普通の暮らし23

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真子は自主避難であったため、住居は災害避難ということで福島県から家賃分の補助を受け、借り上げ住宅に入っていた。


真子が住んでいたいわき市は、原発事故の避難区域ではなかったので、国や東電による生活保障はなかった。

 自分で選んだ自主避難生活だったが、金銭的にはやはり想像した以上に厳しく、以前のような余裕は全くなくなってしまった。


だからお話会の会場で会う関東からの自主避難者達は借り上げ住宅の補助もないし、自主避難する覚悟も、怒りも相当だったろうと想像した。

 

真子は、今日のお話会で、自分と同じ境遇である自主避難者と会えることが少し嬉しかった。

 

 

なぜなら、真子が支援を受けた支援団体に支援を受けた方の多くは、放射能からの自主避難ではなく、


主に津波災害による避難だったからだ。

 

 

原発近くに住んでいた方もいたが、

 

真子のような自主避難ではなく、

 

家族全員で避難し、
生活の保障もそれなりにあって、私とは全く境遇が違っていた。


生活再生に向けて一年以上頑張った人たちだったから、避難生活をし始めたばかりの真子とは違って、すっかり日常を取り戻していた。

 

話してみると、みんなそれぞれに大変な思いをして、避難生活を余儀なくされたようだったが、

 

家を災害や原発事故で奪われても、家族の絆は壊れていなくて、

 

家族一丸、未来に向かって再生しよう、過去は振り返らないという意思を強く感じた。

 

津波で家を流された人は、 

真子のような国や東電への怒りというより、自然災害への怒りだったと思う。だから、話していて、何となく何か違うと感じた。

 


みんな平気で魚を食べれるようだったし、産地も気にしていなかった。

 

 

一方、支援団体主催の集会で、放射能の危険性の話は、厳禁だった。

 

ひなん者同士の交流は、手芸をしたり、お茶を飲んだり、のんびりしたもので、

 

原発事故で避難してきていた家族以外、放射能汚染の危険性を考えていない人が大部分だった。

 


何となく原発事故の話は出来ない雰囲気があったし、

 

 

「放射能ガレキの受け入れの話はしないでください」と、
主催者側からはっきり言われた。

 


まあ、いろんな人がいるし、仕方ない・・・
避難者の中には、原発関係の仕事をしてる人もいたし・・・

 


そういえば浅田さん、放射能ガレキの受け入れ反対に協力してくれるって言っていたのに、


あれから全く連絡が来ないなあ・・・

 

 

市長と話してくれたかなあ・・・・・

 

 

そんなことを考えながら、

 

 

 

真子は午前中のバイトを終え、

ひなん者お話会の会場に向かった。

 

お話会の小さな会場は50人以上集まっていた。


真子は自分が経験したことを話すだけだったので、原稿の用意も、練習もしなかった。


少し早く着いたので、他の話し手の話を聞いていると、なんか自分が見たのと違っていた。(みんな原稿をちゃんと持って話していた。)

 

 

なんというか、カナリア体質っていうの?

放射能の影響も、なんかみんな重症で、真子には「そんな症状が直ぐに・・そんな直ぐにガンって・・」って、少し信じがたかったんだ。


それこそ、話し手はネットの中で真っ先に叩かれそうなことを話していた。(いわきで言ったら袋叩きだ)


へえ~現実だったんだなあ・・・・

 

 

原発からたった40kmのいわきでも感じなかったことを300km以上離れた人が感じていたし、症状が出ていた。

 

 


真子自身も金属アレルギーだったから、症状は人それぞれってのは理解できたのだが、

 

それにしても、みんなが訴えている症状は酷かった。

 


真子は自分自身や子どもの鼻血と自分や周りの人の心臓の痛み、喘息が悪化した人が多かったこと。

 

 

自分が体験した症状はそんなもんだった。

 


症状としては、そんなもんでも、やはり危機感を持ったから自主避難したのだが、

 

他の話し手がお話会で話している内容は、とてもまとまっていて、ベテラン講師みたいだったし、一本のドラマを見ているようだった。

 

 


真子は、これから話すことを考えると、少し気おくれした。

 


でも・・・ね、話を盛ることはできないしなあ・・・

 

話し下手だし・・・

 

