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2006年09月30日

仕事中…

テーマ:オルガン・即興

 仕事中の写真を公開。って、私はオルガンコンサート前日にいったい何をやっているのでしょう…?


 Arbeit-Noten  同業者の方には一目瞭然、あとの方には「?」かも^^;






 ハイ、正解は…







 「楽譜にストップ変えを記入中」





 何せピアノと違うので、音色や音量は指のタッチだけで変えることができず、パイプの種類を変えなくてはいけない。でも、弾きながら自分で変えるのは、手がふさがっていてなかなか難しい。それで、どなたかにアシスタントをお願いして、ストップ操作(ついでに譜めくり)をしてもらうことが多いのだけれど、その際どこで何をしてもらうのか、ちゃんとわかりやすく書き込みをしておく必要があるわけ。

 私は数年前にたまたま店先で見つけた、貼ってはがせて上にも書けるこの蛍光3色テープを愛用しているのだけれど、オルガニストによってそれぞれ独自の工夫がある。ポストイットのような付箋を細かく切って使っている人もいれば、小さな円形のシールに書き込んで貼る人もいる。私の今のやり方は、複数のオルガニストのアシスタントをしていて、自分がもっともわかりやすいと思った工夫を取り合わせて出来たものである。


 コンサート前日にキリキリ練習しすぎても仕方ないので、行きつけのセルフサービス・カフェに楽譜を持ち込んで、コーヒー飲みながらのん気に作業中の証拠写真がこれ(^^;) この後教会に行って、アシスタントの方と合わせをした。いつも手伝ってくれるTさんに感謝ですm(_ _)m

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2006年09月27日

収穫感謝祭の礼拝~空港編

テーマ:礼拝内の音楽

 今日はお昼の12時からシュトゥットガルト空港での収穫感謝祭礼拝。

 空港合唱団の出番があるので、朝11時に発声練習のため空港内チャペルで集合、ということになっていたのだが…家を出なくちゃいけない時間になっても、譜面台が見つからない_ _;

 空港にはおおよそ音楽に関する設備がないので、譜面台も持参で行かねばならない…ということには、前回の出番でもう気づいていたので、新調したのだが…何でいざ持って出ようとすると、見当たらないのであろうか…。


 結局譜面台は見つけたが、乗るはずだった電車は逃したので、タクシーで空港へ。しかも、たまたま来たタクシー運転手のおばさんが顔見知りだったので、しょ~のない世間話をしながらドライブすることに。

 「収穫感謝祭ってね~、ドイツでも昔は盛大に祝ったものだけど、時代は変わったわよね。今の若い子達は、額に汗して収穫すること自体を知らないんだから。」とおばさんの話は「最近の若い者は…」モードに突入。「大体、お金に余裕のある家庭が増えたせいで、何でも買い与える親が多くて問題よ。子どもは欲しいものは我慢も苦労もせずに買ってもらえることに慣れてしまうもの。成人しても、仕事がないと嘆きながら、欲しいものを我慢することの出来ないような若者が多すぎるわ。信じられない。」……まぁ、正論ですよ、それはホント。わかるけど、これだけしゃべりながらよく運転できるな、この人(笑)とか思いながら相槌を打っているうちに、タクシーは10時40分過ぎに空港へ到着。電車を乗り継いだら間に合わない時間だったのに、やっぱり車って早いなぁ^^;

 おかげでチャペルへ行く前に、仕事への集中度を高めるひと休憩として、コーヒーを一杯飲むことが出来てよかった。タクシー代の出費の方は痛かったけれど…(苦笑)


 11時前後、続々とチャペルに団員が集まってきた。続々と言っても10名しかいない合唱団なのだからたかが知れているが、チャペルの方が小さいのでずいぶん人が入ったように見える。みんなものすごく晴れやかな顔をしている。本番で歌うとなると、こんなにもテンションが高くなるもの…なのだろうか?(笑)

 牧師から礼拝順序の説明があり、15分ほど発声練習をして、礼拝会場の第一ターミナル5階へ移動…の前に、牧師の提案で空港カウンセリングセンターのキッチンでミネラルウォーターを一杯ずつ頂いた。


