その9
 翌日、俺は眠い目をこすりながらビデオデッキをつけた。昨夜は楠木のために夜遅くまでアダルトビデオを物色していたのだった。しかし楠木には残念な結果を知らせなければいけない。

 ブーンという電圧音と供にテレビの中から冴えない楠木の顔は現れた。俺の顔を見るなりハァハァと興奮を隠せないでいる。まるでお預けを喰らった犬のようだ。

「やぁ! 神田くん、ごちそうさん!」
「ごちそうさんじゃないだろ、まだ何もやってないよ」
「じゃぁ早く早く。くれくれ!」そう言いながら、楠木は犬のチンチンの格好をして見せた。ハァハァという吐息は、真似てるのやら本気なのやら。

「いや、あのさ、ちょっと残念な話しがあるんだけど……」俺はそう言いながら、これを言った後の展開をどうしたものやらと思案した。怪訝そうな俺の顔は、鈍感な楠木でも理解できるところだろう。
「なんだ? 残念って何がだ? その不安そうな顔はやめてくれよ。なんだか恐いよ」楠木が言った。

「いや、恐がる話しじゃないんだよ。新作のアダルトビデオだけどな、昨夜遅くまで調べてやったんだよ」
「うんうん。なるほど。夜中にアダルトビデオ選びか、おまえも好き者だな」
「おまえが頼んだんだろ」
「それはそうだけど、おまえのことだから嫌々選んだわけじゃないだろ」楠木は鈍感なくせに偶に鋭い。
「まぁ見ているうちに楽しくなったことは否定しないよ。最近はネットで試しに見れるからな。いや、そんな話はいいんだよ。残念なのはな、最近の新作っていうのはDVDでしか出てないんだよね」
「DVD? ビデオは出てないのか?」
「あぁ、俺の見てたサイトでは、新作はDVDオンリーだったよ」
「ふーん……」
「ビデオとなると少々古いのしかないな。古いといっても新作ラッシュのアダルトビデオ界だと、俺なんかの知識では新しい部類に入るんじゃないかな? 現にここ二三年でデビューした女優も俺は知らなかったわけだし」
「……」
「でさ、あらためて訊こうと思ったんだよ。おまえ、ここ二三年で発売されたビデオで欲しいのがあるのかってね」
「……」
「レンタル用のビデオは高いから、セル専用の安いのをリクエストしてくれよ」
「……」
「最後に一緒に呑みに時に女優の名前言ってなかったっけ?」
「……」
「って、こら! テンションの下がり方がはっきりしすぎてるぞ!」

「だって……」そう言いかけた楠木の瞳には涙が浮かんでいた。泣くことはないだろ。
「新作だって多少古くたって初めて見るものなら一緒だろうが? あ?」
「だってよ……。俺は自ら進んでビデオデッキの中へと入ったんだぞ? それがなんだよ、気づけばもう時代遅れってか?」そう言った後で楠木は二度ほどヒクヒクとしゃくりあげた。子供じゃあるまいし、なんだよ。

「時代遅れも何も、おまえが失踪した時には既にDVDは安く出回ってただろうが? それにおまえってDVDデッキも持ってなかったっけ?」
「ああ、確かに持ってたよ。でもコレクションにビデオが多かったから、入りたくなったのはビデオデッキだったんだ。これは必然だ」
「何が必然だ、だ。しかしそれを考えると、ビデオデッキが出回り始めた頃にエロカセットテープと絡みたいばかりにラジカセに入ってしまった奴もいるだろうな」俺はどうでもいい心配をしてしまった。
「ああ、可哀想にな。声だけの世界でどうやって絡んでいるのか謎だし、そもそも声優がどんな顔かも知れないのに、チャレンジャーだよ。尊敬に値するね」そう言って楠木も、どうでもいいことに賛同してみせた。しかし尊敬までしてどうするのだろう。

「ホント、可哀想だね。じゃぁ今日はこの辺で……」俺は馬鹿馬鹿しくなって会話を適当に切り上げて出かけようと思った。
「コラコラ! 待たんか! 俺への同情はどうした?」それを楠木が引き留めた。
「同情はしてないよ。おまえが勝手に憐れんで見せただけだろ。要するに新作のDVDは再生できないからちょっと古いセルビデオをリクエストしろって言ってんだよ。俺をイラつかせるな!」
「ちょっと待て! 待ってくれ! こういうのはどうだ?」
「なんだよ。おまえは楠木の癖に何か思いついたのか?」
「刺のある言い方だが、それはもういいよ。それより俺のアイデアを聞いてくれ」
「聞きたくなくても、どうせ聞くまで呼び止めるんだろ? さっさと言ってくれ」
「簡単な話しなんだ。新作DVDをダビングしてビデオで再生すればいいんだよ」楠木は人差指を立ててナイスアイデアと言わんばかりのポーズをとりながら言った。

「なんだよ、それ。俺が面倒なだけじゃないか。それに最近のDVDってダビングできないんじゃないのか?」
「それは知らん」今度は楠木は知らないことを威張った。
「自信満面に知らないことを威張るなよ。しかし試してみる価値はあるな。DVDから直接ダビングできなくても、テレビに写した画像をテレビの出力端子から録れなくもないか」
「だろ? だろ?」
「何が、だろ? だよ。おまえさっき知らんって威張っただろ」
「そんなイケズな態度とらずに頼みます! この通り!」そういって楠木はテレビの中で土下座してみせた。
 こんなことに、そこまでやってみせる楠木を俺は、うっかり尊敬に値すると思ってしまった。

