こんこんキツネ塾

視点を変えると、世界が変わる。

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人の人生は選択の連続。
世界はそうやってできている。

 

人がなにか表現するためには、

まず「表現しよう」と思う段階があり

次に「どう表現しよう」と

考える段階があります。

 

そこにいろんな方法があり、

「文字を書く」「絵図を描く」

「言葉を喋る」「音を発する」

「からだを動かす」など

そこから選んで、表現をします。

 

あまり意識せずに

表現していることもあります。

そういうときは「無意識」が

選んでいるということです。

 

このように

選んだり、表現したりすることで、

物事が決まったり

進んだりするということが

「創造」なんです。


誰しもが「表現」することで

「創造」しています。

 

パラレルワールドがあるなら、

選択肢から一つを選んだときに

 

選ばなかった未来があったり

違う選択肢を選んだ未来も

あるのかもしれません。

 

現代の科学では

それが存在するかはわかりませんが

少なくとも「今」この瞬間は

自分の選択によって

つくられた世界ということです。

 

今まで自分が決めてきた選択によって

世界が創造されてきたんです。

ちゃんと自分の意思で

自分の世界を創っているんですよ。

 

ぼくたちは、みんながクリエーター。

いろんな、ちいさなできごと

その、ひとつひとつを選択して

表現することで今を創造している。



「選ぶ」という行動は

あまりクリエイティブでは

ないようにおもわれがちですが

 

選択肢からなにかを「選ぶ」こと

伝えるための表現を「選ぶ」こと

 

この世界の創造の原点は

「選ぶ」ことから始まっている。

 

 

 

今この瞬間も

何かを選び続けているはずです。

それがあなたの創造する世界。

 

 

 

 

はい、ばけた。 

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誰かのために分け与える事は
素晴らしいことです。
でも、その誰かを心配させては

本末転倒…

 

他人のために何かしてあげる事は

すばらしいことです。


それは

物を分けてあげることであったり

時間を割く事であったり

元気を与える事だったりします。

 

それらは、なんであれ

自分の所有している

「物」「時間」「エネルギー」を

誰かに分け与えている事になります。

 

そういう

「何かしてあげたい」きもちが

巡り巡って人のきもちを

豊かにしていくのだと思います。

 

何かを分け与えた時には

「ありがとう」であったり

言葉にならなくても

その気持ちや態度というのは

わかるものです。

 

しかし、ときとして

「ごめんね。無理させて。」

と言われてしまう事があります。

 

自分に余裕があり

人に分け与えられるだけの

物や時間やエネルギーが

余っているのなら、

受け取る側も、安心して

気持ちよく、遠慮なく

感謝することができます。

 

しかし、自分に余裕がなく

分け与えることで

疲弊してしまうときには

自分はそれが平気であっても

受け取る側は

気をつかってしまいます。

 

すると「感謝」よりも

「心配」を感じてしまうんです。

 

 

分け与える側の心情というのは

気を使わずに、遠慮なく

気持ちよく受けとってほしいはず。

 

そのためにも

相手に心配をかけてしまうような

「分け与える」にならないよう

少しだけ自分にも

余裕をもってみましょう。

 

がんばりすぎない、無理しないことが

相手の安心でもありますよ。

 

 

 

 

はい、ばけた。

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「食べる」という出来事を、

大切で、楽しいものにしよう。

 

あれを食べれば体に良い。
あれを食べれば体に悪い。
「食」についての情報が

溢れかえっています。

 

テレビや雑誌で情報を見るたび
自分の食の知識が

正しいのか間違いなのか
どんどん不安になります。

 

それどころか、ついこの前まで
体に良いと言われていたものが
今度は体に悪いといわれたりして
ますますわけがわかりません。

 

大切なのは、
おいしいと思って食べる事です。

 

「おいしいジャンクフード」と
「疑わしい健康食」とだったら
どちらが体によいのでしょうか。

 

