ああ、酒が不味い

テーマ:

うちの店舗にもようやく来た訳

あの500円くじが

くじが500円て、どんな高さ?

オタクの足元見やがって

(オタクじゃないけどね!!)


でもグラス当たったから気が済んだ

だけど定春も欲しいなぁ


あのフィギュアもさ

どっかからこやっさんの声が出てたら万単位で突っ込んでたわね、きっと






早朝仕事行くのに

2時まで飲んでて

あげくにその後30分電話に付き合って

寝たのが2時半


それでも5時まで寝られると思っていたら

どういう訳か4時に起きちゃう不思議


TVを付けたら偉そうな人が

思春期の子供と向き合う方法をご丁寧に語っていた

「つまり、子供の目線に立って」

「子供ではなく、自分が変わる努力が大切です」

馬鹿なこと言っていやがる


1時間半の睡眠で酒が抜ける訳もなく

また体も重くズルズルと引き摺っては

PCと携帯のメールをチェックする


昨夜、相談をしてきた子からの返事を見る為だ


まだ寝ているか、私の意見に不満があるのだろう

返事は1件しかなかった

それも随分と後ろ向き


これに振り回されていると、自分の生活が食われちまう

楽しい事、考えろ

彼女と自分に言い聞かせる


とりあえず

今日も日は昇る





「何故、生まれて来たのか?」

「何故、生きるのか?」

「どう生きたらいいのか?」

「苦しい」

「悲しい」

「報われない」



君達は思春期か?



そういうことは10代の時にぶつかる問題ではないのか?


10代の方には、出来る限りご説明差し上げている筈だ


それでも君達は

最終的には

「私には無理」と言うじゃないか



大人の方ならお分かり頂けると思うが

時って奴はこっちの事情も考慮せず勝手に進む

勝手に進んで他の難題を運んでくる

年を取れば取る程、それは深刻だ


やれ、結婚はとか

やれ、仕事はとか

周りの見る目も変わり、求められるものも変わる

親もどんどん年を取り

突っ立っていればそのうち八方塞りだ


恋愛もまた然り

結婚してもまた別の課題が押し寄せる


会社での位置や

男として、女としての立場

妻として、母親として、嫁として

また子としての立場

増える悩みと疎外感

そして、孤独



「私には無理」

などと言う者に

追い風は絶対に吹かない



また

他人が自分の人生をどうにかしてくれるものでは決して、ない



ご相談には乗るし

出来る限りのことはさせて頂く



だけど

ご自分の人生ですよ


もっと御覚悟を持たれては如何かな?





重たい体を引き摺って

熱いコーヒーを飲みほし

凍った車にお湯をぶっ掛けエンジンを掛ける


煙草に火を付けて東の空を見れば

現実がまた新しい難題を

意地悪なしたり顔で持って来るのが見える



大人だったら、こんな時


言いたいよね


「さぁ、来なさい」



咥え煙草でハンドルを切り

私は毎日出勤するのだけれど








大見得に決まってるじゃないか




皆さんは

私が「強い」と良く言うが


本当に強い人なんてね

なかなかいないと思うよ


あの兄さんでさえ

落ち込むこともあると言う


だけどあの人はそれを

笑いに変えて表現する方法を持っている


だから私は大見得切って歌舞く術を手に入れた


どちらも「恐い」と思わない訳じゃない

不安も孤独もなくなった訳じゃ、ない


野暮なこと言わすなよ

大人なら察しろ




「見栄を張る」のは結構有効だ


何しろ強く見える

「見える」だけでも風当たりは随分違う

それに

調子に乗って言ってしまった言葉は

後は実行するしかない

そうやって尻込みする自分を

無理矢理先へ進ませてくれる



「さぁ、来なさい」

と言った手前


背を向けて逃げ出す訳にはいかない


じりじりと短くなってきた煙草が

もうすぐ自分の唇を焼きそうに感じても

フィルターを噛んで

笑って見せる


誰に、じゃない

自分の為に




突き詰めれば

どう向き合うかって、ことだろう


自分を追い詰める現実と



笑い飛ばすのも良し

飲み込むのも良し

逃げるのもまたアリ

投げ出したって構わないが


肝心なのは

自分がどういう人間になりたいか、だ





私は信じることに忠実でいたい

格好の悪いところをあの人に見られたくない

最後まで高潔でありたい

馬鹿が付く程熱い女でいたい

今まで関わった全ての人達を落胆させたくない



それが分かっていれば

為すべきことは自ずと見えてくる

出来る出来ないの問題ではなくて


為さなければ、ならない

そんな自分でいたいと本気で想うなら




言う程格好の良い現実では、ない

まだまだそこに到達出来ていないから

それを為す楽しみが残っていると考えれば

この先に進むことにも喜びが出来る



どうやっても

生きていかなければならないのだから




強くあらなければ

負けてしまうよ?






