こんこんキツネ塾

視点を変えると、世界が変わる。


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どうしてわかってくれないんだろ?

 

相手に対してそんな気持ちになるのは、

コミュニケーションの中でよくあること。

普通のことではあります。

 

そもそも、自分と相手は「違う」ので

なんでもズレていて当たり前なのですが

そのズレが「ガマン」になると

不満になりケンカをしてしまう。

 

そんなとき、

「自分は自分、人は人」と

つぶやいてみてください。

 

割り切る、というのは大切です。

「自分は自分、人は人」は

相手と自分をきりわけてくれるんです。

 

あれ、ちょっと変ですよね。

 

「自分」と「相手」は

そもそも同じわけがない。

それなのに

どうして切り分ける必要があるんだろう。

 

そう。

僕たちは普段、ついつい、

相手と自分を同じ存在のように思い違えているんです。

 

自分の考えていること、感じていることは、

当然のように相手もわかっているはず、と

「自分」と「相手」を同一視しているのです。

 

自分の尺度で相手を測れば

はみだすことは全部気になってしまうでしょう。

気になる原因が自分がつくってたんですね。

 

「自分は自分、人は人」は

単に線引をするためではなく

相手を尊重する言葉です。

 

「どうしてわかってくれないんだろ?」は、

「自分の尺度」を人におしつけた結果です。

 

距離をおく、線をひくということは

同一視せずに、お互い尊重しあうのです。

それは、お互いを思いやるということ。

 

「自分は自分、人は人」

 

線引してみたら、実は

それが、本来当たり前のことで

それが、思いやりだったりします。

 

 

 

 

はい、ばけた。

 

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縦書きを使うことがへっています。

 

いや、長いこと和物ブームだし、

気づかないだけで増えているのだろうか。

 

普段メモをとるのは横書きですし

ノートを買うと横書き用です。

 

でも、本はほとんどが縦書きです。
僕たち「読む」ときは縦書きが多いです。

 

縦書きの文章には良い面があります。

それは、「読む」と同時に「頷いている」ということです。

 

一行を読むときに、上から下に「うなずく」ことを

知らず知らずにおこなっているので、

なるほど、と「納得」することと連動しているのです。

 

するとこれをもっと効果的につかうためには

少ない行に簡潔に、一つの意味をいれるといいかもしれません。

 

また、横書きの掲示物が多いなかで

縦書きの掲示物は目線をさえぎることができます。

まず、目をとめてもらうきっかけとなります。

 

僕は、図案のような縦書きと横書きを

同じ空間に使うデザインを割とよく使います。

それは、「目が留まる」のと同じで、

一枚の紙の中で読む人のリズムを

操作することができるからです。

 

また、掲示する場所でも縦書きは効果が出ます。

特にフライヤーやチラシは、

カフェのトイレやライブハウスの楽屋など

狭い場所に貼られていることが多いですね。

 

狭い部屋というのは縦に長いですから、

自然と視線はたてに動きますので

縦書きの文章は、立てながの壁にも

しっくりくるということになります。

 

縦書き、つかってみてください。

 

 

 

はい、ばけた。

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望ましくない結果がおきたとき

ひとはその原因を探ります。

 

そのときにふたつの考えが生まれます。

 

原因を探り、どのように結果が生まれたかを考える場合と、

原因を探り、この原因が悪かったのだ、と考える場合です。

 

望んだ、望まないに関わらず

ある出来事には必ず「原因」があります。

そして「結果」も必ず生まれます。

 

このふたつがそろって「出来事」なのです。

行動をしたり何かを決めたりすると、自ずと結果が生まれ、

なにかを結果であると意識すれば、原因が生まれます。

 

原因と結果はふたつでひとつの「事実」

ただの事実…ごく、当たり前の「出来事」です。

 

その結果に良し悪しが生まれるのは

自分にとって「のぞましい結果」というものがあり、

それが理想化されているためなんです。

 

自分がなにかを「結果」として見たときに

それを「自分の理想」という定規で査定するから

良し悪しが生まれます。

そして、その結果が悪かったときに

原因を「悪いもの」として扱います。

 

しかし、悪いのは「結果」であり、

原因ではありません。

原因とは物事の起点ですから、

すでに起こってしまって変えられない出来事です。

 

原因のせいにしたところで、

それは理想と違うという不満を表現したいだけなんです。

「気が済む」ための行動なんです。

 