「しかし、それならそれでDVDデッキを買わないといけないな」俺は貧乏なので余分な出費は困るのだった。
「借りは返すから、貸しといてくれ」さもありなんと楠木は言ってのけた。
「どうやって返すんだよ。まぁいいよ、今ちょっと俺にも秘策を思いついたから。それについては、おいおい話すとして、ま、今回はDVDデッキとソフトを買ってやろうじゃないか」
「秘策? なんだ?」今度は楠木が怪訝な表情を見せた。
「いや気にするな。後々のことだから。それよりDVDだろ? DVD」
「そうそう。DVD! DVD!」そう言いながら、楠木はふたたび犬のチンチンのポーズになていった。こいつ、これって無意識じゃないだろうか……

 とりあえず、俺も「D・V・D」と声を合わした。
 俺の部屋の中は、暫く「D・V・D」の合唱が響きわたった。響くほど広い部屋じゃないけど、雰囲気でね。

<つづく>
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   その8
 それから数ヵ月の間、俺と楠木は互いに餌を与えあった。与えあったといってもこっちは異常性欲者ではないので、楠木がほぼ毎日のビデオ再生を要求するのに対し、俺はせいぜい中二日がいいところだった。

「今日は誰にしようかな~」楠木の毎日の台詞だ。
「おまえって、朝からいきなりだな」俺はいつも呆れている。
「よく言うよ。おまえだって俺ほどじゃないが楽しんでるだろ」
「まぁ……。それは否定しないが……」
「気取るんじゃないよ。俺の毎日とおまえ中二日とはペースだけの問題だ。俺の能力を使ってAV女優相手に破廉恥な行為に勤しむ俺とおまえは、人が見れば同類のスケベ野郎なんだよ」楠木はいつになく辛辣に当たってきた。

「ちょっと待て。俺はスケベが悪いと思ったこともないし、恥じたこともないぞ。それにこの能力は、おまえのだけの能力じゃないだろうが。おまえはただビデオデッキに住み着いて、俺からのビデオ供給を待っているだけだろう。おまえが俺のためにビデオ再生するのは、俺へのお礼ということじゃなかったのか? 俺はおまえに気を使ってギブアンドテイクと言ってるがな、実際のおまえは俺への寄生だぞ。俺はべつに何もして欲しくはないんだから、俺だって何もしてやんねーよ。いいのかそれで?」
「……」楠木は黙ってしまった。俺はちょっと言い過ぎたかなと反省した。
「確かにその通りだな。悪かった。俺は異常性欲の変態でいいよ」意外にも楠木は素直になった。ってういうか、開きなおったのか?

「おいおい。どうしたんだ? 開きなおったのか? 俺も言いすぎたよ」
「いや、そうじゃない。言われる通り、俺はおまえにビデオを再生して貰わなければここに居る意味がない。だからどうせこんな生活してるなら、毎日好き放題するしかないと割り切っていたんだ。俺はもうビデオの中で生きるしかない身だからな。おまえは普通の人生ができるんだ。そんなおまえと俺が同じわけないよな。俺はビデオの中で毎日毎日AV女優とまぐあうしか楽しみのないとびっきりの変態だ。変態・変態・雨・変態の変態のエース格だ。中二日でしか投げられないおまえは、まだ変態界でいえば谷間の変態だ。こんな変態の世話を焼かしてすまなかった……」そう言って楠木はうつむいてしまった。

「よくわからない表現でしおらしいこと言うなよ。ある意味、元に戻れないことを悲観して自棄糞で毎日異常性欲に浸ってたと言いたいのか? ま、それはわからんでもないけどよ。さっき俺に悪態ついたのも、普通の人生送りながら特殊能力の恩恵まで味わえる俺に嫉妬してたってわけか? そうだよな、おまえは人生を捨ててそこに居るもんな……」俺は楠木が気の毒に思えてきた。今さら思うのも何なのだが。
「気の毒に思ってくれるのか?」楠木が頭をあげて言った。
「ああ、思うよ。考えてみれば他に人生の楽しみが無いんだから、毎日毎日あれにふけってしまう気持ちはわかるような気がする」俺はそう言った。だが気持ちはわかるが体力までは理解不能だ。

「ありがとう、神田くん!」
「なんだ。くん! って……」
「いや、同情してくれる君の優しさに乾杯ということだ」
「君ってなんだよ。乾杯って変だぞ」
「同情してくれる神田くんに頼みがあるんだ」
「頼み? できることならやってやるけど……」
「気づかないのか?」
「気づくって何がよ?」
「……」
「おいおい。何を黙ってるんだ?」
「いや、考えてみれば頼みづらいなと思ってさ……」
「言うだけ言ってみろよ」
「じゃぁ言うぞ」
「ああ、できることなら叶えてやるよ」
「そろそろ今持ってるビデオに飽きてきたから、新作を買って再生してくれ!」そう言って懇願する楠木の目はチワワのように潤んでいた。

「……」俺は言う言葉もない。
「金か? 金の問題なのか?」
「金じゃないよ。ある意味、おまえのそういうところは尊敬に値いするわ」俺は真剣にそう思った。
「見飽きたビデオをネットで売って金を作れよ。もともとは俺のもんだからそれでいいだろ?」
「売るも何も、俺がおまえの部屋から貰ってきたのはダビングしたものばかりだよ。売ったら違法だろうが」
「じゃぁもう一度俺の家に行って、セルビデオを貰って来ればいいだろ?」
「行けねーよ。恥ずかしいだろう。普通、そういう行為は恥ずかしいの!」
「ダビングビデオを山ほど貰って来た奴が今さら何を……」楠木がまた悪態をつきはじめた。こいつ始めから新作欲しさに欲求不満だったらしい。あれだけやってて欲求不満とは恐るべきだ。