私の真似をしろとは言わない


自分のやり方を探せば良い




ただ

後悔しても始まらないから


悔いのないように

この選択の連続を

慎重に

ご自分の心と向き合って





生きろ














※こちらを読む可能性のあるブロガー様のことを書いたのでは御座いません

大人にはまた大人の複雑な事情があることは良く理解しているつもりです

ただ、悩める方達に何か少しでも考える材料になればと思い書きました※














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曲と半生は寄り添う

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今夜の耳は音楽を欲しがり

ふと思い出したあのピアノの旋律に誘われて

まつとうやさんの「春よ、来い」を聞いたのですが


楽曲とは不思議なもので

それを聞いていた頃の自分を思い出すものです


私はまだその頃拙い恋をしていて

焦れた黒人の男の子を家に招待したのですが

母は彼を見て酷く怒り

私達は怒鳴られるまま外へ出て

近くの河原で、これからどうしようと

幼く語り合いました


濁った河へ流れる落ち葉の如く

私達には未来がないように思え

それでも好き合っていましたから

互いの手をきつく握っていました


彼の掌の白と黒の交わる部分を見て

いつかそんな風に私達も交われるのではないかと

私は誰にも言いませんでしたが

密かに思っていました



「春よ、来い」を聞いたなら

あの曲を聞かない訳には参りません

「真夏の夜の夢」



これは私が横浜でパチ屋の主任を務めていた時に流行った曲です

日に何度かその店ではマイクパフォーマンスがあるのですが

私のテーマ曲はこれで、これが掛かるとお客様からお声が掛かる程の定番でもありました

「さて、ここからは冴子がマイクを担当致します。早速入りました275番台フィーバーで御座います。おめでとう御座います。どなたもジャンジャンバリバリ、ジャンジャンバリバリお出し下さいませ」という具合です


当時の店長は私ともうひとり若い女の子を育成していて

彼女はべらんめぇな昔堅気の追い込み口調

私には正当な説明口調を学ばせましたので

私の評判はすこぶる良く

一度に50分という長い時間マイクを占領することが出来ました

また全ての自動ドアを開け

「お仕事帰りの皆様、本日もお疲れ様で御座いました。今宵のひとときのお楽しみにパチンコなどは如何でしょう?今宵ひととき真夏の夢、ご覧頂ければ幸いです。ここは桜木町で一番の老舗一番の出玉を誇るホールで御座います。どうかお遊び頂きますよう。さてまた参りました356番確変突入6箱目で御座います。おめでとう御座います!そして今聞こえて参りました53番台のジャックポット突入で御座います。おめでとう御座います!」


