BSドキュメンタリー 「シリーズ アフリカ2008 女性たちの国づくり・ルワンダ・民族対立は超え
テーマ:社会起業家『BSドキュメンタリー 「シリーズ アフリカ2008 女性たちの国づくり・ルワンダ・民族対立は超えられるか」ルワンダ女性の国づくり』「28日から開かれる「アフリカ開発会議」を前に、アフリカの現状を伝えるシリーズの1回目。ルワンダでの女性 による平和再建への試みを追う。80万人が虐殺された事件から14年。多くの男性を失った同国では女性が国家再建の重要な役割を担う。国会議 員の約半数が女性で、大統領府大臣など6つの閣僚を女性が務める。国家再建の一翼を担う和平調停国会委員会の裁判官も女性が就任。虐殺被 害を受けた人々への援助を投資家から引き出すなど、実績を挙げてきた。だが紛争中に暴行を受けた女性は生まれた自分の子供を愛せない人も 多く、母子ともども親族から疎まれ孤立無援の貧困の中で暮らしている。そうした母子家庭に対し、女性国会議員の会ではNGOや民間セクター と協力して支援や心のケアに取り組んでいる。同国は、もともと男性優位の部族社会のため女性が指導的責任を負うことへの抵抗が激しいが、 女性たちは平和な国づくりに取り組み続けている。」
今年4月。ルワンダ第二の都市、ギタラマ市で、市長就任式が執り行なわれた。新市長は、ムタカスク・イボンヌ。全国で次々に女性市長が誕生し ている。「私は誓います。何よりも住民のために尽くすこと、ルワンダのために働くことを誓います。もし、この誓いを守らなければ、法律による 裁きを受け入れます。この仕事で成功できるよう、神様、私に力をお与えください。皆さん、私と一緒に、先輩たちの後について行きましょう。先 輩たちが、成し遂げたことを更に進めて完成させましょう。新しい挑戦を始めるのです。」
式典には、上院議員、アロイシア・イニュンバも列席し ていた。イニュンバは、中央政府で閣僚を歴任し、国民に人気のある政治家だ。イニュンバの音頭で皆が歌う。1994年の虐殺事件の後に作られた 「ルワンダを造りましょう」という歌だ。「国を造りましょう。皆で国を造りましょう。世界一の楽園にしましょう。皆で一緒に。軍隊も、警察も 、上院議員も、女性も一緒に。」
ルワンダは、四国ほどの国土面積に、900万人の人々が暮らす農業国だ。ドイツ、ベルギーの植民地支配を受け、1962年に独立。8割をしめるフツ 族と、少数のツチ族が暮らしている。1973年、フツ族のハビャリマナ大統領が就任。エリート視されていたツチ族を弾圧し、立場が逆転した。ツ チ族は、ウガンダへ避難した。ツチ族は、反政府力部隊「ルワンダ愛国戦線」を結成し、国境付近で政府軍との戦闘を繰り広げた。2つの部族の対立 は、やがて悲劇的な結末を迎える。1994年4月6日、ハビャリマナ大統領機が撃墜された。この事件がきっかけになり、フツ族がツチ族の男を殺 し始めた。フツ族の市民が武器を持ち始めた。3ヶ月で80万人以上の国内にいたツチ族の大半の男性が殺された。
1994年、新政権が誕生した。この新政府に、女性でひとり入閣したのが、アロイシア・イニュンバ。当時29歳だった。イニュンバは、ツチ族の孤児 としてウガンダへ逃れ、学生の時に、「ルワンダ愛国戦線」に参加した。女性や家族、社会問題の担当大臣に就任し、国家の再建に努めた。虐殺で取 り残された女性達の支援に最も力を注いだ。3人に1人が、虐殺で夫を亡くしていた。
「女性を教育し、政治的に重要な地位に付かせなければならない。それが、この国をよりよくするのです。」 イニュンバは、ジュネーブ国連会議に ルワンダの顔として出席し、国際的な支援と投資を呼びかけた。
2007年、イニュンバが作ったルワンダ広報ビデオ。 「虐殺事件以降のルワンダ復興において、女性は中心的な役割を担ってきました。女性たちは、司法、経済、そしてあやゆ る民間分野にも進出してきました。」 キガリ市長、ルワンダ中央銀行総裁、国家警察副長官など、国内で活躍する女性を次々と登場させ、 ルワンダの復興ぶりをアピールした。これは海外からの投資を募るためのビデオである。
ルワンダ出身のニューヨークで活躍するデザイナー、 ンクバナ・ジャネットも語っている。「このグループは、有名なルワンダの民芸品の籠の生産で成功を収めています。現 在、ルハンゴ地方だけで、1487人の女性が働いています。これは、経済面だけでなく、女性の能力を向上させていいます。籠作りが民族の和解に繋 がっているのが、私のもう一つの誇りです。籠を編むことが許しに繋がる。まさに「ルワンダ平和の籠」です。フツ族の受刑者の妻が生産した原 料で、家族を亡くしたツチ族の女性が籠を編む。それは、民族の和解に大きく貢献しています。これらの籠は、今アメリカの有名デパートでも売 られています。」
ルワンダで女性の進出が最も著しい分野は政治だ。上下両院106人のうち、52人が女性である。世界で最も女性議員が多い議会だ。「ルワンダ共 和国憲法(2003年制定)」 9条第4項は、「組織の意思決定部門の30%は女性でなくてはならない。」 男女平等による数値を定めた世界初の憲法で ある。
