「時代は繰り返す」
これは、使い古された格言だけれど
ドッグイヤー(1年が7年分)とか
マウスイヤー(1年が13年分)とか
言われるスピードの早い現代において
今こそ有効な格言なんだと思う。
例えば
手紙に変わって電話が出現し
電話に変わってEメールになって
時代は今、言葉と感情が融合する形で
ボイスメールになろうとしている。
考えてみると
手紙の時代も長かったし
電話の時代も長かったけれど
携帯電話になってからEメール
そして更に映像やボイスメールに
なっていく流れは、あっという間なのではないか?
それは、人の価値観にもあらわれる。
競争によって個性を重視した
ナンバーワン時代から
協調性を重んじる時代になり
そしてまた、個性だ、自分探しだと
オンリーワン時代になり
人との調和と個性が融合した形の
コミュニティ時代になろうとしている。
ようやく皆が
「オンリーワンって言葉に
たいして意味なんてないよね」
って気がつきはじめている。
なんだかんだ言っても結局人は
「そもそも自分はたったひとつの個性だ」と
自分で自分を納得させつつも、やってる事はその実
「誰にでもとって変わられてしまうような仕事」
だったりして、そしてそこに自分の価値の重点を
置いてしまうから話がややこしくなる。
出来事>自分、仕事>自分で考えてしまう。
だから
「オンリーワンでなければならない」
や
「オンリーワンであるべき」
なんて、訳のわからない「べき論」が発生する。
オンリーワン=オリジナルなアウトプットであること
だと錯覚している人もいる。
オンリーワンは、つまり「1は1である」であって
決して「0から1を生みだす」という事ではない。
バラはバラで、スミレはスミレという事と
芽が出て花を咲かせ、それによって人を感動させる事とは
そもそも別個のことがらなのだ。
と、ここまで気がついてハタと思うのが
「オンリーワンだ!と叫んでいったい何になるのか?」
という事で、そこまではそもそも「あたりまえ」なのである。
僕が「60億色の世界」の中で書いた「みんなグレーじゃないか」という
一節は、つまりは「そう思いたかった」だけの「消えそうな自分の叫び」で、
本当はみんながそれぞれ「違う色」なのだと気がつくそんな話だ。
逆にみなが「オンリーワン」と言う事に重きをおいてしまえば
もうそれは、オンリーワンなんて誰もいないという
状況にもなってしまうのである。
人は生まれてから死ぬまで間違いなくオンリーワンだ。
が、しかしだからといって他とは違うと我をはっても、
一人では結局そんなにたいした事はできない事に気がつくだけ。
だから「一期一会」が大切な事なのであって
それに目覚めた人はコミュニティを誕生させたり
コラボレーションに力をいれたりする。
そして僕は「心動」という
「それぞれの心を重ね合わせ力にする」事の
大切さを自分の中心に置いた。
でも、また「時代は繰り返す」のだから
きっと先の時代は、この考えも変わっていくのだろう。
そんな未来をただ、憂うでもなく
期待するのでもなく、単なる予測でない
予見するとてもいい本を読んだ。
ヘーゲルやマルクスの「弁証法」を下敷きにした
この本は、これから先の世界が少し垣間見える。
もうぐずぐずしてはいられない。
自分が自分として、今から何かできることが
この世界には必ずあるのだ。
未来を予見する「5つの法則」/田坂 広志

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