どこまでも、いったに何が「悪かった」のか、と、

その原因を生んだ原因を探せばいいのでしょうか。

 

「悪い」というのは人の捉え方にすぎません。

「悪い」と思っているから悪く見える。

それだけです。

 

「悪い結果」の原因を知っただけのことを

人は悪い芽をみつけたように考えてしまいます。

排除しようとします。

 

原因を摘むということは、

良い結果の可能性も摘んでしまうのです。

そうして、どんどん何も生まれなくしてしまう。

 

今の「公園」の使い方を思い浮かべてください。

みんな疑問に思っているのに、

排除をやめることができないのです。

 

ぎこちない現状を生み出してしまわないために

原因・結果の良し悪しと善悪を

分けて考えてみましょう。

 

 

 

 

はい、ばけた。

 

 

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テーマトーク「あたまの中の整理整頓」の最終回は、得意な図式化を知ってイメージ力を高め方について。

 

1回目では、あたまの中の整理整頓の前に、整理整頓について

2回目では、とにかく「書く」こと「描く」ことについて

3回目では、思考を自由にして「片付けやすい考え」の生み出し方について

 

それぞれかいてきました。

 

ここまでで、あたまの中の整理整頓、少しはお役にたてているでしょうか。

こんこんキツネ塾でのさまざまな話は、何をすればいいいか、というハウツーではなく、どのように考えればいいか、という考え方や視点の持ち方について説明をしています。ハウツーをそのまま実践しても、人それぞれ目的も経験も違うのに同じ方法ではうまくいかないと思います。その人に最適な方法論を自分で見つけたり選んだりできるように、視点の持ち方を提案しています。

 

さて、今回が最後になりますが、思考というのは、そもそも整理整頓しにくいものなのです。例えば本棚は本を収納するのに適しているし、食器棚は食器を収納するのに適していますが、頭の中にある思いや考えというのは、仮想の情報であって明確な形がありませんから、それをどこに収納するかも仮想の情報によってつくらないといけないのです。どれもこれも、実際に整理整頓しようがないんです。

 

これを綺麗にまとめることができるのは「イメージ力」です。「考えたこと」「思い浮かんだこと」そのいろんな情報を、頭の中に図にしてまとめていくことができれば整理整頓ができますが、それには強くて確かなイメージ力が必要になります。どうすればイメージ力を身につけることができるのでしょうか。

 

あたまの中だけで「イメージ力」を身につけることも、できますが、なかなか根気がいります。それは目の前にある粘土のかたまりから、何も参考にせず、立派なお城のレプリカを作り出すようなものです。なかなかできることではありません。

 

そこれ、第二回で「書く」と「描く」をおすすめしましたが、同じように紙と鉛筆で「図式化する」ということをやってみてください。図式化には、二つの方法を同時に行うのがオススメです。

 

ひとつは「マインドマップ型」で、ある単語とある単語、ある物事とある物事を線で結びながら、その関係性を図式化していく方法です。

もうひとつは「ロジック型」で、優先順位や上下関係などを階層構造をブロックで並べたり積んだりする方法です。

 

 

これらの図式を書くといに、自分の手元を、自分の目で「録画」するように意識してください。自分の手によって「図が描かれていくプロセス」をあとから思い出してあたまの中で再生できるようにします。

 

図式化自体に、人によって得意不得意がでてくると思いますが、「マインドマップ型」か「ロジック型」のどちらかは、やりやすいと感じるのではないでしょうか。「マインドマップ型」はつながりや条件で、物事を「インターネット検索」のように捉えられる人に向いていると思います。「ロジック型は」くみたてや構造で物事を「建築」のように捉えられる人に向いていると思います。どちらがすぐれているということでもなく、それぞれの得意な方法を磨き、不得意な方法を訓練すれば、ふたつの視点から物事を見つめられるようになります。

 

思考が広がらないな、とおもったときは「マインドマップ型」で整理してみてください。思考がまとまらないな、とおもったときは「ロジック型」で整理してみてください。

 

そして、これらを紙とペンで描くときに、しっかりと「目で録画」を繰り返してください。すると、その作業をあたまの中のイメージだけで、行えるようになってきます。あたまの中で概念が繋がっていくイメージや、頭の中で建物がくみあがっていくようなイメージ。もちろん、最初からくっきりはっきりしている必要はありませんので、ぼんやり思い浮かべるだけで十分です。これを繰り返していくことで「あたまのなかだけで整理整頓」もできるようになってきます。