Alter Flughafen  空港第一ターミナルの5階は最上階。入場料を払って外へ出ればお見送りテラス兼、いろいろ古い飛行機が展示してある空港博物館へ。中からはチェックインカウンターの並ぶ出発ロビーが見下ろせる。一般の空港利用客が普通に通るそのスペースに、写真のように祭壇を築いて礼拝を行う。

 こういう公の場所での礼拝、というのがもしかしたら不思議に思える方もいらっしゃるかもしれない。私も最初「お?」と思ったのだが、伝統的にキリスト教の礼拝とは「公の催し物」であり、誰が参加してもよいものなのである。(だからこそ礼拝を行う側は、どういう立場や宗教の人がそこに参加していてもいいように、語られる言葉等に最大限の注意を払わねばならないことになっている。)であれば、何も閉め切った教会の扉の中で行う必要はなく、こういう公の場所で行ってもいいのは当然だ。いや、むしろそうあるべきなのかもしれない。


 この祭壇の写真は復活祭礼拝の時のものである。残念ながら今回は写真を撮りそこなってしまったのだが、収穫感謝祭の日の祭壇というのはいろいろな収穫物を並べた特別なものだ。果物や野菜、飲み物等が並べられ、飾り付けのなされた祭壇はとてもきれいだった。

 そこにいる何人かの知り合いに挨拶して……といっても、のんびりしている時間はない。合唱団員を呼び集め、音響テストも兼ねて曲のリハーサル。やはり、こういう開放スペースだと出した音が戻ってこないので、他の人の声が聴こえなくてみんな歌いにくそうにしている。団員に合図をして、お互いの声がよく聴こえるように、半円形に立ってもらう。これでかなり合わせやすくなったはずだ。今回は、歌う曲が2曲しかないので、短い時間で両方とも一通り練習することが出来た。


 そうこうしているうちに、あっという間に礼拝開始の12時。合唱団の他に金管アンサンブルも来ていて、彼らが前奏に簡単なコラールを吹いてくれた。牧師の挨拶があって、いよいよ合唱団の出番。曲は"Danke für diesen guten Morgen"(「この良き朝をありがとう」EG334)を合唱用にアレンジしたものである。6番まである讃美歌なので、最後の6番だけは礼拝出席者も含めた全員で歌うことになっていた。

 さて、実はこの讃美歌、もともと1番ごとに音を上げて、移調しながら歌う習慣がある。つまり、一番をヘ長調で歌ったら、2番をト長調、3番をイ長調…という風に、高い調に移動していくわけだ。が、1番から6番まで通して歌う時に、全部上げていってしまうと高くなりすぎて、ソプラノ歌手でもなければ出ないような高音が出てきてしまう。1番を低く始めるという手もあるが、いくらなんでもどんバス級の低音から始めるわけにもいかない。そんなわけで、私がこの曲の伴奏をするときは、最初の3番を同じ調にしておいて、それから音を上げていったりするのだが、今回は合唱も1番~3番:ヘ長調、4番:ト長調、5番:イ長調、6番:イ長調のままで礼拝出席者が加わる、という形で歌うことにしてあった。

 ただし…この移調は当然、合唱団にとって大きなリスクだ。ア・カペラ(伴奏なし)なのだから、正しい調に全員揃って移動できるかどうかは、はっきりいって賭けみたいなものである。練習の時は上手くいっていたが、本番とはそんなものが何の保障にもならない世界であるからして…(汗)

 最初の音をみんなに与えて、振り始める。3番まではとても順調にいった。さて、いよいよ一音高くなる4番!!だが、これも上手くいった。ホッとする間もなく、もう一音高くなる5番…!


 おっと、男声~~~~! 見事、外しやがった。(_ _;)


 ソプラノとアルトが揃ってイ長調で始めたというのに、上がりすぎてしまって完璧に迷子になった男性陣。とっさに私が男声パートを歌い始め、それで音が取れた男性陣、何とか3小節後には立ち直ってくれた。よかった~!

