1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2016-05-25 23:01:17

北京の故宮博物院、台湾での政権交代が確定後に台北故宮博物院との交流を停止

テーマ:文化・芸術

 台湾にある台北故宮博物院(正式名称は国立故宮博物院)と北京の故宮博物院の交流が停止していることが分かった。台湾で1月16日、民進党の蔡英文氏が総統選に勝利した後、北京の故宮博物院が交流を停止する考えを明らかにしたという。台湾メディアの中央通訊社が報じた。

 5月20日に就任した台北故宮博物院の林正義院長が25日、立法院(台湾国会)で業務報告をした際、国民党の呉揚志委員(議員)の質問に対して、馮明珠前院長からの引継ぎ事項として、1月16日の総統選が終わった後に、北京側が所蔵する文化財を台北故宮博物院に貸し出さないと表明したという。

 

 北京側は学術交流などの継続については言及していなが、台北故宮博物院では「交流をしばらく停止する考え」と受け止めている。

 

 台北故宮博物院を訪れる大陸人見学者は5月、前年同月比で2割ほど減少している。林院長は博物館の存在意義を「観光のためか、芸術のためか」と改めて考え、博物館とは「芸術教育を中核とする場所。回帰文化財を研究し所蔵するのが、やはり博物館」と考えるに至ったという。

 

 馬英九政権時代、台北故宮博物院を訪れる中国大陸客が激増し、台湾人やその他の外国人客から「混雑しすぎて落ち着いて鑑賞できない」、「大声を出すなど文化施設でのマナーがなっていない」などの批判が出ていた。

 

 林院長によると、台北故宮博物院の特別展で台湾人入場者が減っていることには憂慮しており、至らぬ点があれば博物館の責任と考えているという。

 

**********

 

◆解説◆
 「故宮」とは「かつての宮殿」の意。北京市中心部にある故宮博物院は清朝崩壊まで「紫禁城」と呼ばれ、1911年勃発の辛亥革命以降は「故宮」と呼ばれるようになった。現在では博物館として機能しており「故宮博物院」の名だ。

 

 辛亥革命後も“ラスト・エンペラー”であった溥儀はしばらく、「故宮」に居住することが認められたが、溥儀の英国人家庭教師だったレジナルド・ジョンストンが著した「紫禁城の黄昏」には、当時の紫禁城関係者が大量の文化財を不正に持ち出して売っていた様子が紹介されている。

 その後、溥儀が故宮から追放されると、国民党政府が故宮の文化財を管理するようになった。日中戦争が本格化すると、蒋介石は故宮にあった文化財を中国南方に「疎開」させた。第二次世界大戦後に国共内戦が勃発し、国民党の敗色が濃厚になると、蒋介石は故宮の文化財を台湾に運ばせた。

 

 その後台湾では1965年に、「紫禁城由来」の文化財が一般公開されるようになり、博物館としての名称は「国立故宮博物院」となった。蒋介石の命で台湾に運び込まれたのは、北京の紫禁城にあった文化財の3割程度だが、「良品」を精選したので、北京の故宮博物院に保管されているものよりも価値が高いとされる。

 

 北京と台北の故宮博物院については、ジャーナリストの野嶋剛氏による「ふたつの故宮博物院」(2011年、新潮選書)や「故宮物語」(2016年、勉誠出版)に詳しい。(編集担当:如月隼人)


関連:

台湾の蔡英文新政権、駐米代表を「駐米大使」として任命 中国大陸側で不審と警戒の報道 文物不外借國立故宮博物院

参考:

總統大選後 北京故宮文物暫停對台交流(中国語)

AD
いいね!(3)  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2016-05-24 22:54:51

台湾の蔡英文新政権、駐米代表を「駐米大使」として任命 中国大陸側で不審と警戒の報道

テーマ:政治・軍事

 台湾。総統府は23日、「沈呂巡駐米大使の退職を認め、高碩泰を駐米大使に任ずる」とする総統令を発表した。中国大陸側では、これまで台湾側は「駐米代表」との名称を使っていたとして、不審と警戒の声が出た。

 台湾では、一定以上の地位にある官僚は、政治的色彩を持っていて当然との通念がある。そのため、政権交代にともなう「高級官僚の交代」が珍しくない。米国に似ているシステムだ。

 

 これまで駐米代表だった沈呂巡氏は、民進党政権が発足したことで辞任を申し入れ、承認された。過去の事例と異なったのは、総統府が新旧の代表について、これまでの「駐米代表」ではなく「駐米大使」との肩書を使ったことだ。

 

 現在、台湾(中華民国)と外交関係のある国家は全世界で23カ国だ。外交関係がない以上、大使館の設置や大使の交換は行えない。しかし現実問題としては、台湾と経済、文化、その他の交流や人の往来も多い国は多い。そのため、台湾は米国や日本など主要国に「台北経済文化代表処」との名の組織を設置して、相手国との意思疎通や実務交渉を行っている。

 

 「台北経済文化代表処」のトップは「代表」との肩書だ。しかし蔡英文新政権は、米国駐在の沈前代表と後任の高代表に対する事例で「駐米大使」との呼称を用いた。

 

 中国メディアの環球網は、「駐米大使」の呼称しようについて「国交のない国への“代表”にすべて“大使”の呼称を使うのか」と、不審と警戒を示した。

 

**********

 

