2007年01月30日

会いたかったよぉぉ~。・゜・(ノロ`)・゜・。

テーマ:合唱

 シュテックフェルト教会で、4月1日(日)にコンサートを予定している。メインの曲はヴィエルヌの「2台のオルガンと合唱のための祝祭ミサ曲」。とはいってもシュテックフェルト教会にはオルガンが2台もないので、伴奏部分は1台のオルガン用にアレンジすることになる。

 2月1日(木)から合唱団も練習に入ることになっており、その練習開始に向けて楽譜を手配…等々、バタバタしていた。合唱団用の楽譜は、隣町エスリンゲンのカトリック教会から借りることになった。そこの教会音楽家が知り合いなので、頼みやすかったのである。明日受け取る手筈になっている。

 問題は伴奏してくれるオルガニストなのだが、実は前から目をつけていた人がいた。ハイデルベルク時代の学友HK君で、ソリストコースを修了し、演奏家資格を取った韓国人のオルガニストである。

 昨年の秋、シュトゥットガルトの街中でバッタリこのHK君と再会した。びっくりして近況をたずねたら、現在シュトゥットガルト市内に住んでいて、郊外の教会でオルガニストをしているという。この時から、機会があったらHK君に仕事を頼もうと思っていたのだ。ヴィエルヌのミサ曲をコンサートのプログラムに選んだのも、彼をあてこんでのことだった。

 ところがいざ蓋を開けてみたら、当のHK君と連絡が取れない。メールにも返事がないし、電話はいつも留守電。どうしたんだろう、まさか韓国に帰ったりしてるんじゃ…とやきもきしながらもなす術がなかった。

 いくらなんでも、そろそろタイムリミットだ。合唱団の練習開始日まで待って、それでも連絡がなければ他の人に頼むしかないだろう。予算はそれなりの額を確保したから誰でもやってくれるだろうが、私としてはやはりよく知っている人が伴奏してくれる方が気が楽なのだ。祈るような気持ちでHK君からの連絡を待っていたが、正直に言って今週に入ってからもう諦めかけていた。


 ところが。

 今日寝る前に最後のメールチェックをしたら、なんと23時37分付けで待ちに待ったHK君からのメールが…!!!


 「ごめん、旅行に出ていて、インターネットが見れなかったんだ。今日家に帰ってきたから、明日電話で話そう。」


 

 わ~ん、会いたかったよぉぉ~。・゜・(ノロ`)・゜・。  (←大げさ)



 「明日電話で話そう」なんて書いているところを見ると、「4月1日は時間がないからお断り」ではないらしい。安心するのはまだ早いと思いながらも、早々に喜んでしまった。ギリギリまで待ってよかった!と思った。

 話を詰めるのは明日だが、無理にでも引き受けてもらって、いいコンサートにしよう♪と勝手なことを思う私であった。(←わがままな教会音楽家…^^;

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2007年01月18日

怪物ハリケーンのキリルさん

テーマ:事務 その他

 …とはネットニュースの見出しだが、まさかこんな1日になろうとは…。


 確かに昨日、空港合唱団のメンバーの一人に「すごい嵐が来るらしいから、飛ばされないようにね」と忠告を受けてはいた。でも、正直言って私がドイツ人に比べて細身だから出た冗談で、嵐といってもそんなひどいものは予想すらしていなかった。

 ところが、お昼前にピアノの生徒のお祖母さんから電話。いつもお祖母さんが孫2人を連れて、ホイマーデン教会までレッスンに来るのだが、今日は嵐のせいで怖くてたまらないからお休みするというのだ。「学校も早く終わるっていうし、孫たちを迎えに行ってそのままうちに連れてきて、おとなしくしていることにするわ。ラジオのニュースで聞く限り、ものすごいことになるみたいよ。あなたラジオ聞いた?"Orkan"ですってよ"Orkan"!!」かなりパニくっている様子のお祖母さん。

 "Orkan"って何ぞや、と思って、受話器を置いてから調べてみたら「ハリケーン」とのこと。新しい単語を学んでしまった…ということは、「ハリケーン」と名のつくほどすごい嵐は今までドイツで経験していないということだ。外でかなり強い風が吹いているのが、確かに音でわかる。16時以降はもっとひどくなるという話だ。

 家にこもっていなくちゃいけないほどなのだろうか…!?とはいっても、今日は電話のあった生徒以外にももう一人ピアノの生徒がいるし、リコーダーアンサンブルとシュテックフェルト教会合唱団の練習日でもある。家を出ないわけにはいかないので、ちょうど嵐のことを日記にアップしたミクシィ友達のページに、「これから出かけるので、(風で飛んできた)屋根瓦に当たった際には後のことはよろしく」と遺言コメント(!)を残し、たまたまメッセンジャーでチャットした妹からは「漬物石持って歩けば、飛ばないで済むかも…」と言われながら出かける。


 いつものように電車に乗ったのだが、それなりに人は乗っているのに不気味なほどしーんと静まり返っている。みんな無言で表情が硬い。ヨーロッパでは天災による被害が少ないので、たまにくる地震や大嵐等は精神的にとんでもない不安をもたらすという話を聞いたことがあるのだが、その不安の現れだろうか?