 胸をなでおろしているうちに5番を歌い終わって、会衆の方を振り返って6番を指揮。何とかピンチを切り抜けることが出来た。


 詩篇、祈り、聖書朗読、讃美歌…と続いて、説教。牧師の話を聞きながら、ふと「感謝の心を忘れるところから、人間はおかしな方向へ行ってしまうのかもしれない…」と思った。多分、タクシー運転手のおばさんとの会話もあって、そんな考えが頭に浮かんだのだろう。

 この考えは意外と当たっているのではないだろうか。人間は上手くいったことは何でも、自分の力で出来たものだと思いがちだ。仕事が順調なのも、お金が十分に稼げているのも、家庭が上手くいっているのも、全て自分の努力が実った結果だと思い込んでいるのである。そして、上手くいかない人を見て、努力が足りないと決め付けてしまう。

 でも、それは本当なのであろうか。無論、努力なしには成り立たなかったことではあるかもしれない。しかし、ほんのちょっと、自分の力の及ばない何かが狂っただけで、自分だって上手くいかない可能性があったのではないか?そう簡単に、自分の努力だけで上手くいったと思い込んでいいのであろうか。

 「自分の力の及ばない何か」の存在についてきちんと考えてみればみるほど、今上手くいっているのは決して自分の力だけではないということがわかるはずなのだ。それが味方してくれて初めて、全てがうまく運んでいることを認め、感謝する―これを忘れた時に、人間は他者とのつながりをも忘れ始め、どんどん自分の力だけで生きているような錯覚に囚われることになってしまうのかもしれない。


 説教の後に再び讃美歌、とりなしの祈り、そして主の祈り。主の祈りの後で、また合唱団の出番である。"Danket, danket dem Herrn"(「主に感謝しよう」EG336)、4声のカノンである。「(ドイツ語圏の)クリスチャンなら知らない人はいないんじゃないかなぁ」と牧師に言われるほど、有名なカノンだ。人数の少ない合唱団だが、この曲なら自信を持って4声で歌えるので、みんな張り切って歌っていた。何の問題もなく終了。

 祝祷・アーメン唱。そして、金管アンサンブルが後奏にまた簡単なコラールを演奏して、礼拝終了。、


 礼拝後、いろいろな人が挨拶に来てくれた。まぁ、大して歌わなかったのだけど、でも(お世辞も含め)好評だったので一安心。とりあえず…5月の初本番のときに6人だった合唱団が、10人にパワーアップしてるしね~!(笑、人数の問題か?^^;)この調子で、少しずつ軌道に乗せられたらいいのだけれど…。

 金管アンサンブルのリーダーとも話をした。今は年金生活者のこの方は、定年前は空港に勤務していたのだという。そういうつながりで今回も演奏を頼まれたんだな~、と思いつつ話をしていたら、実はこの方が現職の時にすでに空港合唱団を設立しようという動きがあったという話になった。もう20年以上前の話らしいのだが、その時は3~4人しか集まらず、断念せざるを得なかったのだという。

 「当時は誰も興味を持ってくれなかったんだよ。でも今はもう10人も集まっているんだから、今度こそ続くといいなぁ。Alles Gute!(すべて良いようになりますように!)」と嬉しそうにエールを送ってくれた。そうかぁ、そんな昔にも…と思いつつ、今度こそ何とか続けられたらいいなぁ、と私も思った。空港内の人間でもないのに合唱団設立の仕事なんて引き受けてしまって、人数もそれほど集まってこないし、本当にこれでよかったのかなぁと考えてしまうときもあったのだが、20年以上前に試みたときも集まったのは3~4人だったのだ。最初はそんなもので、それでも頑張って続けていけば、噂を聞いた人が来てくれるようになるのかもしれない。

 ともかく、今回の出番はこの合唱団にしては上出来だったのだから(ちと男声がコケたものの^^;)、前向きにやれるところまでやろう!そう、今与えられている機会を感謝しつつ…と、改めて勇気付けられ、空港を後にしたのだった。