◆解説◆
 中華民国の在外公館はホームページのURLのドメイン部分で、これまで「taiwanembassy,org」と「roc-taiwan.org」の両方が使われてきた。「taiwanembassy」は「台湾大使館」の意、「roc-taiwan」は「中華民国・台湾」だ。「台湾大使館」は中国側にとって容認しがたく、「中華民国・台湾」ならば比較的受け入れやすい。2通りのURLを用いることで、微妙なバランスを示してきたと言える。

 

 しばらく前までは、いずれのURLを用いても同じページが開き、いわゆる「ミラーサイト」の様相を示していたが、現在は「taiwanembassy」を含むURLでページを開こうとすると、「roc-taiwan.org」を用いたページに移行する。

 

 中華民国外交部(台湾外務省)のホームページの在外公館の紹介では、すべて「taiwanembassy」を用いたURLを紹介している。

 

 日本にある「台北中日経済文化代表処」のページを閲覧する場合、「http://www.taiwanembassy.org/JP」を入力すれば、URLが「http://web.roc-taiwan.org/jp_ja/index.html」に切り替わって画面が表示される。(編集担当:如月隼人)

 

参考:・台当局将“驻美代表”改称“大使” 高硕泰即将赴美就任(中国語)

AD
いいね!(8)  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2016-05-23 23:14:40

日本の天皇と中国高官、民と接する姿勢はこんなに違う 香港で「比較と非難」

テーマ:社会

 香港の情報サイト、VIMEDIAは23日、日本の天皇陛下と中国の高官では、民と接する場合には天と地ほどの違いがあると主張する記事を連載した。

 

 中国全国人民代表大会(全人代)の張徳江委員長(国会議長)が17日から19日の日程で香港を訪問した。全人代委員長は、形式的には中国の国家組織の最高権力者だ。実際には国家主席や首相よりも“格落ち”するが、それでも中国の最高指導層のひとりであることに変わりはない。

 

 VIMEDIAは、日本の天皇陛下と張委員長が、地方を訪れた際のふるまいの違いを強調した。

 

 記事はまず、熊本地震の被災地を訪れた天皇陛下が、被災者の前で膝をついて言葉を交わす様子を紹介。同様に安倍首相が正座して、床に手をついて被災者と話す写真も掲載した。その上で日本の天皇には「民が根本との謙虚な心がある」と評した。

 

 一方で、張委員長は、香港で2014年に発生した、対中政策を批判するデモで流血の惨事が発生したことについて、「殺人、流血」と決めつけたと批判した。

 

 同記事は、天皇陛下が熊本に到着した際には「(現地の)官僚が列をなして歓迎することもしなかった。儀仗隊も出なかった。赤い絨毯も用意しなかった。蟻のごとく民が出て、天皇を携帯電話で撮影した。天皇と皇后は笑顔で応対した。これが『親民だ』」と絶賛。

 

 一方で、張委員長が香港を訪問した際には、歓迎式典で兵士が隊列を組み、儀仗隊も繰り出して、赤い絨毯が一面に敷かれたと紹介。さらに、警察官6000人が警護にあたったと紹介した。

 

 さらに、日本の天皇は2011年に東日本大震災の被災地を訪問する際に、自動車の遅れのために、新幹線の発車が2分間遅れ、他の乗客に迷惑をかけたことを、非常に気にされたと紹介。

 

 それに対して張委員長は、繁華街に視察に訪れれば、付近一帯を封鎖して、宿泊するホテルも、関係者以外は締め出す措置を取ったと批判。最も問題だったのは、視察の途中で、自動車を逆走させて目的地に向かったこととして「その晩のレセプションでは、最も重要なのは法治とスピーチした」と指摘した。

 

**********

 

◆解説◆
 上記記事は、日本の状況を「持ち上げすぎている」ようにも思えるが、香港人の(全員とは言えないにせよ)大陸に対する強い嫌悪感を示したものであることには間違いない。

 

 日本の権力者(天皇陛下は権力者と言えないが)と一般民衆の関係は歴史的に、中華文明圏とは大きな違いがあった。日本でも織田信長など世界的な意味から評価しても「独裁者」と見なせる権力者が出現したことはあったが、「独裁者らしさ」をむき出しにして権力の座が、安定して長続きした例は、あまり見いだせない。

 

 日本の権力者はむしろ「民と一体」という状況を、あるいは見せかけにせよ構築することで、権力を安泰にしてきたといえる。

 

 その背景には、日本社会の統治原理の本質が「寄り合い」にあったことがあると考えられる。何らかの形で参加者全員の合意を取り付けねば、安定した道は得られないとの発想だ。「どちらの主張が正しいかは別にして、争いがおこること自体がよくないこと」との考え方が関係しているともいえる。

 

 対して中国では、かなり徹底した「トップ・ダウン」の発想が強かった。権力の座にいるかぎり、その威光を強調せねば、権力の座にはとどまれないとの事情があった。

 

 中華人民共和国成立以来、権力の地位に就いた上層部は、建て前である「人民のために奉仕」と、威光の演出のバランスをとることに腐心した。現在の中国上層部は、バランス取りの技術が稚拙になってきたようにも思える。(編集担当:如月隼人)

 

参考:・ 日皇明仁與張德江給香港人上的五堂課(中国語)

AD
いいね!(7)  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Amebaおすすめキーワード

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇
  • トレンド

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。