 電車を乗り継いで、あとバスに乗れば教会へつくという地点まで来た時、携帯電話が鳴り出した。取ってみたらリコーダーアンサンブルの指揮者Kさんの声が。「今日は練習休みね。とんでもない嵐になるそうだから、誰も家を出なくて済むように…

 …それはありがたいことですが、私はもうホイマーデンまで来てますがな(>_<)と思いつつ、バスに乗って教会へ。もう一人のピアノの生徒がお母さんに連れられてやってきた。実は日本人駐在員の家族で、ニュースで報道されているハリケーンの深刻さが全くわからずに、「ひどい風だなー」と思いつつ来たらしい。前の生徒がキャンセルしたこととその理由を話したら驚き、青ざめていたが、とりあえずレッスンだけはして、まっすぐ家に帰るように勧めた。


 シュテックフェルト教会からは相変わらず連絡がない。ということは、練習をする気なのかなぁ…と思いつつ、バスが嵐で止まってしまわないうちにホイマーデンからシュテックフェルトまで移動しようと決意。ついでにシュテックフェルト教会でオルガンを練習させてもらおう、と思い、ホイマーデン教会の楽譜棚から何冊か自分の楽譜を引っ張り出して、会堂を出たところでD牧師に遭遇。普段行われている子ども会がこの嵐で中止になったのだが、間違って来た子がいたらすぐ家に帰してあげられるように、教会の前に立って見張っているのだった。

 「外より教会堂の中の方が安全だよ~」とD牧師。「シュテックフェルトの合唱練習中止の連絡が来てないから、今から行こうとしているんだけれど」と言ったら、信じられないといった顔になって「テレビじゃ最初の死者が出たって報道していたし、列車が風で脱線したとか…。バスもいつ止まるかわからないよ」としっかり脅してくれた。うーん、今日は無事に家に帰れるのだろうか???

 とりあえずバスはまだちゃんと走っていたので、乗ってシュテックフェルトへ。バス停から教会まで風にあおられながらの道のりが、やたら長く感じられた。教会堂に入って「ふー」と思わず息をついてしまう。それからオルガンのところに行って、景気よく(?)ヴィエルヌのトッカータを練習していたら、携帯電話が鳴り出した。シュテックフェルト教会のJ牧師からである。

 「今日は合唱練習、中止にすることにしよう。みんな嵐が不安で仕方ないみたいだから」とのこと。やっぱりそうなったのか、と思いつつ了解し、「ところで私、今教会堂にいるんですけれど…」とおずおず言ってみた。J牧師曰く「教会堂?ああ、ホイマーデンの?」「いえ…シュテックフェルトの…」「えっ、ここの教会!?O Gott!!

 …いや"O Gott!!"(おお神よ!!)はないでしょうに!(苦笑)受話器を置いたJ牧師、早速私のいる教会堂へすっ飛んできた。しばし事務的な話をした後、牧師曰く「危ないから早く家に帰りなさいよ。」…というわけでまたまたバスが止まらないうちに…と大急ぎで帰路についた。


 大風の中、何だか無駄にシュトゥットガルト中を歩き回ったような気がする1日であった…_ _;

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2007年01月14日

ティエリー・エスケッシュの「赤とんぼ」

テーマ:演奏会批評

 パリのオルガニスト、ティエリー・エスケッシュ(Thierry Escaich)がシュトゥットガルトにやって来た。マテウス教会で行われているオルガンコンサートシリーズ、"Internationale Orgelkonzerte "に出演するためである。

 エスケッシュの作品はいくつか聴いたことがあるが、本人の演奏を聴くのは初めてなので楽しみにしていて、前からずっと行くつもりでいた。そうしたら今朝のホイマーデンでの礼拝の時、D牧師から招待券を2枚ももらってしまった。…というのも、D牧師はホイマーデンに来る前はマテウス教会の牧師だったので、いつもシーズン招待券をもらっていて、自分が行かない時は私にくれるのである。やった♪と喜んだものの、2枚ももらったのは初めてで、残念ながら一緒に行く人は見つけられず、1枚は無駄にしてしまった…_ _;