「ダビングビデオの中には裏物もあっただろ? あれならもともとが違法だから闇で売ってもメーカーから訴えられる心配はないと思うぞ!」楠木も必死だ。
「おまえ、どこまで新作を見たいんだよ。いや、絡みたいんだったな。そう必死になるなよ。ダビングビデオは売らないよ。だいいち、俺がまだ一回も絡んでないやつがある」
「それがおまえの本音だったのか」
「本音の一部だよ。買うより売る方が足がついて恥ずかしいだろうが」
「そういうもんか?」
「おまえも売ったことはないだろ?」
「俺が売らないのは恥ずかしいからじゃない。持っておきたいからだ」
「そんなことで開きなおるなって。いいよ、もう。一作だけ俺が買ってやるよ。こんな馬鹿らしい会話続けたくないし」
「いやっほーーー!」楠木がテレビの中で飛び跳ねた。あほらしい。
「で、リクエストあるの?」
「うーん……。この中に住んでだいぶ経つからな。かなりの新人が出ただろうな。とりあえず新人の最新作を調べて、その中の売上げ一位をお願いします」そう言って楠木がペコリと頭を下げた。
 結局、俺は楠木のために出費するはめになった。どうも釈然としない良く晴れた日の朝だった。
 そこであらためて思う。考えてみれば楠木がまだこっちの世界にいたといしても、あの自分の部屋でエログッズに囲まれて暮らし続けてただけなんじゃないのかと。俺は何に同情したんだろう……。

<つづく>
   その7
「いや~~~、楠木くん。これからも仲良くしよう」
 俺は楠木のせいで膨らんでしまた煩悩を連帯責任者の卯月美保に爆発させた。時計を見ると3時間ほど経っていた。
「お~い! 楠木くん、もう寝たのかな?」
「寝てないよ。それよりもタオルをどかしてくれよ。止めはしないが、せめて俺にも見せて欲しかったよ。おまえは俺の絡みを見たくせに」楠木は少し不機嫌そうだった。
「俺はおまえと違って覗かれるの嫌だもん。それに俺が見たのはおまえの絡みじゃなく卯月美保と一人の変態男との絡みだよ」
「あー! 言ったな! でもまあいいよ」楠木はそれ以上昂ぶることなく納得してみせた。
どうやらさっきの「デッキぶっ壊す」が、まだ利いてるようだ。
「ああ、いいけどちょっと待って。そっちのビデオ巻戻して抜いてくれるかな?」
「なんでだよ? 先にタオルどかしてくれよ。そっちの背景が元に戻るところ見てみたいから」
「わかった。その前に俺ちょっとトイレ行ってくるよ。お腹が痛くなったから」そう言って俺は楠木の返事も聞かずにテレビから離れた。少なくともテレビの位置からでは見れない場所に、卯月美保の絞殺死体を隠さないといけない。興奮しすぎて最後に首を絞めて殺してしまった。ちょっと楠木のせいで膨らんでしまた煩悩を連帯責任者の卯月美保に爆発させ過ぎた。楠木のせいだ楠木の。

 俺の狭い部屋では人一人隠すのは難しい。なにしろ部屋のどこからでもテレビが見られるように配置を決めたのだから、逆にテレビからは部屋全体を見渡せることになる。俺は一計を案じた。
「うわ~~~! どういことだ? ビデオデッキが、ビデオデッキが~~~!」
 俺が叫ぶと楠木が不安そうに叫び返した。
「なんだ? なんだ? おい! デッキは壊すなよ? 壊すなよ?」
「ヤバイぞヤバイ! ビデオを巻戻して抜け! 早く早く!」俺がそう叫ぶと暫くして部屋がもとに戻った。卯月美保の死体も跡形もなく消えさった。

 俺は安心してテレビにかけたタオルを取り去った。
「悪い。気のせいだったわ」
 テレビの中の楠木に話しかけると、奴の顔は青白くなっていた。
「恐かった~~~。焦らすなよ~~~。なんだったの?」
「悪い悪い。それより卯月美保っていいね」俺は話をそらせた。まぁ、あれだけ好き放題させて貰ってよくないなんて言われたら彼女も浮かばれまい。
 楠木は俺を疑いの目で睨み付けている。
「今の騒動はちょっと怪しいね? 美保がどうかしたの?」
 楠木はつまらぬところで勘が鋭い。
「いやいや、美保が突如暴れ出したんだよ。そっちとこっちとじゃ若干動きに違いがあるようだ。バグじゃないか? バグ。このまま美保が暴走すると、何をしでかすかわかったもんじゃないからね。早く消滅させようと思ったんだ」俺は適当なことを言った。
「バグってなんだよ。俺の信仰の賜を欠陥商品みたいにいうな。それとも俺の信仰の対象がリコールでもしてくれるというのか? まったくもう……」楠木は違う方向に噛みついてくれた。楠木が馬鹿でなによりだ。
 俺はすかさず話題を変えた。
「それよりも、これでこのビデオデッキの機能の一部がわかったじゃん。俺もお前にビデオを再生してやる甲斐みたいなのが出来たよ。おまえもたまにそっちでビデオを再生してくれれば俺にとっても有り難い。これでどうだ?」
「ああ、そうしよう。お互いに餌を与えてやるようなもんだな。喧嘩にならなくていい」楠木も賛成した。
 が、この変態と俺とが、あいつの中で同類扱いであることを、俺はいまいち納得しかねるのだが……