下院議員、ムカルゲマ・アルフォンシンは、「国会議員の重要な役割のひとつは、虐殺の意味を問いかけ、同じ過ちを繰り返さないように市民に呼び かけること。」だと訴える。アルフォンシンは、毎年、演説会を開いている。今回は、3千人の聴衆者がいた。アルフォンシンは、インタビューにこ う答えていた。「もしも、女性が政治に参加できていたら、あの虐殺は起こらなかったでしょう。女性は家族や他の人を思いやる気持ちが男性よ りも強いのです。苦しむのは、私たち女性ですから。」 アルフォンシンは、夫と長男、実の兄を虐殺で亡くした。「涙は出ませんでした。いずれ皆 、死んでしまうと思ったからです。神様がくださった唯一の希望は、この子たち(次男と三男)に再開できたことです。」
アルフォンシンは、5年間、高校の校長を務めた。その間、女性達の生活再建のため、先頭に立って活動した。2000年、アルフォンシンは、ギタラマ 市長に就任した。「当時は男性からの風当たりも強かったです。でも、段々と能力を認めてくれました。男性が嫌がったのは、女性が、事細かく、 厳しいと思っていたからです。話し合いの場を設けました。大切なのは、コミュニケーション。相手を思いやるコミュニケーションです。そう すると、仕事も上手く運ぶようになりました。」 2003年、アルフォンシンは、イニュンバの要請を受け、総選挙に出馬。国政に参加することとなっ た。
「助け合いの会」は、女性の自立や経済的バックアップを目的とした会。アルフォンシンが発案。役所への申請も請け負った。女性たちが、共同で 籠作りをしている。「海外からの支援を待つだけでなく、私たちは、出来る限りの支援をして行きたいと思っています。大口の寄付金だけが支援 ではありません。一番重要なことは、皆さんが、こうしてやっていることを周囲に知ってもらうことです。私は広報を担って、市場も開拓してい ます。もっと支援できるように、私たちも頑張ります。」
4月7日、虐殺で亡くなった人々の追悼式が行われた。106人の国会議員全員が出席した。大統領夫妻を先頭に、外国の大使、国連関係者などの招待 客が入場した。「虐殺を思い出し、これらの遺体に祈りを捧げましょう。神を信頼し、前を向いて力強く立ち直って行けますように。」 14年経っ た今でも、各地で新たな遺体がみつかっている。カガメ大統領の演説。「14回目に追悼式典です。私たちは、これからも思い出し続けます。一生 懸命、働かなくてはなりません。過去を乗り越え、そして将来を作るため、笑顔を絶やさないようにしましょう。」
そして同日、キガリのスタジアムでは、別の式典が行われた。膨大なレイプ事件を振りかえる式典だ。「民兵の中には、レイプの組織グループがあ りました。その中には、エイズ患者が多くいました。レイプは武器の一つでした。エイズを感染させ、ゆっくりと時間をかけて殺すつもりだった のです。」「兄は、自分を殺してもいいから、妹は生かして欲しいと懇願しました。兄たちは、首を切られ、遺体を川に投げ捨てられました。私は、15 人の男たちにレイプされました。彼らのうち、4人は死に、11人は服役中です。レイプの後、殴ったり蹴ったり暴行を受けました。そして縛られて 川に投げ捨てられました。私は時々、立つのも寝返りを打つことも出来なくなります。そういう時は、夫が手を貸して助けてくれます。」「この話 をするのは、とても辛いことです。私は学生でした。その日は休みでしたが学校にいました。そこで襲われました。あそこには、一度も行ってい ません。目を向けるのも嫌なんです。私をレイプした男の中には、エイズ患者とわかる男もいました。下半身がよく麻痺しますが、子供達に恵ま れました。出産は大変でしたが感謝しています。もう一つ、神に感謝しているのは、夫が私のことを受け入れてくれたことです。」
ルワンダ最大のNGO。AVEGA(虐殺で夫を失った女性の集まり) AGAHOZO(泣かないで)では、レイプを受けた女性神経科医が中心となり活動を始め た。現在では国内に5ヶ所の支部を持ち、およそ2万5千人の被害者を支援している。アルフォンシンは、校長時代から、心にトラウマを抱えた女性 たちをここに連れてきていた。現在は役員になり、時折訪れている。エイズの潜伏期間は、2年~10年。この2年間で、5千人が検査を受けた。千人 も感染している。そのうち、500人近くが、ここで薬をもらっている。「薬を飲めば生きられる。決して諦めてはいけないとアドバイスしています 。」
国会では、法律の改定に取り組んでいる。亡くなった親の年金を、孤児は、22歳になるまで受け取ることができない。この法律を、親がなくなった 日に貰えるように改定するつもりだ。金額も増やす予定だ。議員は、地方の主婦を交通費を負担し、国会に招待した。国会がどのような仕組みで 執り行なわれているかを知ってもらい、政治参加の意欲を高めるためだ。平和で豊かな国づくりに取り組んでいるルワンダの女性たちは、どんな 未来を運んでくるのだろう。
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