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2006年09月21日

「やってみたらいいよ。」

テーマ:合唱

 今日からシュテックフェルトの教会合唱団も、夏休み後の練習開始。早速10月8日の収穫感謝祭礼拝で歌うことになっているので、その選曲をしないといけなかったのだが、私の悪い癖でギリギリまで手をつけずにいて、今日の午前中慌てて楽譜に目を通すことに。当然時間が足りるわけもなく、ピアノレッスンの仕事に行く電車の中でも楽譜とにらめっこ。にしても礼拝の流れがわからないと、いまいち選曲にも確信が持てない…と悩んでいたら、仕事と仕事の合い間にシュテックフェルトのJ牧師から携帯に電話がかかってきた。

 「今日の合唱練習なんだけど、収穫感謝祭礼拝で歌う曲、もう決めておかないと…」とJ牧師。「いくつか曲の候補を選んではみましたが、あなたと打ち合わせをした上で、どんなものか練習で歌ってみようかと思っていたんですよ」と答えたら、「それじゃ、30分早く教会で落ち合って、打ち合わせしましょう」ということに。「礼拝で、讃美歌の"Vertraut den neuen Wegen"(新しい道に信頼しよう)を歌うことだけは決めてるんだけれど」というので、「あ、それじゃあ、その曲の合唱譜があるかどうか、打ち合わせまでに探しておきます」と返事した。

 「ああ、それから…もう聞いているかもしれないけれど、うちの合唱団の元指揮者のH氏が亡くなったんだよ。」とJ牧師は続けた。初耳だった私は少なからず驚いた。ずっと病気だとは聞いていたけれど、6月ごろには少しよくなったと聞いていたのに。「いや、まだ知りませんでした。そうだったんですか…。」他に言葉も見つからず、そう答えるしかなかった。「練習の時に、そのことに関して一言みんなにアナウンスしたいんだけれど…」というJ牧師に、「もちろんです」と私。


 シュテックフェルト合唱団の元指揮者だったH氏は、音楽好きの引退牧師であったと聞いている。「一緒に歌うことの楽しさを教えてくれた」と団員の1人は言っていたが、この合唱団がここまで歌えるようになったのには、H氏の功績が大きかったらしい。残念ながら病気で指揮者を辞めざるをえなくなったのだが、今でも団員のみんなに慕われている存在だ。

 私自身は、一度だけ直接電話で話したことがある。この合唱団の指揮者に応募する前に、「合唱団の音楽的なレベルやレパートリー等については、僕は専門家じゃないから昔の指揮者のH氏に電話してきいてみて」とJ牧師に言われて、電話をかけて話をしたのだった。

 一通り合唱団について教えてくれたあと、H氏は電話をかけてきたコイツは何者なんだろうと興味を持ったらしく、何をしているのかとか、教会音楽家の資格を持っているのかとか、いろいろ聞かれたのを覚えている。ひとしきり話したあと、H氏は私にこう言った。「うん、(指揮者を)やってみたらいいよ。熱心な、とてもいい合唱団だから。」と。

 ……この「やってみたらいいよ。」という言葉が、H氏の最後の言葉になってしまうとは、思ってもみなかった。その後、何度も話に聞きながら、ついにお会いすることなく、H氏は天国へ旅立ってしまったのだ…。


 というわけで、30分前にJ牧師と打ち合わせて、礼拝で歌う曲を決めてから合唱練習に臨む。"Vertraut den neuen Wegen"の合唱譜も、無事合唱団の楽譜コレクションの中から見つかった。実は、この合唱団はびっくりするほどたくさんの楽譜を所有している。まだ私にも全然把握しきれていないのだが、おそらく教会暦のあらゆる時期に対応できるだけのコレクションにはなっているだろうと思うので、追々少しずつ楽譜に目を通したいと思っているのだが…。

 発声練習のあとでJ牧師からH氏の話があり、その後H氏が作った歌の楽譜がみんなに配られた。せっかくだから、その曲を私が伴奏してみんなで歌うことにした。もちろん私は初めて見る曲だったが、初見で讃美歌を伴奏するのは毎週のことなので(←コラ^^;)お手のものである。"Ich bin verknügt, erlöst, befreit"(私は楽しみ、救い出され、自由にされた)という歌で、リズミカルで明るい曲だった。