<つづく>
   その6
「ちょっと! ちょっと!」
 俺は考え中の楠木に声をかけ我に返した。どうせ考えてるフリをしてるだけに決まってる。
「ん? なんだ?」と、いって楠木は目をこすった。こいつ寝てたみたいだ。
「さっきは話がそれただろ? そっちでビデオを再生したらどうなったかってやつだよ」
「ああ、役満になるやつね」
「マージャン知らないのに無理するなって。緑一色にしか映らないんだろ? もし今みたいにこっちと繋がってる状態だとどうなるんだ?」
「どうだろうね。何しろこんなことになるの初めてだったからな。よくぞ気づいてくれた我が親友よ!」
「気づいたんじゃないよ。偶然だよ。俺はおまえを探してたんじゃなくてエロビデオを貰ってきただけだ。おまえよりもエロビデオを見たかったよ」
「それだったら親友撤回」
「どーでもいいよ。っていうか、さっきはおまえから末永くよろしくと頼まれたばかりだぞ」
「そうだったな。じゃぁ今から親友ってことで」
「どーでもいいって。20年近くつきあいがあって今からもこれからもないだろ。そんなことよりそっちでビデオを再生してみろ」
「わかった。おまえが言うなら何か考えがあるんだな?」
「ああ、こっちとそっちでビデオ同士が門になって繋がってる可能性がある。これまでで知っているSFなんてそんなもんだったよ。それを試してみたい」
「おお! おまえ頭いいな!」
 そういいながら楠木はビデオをセットしはじめた。
「どうせならこっちと同じビデオを再生してみてくれ。同じだと門が繋がり易いかもしれない」
「おお! おまえ鋭いな!」
 そういいながら楠木は部屋の中から『ミポリン』のビデオを探し出しビデオにセットした。
「いくぞ? 再生ボタン、オン!」

 暫くして俺の部屋が違う部屋へと変わっていった。やはり向こう側のビデオの世界もこちら側に反映するようだ。
「俺の勘のとおりだった。こっちの部屋も変わったよ!」
 俺は興奮してテレビの中の楠木へと話しかけた。
「ああ、それはこっちにも映ってるぞ!」
 楠木も興奮しているようだった。
 部屋のドアを誰かがノックした。もしかするともしかするとおり卯月美保だった。
「おお! こっちにも卯月美保が現れたぞ!」
 俺は興奮を抑えられずに叫んだ。
「ああ! こっちにも見えてるぞ!」
 楠木も興奮しているようだった。
 俺は試しに卯月美保に話しかけてみた。
「ミポリン、俺の好きにしていいか?」
 俺にそう訊かれて卯月美保は嬉しそうにうなずいて見せた。
「おい楠木! そっちと同じだ。俺の思っていたとおりの反応だ!」
「そうなのか? これでいいんだな?」
「ああ、いいぞ! 順調だ!」
「順調なんだな? 神田! 次にどうすればいいんだ?」
「おい楠木!」
「なんだ? 神田!」
「ギブアンドテイクだ! 暫くおまえは休んでおけ!」
 そういって俺はテレビにタオルをかけて楠木の視界を遮った。
「え? どういうことだ?」スピーカーからくぐもった楠木の声が聞こえた。
 俺はタオルをまくりあげ、「もしビデオを止めたらデッキをぶっ壊すからな!」と、おそらく先ほどの楠木よりも凶悪な顔で奴を睨み付けてから、急いで美保に飛びつきにいった。
 どうやら先ほどからの俺の興奮はこっちのものだったらしい。さっそくたっぷりぶちまけることにした。

<つづく>
   その5
 俺はビデオに見入っていた。いや、正確にはビデオではなく、楠木と卯月美保との絡みにだ。途中で自分が覗き趣味にでもなったようにも感じたが、これを最後まで見届けるのがおのれの使命のようにも思われた。なんて言い訳がましいことを言っているが、覗きで趣味で結構、覗くだけの価値はあった。楠木の性欲は想像を絶しており、風俗店での時間の縛りから解き放たれた奴は、卯月美保を嬲り続けていた。

 途中、俺は我に返り、ふと気づいたことがあった。市販のビデオをダビングしたものならせいぜい長くても2時間ぐらいだろう。しかしなんやかんやとそれ以上が経っている。見ると、再生ランプは点燈しているが、ビデオの回転は止まっているようだった。さっきは一時停止に反応して硬直した美保だったが、テープが終わっても美保は止まってはいない。どうやらビデオテープや作品の長さとは関係ないらしい。やはりテープからデータさえ読み込めば、後はデッキが自動的に像を創り出しているようだ。これって信仰じゃなくて技術じゃないのか? 未来の家電にありそうだ。俺は二人の絡みを見つづけた。

 ふいに俺を呼ぶ声が聞こえた。
「おい! 神田! 神田ってば!」
 楠木が俺を呼んでいた。
「おお、なんだ?」
「なんだじゃないよ! また一時停止ボタン押したのと違うか? ミポリンが固まってしまったぞ!」
 確かに楠木は喋っているが、美保は動かず止まっている。さっきはテープの時間に無関係だと思ったが、どういう条件で止まったのだろう? バグだろうか? って家電じゃないよな。楠木曰く信仰なんだったな。

 俺は美保の顔をよく見てみた。口からよだれを流している。
「押してないよ。っていうか、よく見ろよ。白目剥いてるじゃん。失神したんだよ。ベットにもあちこちに血が滲んでるぞ。おまえは鬼畜か」
「え? そんなに俺って凄いんだ?」
「凄くないよ。ミポリンは喜んでなかっただろが。ひたすらおのれの欲望のために激しく突いてただけだろ。もう3時間は経ってるぞ」
「見てたのか? のぞき魔! 変態!」
「見てたのか? じゃないだろ。途中で何度も俺と目が合ったじゃないか。明らかに見られてることを意識して興奮していたぞ」
「見られると興奮するよね~」
「開きなおるなよ。どうせ異常性欲で変態なのは知ってたけどな」
「おまえ、失礼だな」
「ビデオの中に入りたいと願っておいて、今さら変態呼ばわりされて失礼だなはないだろ」
「まぁそういうな」
「言うよ。その白目剥いて気絶してる卯月美保みたら言っていいだろ。というか、それでもまだ突いてる腰を止めてやれ」
 楠木は俺と話してる間でも失神している美保を凌辱し続けていたのだった。
「ああ、そろそろ飽きてきた頃だった。失神して反応もなくなったからね。で、悪いけど次ののセットしてくれない?」
「今日はもう止めとけ」
 俺は呆れてしまった。っていうか正直恐くなっていた。
「もう巻戻して抜くぞ?」
「ああ、言われる通り今日はこれで止めとくよ。じゃぁ仕上げに……」と、いって楠木は卯月の首に手をかけた。
「おいおい! 何をする気だ?」
「どうせこっちの世界では罪にならないし捕まらないし……」鬼畜決定。こういう奴が何かをきっかけにニュースを賑わし、戦場でとち狂うのだな。この未来の戦犯野郎。
「なんちゃって! しないよ、しないよ!」と、冗談ぶっていつものニヤけ顔をしてみせたが、どうも目は笑っているようには見えなかった。止めてなければ殺ってたんじゃないのか? いくら偽物相手で犯罪が立証しなくても、そりゃもうやってるのと同じだ。俺はすぐにビデオの巻戻しに取り掛かった。