 1965年生まれのエスケッシュは、モーリス・デュルフレの後任としてSaint-Etienne du Mont教会でオルガニストを務め、またパリ音楽院で作曲を教えている。彼の作品は、典型的なフランスの現代ものという感じで、耳慣れない和音や音列を使っているようでいて、その響きは耳に心地良い不思議な世界である。

 作曲を教えており、フランスのオルガニストとあれば、即興の名手であろうことは容易に想像がつく。だから、このコンサートの最後、「聴衆から出された2つのテーマによる即興演奏」はもちろん楽しみだった。他にはエスケッシュ自身の曲が数曲、デュプレの前奏曲とフーガロ長調、トゥルヌミールの「過ぎ越しのいけにえに賛美を"Victimae paschali laudes"」による即興曲、私が好んで弾くレパートリーの一つであるフランクのコラールイ短調というプログラム。ロマン派のフランクを除くと、完全にフランス近現代のプログラムである。


 結論からいうと、エスケッシュはやはり近現代の曲の方が肌に合うらしい。いわば「取ってつけたように」プログラムに入っていたフランクのコラールイ短調は、ものすごく弾きにくそうに聴こえた。近現代の曲に戻るとまさに「水を得た魚」。近現代ばかりだと耳慣れなくて、困惑する聴衆がいるからフランクも入れたのであろうが、こういう人はフランクを弾いてはいけないのではないだろうか…(^^;)

 エスケッシュ自身の曲はもちろん、トゥルヌミールもデュプレも良い演奏だと思ったが、これといった個性が感じられないのが気になった。曲を上手く捉えて弾いていることに異論を挟む余地はないが、深く印象に残る演奏とはいえないのだ。エスケッシュ自身の曲も、典型的フランス現代ものできれいに作られてはいるのだが、他の作曲家のものとは違うエスケッシュの「個性」は?と問われると、答えられない。とはいえエスケッシュはまだ若い(1965年生)ので、そういう「味」はまだまだこれから出てくるのかもしれないけれど。


 そして…お待ちかねの即興演奏。聴衆から出された2つのテーマのうち一つはドイツの古い夕べの讃美歌、"Hinunter ist der Sonne Schein"(日の光は落ちて)。教会旋法の美しい讃美歌だ。そしてもう一つのテーマはなんと…「赤とんぼ」!!「♪夕焼~けこやけ~の赤と~ん~ぼ~~」なのである。

 念のため断っておくが、このテーマを出した犯人は私ではない(笑)。聴衆の中に私の他にも日本人がいて、「赤とんぼ」を出したのかと思って思わずキョロキョロしてしまったが、それらしき人は見当たらなかった。とりあえず2つのテーマを弾いてみて、ほんのちょっとだけ考える時間を取ったエスケッシュ、いきなり「赤とんぼ」の最初の音列を使ってトッカータを弾き始めた。「おお、こっちから始めるのか~」と思う間もなく、「赤とんぼ」のメロディーが提示され、そのメロディーが調や音列・リズムを変えて次々に展開される。

 いい加減「赤とんぼ」をいじくったところで、一転して曲の雰囲気が変わり、2つ目のテーマ"Hinunter ist der Sonne Schein"が提示される。この辺の技法も2つのテーマを扱う時の、フランス物の「お約束」である。そういう意味では即興のフォームとしては全く新しいとはいえなく、むしろオーソドックスといっていい。

 2つ目のテーマを展開させ終わったあと、また明るく華やかな雰囲気に戻ったと思ったら…両方のテーマを組み込んで華麗なるフィナーレへ。これはさすがとしか言いようがない。2つの雰囲気も調も全く違ったテーマを飲み込んでしまうフランスの即興スタイルというのは、ある意味恐ろしく幅が広いといえるのかもしれない。低音でとても力強く日が落ちていき、その中を赤とんぼがジェット戦闘機並みのスピードで飛び回る派手派手なフィナーレであった(爆)


 ところで今日は思いがけず、アンコールを要求する方法には2つあるということを学んでしまった…(^^;)

 トリの即興演奏をこれだけ派手にやったので、当然エスケッシュは何度も拍手で呼び返され、またアンコールに何か即興でもせねばならなくなるのだろうなぁ、と思っていたら意外や意外、拍手はエスケッシュを1度呼び返しただけで止んでしまったのだ。ただし…


 誰一人として席を立たない(笑)


 オルガン演奏台の陰から様子を伺っていたエスケッシュ、聴衆の「無言の圧力」に慌ててまたオルガンの前に座ってアンコール。そうかぁ、「まさかこれで終わりにするつもりじゃないでしょうね?」と無言で示すって方法もあったのね~(笑)