 でも、さすがに歌い終わったあとし~~んとしてしまった。…どうしよう、と一瞬当惑したのだが、「この楽譜、記念に持って帰って、ときどき家でも歌って下さいね」とだけ言って、パッと収穫感謝祭礼拝の曲の練習に切り替えてしまった。もっと気の利いた台詞が言えたらなぁ、と内心思いながら…_ _;


 この合唱団で仕事を始めてから、やっと半年。H氏の言うとおり熱心でとてもいい合唱団で、みんなよくついて来るのでやりがいがあるのだが、駆け出し指揮者の私はまだ毎回の合唱練習が暗中模索の状態である。これでいいのかなぁ、と悩んでいる時に、ふっと思い出すのがH氏の言葉だ。


 「やってみたらいいよ。」


 …そうですね、やってみます。駆け出しだけど駆け出しなりに、暗中模索でも一生懸命。

 今日J牧師が「H氏の望んでいることは、我々が歌い続けることだと思う」とおっしゃっていましたが、あなたが育ててくださったこの合唱団と一緒に、楽しく音楽しながら成長していけたら…と思っています。

 だから、天国から見守っていてくださいね。

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2006年09月18日

パッヘルベル没後300年なのよね。

テーマ:オルガン・即興

 10月1日は収穫感謝祭で、第一日曜日だから恒例のホイマーデン教会のマティネーの日?と思いつつも、どうも確信が持てずに日々を過ごしていた。というのも、マティネーは昼食会と連動した企画だからだ。(「第一回マティネーの打ち合わせ 」を参照。)前の週、9月24日が年に一度の教会祭で、派手に昼食会があるのに翌週もやるんだろうか…?と思っていたのである。

 それでやっと昨日(17日)、休暇から帰ってきたD牧師に聞こうと思っていたら、挨拶が終わるなり「ところで、10月1日にマティネーはあるの?」と先手を打たれてしまった。仕方ないので「えーと、昼食会はあるんですか?」と逆襲(?)。「あるよ」とあっさりD牧師。お~、教会祭の翌週によ~やるわ(笑)と思いつつ(これがこの教会のおそろしく活発な証拠でもあるのだが)、「それじゃ2日間だけ考えさせてください!」と返事しておいた。


 さて、すでに本番2週間前。今更誰かに依頼するわけにもいかないので、自分でオルガンを弾くことになるだろうが、どうしようかなー、大体今からで間に合うかね?と思いつつ考えを練っていて、そうか…!と思いついた。


 今年って、パッヘルベル没後300年なのよね。


 みんなモーツァルトのせいで忘れてるけど…(苦笑)

 ホイマーデンではそれに関する企画が何もなかったので、この際「パッヘルベル没後300年記念マティネー」にしてしまおう、と思いついたわけである。…って、2週間前なのにえらく大げさな企画を思いついたものだが、この背後にはパッヘルベルのオルガン曲はあまり難しくない、ということがある。更にわりとコンパクトな曲が多いので、たまに礼拝でフーガとか弾いたりして結構なじみがあるのだ。

 ただし問題は、パッヘルベルオンリーで30分聴衆をひきつけておけるプログラムが組めるか?ということである。パッヘルベルは実はかなり多産な作曲家で、オルガン曲は数限りなくあるのだが、作曲スタイルがわりと単調なので、上手く組み合わせないと飽きてしまいそうだ。

 楽譜をいろいろひっくり返してみていて、トッカータやフーガ、コラール前奏曲、それにシャコンヌ等の変奏曲系を組み合わせれば、何とか30分いけそうだな~と思った。まぁ、こんな企画は絶対に今年ぐらいしか出来ないから、これで行こう~!と決心がついた。あとはプログラムの確定と、練習あるのみである。


 早速パッヘルベルのトッカータヘ長調を練習していて、面白いなと思ったことが一つ。

 パッヘルベルはイタリアに行ったことがあったわけでもないのに、このトッカータはおそろしくイタリア風である。ウィーンに行っていた時に影響を受けたのかもしれないが、フレスコバルディのトッカータを思わせるような雰囲気なのだ。