おいしいと思っていても
ジャンクフードばかり食べていては
体に良いとは思えません。

 

しかし

大丈夫なのだろうか、と
不安になって食べる健康食も
良い食事とは言えない気がします。

 

「食」には
「食材」という食べ物と
「食事」という出来事があります。

 

コックさんが
「この食材は大丈夫だろうか…」
「この調味料は大丈夫だろうか…」
そんな風に思いながらつくった料理を
あんまり食べたくはないでしょう。

 

食べている方も不安になるし、
なんだか店の雰囲気も

悪くなりそうです。

 

家庭でも同じ事なんです。
友達や家族で食事をすることは
楽しいできごとのはずです。

 

食事という出来事が楽しければ
食材のデメリットを

打ち消してくれるかもしれません。

 

逆に
不安が大きければ、
食材のメリットを

消してしまうかもしれません。

 

結局は「鵜呑みにしない」のが
一番なのかもしれませんね。

 

まずは、あなたが

楽しいと思う食事から。

 

 

 


はい、ばけた。

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鉱物



私たちが住んでいるこの街なみも

大自然の一部なんだ。




五行思想(ごぎょうしそう)という
中国古代の思想があります。

すべてのものは

「木」「火」「土」「金」「水」の

五つの元素からなるという

自然哲学の考えです。

「木(行)」は木の葉や花であり、
樹木の成長を司り、春を表します。

「火(行)」は炎のことであり
熱さを司り、夏を表します。

「土(行)」は土から芽がでることで、
育成や保護を司り、

「季節の変わり目」を表します。

「金(行)」は鉱物や金属のこと、
堅く確実であることを司り

「秋」を表します。

「水(行)」は、泉や水のことであり、
命の源、胎内や霊的なことを司り

「冬」を表します。

これらが相互に作用して

自然界のバランスをとり
五芒星の図「★マーク」によって
その循環を表しています。


この概念図と概念を知った時に
ふと思うことがありました。

「金」つまり、鉱物や金属が
火や水と同列に扱われることです。

水晶など天然石や原石をみたとき
私達は「自然」を意識しますが、
「鉄のかたまり」を見た時には
私達は「人工物」を意識します。

当然、金属などで組み立てられた

ビルや橋、鉄道や車などは
「人工物」としか思えません。

しかし、それは人間が

加工をしただけであって、
もともとは

「木」「火」「土」「水」と並ぶ
自然の循環のひとつなのです。



私たちは、

人間が技術加工を施した事によって
多くのパターン化した人工物を
「自然のものではない」と

捉えてしまいますが、
それはあくまでも

「自然を加工した」というだけです。


鉄骨でビルを建てるのも

山で木を切って家を建てるのも
鳥が藁をつかって巣をつくるのも、
なんら変わりはないのです。


いま、その視点で
目の前の街並みを

見つめてみてください。

実は、ビルだらけの大都会も、
岩や木にあふれたジャングルのような
大自然と同じなのかもしれませんね。




はい、ばけた。



▶︎五行思想について(Wikipedia)

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神戸は、今日は雨です。
雨は恵みを与えてくれます。雨は何かを洗い流してくれます。
 
雨の日にぼーっとしていると、アンニュイな気分になりますけど、そのときに、あまり嬉しくはない事など、ただ淡々と、いろんな出来事を思い出したりしますね。
 
淡々と思いだすときは、素直に何かと向き合っている時です。瞑想と同じような感じです。だからきっと、その出来事たちは、雨という水によって、禊を受けて流れていくのですね。
 
「雨が何かを洗い流してくれる」という詩的な、文章的な表現である以前に、僕たちのこころがそう感じとっているのでしょう。僕たちのつかう言葉やそこからうまれる概念は、僕たちが普段意識している以上にちからをもっています。そして、それは暮らしに影響しています。
 
暮らしがずっと積み重なったら人生になります。だから、僕たちの言葉が人生をつくります。僕たちは自分が発した言葉で幸せにもなれるし不幸せにもなれます。言葉のもっている意味が世界を創造していくんです。
 
