大人かわいいモテ服作家・中尾亜由美「衣更月きさらぎ」

富田林のアトリエで、天然素材を使った大人かわいい服を作っています、服作家『衣更月キサラギ』です。
ハンドメイド服を販売しています。(S ~3L )
2月に『売れるハンドメイド作家の教科書』出版5刷り目


テーマ:
広告代理店で憧れのデザイナーに、でも・・【マイヒストリー・3】


・夢はキャラクターデザイナー【マイヒストリー・1】

・絵で食ってけるか!【マイヒストリー・2】

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美術の学校は、いい成績で卒業しました。

賞もたくさんいただきました。


はじめて作った卒業謝恩会の洋服。
(彼女たち、顔出しNGです)



世の中に出たら、学校の成績や賞など、全く意味のないことだと思い知るのです。


就職は学校に一切頼りませんでした。監視されたくなかったので。


自分で調べて、1日何軒も面接のはしごをしました。


慣れないヒールに、靴ずれだらけ。


経験者か、専門学校卒しか取らない業界でしたので、ことごとく落ちる。


そんな中、ミキハウスなどの広告も扱う、ちょっと業界では名の知れた会社に就職が決まったのです。

そこは、新卒は絶対取らないのと、聞きました。


でも、60人応募がきて、一人受かった。(私は新卒だけど、途中採用の募集でした)


不思議。どうして、受かったのか。


会社には飛び込みで伺いました(怖いもの知らずでしたから)


その時、偶然にも社長さんが、会社に戻ってこられて面接をしてくださったのです。(これも引き寄せ?)


で、後日「私事で、お時間を頂きまして、ありがとうございました・・・」と、お礼とおわびのお手紙を書いたのです。


それに驚かれたそうで、「人としていい」と、採用となったそうです(笑)


母のしつけのお陰です。人生わかんないもんです。


そこでは、グラフィックデザイナーとなりました。



広告会社は、それはそれはすごく華やかで、楽しい毎日でした。

憧れの雑誌オリーブに出ているモデルさんに逢えたり。
(会社では、オリーブ娘って呼ばれていました)


デザイナーの頃、業界の人たちとウィンドサーフィンへ行った帰り(真ん中の黒い服が私)




会社案内を丸々任されたり(なんと、今大企業に成長しています)

ブランドのタグのデザイン、商品のスタイリング、高級子供服の広告。


おしゃれな広告が、もてはやされてる時代でしたので、広告会社は強かったんですね。

まあ、バブルの時代ですよね。

営業マンも、スーツじゃないです。

綿パンに、ラフなシャツ、肩にはピンクのセーター。

石田純一だらけです。


失敗もしましたが、絶対に上のデザイナーが守ってくれました。

いい方ばっかりでした。


仕事は、楽しくって、笑い声もたえない仕事場でした。

人には、恵まれていました。




・・・・・でもね、超~~~過酷な労働だったのです。


休みなし、毎日終電。

疲れきって、お風呂で寝て、おぼれかけたんです。

母が、気が付かなかったら、死んでました(よく死にかけるな~わたし)

父は、激怒。

年頃の女の子に、あまりにも過酷と、父に「辞めなさい」と言われました。


張り詰めていたキモチは、夢の仕事に就けてたはずなのに、なぜがホッとしたのです。



だって、お金のかかる美術の学校に、反対を押し切って入ったのに。

やめられない、何があっても!と思っていましたから。



実はね、死ぬほど働いて、お給料が、月7万だったんです。

新卒で、能力がないからって。

でもね、一人前に仕事は任されていたんです。

当時のデザイナーは過酷で、過労死はよくあったんです。



そっこー辞めました(笑)



でもね。。。

私の人生の中で、楽しく華やかで、人間関係や人としてのあり方など、一番学んだところでした。


つづく



結婚まで悔いなく色んなことをしてやる!【マイヒストリー・4】

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