kitotan~音の細道

~耳を澄ませば音の細道~
徒然にモノ書き&ピアノ弾き


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早いもので昭和が終わってもう27年になる。きょうはその「昭和の日」。

今では年の表記は西暦を使うのが当たり前になって、そのぶん元号がすっかり隅に追いやられるようになったが、それでも時代を俯瞰してみるときに「昭和」で括って眺めてみる意味は今も失われていない。いや、遠ざかっていくからこそ必要になってきているような気もする。というのも、その「昭和」の中心にあったのは何と言っても「戦争」だったからだ。

…………………………

敗戦から70年、戦争をはっきり記憶に残している世代は今ではもう70代後半から上に限られる。ということは、既にこの国の大多数が戦争を知らないことになる。さらにもうあと10年もすれば、ほぼ全員がそうなるのだろう。

その戦争体験者、とりわけ出征して苛酷な戦場を体験した人たちは多くを語りたがらない。実際、語らぬまま多くの人が既に亡くなっている。戦争に限らず、人は本当のどん底は語れなくなる。

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父はといえば、徴兵で浜松に召集されて満州(吉林省敦花)に渡ったが、自分が小さいころあぐらの上におっちゃんこさせて、それでも少し戦争の話を聞かせた。まだ3つ4つだったと思うが、きょとんとしながらもおそらく一生懸命に想像をめぐらしたのだろう、不思議なもので今でも鮮明に憶えている。

極寒の野営、見張り番の恐怖、負傷した足の傷、敗戦引揚げ時の暗闇貨車、鴨緑江を越えるときの恐怖、…….。しかし、いま思えばそれもほんの一部、まだ問題のないところだけを選びとって話していたのだと思う。

本当の痛いところはやはり語らぬまま逝ってしまった。とても言い出せるものではなかったのだろう。


…………………………

ふとしたことで、こうした戦場に送り込まれた元兵士の体験談を集めて公開しているサイトを見つけた。もう孫といってもいいような若い世代が聴き取りをしてまわり、後世に伝えようと収集保存しているらしい。

存命の方々は今ではもうみんな90を越えている。やはり貝になったままの人が圧倒的に多いのだろうが、それでも話してくれる人を探し出しては全国各地に飛んで記録にとどめているという。名もなき庶民の声を聞き取ること、ボランティアに徹すること、党利党派の政治色を排すること、……「無名・無償・無色」を基本原則とする地道な活動には本当に頭が下がる。

…………………………

それにしても、黙して語らず胸の内におさめて墓場まで持っていくのか、それとも、ぎりぎりと自ら古傷をこじ開けてでも語ることを務めとするのか、本当に悩ましい問題なのだろう。少なくともこちらからお前はどっちなんだと容赦なく迫っていくようなことはできない。語ることなく逝ってしまった人たちにせよ、それはおそらく最後まで迷い続けた結果のような気がするからだ。

苦しい胸の内、そのどちらにしても次世代のことを慮っての選択であることに変わりはないのだから、そうである以上はそれぞれが決めることにしかならない。その辺はやはり個人に委ねるしかなく、それに対して軽々に白黒をつけたりすることなどできないのだろう。この会も、手を挙げてくれた方々のところへだけ出向いている。

◾戦場体験放映保存の会

◾戦場体験史料館・電子版

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