昨年、桃介橋を訪れた探検隊は、寒風吹きすさぶ中、橋の中央から河川敷にある公園に降り、ぶるぶる震えていた。そして、この橋が、ただの古臭い橋ではなく、実は日本の近代化に貢献した橋であったことを知り、感銘を受けていた。
【過去ログ】
桃介橋 ~電力王の名を残す日本有数の木製吊り橋~
あれから一年。
もう桃介橋のことはわかったつもりでいたけれど、橋の向こう岸がどうなっているのかまでは確認しなかったなぁ。
「それって必要?」
だって、橋なのに、国道19号より遥か上を通っている。
普通に考えれば、川を渡すなら、川の側道に渡すじゃないか。
そこで、我々は、改めて橋を渡りきることにした。
橋の上から対岸を見ると、集落の中に伸びていることがわかる。
<橋上から対岸を見る>
橋は、今でもちゃーんと対岸につながっていた。
そして、集落の一段高いところには中央西線が通っている。
桃介橋の役割は、読書発電所の建設資材の運搬!そして、橋にはトロッコの線路の跡がある!
そう。
この橋は、川西と中央西線を結んでいたからこの高さなのだ。(普通はわかるw)
当時のレールがどこでつながっていたかはわからないが、現在の桃介橋は、駅前のメインストリートとほぼ同じ高さであり、渡りきると、街中に出ることができる。
蛇抜沢という沢筋に出るが、そこには古びた割烹があった。
何の飾り気もない街並みを散策するのもなかなかいいものだ。
むしろ、電車で来て、南木曽駅側から桃介橋を渡ったらのんびりできるだろう。(momo)
<福澤桃介の肖像画>
古びた割烹の前で、我々は不思議な肖像画に出会った。
「福沢桃介」とある。
えーっ?
電力王というより、ちょっとさえない学校の先生か銀行員みたい。(失礼である。)
本当にこういう顔をしているの?
困ったときのウィキペディア…
ウィキペディア 福澤桃介
肖像画のパーツパーツはウィキペディアの写真と似ているのだが、写真の方は欧米人のような格好良さがあるのに対し、肖像画の方はやっぱり学校の先生みたいだな。
日本全国の学校の先生、ごめんなさい。
桃介を語るなら、是非、桃介橋で桃介に会いましょう!