「まあ、いいや、見たこと話そう。」

 

 

 

前の話し手が終わり、

 

真子の番になった。

 

 

 

真子は自分が見たことを淡々と話した。

 

 

 

他の人が経験したような派手な出来事は一切なかったが、

 

放射能汚染を気にすることができなかったことや、子どもがいじめられたこと、


夫に避難を許してもらえなかったから、離婚同然で北九州に来たこと。


放射能を気にする市民団体が、

実は気にする人HPで集めては、会員の掲示板の方で


「放射能汚染はそれほど深刻でない」


「汚染と共存しよう」

 

「私たちは原発に反対する団体ではない」

 

「放射能汚染が気になるなら自分で除染しよう」

 

 

「選定した木を測定したら20000bq/kgあったけど、このぐらいの汚染は大丈夫だ」


という書き込みばかりで、

 

放射能汚染の危険性や保養、移住情報を書き込む人を徹底的に叩くような輩が会を牛耳っていたことを話した。

 


真子がいわきで経験し信じられないと思ったことは、やはり九州の人も信じられなかったようで、


話が終わった後、

グループトークで、真子はたくさん質問を受けた。

 

真子と同じ福島からの自主避難者は、もう一人いたが、話を聞くと原発が爆発する前に避難したらしい。

 

原発の危険性を知っていたから、爆発前に福島を出たのか、

 

何か情報をもらって出たのかは知らないが、

 


ヨウ素入りの水を大量に子ども達に飲ませてしまった真子は、

単純に「いいなあー」って思ってしまった。

 


あの情報が少ない中、ヨウ素入りの水を飲ませなかったお母さんって、やっぱりすごい。

 

そんなこんなで、ひなん者お話会は延べ100人越えの大盛況。

 

 

参加者にメールアドレスを登録してもらうメーリングリストをつくった。

 


たった二週間前、

 

4人しかいなかった反対運動は、嘘のように大きなネットワークになった。

 

 

そのお話し会の開催中、

 

関東からの自主避難者外山さんから、主宰の黒川はひなん者お話会の開催に反対だったことを聞いた。

 

 


「なんで?」

 

「なんかね、反対されたー」

 

「ふーん、黒川さん(会場に)いるの?」

 

「うん、さっきウロウロ廊下歩いてた。」


「なんか、今日もやるきなくてさー、

 

全く手伝ってくれなかったんだよ」

 

 

真子は、単純に地元民の黒川が中心でない

 

避難者のお話会だから、

 

 

イワユル縄張り争い、女子特有の感情なのかなって思った。

 

 

だって、黒川さんはガレキを反対してるんだから、止めるためになることを本気で反対するわけないって。そう単純に思っていた。

 


でも、お話会に人が集まるようになってからの黒川は明らかに挙動不審だった。

 


会っても真子の目は見ないし、

反対運動のミーティングだと言って真子を呼び出したのに、

 

黒川は

 

「真子さん、早く北九州から出たほうがいい」


「とっくに産廃では放射能に汚染されたもの処理してリサイクルしてるんだから、清掃工場で焼却するガレキの方が余程安全」

 

「とにかく、北九州はヤクザが多いし、産廃に首突っ込むと必ずヤクザが出てくるし、早くここから出て行った方がいい」


「危ないんですよここは。ガレキよりヤバいものたくさん燃やしてるし、早く出て行った方がいい」

 

と、こんな風に、真子を説得した。

 

 


北九州への移住で既に100万円以上使ってしまい、

移住からまだ3か月しか経っていない真子に、
今すぐ次の移住をする経済的余裕も気力もなかった。

 


真子が

 

「だから、このガレキ受け入れを止めるために頑張ろう!」

と言っても、

 

 

「もう、受け入れは決まってるから」


と黒川は言った。

 

「じゃ、なんで黒川さんは反対運動してるんですか?」


と聞くと、


「私は別に反対でもないんです」

って答えたんだ。

 


・・・・・・・・・・・はっ???

 

はッ???

 

「なんだこいつ!」って真子は頭の中で叫んでいた。

 


黒川は最後に「警告はしたからね」って言って帰った。

 

黒川の旦那は東芝♪~変な曲で変な歌詞だったが、こんな即興曲が頭の中でグルグル鳴った。

 

 

 

 

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