毎月、古書目録を発行している。それは飯の種で、店売りだけでもネットだけでも食えない。なんでもやって掻き集めてそれで食っている。
 その中の柱が平成元年からこつこつと出してきた古書目録で、最初は季刊で発行していたが、そのうち隔月になり、いまは月刊だ。それで181号まできた。来年は200号まで行く。古本屋のほうも創業30年になる年なので、何かいまから企画を立てておかないと。

 その古書目録が怖い。本好きの方は、本の注文をされると、当然、自分に送られてくるものと思っている。一冊の本に欲しい方が10人というときもある。こちらで間違って安く付けた値段に珍しい本であれば、お客さんのほうがよく知っていて、注文が殺到する。それで前から抽選にしている。ダブりがあれば、トランプの札を選ぶようにハガキやファックス、メールの注文書を目を瞑って引いてもらう。レオタード姿の女神の女の子に引いてもらい、警察官立ち合いの元に、厳正にやっている。時には自衛隊に護衛されて。
 それでも、どうも高齢化が進み、お客さんも後期も後期の高齢者になると、抽選の意味が解らなくなる。
ーところで、わしの頼んだ本だが、まだありますかな。
ーはい、どなたにも送っておりません。三日後が抽選ですので。
ーそうか、で、いつ送ってくれるのかな。
ーだから、他にご注文がなければお送りしますが、重複すれば抽選になります。
 と、何度説明してもよく解らない。
 他に怖いお客さんは、高圧的で、当然、自分に送ってくるものと確信している言い方。-必ず全部送ってくださいよ。
 そのとき、電話で解りましたと言えば、後で大変なことになる。
ーあのとき、解った送ると言ったではないか。
ーそれは、電話の内容を一応は受けたということでして……
 と、言い訳してもトラブルになる。それで、みんなには、「解りました」とは絶対に言わないようにしようと申し渡した。「努力してみます」という言い方に変えた。努力したんですが、落選しましたはいい。まるで、わたしはあなたに投票したのですが、寸差で負けましたというような感じか。
 これが、古書マニアの方には、どうしても許せない。あの本は三年も探していたのだ。あれほど頼んだのに。と、もう古書目録は送らなくていいと、へそを曲げたり、手紙でクドクドと恨みつらみを書いて送ってきたり、三か月ぐらいは、ストライキでもしたかのように、注文が途切れて、無言の抗議をしていたりと、困ったことだ。
 そのうち、生涯かけて探していた本が他人に送ってと、わたしの死体が青森市を流れる堤川に浮かぶこともあるかもしれない。それはサスペンスで、『古書目録殺人事件』。誰かそういう推理小説を書いてくれないかな。

 無論、抽選をよく知っているお客さんのほうが多い。25年もやっているから、最初からのお客さんもいる。新年では、今年の運だめしだと、当たるか当たらないかをまるで御神籤のように書いてくる方もいるし、外れがあれば、郵便振替用紙のコメント欄に、
「28冊頼んで17冊しか送ってこないのは、当選率が60.714%だ。すごい、そんなに人気のある古本屋なんだ。たいしたものだ」と、皮肉を書いてくる方もいて、苦笑する。そこまで計算してくるとは、よほど悔しかったのだ。
 
 うちのような地方の小さな古本屋の手作りの古書目録でも随分と楽しみにしているファンの方がいる。ありがたいことだ。予定の発行が少しでも遅れたら、あちこちから、どうした、まだ届いていないと、電話が来る。この前は、あまりに楽しみにされていて、二日遅れてお送りしたら、電話が来て、寂しそうにこう言った。
ー今日も、窓から外を見ていたら、郵便配達の人が二度もうちの前を通り過ぎて行ったんです。
 笑ってはいけないが、なんとも可愛い大学教授の姿が目に浮かんだ。その方は毎回、どっさりと注文してくる上客の方だ。
 うちの遠縁で、北海道に嫁いだ姉の姑さんの実家の親戚だが、昔から目録のお客さんであった。まさか、その方が縁者だとは知らなかった。法事で来られたその方と話していたら、青森の古本屋に毎度目録で本を注文しているというと、姉は、それはうちの弟の店ですと言うことになった。すると、その身内の方から姉に、
「弟さんになんとかお願いして、本を当ててやってくれませんか。おじいちゃん、送ってくるまで、そわそわして家の中を歩き回るの」
 そこまで言われて、唖然とする。宝くじで三億円ではない。たった一冊の本なのに、そこまで楽しみにされているとは。それはこっちも嬉しいが、外れたときは、どうなるか、身の危険も感じてしまう。殺されても仕方がない。
 ハガキで、三度目の正直と書いたのに、同じ本を三度も外したと、これは背筋がぞっとする。誰が、どの本を探していても、抽選なので、本文は見ていない。後で抽選箱から出したときに初めて目にする。「前回も、三年前も、欲しいと書いたのに外して、今度は必ず当ててくださいよ」と、必ずの下に太い波線が書かれ、しかも、そこの文字は太字。それが、三度目も外れた。これは大変なことになるぞ。わたしは、古本屋の店から外に出るときに、誰かに狙われていないかどうか、周囲を確認するように、顔をできるだけ伏せて、そそくさと出かけるようにしている。

 全部送ってこないと、金を払わないと手紙も来た。脅迫状だ。わがままな方もいるが、全然当たらないと怒って目録を見ないで捨てている方もいるとか。だいたい、集中する本は決まっている。たまたま出た一冊だ。そうではない本については、抽選が終わって半月してから注文のハガキが来て、全部残っていたという人もいる。そんなに人気ある古本屋なのに、どうして食えないのだ。いや、人気のあるのはごく一部の本にであって、そんな本がいっぱいあったら、苦労はしないのだ。嫁一人に婿十人の本がもっと入らないかな。それはそれで、また命の保障ができないほど、あちこちから脅迫電話が来るのだ。嬉しいが、怖い。