「ところでさ」
 俺はあらためて楠木に問いかけた。
「なんだ?」
答えた楠木の背後は既にブルーに戻っていた。ミポリンのビデオを巻戻して抜いたからだ。
「さっき、ビデオを再生する前の状態だと、そっちは部屋の中だと言ってたな?」
「ああ、俺の部屋のまんまだ」
「小汚いよね?」
「ほっとけよ」
「ほっとくよ。あの部屋の中の物が全部あるんだ?」
「ああ、あるある。ビデオも写真集も雑誌もあるぞ。この世のパラダイスだ」
「おまえのパラダイスってそんなレベルか。それならそのパラダイス以上の天国がビデオの中というのも納得できるな」
「ほっとけよ」
「ほっとくよ。っていうか、さっきまでほっとこうとしたら待て待てと、かまって欲しがったのはおまえだろ。俺が聞きたいのは、そっちの部屋にもビデオデッキがあるのかということだ」
「ああ。あるよ」
「なんだ、じゃぁそれでそっちでもビデオは見れるんだ?」
「いや、見れないんだよ。映らないんだ」
「え? そうなの? 何も出ないの?」
「いや、画面一杯に緑一色が出る」
「ほう。役満か」
「なん?」
「あ、マージャン知らなかったっけ?」
「知らん」
「エロしか興味ないもんな」
「ほっとけよ」
「ほっとくよ、っていうかさ、さっきビデオもあるからパラダイスとか言わなかったか? 見れないならテープあっても意味ないじゃん」
「それなんだよ。さっきは負け惜しみだ」
「この世から消えといて負けも価値もないだろ」
「あー! 今おまえ勝ちじゃなくて価値もないと言っただろ?」
 楠木は妙なところで勘が鋭い。
「だいたいこの世から消えたなんて死んだみたいに言うな」
「おまえの居場所はビデオの中だろ。誰がみつけられるんだ。しかも今は俺しか知らない。まだ蒸発して1年だが、いつかは法的にも死亡ということになるぞ。それともそこから自力で出られるのか?」
「それはわからん。こっちでも頑張って信仰して自由にこっちとそっちを行き来できる神通力を身につけるのみだ」
「だから信仰じゃないだろ。こんなこと実現させる宗教なんかないって。煩悩の夢を叶えさせてるじゃん。それに神通力ってなんなんだよ。おまえのやってる宗教ってそういうのだったか?」
「あ! 今のヒントになったぞ! 煩悩の夢でこっち来たから、それを捨てれば戻れるかも」
「おまえ、さっき行き来できる神通力を身につけるとか言ってたじゃない。思い切りビデオの中に執着してて簡単に煩悩なんか捨てれないだろ?」
「捨てれないな。自分でも確信できるぞ。それに正直いうと、そっちの世界にはもう未練なんかない」
 楠木はきっぱり言い切った。
「だったら気持ちはもうこの世から消えてるんだよ。現世を捨て死んだも同じだ。だからそう噛みつくな」
「う~ん……。言われれば納得かな。しかし理屈で死んだも同様って言われても、俺はまだこっちの世界では生きてるぞ。だから末永くつき合ってくれ」
「ああ、わかったよ。けどよ、俺はおまえのために毎度毎度エロビデオを再生するだけなのか?」
「だからおまえもこっちの世界に来い!」
「嫌だって。それに俺が行ったら誰がビデオを再生するんだ。そんなことまともな人間に頼めるか」
「そうだな。一番いいのはビデオの世界でビデオが再生できればいいんだが……」
 楠木はそういいながら考え込んだ。何か根本的に間違ってると思うのだが。

<つづく>
   その4
「それで俺にどうして欲しいんだ?」
 俺はシャワーを浴びて飯を食ってから再びテレビの前に座った。
「待ってました! よく聞いてくださいました! 神田様! 一年間の我慢は長かった~~~~!」
 テレビの中の楠木は本気で涙ぐんでいた。
「え? ビデオの中でも時間はあったんだ? 電源入れてないときはどうしてたの?」
「あれ? そっちではどう映ってるんだろ? 俺のまわりは俺の部屋のままだよ。エロビデオと写真集と雑誌だらけのまんま」
「なに? じゃぁ家から外にも出られるの?」
「それは知らない」
「知らないってどうよ? 1年間部屋から出ようとしなかったのか?」
「出る必要ないからね。ビデオデッキの中の世界で仕事に通ってどうするよ。会社があるかどうかも知らないし、働いたところで給料あるのかどうか」
「まぁ確かに理屈ではあるな……。っていうか、部屋の外がどうなってるか気にならなかったのか? 腹とか減るだろ?」
「気にはなったけど、確認するの恐いじゃん。夜中に人気のないところで人に出くわしたらかえって恐いだろ? それと一緒だ」
「なにが一緒だ、だよ。もともとおまえは出不精だからな。それよりも腹はどうなんだよ。喉も渇くだろ?」
「それがな、こっちの世界では欲望が湧かないらしい」
「嘘つけ! 性欲が抑えきれないからそこに居るんだろ?」
「まぁそうだけどな。ほんとは適当に腹が減ったと思ったら、食べたいものが部屋の前に置かれてるんだよ」
「そっちの方が恐いだろ……。誰が用意してるんだか……」
「たぶん俺の信仰している御本尊がイメージ通りに偶像化して運んできてくれてるんだろうな」
「もういいよ。さっさと俺にどうして欲しいのか言え」
「じゃぁさっそくエロビデオを再生してください!」
「なんでもいいのか?」
「なんでもいいです!」
「ダビングしたものしか貰ってこなかったぞ?」
「あげないよ。貸してるだけだぞ。なんでもいいから早くプリーズ!」
「人に頼んでるわりにはケチくさいこと言うなぁ。まあいいけど、じゃぁとりあえずこれからいくわ」
 俺は『ミポリン』と書かれたビデオをセットして再生ボタンを押した。