マイクを持っている私へ向かって全ての従業員が

当たり台番を指で知らせます

それを私は次々とマイクへ喋り

お得意さんを見付ければ

「奥様へのお土産は完璧ですね」などとアドリブを入れた為

お客様が馴染んで下さり

その一体感やたるや

幸せな接客業でした



ですが、まつとうやさんと言えば

「ロンド」も聞きたく



そのパチ屋時代に私は同時に二人の人から求婚されたのですが

そのおひとりを選んで婚姻しました

結婚の席でこの曲が流れました

とても素敵な曲だと思い

歌詞と同様、彼に生涯を誓いましたが

二人の物語はフォルクローレを聞かず

3年程度で泡と消えました



ここで思い出を詰まらせてしまった私は

だったらどの曲なら楽しくなれるのかを考え


サザン、ミスチル、いや

チャゲアスだと思い聞き漁ります



時代はまた遡り

「万里の河」

私がクラスでいじめられていた頃のことです


転校生がやって来て

「助けてあげる」と言いました

そんなの嘘に違いない、と私は思いましたが

彼女が連れて行ってくれた場所はまさに私を助けてくれた


今も通じる言ってみれば恐い人達の流れに

組み込まれた時期でもありました



「万里の河」とくれば「モーニングムーン」です



私はこの曲の流れる歌舞伎町で唯一の親友を手に入れました

どちらもまだ幼い顔をして

それでも家には居場所がなく

繁華街で遊ぶしかなかった

酒など飲めない年齢にありながら

男達の視線はとうに私達を女と捉えていて

私達もそのことを良く理解していた


利用することと

嘯くことを覚えた



それから勿論色んなことがありまして

再度辿り着いたのが「僕はこの瞳で嘘をつく」



歌詞の内容、納得です

私が驚いたのはその歌詞の美しさです


傷のない別れなどある訳ない


ぼくの中の誰かの事


だから君の顔を見詰めたよ


僕はこの瞳で嘘をつく

愛した君だから、どうでもいいなんて思わないよ


だから僕は嘘をつく



男性の「嘘」を受け入れようと決めたのは

この曲のお陰だ


幸せな嘘も、ある




だけどここまで来たら

やはり聞きたい「Yah Yah Yah」



この歌詞に何度励まされたことか


「傷付けられたら牙を剝け、自分を失くさぬ為に」


「丸い刃はなお痛い」「後に残る傷跡は無理には隠せはしない」


「僅かな力が沈まぬ限り涙はいつも振り切れる」


「今からそいつを殴りに行こうか?」



ひとりじゃないと思えた


やってやろうじゃないかと

そう思ってやってきた


牙を抜かずに

仲間を捨てずに

ずっと守ってきたんだ



たくさんあるエピソードの

お終いを披露する気は、ない



私はまだ生きているので

今後も紡がれよう




それに沿う楽曲を期待して








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語のイメージ

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もりかわさんのお陰で

もりたさんが髪を切ったことを知った

あー、スッキリした

ずっと気になってたんだよね

そのうちマゲでも結い出すんじゃないかと思ってた





今日会いに来てくれた男の子が

「実は俺、お前のブログ全部読んでるんだよ」と言い

「俺のこともなんか書いて」と言われた


今の今まで、どんなことを書こうか考えていたが


ごめん

あんたとのことで面白そうなこと

ひとつもなかったわ

(それって、どうなの?)


実のない付き合いだったわね、この十ウン年


あれよ

勿論、色んなことはあったんだけど

記事にしても面白くないってことよ

(と言い訳をしておこう)




で。

ひとつ思ったのが彼の名前


私の本名もそうだけど、彼の名前にも濁音がある

私はこの「濁った名前」がとても嫌いだ


一部、例外はある

どういう訳か男性の最後の一文字が濁る場合

「こうじ・たいが・けんご・ゆうじ」などは

落ち付きが良い感じがして好き



20年以上前から

普通の友人にも私は冴子と呼ばれているので

その点は大変有難い


だけど、それを知る仲の良い人は

私を叱る時だけ本名で呼ぶ

私が母に叱られた子供のようにシューんとしてしまうのを知っているからだ

意地悪な大人め



そして今日の彼の名前も

私はその語を言いたくないので

言わなくて済む呼び方で呼ぶ


大抵私は仲良くなるとすぐ呼び捨てにしちゃうんだけど

「どうして俺は違うの?」と聞いたろ

これが答えだ

(ブログで言うこと?)



悲しいかな私の好きなあの業界の中にも

その手のお名前が数多くいらっしゃる

「のぶゆき・なおずみ・かずひこ・じゅうろうた・だいすけ・じゅん・・・」挙げたらキリがない


だけど彼らは私が感じる音の不快感をも凌駕する

良い声をお持ちなので何も言うことは、ない


ひとつの語に「良い」も「悪い」もないのだけれど


ほら、「音」に煩い耳ですので




あとはイメージってないですか?「音」に


カ行の付いた女の子はキツイとか

(偏見??)


対してナ行の女の子は優しい感じがしませんか?


ラ行は優美な感じがするし

マ行は甘えん坊



私のクラスメイトだったみかこちゃんという子は

非常に意地悪くまた不細工だった

(不細工は関係なくね?)


「みか」まで来て最後に「こ」まで付けちゃうセンスが頂けない

「か」と「こ」を繋げちゃダメだろ

(ああ、これを見てたらごめんなさい。みかこさん。ん?ちかこならアリか??)



男性だったら

「たくや・たかや・れん・るい・りゅうじ・えいじ・しょうりゅう」

この辺もう絶対良い男かほすとだよね?

(兄さんも入れといたよ!!そんなほすと神室町にいたね!!)



「たいが・げん・りょうた・だいご・けんゆう」

こうなると絶対悪ガキに違いない

(何気に声優ぶっ込んだ)



対して「ひこ」とか「かず」とか「のり」が付く

四文字の名前は真面目な印象

「かずひこ・やすのり・まさかず・ともかず」

(最早声優しか出て来ない)






あくまでも私の勝手なイメージ、ですよ!!!