 結果として、即興演奏が最も印象に残ったコンサートだった。エスケッシュはやはり「即興の名手」と称するのが一番ぴったりなのかもしれない。ま、フランスのオルガニストは「即興が出来てナンボだから、当然と言えば当然なんだろうけれど。

 フランス風の即興技法もちゃんと勉強したいなぁ、と思いながら帰路についた私だったのであった。

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2007年01月06日

導きの星

テーマ:事務 その他

 1月6日は"Epiphanias"、つまりキリスト公現祭。カトリックでは「聖三王の日」とも呼ばれ、「ユダヤ人の王」誕生を示す星を頼りに、東方からはるばるやってきた三人の王様(もしくは博士)が、ようやく馬小屋のイエスのもとにたどり着いて捧げ物をした日、ということになっている。実を言うとこの1月6日、もともとはイエスの誕生を祝う日、つまりクリスマスだったらしい。(実際今でも東方教会では1月6日にクリスマスを祝っている。)

 では12月24日という現在のクリスマスはどこからきたのかというと、話はキリスト教が古代ローマ帝国の国教となった時代にさかのぼる。もともと古代ローマで冬至に盛大に祝われていた、「太陽神のお祭り」にキリストの誕生を祝った方が民衆になじみやすいだろう、という「布教のアイディア」で、クリスマスの方をローマの太陽神のお祭りの日付に合わせたのだ。しかし、何らかの形でそもそものクリスマスであった「1月6日」は祝われなくてはならない。そこで、クリスマスの一環としての「公現祭」という祝日が出来たのである。こうして西方教会では、12月24日から1月6日までの間ずっと、クリスマスを祝っているというわけである。

 ドイツでもカトリックの影響の強い南ドイツや、ライン川沿いの地域では祝日となっている。そして、祝日となっている地域では、プロテスタント教会でも礼拝をしている教会が多いと思う。もちろん私の勤務先のホイマーデン教会でも礼拝が行われた。


Stern  ホイマーデン教会のオルガンの、譜面台の上にあるライトの横に、一年中小さな星がかかっている。オルガンの演奏台に座ると左前方、写真でわかるとおり、祭壇と一緒に視界に入れられる位置にある。わらで出来た、クリスマスツリー用の小さな星なのだけど、この星がどうしてここにかかっているのか、今日はその話を書きたいと思う。


 あれは何年前の公現祭の礼拝でのことだっただろうか。ホイマーデン教会では、公現祭の礼拝は外部から説教者が来て行うことになっており、この日も説教をしたのはゲストの牧師だったのを覚えている。

 この星は、その礼拝に牧師が持ってきて、参加者全員に配ったものだった。会堂の一番後ろの一番上にいるオルガニストはこういう時忘れられがちなのだが、この日はオルガニストのところにもちゃんと星を配りに来てくれた。

 説教自体が特別なものだったわけではない。内容は公現祭そのもの、つまり生まれたばかりの「ユダヤ人の王」(=イエス・キリスト)に会って捧げ物をするために、東方から星に導かれて、長い道のりをやってきた三人の博士の話だった。私たちも人生の長い道のりを、星に導かれてイエス・キリストのもとへと歩んでいこう、そう説教をまとめ、最後に牧師はこう言った。



 「今、あなたが手にしている星、それがこの一年、あなたを導く星です。」



 「!」と私は手の中の小さな星を眺めて、なんだかとっても嬉しくなった。このかわいらしい、何の変哲もない小さなわらの星は、実はものすごく大切な役割を果たしに私のところに来たのだ。

 説教の後、讃美歌・祈りと続いて、オルガン後奏をもって何事もなく礼拝は終わったのだが、私はこの星を持って帰って、自分の家の他のクリスマスの飾りの中に入れてしまうのがもったいなくなった。それでしばらく考えた末、オルガンのライトの横にかける場所を見つけた。



 「この一年、ここにいて、いつもオルガニストを導いてね(^^)」



 以後、この星は一年どころか何年もここにいて、オルガニストを導く星となってくれているのである。今までも、そしてこれからも多分ずっと…☆



Stern über Bethlehem, nun bleibst du stehn.

Und läßt uns alle das Wunder hier sehn,

das da geschehen, was niemand gedacht,

Stern über Bethlehem, in dieser Nacht.


ベツレヘムの星よ、さあここにとどまって

私たちみんなに「不思議」を見せておくれ。

誰も考えすらしなかったような「不思議」が

ベツレヘムの星よ、この夜に起こったのだから。


(ドイツのクリスマスソング"Stern über Bethlehem"より)

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