 俺はテレビ画面を見つづけた。ビデオは再生になっているが、いっこうに映像は現れなかった。
「あれ? 出ないな。『ミポリン』と書いたのを再生したんだが」
「おお! 『ミポリン』か! サンキュー!」
 楠木はテレビの中で有頂天になっている。
「でも始まらないぞ? もしかして消してしまったのかな? でもそれだとしても画面に何かは映るはずだけどな」と、そこまで言って俺は息を飲んだ。

 さっきまでブルー一色だったテレビの楠木の背景が、どこかの部屋になったからだ。中の楠木もキョロキョロしている。どうやら中でも変化があったらしい。
「部屋が変わったように映ってるぞ」
 俺は話しかけてみた。
「ああ、どうやらそのようだ」
「あ!」
俺は部屋の中のドアから女が入って来るのを見た。
「ああ! 来た! 来た!」
 楠木の喜びが頂点に達している。いやいや、これが頂点なわけないか。
「おい! そっちにも見えるか? ミポリンだぞ!」
 楠木が俺に女を紹介した。かなり綺麗な女性だったが、俺は顔を見たことはなかった。
「04年度のベストAV女優の卯月美保ちゃんだぞ!」
 楠木がなぜか威張っていった。そんなことを知ってて威張られても困る。
「ではでは、好きにさせて貰いま~す!」
 楠木は喜び勇んで美保に抱きついた。美保も美保で「は~い!」と返事をして体を任せている。
 そこで俺はポーズボタンを押してやった。とたんに美保の動きが硬直した。
「こら! 何をするんだ!」
 楠木の顔が凶悪になって俺を睨んだ。
「ちょっと待てよ。お前のこのビデオって男優は出てないのか? なんで女優しか出ないんだよ? それにその女優、さっき返事したけど人格はあるのか?」
 俺の素朴な疑問だった。
「そんなこと知らないよ。そういうシステムなんだろうな。いらない男優のデータは無視して女優のデータを読み込んで人格を含んで再生するんだろう。そしてこの世界では俺のいいなりになるってわけだ。信心のおかげだ」
「なるほど、というか、お前ののクセにシステムだのデータだの難しいこと言うなよ。それにそんなこと信心で願うな」
「まぁいいじゃないか。おまえも俺が羨ましいなら信心しろよ」
 羨ましくないことはないが、こんなことを叶える宗教も宗教だと思う。
「さぁ、早く再生を戻しておくれ~~~。」
 楠木の息づかいが激しくなっている。おまえはお預けを食らった犬か。
「さっき食事は食べたいものが置かれてるとか言ってなかったか? 抱きたい女を想像したらお届けしてくれないのか?」
 俺の素朴な疑問だった。
「俺も試してみたが、そういうシステムにはなっていないようだ」
 さっき言ったシステムとは違う意味に聞こえる。デリヘルじゃないだから。
「ああ! もしかして!」
 俺は気がついた。
「ん? なんなんだ?」
「食べたいものは食べたことあるものでないと駄目じゃなかったか?」
「う~ん……。食べたことあるものしか想像しなかったからな」
「きっと女も抱いたことある女しか出てこないんだよ」
「なるほどな。それはあるかもな」
 楠木は納得してみせた。
「だからビデオを再生しなくても抱いたことある女ならお取り寄せができるってことだろ?」
「でも、ビデオで見てるだけじゃ駄目なんだろ?」
「ビデオは駄目でも今まで抱いた生身の女を思い出せばいいだろ?」
「う~ん……。俺、これまで相手はプロだけだったし、顔を覚えるほど同じ相手を指名しなかったから……。」
「そうか、今一時停止をを解除してやるぞ」
 俺は楠木が不憫になり、さめざめと涙しながらポーズボタンを解除してやった。

<つづく>
   その3
 気がつくと俺は裸のままで倒れていた。正確にはフリチンだが、そんなことはどうでもいい。時計を見ると深夜になっていた。嫌な夢を見たせいか目覚めが悪い。ビデオを見ながら寝たようで、テレビがついたままになっていた。

「気がついたか?」またしてもテレビから楠木が話しかけてきた。
 どうやら先程のことは夢ではないらしい。俺はもう気を失うことはなかった。
「お? もう馴れたか? 順応が早いね」
「ああ、おまえほどの変態だったらこんなこともあるだろ」
 俺は楠木の常人離れした変態性に前々からある種のパワーを感じていた。変態性に常人離れしたもないのだが。
「バカいえ、これは変態かどうかの問題じゃない。異常性欲なのは認めるが、この能力は俺の信仰心の賜物なのだ」
 楠木は、よくわからない自信でもって威張ってみせた。
「信仰心ってどうよ?」
 俺は楠木が何を言いたいのかわからなかった。