イメージだけど

強ち外れてはいないと思うのですが・・・




如何かな?











そういや

芸能人などで本名とは別の名前で呼ばれ続けると

運勢もどうやらその名前に寄って行くのだと聞いたことがある


私は汚い音のする名前を脱皮して

さえこと呼ばれ続けているのだけれど

これって運勢も変わったのかしら?


そう思って幼馴染に聞いてみた

「洗練された」とか「良くなった」という言葉を期待していた私に


彼は言った


「うーん、冷たくなった、よねぇ?」


なるほど「冴」だけに??



それって、アンタの主観じゃね?

















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お仕事が接客業だと

下手すりゃ百人単位の人と一日で言葉を交わすことになる


それに加え

仲の良い友人との電話

お悩みメール下さった方への返信

つぶやきに対するお返事

ミクからのメッセージへの返信


思えば一日に色んな方と会話をしていることになる


兄さんに差し上げるコメントも、そうだ

私のコメントを彼が読まれた時点で

彼が何かを思ったら、それは会話だと信じている


何も思わなければただの一方的なコメントだが

そういう人ではないのを知っているからコメント差し上げている



口から零れるものも

こうしてネットで書くことも

全て「言葉」を使う訳だけれども


この「言葉」の使い方

お下手な方があまりにも多い


「どう致しますか?」

「別に、いいよ」


どっちだって、話しだよ?

伝わってませんよ!!


プライベートでは


「紅茶とコーヒー、どっちにする?」

「コーヒーで、いいや」


「いいや」って、何なん??

諦めたんかい??

「コーヒーが良い」と言わんかいっ!!


「私の部屋にする?それとも貴方の部屋?」

「君の部屋でいいよ」


「で」って、何なん??

なら、来るなー!!

「君の部屋が良い」って言うべきなんのと違ゃうのかい??



日本語はね

奥ゆかしくて、実に楽しい言葉なんですよ


英語のようにアバウトではなく

その一言で情景や心情も表せる

唯一無二な綺麗な言語なんです


私は子供の頃から外人さんとの付き合いがあって

ハリウッド映画大好きなアメリカナイズされて育ちましたけど

こと「日本語」に関しては

感心することしきり、でした


ただの言葉で在りながら

相手を重んじたり労わったりも、する


そんな言語は日本人だけが持つものです


欧米の人達は

「良い一日を」

「良い旅を」

「貴方に良いことが起きますように」と

声を掛ける


それはとても優しいが

無責任感も伴う


私の幸福を願ってくれていることへの感謝はあるものの

行った先で疲れた私を癒さない



だけど日本人はそれを当たり前のようにやってのける

「お疲れ様です」が良い例だ


他の国にこういう言語は、ない


他人の疲れに「お」まで付けて労わる


「お疲れ様」


何て綺麗な言葉なのだろうと、私は思う



そういった相手を思いやり

推し量って言葉を選ぶ國に私達は生まれたのだ


それなのに、どうだろう?


多くの人は、言葉を軽んじて


真意を届けずにいたり、無意識に他人を傷付けたりしている


これって

悲しいことだと思いませんか?




何かを伝えるのは

この時代、簡単ですよね?