 

ただイメージ力がついてきても、実は思考はその日の体調や気分に、とても左右されやすいものなんです。あたまの中だけでどうにかしようとしないで、悩んでしまう前に紙とペンで現実の世界に「かく」ということを基本にしてください。

 

 

・整理整頓できない原因は、心配事や不安のようなもので、いくら悩んでも解決できないことに惑わされていないかどうか。

・そのために、いったん紙に書き出すこと、書くでも描くでも、得意な方で「かたち」にしてみる。

・片付かない思考をしないように、自分のあたまの中のルールをしばりすぎないように自由にしてみる。

・「マインドマップ型」と「ロジック型」得意な方でいいので紙に書いてみて、それを頭の中で再現できるようにする。

 

 

あたまのなかの整理整頓、それでは、うまくいきますように。

 

ありがとうございました。

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マナーが大切と言われるけれど、
マナーの大切さは、それを生み出した
モラルにあるんじゃないだろうか。

食事のマナー、電車のマナー、

ひと付き合いのマナー

社会にたくさんのマナーがあります。

 

それは人と人との

コミュニケーションのうえで

大切であり、

それを身につけていることが

常識的なこととされています。

 

それはやはり大切です。

マナーを欠いた行動というのは

誰かの気分を害したり

ルールを破ることで

公平性を保てなくなったり

そういう弊害があります。

 

しかし

「マナーを身につける」ことが

大切なのでしょうか。

 

マナーは、例えば

その場を楽しく過ごすためや

多くの人が快適に過ごすために

つくられているのだと思います。

 

それは手段とか様式です。

 

ではその「手段」や「様式」は

どこから生まれたのでしょう。

なぜつくられたのでしょう。

 

それは、お互いに

「楽しく」「快適」に

すごしたい。すごしてほしい、

そういう思いやりや

相手を気遣う気持ちが

元にあると思います。

 

それは「モラル」です。

 

こころにある

倫理観や道徳観をもとに

マナーという

「様式」ができた。

 

それなら、マナーではなく

モラルに目をむけたほうが

いいように思います。

 

気遣いや思いやりの気持ちがあれば、

マナーの「様式」にこだわらなくても

人はそれなりに失礼ではない行動を

とれるのではないかと思います。

 

むしろどれだけ
様式を綺麗にこなしても

心の中では相手を気遣う気持ちが

ないのだとしたら、それは

本当にマナーと言えるのでしょうか

そんなこと、相手にすぐ
伝わってしまうと思います。
人ってそんなものですから。

 

 

様式にとらわれすぎて

源流であるこころのあり方を

忘れてしまうことのないように。

 

 

 

 

 

はい、ばけた。

 

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テーマトーク「あたまの中の整理整頓」の3回目は、現実の整理整頓とは違う「思考のルール」に自由を与えてあげること。

 

1回目では、あたまの中の整理整頓の前に、整理整頓について

2回目では、とにかく「書く」こと「描く」ことについて

それぞれかいてきました。

 

今回は、ここで現実の整理整頓について考えてみます。

あなたの部屋の整理整頓、机のうえの整理整頓はどうですか?

 

できてない、、、と思った方には、ここで、大前提なんですが、「散らかっていて構わない」のです。散らかっている=片付けられない=良くないというのは、少し誤解です。なぜなら、いいこともあるからです。

 

確かに、散らかったデスクでは、必要なものはみつかりにくいと思いますが、その雑然とした状態は、実はアイデアも生まれやすいのです。すっきりと綺麗にかたづいた部屋にはすっきりとした、まとまった思考。様々なものが入り乱れている部屋では、さまざまなものが結びつきやすい思考が生まれます。

 

マナーや衛生面というような問題と、何を考えるか、何が生まれるかという問題は別です。その考えから「あたまのなか」というものに自由を与えてあげましょう。

 

制約のあるときは、制約をかけないといけないのですから、自由なときにはうんと自由にしてあげればいいはずです。自由にしていいときまで、あたまのなかに「ルール」をつくっていないでしょうか?本来あたまの中の利点というのは、このルールを無視して、いろんなものがどんどん自由につながっていくのが醍醐味ですから、あたまの中の情報を整理するのは、整理するそのときだけ意識すればいいんです。

 

