ち着かず苛々と筆を振るい
落ち着かない言葉を書き、それを見て苛々すると言います。

この世界でおきることは、
すべてあなた自身が書いたノートの通りです。
あなたのきもちや言葉が、世界の仕組みを決めるんです。

あなたのノートですから、いつでも訂正できます。
しかし、世界の仕組みを、誰かのせいにはできません。
それは誰かのノートの一部になる、ということです。

あなたは、あなたという美しい歯車であると同時に
あなた以外の誰かになることは、できないのです。


僕は、この世界のみんながクリエイターであり
この世界を構築していると考えています。

同時にこの世界はゲームの舞台であり
みんなが、そのプレイヤーであると考えています。

創り出すことと同時に遊んでいるのです。
創ることを遊び、創った世界で遊ぶ。


それは、本当に、とても愛しいことです。


この世界の美しさを、日々を愛しく思います。
この世界の完全さを、感情のない機械のように思います。

すべてがぴったりと足りています。

それが、ただ淡々と連続しているだけなんです。


それが、世界の仕組みです。
世界の真理であり、世界のヒミツです。


そして
いつもの日常に戻っていくんです。
いつもの日々を過ごしていくんです。



---------------------------
僕が感じている世界の見え方。
それは寓話のようなものかもしれません。
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なんで


僕たちは「なんで?」ということばをよく口にします。
これは、使う人の視点によって
世界の見え方が変わってしまう言葉なんです。

わからないもの、わからないことがあるときに
僕たちは「なんで?」と問いかけます。

ひとは考える生き物ですから、
体感・体験したことに常に疑問をもち
疑問を解消したいと思うのでしょう。

こどもは、初めて見た物事すべてに
「なんで?」と問いかけます。

わからないことが、不思議で面白い。
だから、その謎を解き明かしたい。
それは好奇心であり、探究心です。

では、いつ「なんで?」という
疑問は解消されるのでしょうか。

それは、ものごとの
原因と結果がつながることで
「しくみ」がわかったときなんです。
こうすればこうなる、がわかったときです。

こどもたちの見る世界は、初めてのことばかり。
だから、世界をありのままに見ています。
目の前の結果を受け入れて
探求し発見し、そして納得します。

それが、おとなになるに連れ
「なんで、思ったようにならないの?」という
不満の「なんで?」が多くなってきます。
目の前の結果が受け入れられず、
自分が思うように変えたい。
そう考えているように思います。

探求したいとおもう「なんで?」は
この世界の仕組みに納得する視点です。

思い通りにならない「なんで?」は
この世界の仕組みに不満する視点です。

世界を納得に変える「なんで?」
世界を不満に変える「なんで?」

「なんで?」と問いかけ
世界を変えていこう。
 
 
 
 
はい、ばけた。
 
 

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テーマ:

ものがたり

「ものがたり」をみるとき、

自分の都合を当てはめてしまうと、

学べることが少なくなってしまいます。


本や映画やドラマ、漫画やアニメなど

創作物や自伝などのものがたりの良さは、

違う人生や考え方を追体験できること。


こんな考え方があったのか

こんな気持ちの持ち方もあるのか

自分とは違う視点をもつことができます。


しかし、ときに物語をみながら

自分の価値観を創作物に当てはめて

見聞きしてしまうこともあります。

「ありえないし」

「どこがいいの?」

「ぜったいおかしい」

すると、追体験ではなくなり

ものがたりの批評になってしまいます。


「○○するのが正しい」という

自分の先入観や現実の都合が「主人公の視点」を拒んでいると。

主人公の気持ちでものがたりを見ることはできません。


ものがたりには、構成があり

見聞きしている人を楽しませる演出があります。

その中で理不尽なこともたくさんおきるでしょう。

でも、それは僕たちの現実世界も同じです。

「もう見たくない」と去ってしまえば

その後に用意されていたサプライズや感動を

棒に振ってしまうかもしれません。


自分の世界で一度目を閉じてみましょう。

ものがたりの世界の中で目を開きましょう。


そうして初めて

自分が経験できないファンタジーの世界。

自分が経験できない誰かの人生に

実感をを感じることができるのです。


 

 

 

はい、ばけた。

 


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テーマ:

らく



「楽しい」ときは
時間を忘れるくらいに、
好きなことに集中しているとき。

「楽でいる」ときは
安心した、落ち着いた状態のとき。

楽しいから、楽になる
楽だから、楽しくなる。

「楽だ」と「楽しい」は
「楽」という概念を
違う視点でみたときの
それぞれに感じる気持ち。

ふたつの意味は、循環してる。

楽しくしごとをすることは
楽にしごとをすること。

楽に生きることは
楽しく生きていること。

いろんなものを楽にしていけば
いろんなものが楽しくなる。

いろんなものを楽しめれば
いろんなものが楽になる。


とっても
シンプルなこと。




はい、ばけた。



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テーマ:

「夢の世界」は想像の最上級。

夢でみる世界は、現実世界のルールを無視しています。
ルールというのは、人の世界の秩序や論理です。

だから、ヒントの宝庫なんです。

現実世界に「ありえない」ことが起きる、
ということは夢の中のストーリーは
世の中には無いものばかりです。

「新しいもの」ばかりがそこにあるのです。

現実の企画会議のような場所では、
世の中に無いものを、新しいことを
何時間もかけて討論します。

けれど、現実社会の
仕事の現場というルールに縛られているので
なかなか新しいものは生まれません。

居眠りしてれば、あたらしいものが
いくらでも生み出されてきます。
でも、
僕たちは、それを相手にしないでいる。

夢でみる世界のように儚く感じるから
自分の将来も「夢」というのでしょうか。

妄想や夢のように、
あんなに膨らんでいく楽しくて、
自由で新しいものを、
叶えようと思えるかどうか。


やってみようと思うくらいに
信じこんだ人にだけ、夢は現実になる。


「夢」という言葉には、
自由で無限の可能性と、はかなく叶わない
2つのニュアンスが同居しているんだよね。

科学も昔は魔術だったかもしれない。
今、普通に起きていることは
昔は映画や漫画の世界の出来事だったのように、
僕たちが可能性を選べば、きっと夢は叶うんだよ。

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ポジティブか、ネガティブか、は
それは人の様相や性格を表しているようでいて、
実は、知恵のようなものだと思うんだ。

「生きている過程で身についた思考パターン」なんだ。
だからいつでも変更することができる。
使いわけることができるもの。

いまは、ネガティブにしている。
いまは、ポジティブにしている。
自分の行きたい方向へと向かうために。

自分で選んで行動している、と
そう考えてみる。

何かを得たり失ったりする毎日の中で、
増えてることに喜びを感じるならポジティブ。
減っていないことに喜びを感じるならネガティブ。
そのようなものなんじゃないだろうか。

自分の居場所を見失わないためなら、
どちらの良さを選んでも構わないことなんだけど
自分で選んでいることを気がつかないでいると
立てた戦略にふりまわされてしまう。

実は、私たちの社会や時代も
私達個人の意思より、もっと大きな流れの中で
ポジティブやネガティブに動いてる。

季節、天候気候の変動、日照時間、温度
それらが経済・情勢に影響を与えて
人間という集団全体が「ポジティブ・ネガティブ」の
流れの中で泳いでいるようなものだから
私たちは、身を任せざるをえない大きな流れの中にいる。

流れつきたい場所を見極めるためには
大きな流れに振り回されず、
自分の選んだ泳ぎ方に振り回されず、
その流れをじっと観察することだよ。

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友達に恵まれることは素晴らしいことです。
本当の友人ってなんだろう?
そんなことを考える日もあるけれど
友達はいいものです。
きづけば「共」にいてくれる人、
それが「友」なのではないでしょうか。
しかし出会いがあれば、別れもあり、
仲が良くても、ずっと「共」にいれることは多くなく
それぞれの道のために離れてしまうこともあります。
でも、こころのなかに「共」にいれば
それはまた「友」なのではないでしょうか。
人はついつい距離やつながり多さで、親しさを決めがちです。
たくさん「共」にいる人が、親しい「友」だと実感します。
でも、たとえいつ会えるのかわからない人でも
こころの中で、あの人ならこういうだろうなあ、と
相談にのってもらうことがあります。
それは「共」にいることと変わりはないでしょう。
もしかしたら、人によっては
こころの中で「共」にいる人が
いまこの世界には存在しない人物かもしれません。
憧れの漫画の主人公かもしれません。
影響をうけた映画の登場人物かもしれません。
先立たれ、もう会うことができない人かもしれません。
しかし、こころの中に「共」にいるということは
いちばん近いところに、いつでもいるということです。
「共」いる時間も、距離やつながりも、

一番多い「友」だといえるのかもしれませんね。
はい、ばけた。

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