携帯でポチポチ

PCでカチャカチャ、何だって一瞬で配信出来る


だけど

それを受けた方は生身の人間

色んな事考えます


貴方が痛いと思うことは

その相手も痛いと思うこと


正しい日本語なら

誤解は生まれません


丁寧で、紳士的であることにマイナス要素はありません



思いやり


普段の生活で使っているその思いやりを


ネットの中でもどうぞ

お願いします











本当の紳士

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男と食事をしていたら

さして仲良くはない知り合いと出くわした


私と共にいる男は私を促し、席を立ち

腰を抱いてエスコートし、金を支払うと

私の為に扉を開け促し

駐車場では私の為に車のドアを開けた


一連のこの流れを見ていた知り合いの女は

彼は一体どういう人なのか?とわざわざ電話してきた


「お金で雇った人?」だって


何て失礼な女だ




世の中の女性は本当の紳士を知らな過ぎる




私だって

育ちの良いお嬢様じゃ、ない

貧乏暮らしの母子家庭で

給食費も大変な家庭に育った


だけど

9歳の時に開けた世界では

それが当たり前のことだったんだ


今思うと泣く子も黙るような事務所へ

私が入り浸ってから

私の周りの男性は

皆、紳士だった


どんなに口汚い悪態を付いていても

扉は開けて私を先に促したし

車のドアも開けてくれた

車道側には絶対に歩かせなかったし

煙草の煙も極力私に掛からないよう気を使ってくれた

レストランに行けば必ず椅子を引いてくれたし

私が立ち上がれば同時に立ち上がった


これには流石に

「何んで?」と思い聞いてみたが

「今夜のレディが立ったから」と友人は答えた


まるで英国紳士だ


そんな環境で私は6歳年を重ねた


その間知り合った人達も、お付き合いをした人達も

皆同じように紳士だったから

私はそれが世の中の常識なのだと思ってた


それが

高校3年の時

免許を取ったとクラスメイトから誘われて

海へ出掛けた

だけど待ち合わせ場所に着いても

彼はドアを開けることはなく、私はしばらくドア前で待っていた


今思えば高飛車と言われるのだろうが

本当に知らなかったのだ

車のドアを自分で開けないとならないなんて


その後

無事海へ着き

海岸や少し入り組んだ入り江を歩いても

彼が私の手を引くことは一度もなかった


何で私を誘ったのだろう?大して大事にも思っていないのに


私の感想は、こうだった



それを同級生に話した時の非難轟々といったら!!


「アンタ一体普段どんな男とデートしてる訳??」

「高校生でそんなこと出来る人いる訳ないじゃん!!」

「贅沢過ぎる!!」

「アンタが酷い!!」


それでようやく悟った

「普通」というものを



確かに

大人になり

こうしてネットで知り合ったり

友達の友達のそのまた友達、みたいな人と出会うと

そういった方も多い


私だってその後

どこぞの男性と知り合って

彼が全くエスコートなんてしてくれなかったことに

失望したこともあったよ

だけど好きだったから

その時はそんなこと

何でもないように思えた



だけど

私の仕事の終わりを見計らって訪れる人達は


皆様、何方も紳士だ


「寒いだろう?」と肩を抱き

私のバッグを取り上げる

車のドアを開け私を促すと

回り込んで運転席に座り

「何が食べたい?」などと口にする


それが当たり前のように彼らはするが


以前、聞いたことがある


「何の為のエスコート?」


それを聞いたのが彼で正しかったのか

別の男ならもっとまともな回答が得られたのではないかとも思うけれど


彼は言ったのだ


「女性は弱い生き物。だけど子を産める尊い生き物。だから僕は守らないとならない。貴女が好きだから、良い所も見せたいしね」


良い所、とは

普通

強い姿や格好良い姿のことを言うのでは?


それを彼は

「女に尽くし紳士的であること」を言ったのだ


つまり

彼にとって「良い男」とは「紳士的な男」であったのだ


おう

そうか


そんなに素敵なものなのか


そう思ったら

もう考えは止まらない


君は実に、良い男だ



私の為にしてくれるその「良い男」の行為なら

全て受け止めよう


有難う


また

私の周りの人達にそういった人が多いのは

皆、私をちゃんと女として守るべき存在として扱っていてくれることに

この上ない感謝を抱く

有難う


高飛車だと言われても

そんなことは構わない

君らはいつも私を特別と扱う


それが本当の「エスコート」というものなのだろう


女はそれに気持ちを良くし

男はきっかけを掴むのだ

中世そのまま

そんな紳士もいたっていいじゃない

実に素敵だ



まだ理解出来なくとも

女性へのエスコートはした方が、いい


それはつまり


思いやり、ということだ


私が今まで受けたのは優越じゃ、ない

彼らの思いやり、だ


私が超高級なフレンチのレストランで

困っている時、彼は言ったんだ

「難しいから手掴みでいいよ」

他の人達は呆気にとられたが

彼は平気で手掴みで食べた

「ほら、君もやってごらん」


そう言った彼は

本当の紳士だった


また

私が長いドレスに慣れず転んでしまったしまった時も

「うわーっ!」という派手な声をあげて同じように転んでくれた

その後

「恥ずかしいのは、一緒だよ」と

ダンスを申し込んでくれた

そんな彼の紳士っぷりは今も忘れられない




つまり紳士って



相手のことを大切に考える

大人の男だと私は思う


自分を確立していて、自己犠牲も理解していて

尚、他人を大切に出来る

尊重出来る


そういう人が

本当の「紳士」なのだと

私は思う








何故皆


これを目指さないのかな?