 …ということはつまり、「楽譜に忠実に」音の長さを守って一定のテンポで弾いても、全然面白くない、ということである。

 イタリアのトッカータには、その独自のスタイルがある。楽譜には一切書いていないのだが、簡単に言うと加速したり減速したりの繰り返しで、勝手なことをやっているように聴こえる(笑)が「こういう音型が続いている場合は加速」「こういう場合は減速」という厳然たるルールが、実は存在している。(現代にはすでに存在しないルールなので、きちんと知りたければ当時の文献資料をひっくり返す必要がある。)そして、そのルールを踏まえて弾くのとそうでないのとでは、音楽の持つ輝きが全く違ってくるのだ。このパッヘルベルのトッカータヘ長調もそういう曲の1つである。

 このルールを踏まえていなくても、この曲は「楽譜どおりに」弾ける。が、音楽としては全然面白くなく、死んだものになってしまっているし、作曲者もそう演奏することを意図したとは思えない。

 これって、他のことにも当てはまるのではないかと思ったのである。


 たとえば、キリスト教の世界では「聖書を一字一句文字通り信じるか」ということが話題に上ることがある。しかし、現代の教会の教義には存在しない、聖書が書かれた時代の「ルール」が実は存在し、そのルールを踏まえて読まないと聖書記者の真意がわからない可能性は、大いにあるのではないだろうか?そのための言語研究、原典研究は当然ながら学問的に行われているのだが、その成果をきちんと取り入れることなしに「聖書を一字一句信じます!」という姿勢には、イタリア風トッカータを「楽譜に忠実に」音の長さを守って弾くのに通じるものを感じてしまう。

 我々音楽家が一歩間違うと作曲家の真意を殺しうるように、「聖書を一字一句信じます!」という姿勢も聖書記者の真意を殺しうる。そうならないためには、「現代人の頭で全てを理解(および判断)しようとしない」姿勢が必要不可欠なのではないかと思う。音楽の世界も、聖書の世界も、勉強の道のりは長いのだ。

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2006年09月14日

教会音楽家の健康管理って…

テーマ:事務 その他

 日曜日の朝……怖い思いをした。

 軽くシャワーを浴びて、出勤。家から歩いて1分半のところにある電車の停留所に急ぎ足で向かったのだが、ものすごい動悸と息切れがして、停留所に着いた時に目の前が灰色になった。これで目の前が真っ暗になっていたら倒れていたかもしれないのだけど、幸い意識を失わずに到着した電車に乗り込んで、座席に座ることができた。しばらく座っていたらだいぶ落ち着いてきたのだけど……次に思ったのは、今日の仕事が無事にこなせるかどうか?ということだった。

 全く本調子じゃなかったのだけど、ありがたいことに何とか最初から最後まで奏楽の仕事をこなせたのでホッとした。神の恵みとはまさしくこのことである。


 日曜はすぐに家に帰ってきて、大して何もせずにゆっくり過ごし、月曜以降も仕事以外は極力身体に負担にならないように過ごして、食事をきちんと取るようにしたら、おかげさまでずいぶん良くなってきた。

 シャワーを浴びたあと急ぎ足で出かけたのが原因だったのか、不規則な食生活が原因なのか、たまっていた疲れが休み中に一気に出てしまったのか…そもそも私は低血圧だし、原因はいろいろ考えられるのだが、なにせ体力勝負の教会音楽家(!!)である。この際健康管理について、真面目に考えてみるべきなのかもしれない。

 …そもそも、他の同業者の方々はどうやって健康管理していらっしゃるのであろうか?普段からフィットネスクラブに通ったりする時間なんかあるわけないと思うのだが。やっぱり定期的な長期休暇が健康の秘訣なのかも!?まぁ、そもそもドイツ人って基礎体力が違うなぁ、と学生時代から思っていたくらいだから、もしかして日本人の私ほど負担に感じていないのかもしれないけど…。今度誰かに聞いてみようかなぁ。


 今週でここバーデン・ヴュルテンベルク州の夏休みが終わり、来週からピアノのレッスン・合唱練習も開始で、私も再びフル稼働になる。この週末は幸いまだのんびり過ごせるので、体調を整えることに専念しようと思っている。

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