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2017-04-22 06:48:47

四国歩き遍路4年目(“限界を感じる”編)

テーマ:ブログ

「同行二人」という言葉が四国の遍路道に溢れている。人はそれを「お大師さんと歩いていると言うことだ」と言う。私はこれは「人間は独りで生まれて、独りで死んでいく、遍路も独りで回りなさい」という意味だと解釈している。実際、四国八十八箇所を歩いて回る人のほとんどは独りで歩いている。

 

あの種田山頭火も独りで歩いた。歩いては野宿をしたり、しんどくなると托鉢という名の物乞いをしてして宿代を工面して宿に泊まるの繰り返しだった。この歩く止まる(泊まる)の繰り返しが歩き遍路旅だ。

 

その合間合間に札所がある。札所は言わば休憩所と言っても良い。だから立派な休憩所もあれば、ささやかな休憩所もある。観光寺院は少ないし、歩き遍路をする人も求めていない。正直お堂の立派さよりも、トイレや休憩施設の質の方が重要だと思ってしまうくらい。

 

そんな歩き遍路は、「同行二人」という名の独り旅であることは前述した。それを八十八箇所の間、全部通せば五十日から六十日と言われている。しかし、人間なので体力の限界もある。問題は、それを続けるために一日の限界をどこに設定するかである。つまり事前に自分の限界を先読みしなければならない。

 

自分の限界を先読みすることが、自分を保つことになる。この事は、とても大切な事で、私たちの人生も、まさにこの「自分の限界を先読みする」営みなのだと思う。

 

弘法大師空海は、死んだのではない奥の院に入定していると真言宗では言われる。しかし、紛れもなく人間なので死んだのだ。ある医師が、弘法大師空海の著作を検証して、空海は首から上の咽頭ガンで亡くなったのではないかと仮説を立てた。

 

つまり、空海さんは、首付近のがんの増悪による通過障害により嚥下が困難になってきて食べ物が喉を通らなくなっていったのだろうと。確かに文献には、五穀断ちをしたとか、水断ちをしたとも言われている。最後には奥の院の室に籠もって五股鈴だけが鳴り響いていたというのは、水も取りづらくなって喉が荒れて声も出せなくなったので、五股鈴だけをならすしか術が無かったということかもしれない。

 

しかし空海は、多くの弟子の師として、最後まで師僧らしくあるために、「自分の限界を先読み」して振る舞っていたのではないだろうか。もう少し踏み込んで言えば、師としての生の質を保つために、食べ物を減らしたり、食べ物を変え、やがて水だけにして、最後は水も絶たざるを得なかった。おそらくその場面場面で「自分の限界」を見切って、住まいを変えたのだろう。究極のQOLのための選択をした。いやせざるを得なかった。よりよく生きるために。

 



四国の歩き遍路というのも、この「自分の限界を感じる営み」に他ならないと思った。今回この遍路の直前、私は様々な仕事や出来事に追い込まれて、それらを片付けて逃げるように四国に来ていた。そんな時にある人に「限界を感じて下さい」と言われた。私は我に返った気がした。

 

実は私は最近いろんな人に「体に聞いてごらん」と言ってきた。それはフォーカシングという心理療法を学んできた結果である。実は私たちの体は頭で考えて言葉として答えを出す前に、体で答えを出しているのだというのが、フォーカシングの中核をなす体験過程理論が唱えている。その学びの結果、いろんな人に「体の声を聴くんだよ」と、私は言い続けていた。

 

実際、その言葉で体の声によって仕事を辞めたり、生活の場を変える決断ができた人が大勢いた。そう他人に言ってきた私が、ある人に「限界を感じて下さい」と言われて気づいたわけだ。言ってきた本人が言われて気づいているお粗末な話しなのだが、そう言ってくれた人には、本当に感謝している。

 

私たちは日常的には無意識に「限界を感じて」過ごしている。それは歩き遍路の時も同じである。ただそれが歩き遍路の場合、明確に私自身に問われる毎日だ。その問いに毎日答えることが、明日を保障していると言って良い。突き詰めれば-

 

「(自分の)限界を感じる厳しさが、自分への優しさ」でもある。

 

歩き遍路はその繰り返しだと言っていい。今回の遍路では一日2食という事が多かった、時には晩ご飯が取れずにお菓子だけの夕飯の時もあった。距離以上に、体力と精神力が問われた。

 

歩き遍路から帰ってきて二日後、私はいつものように朝のウォーキングを再開した。しかし、昨夜から倦怠感を感じ始めていた。疲れが数日後に出てくるというあれだろう。今朝は早起きして、これを書いて、朝のウォーキングは中止した。今日明日の仕事のための「自分の限界を感じる厳しさが、自分への優しさ」ということで。



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2017-04-20 20:19:23

四国歩き遍路4年目(交通事情編)

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今年も四国歩き遍路に行ってきました。昨年は足摺岬手前で急用のために中断して帰ってきてしまいました。