言葉を使う僕たちは創造者です。ぼくたちは、自分で創り出した世界に毎日、一喜一憂し、悩んでいる創造者なんですよ。
たくさんの言葉がたくさんの創造を成していきます。言葉を「知る」ことで創造の選択肢は広がります。つまり、人生が広がります。
 
知った言葉を「見つける」ことで創造はより楽しくなります。つまり、人生に発見があります。
見つけた言葉を「考える」ことで創造の意味がわかります。つまり、人生の意味がわかります。自分が、何なのかがわかります。
 
そんなこと、本当は知っているのにすぐに忘れてしまうんです。
だって人間だから。ぼくら神さまじゃないから。
 
でも、できたら忘れないほうが健やかでいられると思うので
もっとたくさん、知ろう。
もっとたくさん、見つけよう。
もっとたくさん、考えよう。
 
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たべたいはどこから

「食べたい!」と感じたときに
本当にからだに必要なのかどうかを、
あまり意識せずに
食べてしまうことがあります。

お腹減ったな~
疲れたな~というときは
栄養素やエネルギーが
不足しているのでしょう。
それは「からだからの食べたい」
というメッセージです。

でも、アイスクリーム屋さんを見たり
お団子屋さんを見たりしたときに
「食べたい!」と感じるのは
栄養が足りないのじゃありません。

それは
「価値」とか「ゆたかさ」を
手にいれたくて
「食べたい!」と思っている。
こっちは
「あたま(脳)からの食べたい」
というメッセージです。

ライオンが狩りをするときに
目の前に二頭の牛がいます。
一匹は普通の牛。もう一匹は松坂牛。
ライオンはどちらを選ぶでしょう??

ライオンはたぶん
無作為に選んでしまいます。
シンプルに自分から近い牛を
選ぶかもしれません。

それは、「松坂牛」に
価値があるとは知らないから
「からだからの食べたい」に
正直でいられるんです。

僕たちは、同じお金で食べるのなら
おいしいお肉を食べたいと思います。
お腹がいっぱいでも、
おいしいお菓子があれば
食べたいと思います。

積み重なるとどうなるでしょう。
それが「生活習慣病」になります。

ということは、
「生活習慣病」の原因は
生活習慣が良くないというよりも、
価値の高いものを食べる事で
得られる豊かさとか幸福感に、
体がマヒしてしまっていることです。