「だから信心だよ。俺が一生懸命だったので願いを叶えてくれたんだ」
「願いってなんなんだ。おまえのやってる宗教団体って世界平和が目的なのと違ったのか?」
「そんなのタテマエに決まってるだろ。いや、皆は知らんが俺には俺の願いがあったんだよ」
「その願いがテレビの中に入ることだったのか?」
「違うよ。入ってるのはテレビじゃなくてビデオデッキだよ」
「似たようなもんだろ。どーでもいいよ」
 俺は本当にどうでもよくなってデッキのスイッチを消そうとした。
「ああ~~! 待ってくれ! 待ってください、神田くん! 聞いてくれ、まず聞いてくれ!」
「なんなのよ?」
「俺の願いはビデオデッキに入ることだけじゃないんだ。俺はな、毎日毎日信仰しながら、毎日毎日エロビデオを見ていて、毎日毎日俺もエロビデオに出てくるような女とヤリタイなーと思って、毎日毎日エロビデオの中に入りたいと願ってたんだ……」
「そうか、良かったな。じゃ!」
 馬鹿馬鹿しいので俺はまたスイッチに手を伸ばしかけた。
「待て! だから待ってくれ! 最後まで聞いてくださいよ!」
 悲愴な声を出して楠木がそれを止めた。
「いいよもう。わかったから。願いがかなって良かったじゃない。っていうか、家族が泣くぞ、そんな願いは」
「あいつらは常に笑ってるよ」
「うん、まぁ確かにニヤついてたな……」
「そんなことはいいんだよ! でな、ビデオに入ったものの、肝心のエロビデオを再生しないことには絡みができないらしいんだ」
「らしいんだって誰に聞いたんだよ。おまえのやってる宗教の御本尊でも出てきてそう言ったのか?」
「だと思う。俺のイメージの偶像になって出現したが、あれはたぶんそうなんだろうな」
「悪魔じゃないのか? それ」
「俺のやってる宗教に悪魔という概念はない! あるとすれば魔だ!」
「似たようなもんじゃないか。呼び名はどうでもいいよ。それよりどういう判断基準でいい方に考えたんだ?」
「だから俺のイメージ通りの姿だったからだって。あの観音さまのようにお美しいお姿は……」
「お前のは観音信仰じゃないだろ? だいたいお前のイメージって、どうせ今一番気に入ってるタレントかなんかだろ? だいたい悪魔でも魔でも悪者は古今東西相手の弱点につけいると聞いてるぞ?」
「それは否定しないが、もし魔だったら俺の願いを叶えてくれるはずがない!」
「だから願いを最後まで叶えてないじゃないの。ビデオデッキに入れられただけだろうが? ビデオを再生して貰わないとやりたいこともできないんでしょ? 中途半端な……」
「それは俺の信仰が足らなかったからだろう……」
「そうか、なるほどな。じゃ!」
 つき合ってられないので俺はまたスイッチに手を伸ばした。
「だから待てって! 消すな! 消すな! 消すな!」
 楠木が目を血走らせて俺を引き止めた。
「わかったよ。消さないよ。最後まで聞くよ。でもその前に服着させてくれ」
 俺はまだフリチンのままだった。

<つづく>
   その2 
 自宅に戻ったときには夜になっていた。思っていた以上に荷物が増えてしまい、運ぶのにも苦労した。最初はビデオだけを持ち帰ろうとしていたが、自宅のビデオデッキの調子が悪かったことを思いだし、ついでにそれも貰って帰ることにした。

 原付にエロビデオとデッキを積んで走る三十路男というのもかなりイタイものがある。俺も楠木のことを言ってられない。原付の前や後ろや足を置くところ、座席の中にまでビデオを積み込み、落とさないようにコケないようにとゆっくりバランスをとりながら走ってきた。なんだかんだ言っても俺もビデオを大切に扱ってる。やはりエロビデオは男にとって永遠の宝物なのだなと納得した。

 そういえば戦場で女性の写真を持っているだけで何かと優遇されたと聞いたことがある。そういうものはよくできた後日談なのだろうが、あっても不思議ではなかったように思う。江戸時代では春画が出回り後生大事に使われていたとも聞いた。もしや父から子へと代々伝わるような代物だったのだろうか。味わい深い話しではあるが、今でも相続され続けているとしたらどうなのだろう。名家なら15才になった日に渡される儀式のようなものまであるかもしれない。「長男は15になったその夜に、これで抜くのが当家のならわしじゃ」俺ならそんなこと父親から言われたくはない。言ってないか。言わないよな。しまった、つまらぬ妄想をしてしまった。

 貰ったデッキのセッティングを終え電源を入れてみた。まずはビデオを入れずに映りだけの確認をした。テレビのチャンネルをビデオにあわせると、ブラウン管の中央に小さな光が現れた。光は次第に広がり始め、最後には人の姿を映し出した。

 それは見覚えのある顔だった。楠木だ。テレビの中に楠木が居る。俺はビデオの中にテープが残ってないかを調べてみた。何も出てこない。空なのだろうか、それとも取り出し装置の故障だろうか。

 俺がもう一度テレビに視線を戻すと、楠木も中から俺を見つめていた。
「おう! ひさしぶり!」中の楠木が話しかけてきた。

 どうせ手のこんだ悪戯だろうと思っていた俺は、驚きはしなかった。俺はデッキのビデオの取りだし口の蓋をこじ開けてみた。排出装置が壊れていても、蓋ぐらいなら手動で開けることができるはずだ。中にテープが残っているかは確認できるはず。しかし無かった。何も無い。

「テープは入ってないぞ。再生中じゃない。こっち向けよ」中に居る楠木がまた話しかけてきた。

 俺と楠木は暫く無言で見つめ合った。
「悪戯だろ?」俺はまだ疑いながらも楠木に話しかけてみた。ここでどう切り返してくるかで悪戯のデキがわかるというものだ。

「悪戯じゃないよ」と楠木が答えた。こんな答えならあらかじめ録っておくこともできる。

 俺は服を脱いで裸になって訊いてみた。
「俺は今何を着てる?」
「フリチンだ。見たくないから服着ろよ」

 俺は画面に股間を押しつけてみた。
「俺は今何してる?」
「何してるって、かなり奇異な行動をとってるな。気持ち悪いからやめてくれ。電磁波が睾丸に悪いかもしれないぞ」
 それを聞いた俺はそのまま気が遠くなっていった。これは電磁波の所為じゃないことだけはわかっていた。