それが自由にしていいときまでついつい、「かたづけなきゃいけない」という、自分でつくった考えの「ルール」にしばられてしまい

それによって、どんどん思考をひろげていく機会がうしなわれると、同時にイメージを広げていく機会も失われてしまい、自分が何を考えているのかわからなくなる、という状態に結びついていきます。

 

あたまの中が窮屈な状態で、これでいいのかな?大丈夫かな?と思いながら物事を考えていると、結果的に、はじめから「片付きにくい情報」を生み出してしまうことになります。それを片付けようとして、片付かないどうしよう、これでいいのかな?大丈夫かな?と無限ループのジレンマにはまりこんでしまうことになります。

 

整理整頓しなくてOK!というと元も子もないのですが、「かたづいてない=良くない」という思い込みが、余計に片付けられない原因になっているかもしれません。

 

 

 

今回はここまで。

 

現実の整理整頓では、片付いていない部屋をみて自分で自分にうんざりしたり、かたづけなきゃ叱られる、とおもってしまうことがありますが、あたまの中は、かたづいてなくてOK。一番初めの思考をクリアにすることで、「片付きやすい考え」を生み出しましょう。

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そこにある愛情は同じでも、

与える側と受け取る側では

感じ方は同じではありません。

 

 

誰にでも優しく親切な

「博愛」のひと。

みんなにわけへだてなく

愛情をもつことができる。

そんな人物は

とても魅力的で

素晴らしいですよね。

 

愛情を

平等に与えることが

できるわけです。

 

ところが、

「本当に平等」に

愛情をもったとき

 

愛情を受けている側の

ある特定の誰かは

「なぜ、みんなと同じなんだ」

と思うかもしれません。

 

 

それが、自分にとって

特別な人だとしたら、

特に。

 

 

愛情を与える側が

「博愛」すぎると

特別な人にさえも、

平等に与えます。

 

受け取る側は

たまったもんではありません。

なぜ「特別」なのに、

「平等」なのか、と。

 

それは、もはや

「薄情」な人です。

 

みんなにわけへだてなく

愛情を与える

「博愛の人」は

自分を特別に見てくれない

「薄情な人」だったのです。

 

 

みんなに優しい、

そんな人間像そのものを

愛することができるなら平等であることも

素晴らしいですが

 

価値というのは

やはり

特別であること

なのかもしれません。

 

 

 

 

 

はい、ばけた。

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テーマトーク「あたまの中の整理整頓」の第2回目は、とにかく、とりあえずかいてみることです。

頭の中の整理整頓 1回目で、あたまの中の整理整頓の前に、整理整頓してほしいことを書きました。

 

①「不安や心配で思考がまとまらず、何をどうしたいのかわからない」は、まだ漠然としすぎていて何もイメージできていない状態。

 

②「不安や心配で思考がまとまらず、何から手をつけていいかわからない」は、組み立て方や優先順位がわからない状態。

 

ということを話しました。

 

次は、はっきりと役に立つやり方を提示します。それは「書く」こと、「描く」ことなんです。絵が苦手な方は「書く」で十分ですし、言語化が苦手な方は「描く」ことだけで十分です。

 

そもそも、頭のなかだけで悩んでいる状態というのは、すべてが曖昧な記憶をたぐって結びつけているようなものです。臨場感も曖昧なら、事実も曖昧です。「夢を見ている状態」、と、そんなに変わらないというぐらいに考えてください。それは「夢を見て不安になっている」ことと同じようなものなんです。

 

それを紙などに「書く」「描く」という行為で現実にします。現実の「かたち」を与えてあげると、その文字や絵は、そこから勝手に変化したりはしません。あたまの中は違います、ずっと考えていないと忘れてしまった違う情報に影響を受けて変わってしまったりします。

 

「書く」「描く」ということは、あらためて自分の目で見て、読んで確認します。

また図にしたり、線で結んだりしてみれば、そこにある物事の関係性や、秩序などに気づくことがあります。

 

①の場合は、「そうか、自分の考えていたことはこれだったのか」と思うことがあるでしょう。

②の場合は、「そうか、これとこれはすぐできる、これはまだ様子をみよう」と思うことがあるでしょう。

 

あれだけ考えていたのに、書いてみたらたいしたことなかった。そんなことが、よくあるんです。だから、なんでも、かんでも、書いてみましょうとにかく、とりあえず、描いてみましょう。



今回はここまで。

 

