負を吐くな

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どうにもPCの調子が悪い


ネットに繋げない


デバイスがどうとか、ルーターを確認とか言っているが

全くよく理解しないまま2時間が過ぎて


いよいよ、酒にするのか誰かに電話か

そんなことを考え始めていたら

突然繋がった


どうやらネット接続を無線に頼っている為

その故障っぽいのだが

そんなに早くダメになるものなのだろうか?

しばらく、繋がったり切れたりを繰り返していたが


今はドコモなんちゃらの園児の弁当箱のような機械が

頑張って綺麗な接続の印の青色を点灯させている

何だか、けなげ、だ


だが、どういう訳か

無線マウスを使おうとすると接続が落ちるので

まるで「これで精一杯です。今夜は勘弁して下さい」と言われているような気がして

私も大人だ

マウスは諦めて、マウスパッドを使おう



電化製品やその他の色んなものを

擬人化して見るのは割と癖のように習慣化している

その為、車にも自転車にも「名前」を付けている


探し物が見つかった時には

「ああ、いたいた」という具合だ



人には勿論

物にも優しく、という私の教育の一環のつもりだったが


とにかく優しく、優しく考えていくと

世の中には色んな攻撃的な言葉があるものだと思い

私はそれを耳にする度に、胸が変な風に痛むようになってしまった



勿論私も、仲間同士の会話では

品の無い攻撃的発言をしたもする

「馬鹿なんじゃないの?」とか「死ぬまで治らない」とか「デブ」とか「ハゲ」とか酷いモンだ


いつか姫も言っていたが

それを言える相手というのは、何かを共有している相手に限られるのだ

それが特別なものだったり、強固なものであればある程

より許容され、他愛もない会話として成立する


本当の自分を知られているから

本当の相手を知っているから


だけど実際は

それは出会う人間のうちの一握りであって

殆どの人達は、違う

私の場合は、そうだ


ちょっと知り合って、良さそうな人だからと言って

開けっぴろげに何でも話したりしないし

勿論、攻撃的な物言いもしない

どんな言葉で相手を傷付けてしまうか分からないからだ



でも

職場でも、ほかの場面でも

私はそういう物言いを良く聞く



職場の喫煙所でいつも毒を放つ男性は、今日ものたまわっていた

「あいつら全く分かってねぇよな?仕事出来ないにも程があるよ。段取り悪いんだよ、馬鹿としか言いようがないね」


ああ、胸が痛い


何で彼は仕事の合間の一服を

もっと有意義に優しい気持ちで過ごせないのか?


話題の本人がそこにいないからと言って

その人の耳に入らないとも限らないし

もしもその場に本人と親しい人がいた場合

本人以上に心を痛めるかも知れないと

何故、その「可能性」を考えないのか?


彼から見たら「馬鹿な行動」かも知れないが

本人はそれが最前だと判断したのかも知れない

何か理由があったのかも知れない

他にもっと大切な仕事を優先させたのかも知れない

何故、その「可能性」を考えて

「思いやる」ことをしないのか?


もしも

そうだとしたなら

「分かってねぇ」のは彼自身の方だ



言葉は案外、強力な凶器に変わる

言った本人はすぐに忘れても

聞いた方は結構覚えているものだ



簡単に口から出したものが

簡単に人を傷付ける

そして、それを取り消すことは永久に出来ないというのに



私はこれを家族に分かり易く説明する為

「負を吐くな」と言ってきた

相手を傷付ける言葉は、負のイメージを持って相手の耳に届き

大切なものを壊す

その負は必ず巡り巡って、自分の元へ戻る

吐いた唾は必ず自分に降り注ぐのだ




ある施設に行った時

小学生の高学年とおぼしき男の子が

「何?何の用?」と言ってきた


別にお前に用がある訳じゃ、ない

「何でもないよ。ここに用事があっただけ」と答えたが

彼は執拗に付いてきて、ぶしつけに私と職員の話を聞いていた


これを「可愛い」「あどけない」と世の中が判断しても

私はそうは思わない


特に「子供」だという理由だけで

多くのこういったことが許されていることが疑問だ


ずっと以前

近所の子供が勝手に我が家に入り冷蔵庫を開けるのには困ったと書いたことがあったが


全く、親の顔を見てみたい


「あどけない」と許されるのは3歳までだ


勿論、しっかり大人の筈の私だって

よく間違いを連発するので

それを咎めようとか、怒鳴ろうとかは思わない


ただ、

この子、このままでは苦労するだろうなぁ、と思うだけだ


好奇心が大せいで想像力豊か

感性の宝庫で、まだ人格形成の途中

子供の魅力とはまさにそこにある


でも、それを鑑みても

それと「図々しい行い」とは別だ


全ては親のせいなのだ


いつまでも「赤ちゃん」のままだと思っている

我が子可愛さに、我が子の成長に付いていけていない

鈍感な親のせいなのだ


喋れるようになったなら、挨拶が出来るのは当然で

どんなことをしたら「失礼」になるのか

敬語を覚えさせることも必要だ

幼児教育なんかよりずっと大切なことだと私は思うのだが・・・



相手の気持ちを考えない


その「想像力」のなさが発端で


世の中は不愉快に満ちている



優しい気配りはいくらしてもし過ぎということはないように思う



どうしても負を吐きたくて

他の気持ちなど考えられないのなら



いずれ自分も誰かに傷付けられる

覚悟が必要だ













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