<つづく>
   その1 
 友人の楠木勇悟が蒸発して一年が過ぎていた。先週の頭に楠木の母親から連絡があり、勇悟の所持品で欲しいものがあれば渡しておきますとのことだった。行方不明とはいえ、まだ一年しか経っていないのに、いきなり形見分けの相談とはどういうことだろうと思いながら、とりあえず彼の家へと出向いてみた。

 楠木勇悟と俺とは中学の頃からの友人で、地元に残った同窓生が少なかったことから三十路を越えようかという今でも頻繁につきあいを続けていた。とはいえ二人とも友人は少ない方なので、どのみち飲みに行くとなると誘う相手は決まっていた。

 家に着くと楠木の母親が出迎えてくれた。
「あ、来てくれたの? じゃぁさっそく部屋に上がって好きは物を選んでよ」相変わらず楠木と同じ顔をしている。それでも知り合って十五年の月日は長く、既に六十を越えた老人の顔になっていた。
「ではおじゃまします」俺は言って奥の部屋へと進んでいった。

 部屋の中は、いい歳こいて両親と同居する独身中年男の部屋以外のなにものでもなかった。汚い。ひたすら汚い。蒸発中も持ち主の部屋をそのままにしておきたいと思うのが人情なのだろうが、あたりに散乱している物だけならまだしも、床の細かなゴミや埃までそのままとはおそれいった。

「どう? 欲しいものあるかな?」母親が俺に背中から問いかけた。俺は呆れていた。あるもないもない。この部屋にはアダルトビデオとヌード写真集と青年雑誌と本しかない。しかもついさっきまで使っていたかのような状態だ。触るのも躊躇するほど生々しい。

 あいつは本当に蒸発中なのか? と、心の隅から疑問が湧いてくる。俺は振り返り母親に向かい確認した。

「本当に今でもあいつは行方不明なんですか?」
「そうなのよ。でもそう思えないぐらいこの部屋には気配を感じるでしょ?」母親はニヤつきながら答えた。なんでニヤついてるんだろうと思ったが、もともと楠木も母親もえびす顔なのだった。
「こんな物しかないけど、神田くん要らない?」といいながら、やはり笑いながら積み上げられた品々を指さした。なぜ笑ってるんだと思ったが、そりゃそうか、中年にさしかかった息子の残したものがこんなものばかりじゃ自虐的に笑いたくもなるか。
「ええ、適当に貰っていきますけど、弟くんらは残しておけって言ってませんか?」俺も俺で馬鹿なことを言ってしまった。エロビデオに写真集を何を悲しくて譲りあってるんだろう。
「ああ、心配しなくても先に欲しいのは取ってるはずだから……」と、やはり母親は笑顔を見せた。このセリフを言うときは笑顔しかありえないだろう。他にする顔がない。兄の残したエログッスを弟が貰っていくのだから。しかも皆がいい年齢の中年兄弟ときている。人前で情けない顔をすれば余計みじめになるだけだろう。

 そうは言っても何てことはない。楠木の母親からすれば俺も同じ穴のムジナだ。だからこそ俺にも連絡をよこしてきたのだから。
「でも、あれからまだ一年しか経ってませんよ? 戻ってきた時の為に残しておかなくていいんですか?」
「だから神田くんに連絡したのよ。下の子や神田くんなら取り返せるでしょ? 勇悟が帰ってきたらきっと自分で取り戻しに行くはずよ」
「ああ……」
「だって、本当にもういらないのなら古本屋にでも売るわよ」そりゃそうだ。
「なるほど……」結局このままでは掃除する気にもならないから品数を減らしておきたいということか。

 しかし、いったん貰っておくのはいいとして、持って帰るときにこれとこれを貰いますと確認しなければいけないのだろうか。礼儀としてはそうなのだろうが、そんなことをすれば俺の好みを教えるようなものだが……

 俺はもう一度あたりを見渡した。写真集よりもビデオテープの数が若干多いように思える。ビデオテープはセル専用の新作らしき物もあるが、ダビングしたとおぼしきものも多い。写真集やパッケージに入っているビデオテープはそれとわかるが、ダビングしたビデオテープは背表紙に汚い文字で殴り書きしてあるだけだった。
 しかもタイトルではなく女優名を自分なりのあだ名で書いてある。『くるくる』、『ミポミポ』など、かなりイタイが楠木の趣味からそれとなくわかる俺も自分自身が悲しい。
 俺はこれらのダビングビデオを持ち帰ることにした。これなら楠木の母親も中身はわかるまい。とはいってもエロビデオであることに疑いを持ちはしないだろう。俺も今さら何なんだ。とりあえず俺は紙袋を貰いダビングビデオばかりを詰めていった。

「裏ビデオだけでいいの?」と母親が訊いてきた。
「ええ、これだけでいいです」と俺は答えた。

 おい、今、裏ビデオと言わなかったか? 中身がはっきりしていないダビングビデオだから中にはそれもあるかもしれないが、これらの総称を裏ビデオで確定されてしまっていいのだろうか。これじゃ写真集やセルビデオよりイメージ悪い。

 しかし「これらは裏ビデオではありません。きっとレンタルビデオを自分が楽しむためだけに合法的にダビングしたものです」なんてわざわざ説明するのもおかしいのでやめることにした。できればそうしたかったのだが……

ていうか、俺は今とっさに「ええ」と肯定してしまってるし。

<つづく>