第9話 被り物

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 どんなものにも正しい使い方がある。粗暴に扱ったり、無理を強いれば、寿命は縮まる。それは機械だけではない。人間だって同じだろう。だが、応用はすべきである。相手や状況に合わせて、柔軟に変化させること…。俺は柔らかな着想を体現できる人間でありたい。

 

 ある日の午後である。小学生の男の子が自動販売機の下を覗き込んでいた。お金でも落としたのだろうか。

「どうしたの?」

「ジュースを買おうと思ったら、手が滑って100円玉を落としちゃったんです」

 

 

「どれどれ、ちょっと箒(ほうき)を突っ込んでみるね」

俺は床に膝をつけ、箒を自動販売機の下に入れて引いてみた。だが、何度やっても100円玉は出て来ない。

「落とした僕が悪いんでいいですよ」

「そっか…、力になれなくてごめんな…」

諦めてその場を離れようとしたその時である。券売機室(切符売り場の内側)の清掃を終えた婆さんが歩いてきた。

 

 

「会長、お疲れ様です」

「券売機室の掃除機掛け、終わったわよ。そんな所に跪(ひざまず)いてどうしたの?」

「いや、この少年がですね、自動販売機の下にお金を落としてしまったようで…。箒を差してみたんですけど、取れないんですよ」

「掃除機で吸えばいいじゃないの」

「いっ、いや…、ゴミパックの中から取り出すのは大変ですよ」

「違うわ! ちょっと待ってなさい。掃除機はここに置いていくわね」

婆さんは曲がった腰を更に曲げて詰所に入っていった。何か閃いたのだろうか。少し待っていると、にやけた顔をしながら俺に近付いてきた。

「ほらっ、これを使うのよ」

婆さんはポケットから丸まった布きれを取り出し、俺に差し出した。何だか生暖かい…。

「なっ、何ですか、これ?」

「アタシのストッキングよ」

「おぇ…」

「きぇぇぇぇい! おえって何よ!」

「いっ、いや…、だって会長の脱ぎたてのストッキングなんて触りたくないですよ」

「それはアタシがババアだからでしょ! 妹子さん…、いや、あんたの奥さんのストッキングだったらどうなのよ?」

 

 

「それは被りたいかも…」

「あんた変態ね。坊や、こういう男になっちゃダメよ!」

「…お婆ちゃんたち、お笑い芸人みたいだね」

「アタシは芸人じゃなくて宝塚よ。知ってる?」

「……………」

「会長…、少年も困ってますから、ストッキングの使い方を教えて下さい」

「元はと言えば、あんたが悪いのよ」

「そっ、そうですね。すみません…」

「まぁいいわ! ほらっ、頭(ヘッド部分)を外してストッキングを先っちょに付けるのよ」

 

 

「なっ、なるほど! これなら吸い込まないで、先端にくっつきますね」

「引き出しの中を掃除する時にも使えるわよ。頭(ヘッド部分)にそのまま付ければ、布団やカーテンの掃除にも使えるし、床に落としたコンパクトレンズを探すのにも役立つわ」

 

 

「会長…、コンパクトじゃなくてコンタクトです」

「意味が分かれば、どっちでもいいのよ! ほらっ、そこのコンセントに挿してやってみなさい」

ギュイイイーン!

「かっ、会長、いきなりスイッチを入れないで下さいよ。ビックリするじゃないですか!」

「ちょっとイタズラしたのよ、ガハハハハ」

俺はノズルを自動販売機の下に入れ、左右にゆっくりと動かした。すぐにモーター音が変わったので、埃が張り付いたのだろう。俺はノズルを出して埃を除去し、再び差し込んだ。何度か繰り返していると、100円玉張り付いてきた。

「わぁ! お婆ちゃんたち、ありがとう!」

「いいのよ、いいのよ! 長いこと待たせちゃったから、ジュースはアタシが買ってあげるわ」

「あっ、ありがとうございます!」

「会長…、俺もちょっと喉が渇きました。シナビタンBをお願いします!」

 

 

「何であんたに買ってあげなきゃいけないのよ? 逆よ、逆っ!」

「はっ、はぃぃぃぃ!」

 

 物は、そして心は使い様である。その上手な使い方を応用というのだろう。俺はまだまだ頭が固い。婆さんのような柔らかな頭を養っていきたい。

 

 

 

 

 

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