唐沢の滝、清滝、新滝、「ひだみ」、御嶽神社里宮の水、和水、砂小屋の冷水(美顔水)と探検し、予想以上の成果を得て、心地よい疲れを感じながら帰途に就いた一行でしたが、気がかりがありました。


 渓谷に沿って点在する景勝地にはそれぞれ看板が設置されているのですが、日暮れが迫り、先を急ぐ一行は、それらを車中からの確認にとどめ、一路目的地である砂小屋の冷水に向かいました。「千畳岩」「雨現の滝」「狸ヶ淵」「犬帰りの淵」「樽ヶ沢の滝」「六段の滝」「熊ヶ淵」「牛ヶ淵」「吉報の滝」という看板の文字が次々と通り過ぎ、名水探検の志高い面々にとっては、正に後ろ髪引かれる思いです。

 砂小屋での探検を終え、「吉報の滝」を過ぎ、阿寺渓谷随一と言われる深さの「牛ヶ淵」にさしかかったころ、遂に我慢ならず、いつしか車を止めて探検に向かう隊員たちの姿がありました。

 そこで、一行の目に入ってきたのは、清らかな水を満々と湛え、どこまでも碧く澄んだ水がめの姿。エメラルドグリーンというよりも、サファイアブルーといった方が似つかわしく、じっと見ていると何か魔物にでも引き込まれそうな、不思議な光を水面に宿しています。淵の青さに木々の紅葉が映え、絶妙なコントラストを醸し出していました。
木曽路名水探検隊のブログ-牛ヶ淵

 ところで、どうして「牛ヶ淵」という名前が付いたのでしょうか。木曽には各地に「お姫様伝説」が残っています。「日義八景」の1つ「巴が淵」には竜神が巴御前に化身した話、上松町の「隠れ滝」には討手に追い詰められたお姫様が滝に身を投げた伝説、山々が茜色に染まる夕暮れ時になると、淵の底に身を投げたお姫様の姿が見えるという言い伝えの残る「姫淵」など。



 そこで、隊員たちの脳裏に浮かんだのは、さてはこの「牛ヶ淵」。その昔、平家のさる高貴なが討手に追い詰められて身を投げたという悲しい言い伝えのある淵だったとか。とすれば、「熊ヶ淵」はが、「狸ヶ淵」はが討手に追われて身を投げた淵だったとか...と馬鹿な話題でひとしきり車中が盛り上がりました。


 実際のところは、淵の形が牛に似ているのでその名があるとか。熊や狸の方の由来は定かではありませんが。ちなみに、「犬帰りの淵」の由来については、こちら のブログのコメントに書き込みがあります。

 エメラルドグリーンやサファイアブルーの美しい水を湛え、四季折々に異なった渓谷美を見せて我々を癒してくれる阿寺川ですが、かつて、この川の上流には中部電力による大規模な発電所の建設計画があったそうです。計画は5年前に中止になりましたが、もしダムが建設されていたら、私たちの目を楽しませ、心を和ませてくれるこの風景も、永遠に失われていたに違いありません。

 この渓谷美も、現代文明との微妙なバランスの中で辛うじて保たれているのではないか、という思いが、ふと、脳裏をよぎりました。(aki