今年は足摺岬にある38番金剛福寺に交通機関を使って行き、39番延光寺、愛媛県に入って40番観自在寺まではバスと鉄道を使って周り、宇和島から歩き遍路をスタートしました。

 



高知県の遍路は、お寺とお寺の間隔が広く、しかも人家も少なく孤独の戦いのために、高知県の巡拝は「修業の道場」と異名を持ちます。しかし、総じて言えることは、高知県は歩道なども整備されていますし、歩く人だけのための遍路道も整備されているので、歩いてみると決して厳しいとは思いません。



 

ところが、今回愛媛県に入って、ここまで歩いてみて思うのは、高知県に比べて道の整備という点では充分とは思えませんでした。

まず、歩道の問題です。歩道があっても、ほとんど歩道が片側にしかついていないのです。しかも、その歩道が右についたり左についたりしていて、何度も道を横断させられました。元気な足ならばいいのですが、散々歩いた挙げ句に、交通量の多いところを横断させられる危険性は、自動車で回っている人には到底理解できないと思います。

 

それ以上に怖いのは、歩道すらついていない国道です。しかも長い鳥坂トンネルは、恐怖の1.1km約20分でした。そんな危険なトンネルの出入り口には、小さな箱があって、その中に入っている蛍光タスキを掛けろという指示がありました。道幅が狭いから致し方がないにしても、なんとかして欲しいと思いました。

 



もうひとつ愛媛県に入ると、特に国道のポイ捨てが醜いほど多いということです。中には紙オムツもありました。空き缶なども多く、こうした物を車が跳ね上げると、歩き遍路の人達にとっては凶器になりかねません。

 



地元の自治体や国道を管理する国土交通省は、どうやらこの惨状に頭を痛めているようで、そこら中に国土交通省のゴミ捨てを抑止する看板がありました。しかし、ポイ捨てダメとか、不法投棄は犯罪ですという啓発告知ばかりで、なぜダメなのかという理由が書かれていません。どうして一言「歩行者に危険」とか書かれていないか不思議です。

 



今回は48番西林寺まで打ちました。やっと半分過ぎたところです。還暦までに回りたかったのですが、どうやら無理なようです。

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2017-03-15 05:36:53

平穏な日

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おたがまつりが終わりました。ふつうの日が戻ってきました。

ふつうの日 平穏な日 平穏な気持ちに戻るには やはり常香盤の香盛り。





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2017-03-13 08:47:11

おたがまつり回顧4

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平成29年のおたがまつりが終わりました。今年は前日に名古屋でお葬式をこなすという今までに無かった経験でした。しかし、愚息がこの難局を彼なりにこなしてくれて、結果的には良かったと思います。状況が人を育てるということです。
 
今年は玉取り参加者の減少を打開しようと年始からチラシを参拝者に持って頂いていましたが、結果的には7人という淋しさでした。しかし、今年の勝利者は地元の彦坂啓輔君となり、喜ばしい結果となりました。やはり地元の子が取ってくれたことは素直に喜びたいと思います。
 
ただひとつだけ残念な事件が起きました。それはここでは書けないのですが、いずれにしても、おたがまつりは、私たち主催者にとっては何もないこと、無事が一番のお祭りであることを再確認しました。
 
来年のおたがまつりは3月11日です。慰霊の日でもあります。お祭りの最中2時46分から5分間、梵鐘が鳴り響くはずです。
 
写真はおたがまつり午後4時頃の餅投げの風景です。

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2017-03-11 14:55:47

おたがまつり回顧3

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おたがまつりをしてて苦々しい思いをしたこともある。もう10年以上前のことだ。

お祭りの間中、境内には案内と注意喚起の放送を30分間隔で自動で流している。当初も今も私自身で原稿を読み録音している。

しかし10年ほど前に、女性の声で案内放送を流したことがあった。それはある事件をきっかけに、私の声を皆さんに聞かれたくない事態が起きたからだった。

それはある事件が起きて、その事件の密告を誰かが警察に電話したということだった。その通報者の声が、『おたがまつりの時に境内に流れているアナウンスの声に似てる』という噂がたったのだった。

全く身に覚えのない悪意に満ちた風評に私は驚いた。だれが何の目的で、私をターゲットにしたのか皆目見当がつかなかった。後に分かったことなのだが、この密告は電話ではなく、文書によるものだったことを知った。

なんでそんな作り話に、私が登場するのだろう。ただいずれにしても、目立つことはしないに越したことはない。翌年の境内の放送は、友人の娘さんにお願いした。しかし、数年経って
行事の時間が変わってからは、また私の声が境内に流れている。

おたがまつりをするということは、様々な危険と隣り合わせで、それなりに心得て備えているのだが、この時ばかりは、まさしく『不徳の致すところ』なのかと思った。苦々しい出来事だった。

さて、写真は名古屋の第二斎場。おたがまつりの前日、私は葬儀をしに名古屋にきている。いつも葬儀の一つくらいできる余裕をもって備えているのだが、さすがにおたがまつりの前日に葬儀をするのは、当地にきて30数年経つが初めての経験だ。



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