サンドアート・kisatoの砂世界

サンドアートパフォーマーのkisatoです。
下から光を当てたガラス板の上の砂で
道具を使わず、指・爪だけで絵や物語描いてます。
kisatoのサンドアート教室主宰/河口湖オルゴールの森サンドアート監修/三喜産業㈱で絵硝子装飾


テーマ:

砂で絵を描き始めて2年が過ぎた。


砂で描いてて思うこと、好きに話してみようと思う。

砂で描くことにこんなにのめり込んで、自分でも驚いてる。


いつも描きながら「なんでかな~?」って。


で、なんとなく答えがまとまってきたのでここに書いてみようと思う。



興味ない方はすっとばしてください。

なげーよ!って苦情は受け付けません!(笑)




サンドアートがもつ儚さと、切なさと、温かさと、美しさ。


まずはそこに惹かれたのが始まりだった。


サンドアートを始める前の私は、自分の生き方に胸も張れず


自信もなく、誰かに必要とされてる実感もなく、将来に夢も希望もなかった。



サンドアートの「儚さ」に対し、


ネガティブ面でいえば

誰からも必要とされず消えていくかも知れない自分と重ねたのかもしれない。


一方で、

人の幸せ、喜び、悲しみ、憎しみだってその一瞬は強烈に人の心に焼き付くも、

時間とともに薄れ、消えていくかも知れない。

という部分ではサンドアートって人の人生みたいだなとか。



多分私は、そんなことを考えてた。




初めて砂で絵を描いた時、何かが体のそこから沸き上がってくるような感覚を得た。


「私がやりたかったのは、これだ」


私は砂で自分の想いを表現したいと思ったのだ。




砂が数粒ずれるだけでもだいぶ表情が違う。 

ああ、この一粒一粒が「表情」なんだ。「感情」なんだ。

作品の一部なんだ。





一粒、数粒ではチリのような存在だけど、

何百、何千、何万、何億という砂のひと粒ひと粒が

一つの作品になる。


なにか、可能性のようなものを感じる。




サンドアートにかかせない、光。


私は夕日が好きです。


一日が終わってしまうという「寂しさ」と、明日楽しみだなっていう「希望」

そして、夕日の色は焚き火を連想させる。


焚き火を眺めてると落ち着きます。優しい気持ちになれる。

だから私のサンドアートは基本的に夕日色。





「砂は固めないのか」と聞かれる。


「消すのがもったいない」と言ってくれた。


ありがとう。惜しんでくれて、ありがとう。 


惜しんでもらえるだけの絵が描けた。


あなたの心に残るなら、砂は残せなくていいんです。


でも記念に写真は撮ってってね。


もう同じものは描けないから・・・。


砂で絵を描く度、一期一会という言葉がよぎる。



砂で絵を描き始めてから更に、人とのご縁について更に考えるようになった。

誰かと出会ったとき、「私はどうしてこの人と巡りあったんだろう」って考えるようになった。

ほぼ間違いなく、意味がある。この人から学ぶべきことがあるから出会ったんだろうって。

だから前より人に対して真剣に向き合うようになったと思う。

そして尊敬できる人も、増えた。



画力。

私は正直絵が上手いほうではない。

私より絵の上手い方は何万もいる。

それでも描いてるのは私にしかできない表現があるから。

私は砂で表現するのが好きだから。


サンドアートは絵が上手ければできるものではない。

画力以前に技術がいる。


たくさん砂で絵を描いて、砂の性質をよく知って、砂と仲良くならなければならない。

砂を思い通りにしたかったら、砂をよく理解しなければいけない。


細かい砂を握り、板に落として絵を描く。

均等な太さで描くには握力で落とす砂の量を調整する。

握るとき、欲張ってたくさん握りすぎてもダメ。少なすぎてもダメ。

自分にとってベストの量を理解する。


なんだろう、己を知れというか、身の丈にあった生活をしろとか、

そんなことを考えさせられる。


私がこだわっていること。

どんなに細かいところも道具に頼らず、指、爪だけで描くこと。

私は砂による表現の可能性を追求したい。

どこまで自分の指先だけで表現できるか。

そして自分の作品を通して自分を見て貰えたら光栄だと思ってる。


具体的に例えると

「サンドアートかぁ~・・・ふーん」で終わるんじゃなくて

(まぁ作品見てもらえただけでも嬉しいは嬉しいけど)


「誰が描いてるのかな」って

作品を通して自分に関心を持ってもらえたら光栄かな。





拳から流れ出る砂を眺めるのが実は結構好きです。




例えば幸せをテーマにした絵を描いてる時は、

幸せを注いでるような気分になります。


それが誰かに贈る絵だったら、


「幸せになりますように」って願掛けながら砂を落とすのです。


砂で描いた絵って残せないけど、


残せないからこそ「思い出」とか「想い」とか「絆」を大事にしようって思う。


サンドアートは私にいろんな教訓を与えてくれる。


だから私は普及させていこうと思った。


かつての私のように悩んでる人を励ませたらいいな。


だから私はサンドアーティストになった。




フリーランス駆け出しの時、超無名だった私に、初めて仕事を依頼してくれた人がいました。

私の作品を気に入って、あかの他人の私に結婚式の余興を託してくれた。

とても、喜んでもらえた。そして私に誇りと自信をくれた。


「私の作品で喜んでくれる人がいる。必要としてくれる人がいる」




この時から本当に思う。

「サンドアートだからすごい」じゃなくて、

私の作風を大事にしてくれる人や必要としてくれる人のために仕事をしていきたいと。


前は「サンドアートだったら誰でもいい」的なオファーって正直嫌だなーって思ったけど、

企業からのオファーは仕方がないのかなって思うところもある。

まぁ商品売らなきゃいけないし・・・

PRするために珍しいものや斬新なもので勝負に出るというか・・・

利用しないといけないもんね。



だから、


依頼主に「依頼して良かった!」と思わせる仕事をしようって心がけてる。




いろいろ書いたけど・・・サンドアートに限った事じゃないです。



とにかく、私は砂で人生変わりましたって話。



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