前向きなとき、思考が広がっているときには頭で考えることがいいのですが、整理整頓が必要だなと思う時、不安があるときは、とにかく書いてみましょう。おもっているよりずっと効果があります。

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せっかく趣味を「しごと」にしたのに
しんどくなってしまうことがあります。
ずっと続けていられることって
本当はどんなことなんだろう。

やりたくないことが「しごと」だと

不満が多くなったり

きもちがしんどくなったりします。

 

また
初めはやりたかったことなのに

とりくみ続けている間に

だんだんと楽しくなくなって
やめてしまうこともあります。

 

おなじことの繰り返しだったり

学ぶことがなくなったり

そんなふうに感じだしたら

たぶん続けるのが
少しおっくうになってきます。

 

やらなきゃいけないことは

その時点でプレッシャーですから

すでに負荷がかかっていますけど
山登りのように

のりきることで見える景色が

素敵だと感じられたら

達成感があります。

 

「チャレンジ」は、あたらしい自分を

確認しながら進んでいきますから

新鮮なきもちで取り組めるのですが

同時に不安もあり、やはり

負荷がかかっています。

それは好奇心によって
進むエネルギーを
得ているのかもしれません。

これらはどちらも、負荷を上回る
推進力を得なければ前に進まないのです。

 

でも、自分が何気なく、

いつも気がついたらやっていること

ついついやってしまうこと

評価されなくてもやってしまうこと


そういった事というのは、

何気なくやっているくらいですから、

負荷を感じていません。

やってもやらなくても気にならないし、

たとえ周りから認められなくても
気にならないのです。

 

無意識的に体が動いているようなことは

それだけ、負担もなければ
気負いもないということですから

自分に「むいている」ことなんです。


ただ「負担も気負いもない」ことに

人は達成感を感じにくいのです。

当たり前にできてしまうので、

「こんなことなんて」というふうに

価値を低くみてしまうのです。

 

毎日、無理を感じずに
続けられることや

誰かに評価を求めずに
やり続けられること。

それは

「自分が、自分のために」やっています。

 

その時間や行動が、
自分にとっての

瞑想であったり、
癒しであったりするから

他のことを差し置いても
それをするんです。

栄養のようなものです。

 

自分のからだとこころがが
栄養として必要としていることを

しごとにできたら最高ですね。

 

そうすれば
自分が自分のためにできること。

癒されながら、
やり続けることができる。

 

常にエネルギー切れをおこさず

落ち着きながら、
ずっと続けられるのです。

 

 

それが、本質的な意味で
理想のしごと
ですね。

 

 

はい、ばけた。

 

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テーマトーク「あたまの中の整理整頓」の第1回目は、あたまの中の整理整頓をしようとする、その前に、整理整頓したほうがいいこと、について。

あたまの中の整理整頓をしなければ、と自分で思っているときにはいくつかの状況があると思いますが、こんな場合があります。

①不安や心配で思考がまとまらず、何をどうしたいのかわからない

②不安や心配で思考がまとまらず、何から手をつけていいかわからない

 

このふたつは、状況は「焦りや心配で思考がまとまらない」という似た状況なのですが、①のほうは、将来の夢とか、やりたいこととか、そういった方向性そのものを迷っている感じです。それに対して②のほうが、やることはある程度決まっていて方向性はあるけれど迷っている感じです。

 

この①と②の似て非なる状態を把握することが、まずは「あたまの中の整理整頓」にとりかかる前に、しておいたほうが良い「整理整頓」です。

 

①は方向性が見えていないので、やることもまだみつかりません。

ただ、方向性そのものを探しているわけですから、広い視野での悩みです。

 

この場合の「思考がまとまらない」は「イメージできない」と近い状態であり、

これから進む方向の景色が、まるで濃霧のようで先の想像がつかないために「不安や心配」を感じます。

 

②では方向性や、やるべき事はわかっているけれど、何からやればいいかわからない。優先順位がわからない状況ので、範囲としては絞られた視野での悩みです。

 

この場合の「思考がまとまらない」は「組み立てられない」と近い状態であり、

いまの条件をどのように組み合わせればうまくいくかが、「不安や心配」によって冷静に判断できないのです。


今回はここまで。

 

意識している空間の違いや、使っている言葉の違いにきづくことで、自分の思考にも変化が訪れます。自分のいま考えている事を、できるかぎり客観的に見つめて傍観者として理解してみましょう。

 

 

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