でも、たぶん僕たちは
アイスクリームをやめられないし
おいしいお肉もやめられない。

それはそれでいいと思うんです。
そのかわりに、

あたまが働かないから、
糖分塩分をとろうとか
お肌があれているから、
ビタミンをとろうとか
たべすぎて胃腸がしんどいから
食事を減らそうとか

「からだからの食べたい」を
少し、大切にしてあげてください。




はい、ばけた。

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物語の体験

小説や、ドラマ、映画などの

物語を見るときに、
最初から自分の意見を挟む人は

そこから学ぶことができないのです。

自分の意見というのは

自分のプライドだったり
自分の経験だったりするので

つい口を出したくなってしまいます。

でも「学び」とは、
「受け入れること」にあるんです。


物語がもっているメッセージや、
作者の言いたいことから学ぶこと。

物語をみて

なにか理解できたと感じるときは、
主人公や作者の立場になってみて
なるほど、と思うときです。

それを自分におきかえて

自分の糧にできたときに
学んだことになります。

主人公に感情移入したときに
悲しいできごとがあれば、泣けるし
嬉しいできごとがあれば、笑える。
それが本当の感情移入で

物語を受け入れている状態です。


そこに

「こんなのおかしい」とか

「あるわけないよね」と思うのは

自分の経験やプライドを

挟み込んでしまっているんです。



学びは、受け入れること。


物語とは

主人公の価値観そのものであり、
主人公の人生を

疑似体験するためのものです。
そのもの物語を全肯定できなければ、
疑似体験もできないし

物語がなぜそうなったか、

主人公はなぜそう考えたかなど

深い共感ができません。




自分の意見をはさんだ分だけ

学びが減ってしまいます。

物語の10に対して

自分6をもちこんだら
学びは4です

物語の10に対して

自分の12をもちこんだら、
物語に2をおしつけることになる。

学びは-2です。2の批判です。

「物語」を信用すること。
自分の経験や価値観を

いったんよこに置けること。

主人公になりきって
視点や価値観を楽しむこと

そうすることで

いろんな人になりきって
考えるちからが身につくんです。

物語を読んだり見聞きすることは、
違う視点、価値観、

人生観のストック。


物語を素直に受け入れて、
ストックを増やし、

豊かな人生観を持ちましょう。




はい、ばけた。

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時間

私たちは時間という制約の中にいます。

しかしその制約をつくっているのは

私たち自身でもあるんです。


没頭したり、ぼーっとしたり

時間を忘れると癒されるのに


時間を区切って計画をたてないと

ついついさぼってしまいます。


時間を確認するとき

時計の針が進んだ分だけ

時間がたっているはずなのですが

本来それは、針が進んだ角度を

確認しているわけなんです。


そしてその動きも

天体の運動が元になっています。


1日,1月,1年と繰り返される

星の周期的な動きを基準にして

それを使いやすく区切ったものを

「時間」と呼んでいるんです。


「時間」は私たちのつくった

概念であり、道具なんです。



すると、

時間という道具を生み出した私たち、

道具のために人生を、日々を

ふりまわされては元も子もないですよ。


時間は、あなたのものなのに。



 

 

 

はい、ばけた。


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くくる


サンマとイルカはともだち?
サンマとタコはともだち?
サンマとウニはともだち?

イルカとタコとウニはともだち?

みんな海にいるので、ともだちです。

より詳しく物事を知るために
名前をつけて「わける」ことで
その生態を研究しようとします。

でもそれが「先入観」になると
その概念が決定しすぎてしまい、
そこから動けなくなってしまいます。

イルカとタコとウニは
生態はぜんぜん違いますが
大前提としては海の中にいます。

「海」というキーワードで
「くくる」ことができます。

正確に具体的に物事を見るための
「わける」視点と
広く抽象的に物事を見るための
「くくる」視点とは
同時にもっていることが大切なんです。

あまりに、細かく物質的に分けすぎると、
そのものだけでしかみれなくなる。
すべてのことが違う違うと見えてしまい
余裕がなくなってしまうことにもなります。

抽象的な感覚で物事をみることは、
キーワード検索のようなものですね。
物事の壁を横断できるのです。

「わける」視点、「くくる」視点、
ふたつの視点で同時に見たときに
世界はもっともっとやわらかく
見えてくるのではないでしょうか。
 
 
 
 
はい、ばけた。
 
 

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座標


座標というものがあります。
何かの位置をあらわすものです。

国の位置、建物の位置、
最近はグーグルマップなど
GPSが発達しており、
地球上で僕がいる位置が
正確にわかります。

この世界中に人間が溢れていても
きちんと僕たちには
個別の位置情報があります。

近い点に家族がいて、友達がいて、
遠くに行くにつれて無数の人が座標上にいます。
近い座標にいたとしても
細かく細かくみていけば、
誰1人その点がかぶることはないんです。

違う座標の上にたっているのですから、
同じ視点をもっているひともいません。


それが「あなた」なんです。
あなたの座標の位置からは
あなたの視点でしか
景色を見ることができません。

だれひとり、
それをとりかえることはできないんです。
その視点は、あなただけのものです。

「あなた」や「わたし」は
その座標に立っていることで、
違う視点をもつ存在として
証明されています。

あなたの視点の代わりは、
あなたの見たのと同じ景色は
誰もみることができない。

それが、あなたがあなたである
証拠なんです。
 
 
 
 
はい、ばけた。
 
 
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