2006年07月03日

オーケストラと練習

テーマ:コンサート

 メーリンゲンオーケストラ協会から、「練習日の月曜日に、お時間があったら一度合わせをしませんか?」てなお誘いメールが入っていたので、これ幸いとばかりに行ってきた。ギムナジウム(小5以上の子がいく進学校)のホールを借りてやっているというので、そこへ向かう。

 指定の時間、夜8時半の5分前に着いたのに、みんなはもうほとんどスタンバイ出来ていた。第一ヴァイオリン4人、第二ヴァイオリン4人、チェロ2人。今日来れなかった何人かが、本番では加わるとのことである。

 挨拶をし、慌てて楽譜と指揮棒を出す。と、オケのまとめ役Bさんが突然、「そうそう、あなたのために日本語のポスターを作りました!」と言って、舞台の上を指差した。お世辞にもきれいとはいえない字だが、確かに日本語が書いてある。「本当だ。誰かオーケストラの中に日本語の出来る人がいるんですか?」と聞いてみたら、実はこれはギムナジウムの生徒が書いたものなのだそうである。ギムナジウムではいろいろな外国語を選択授業として学べるのだが、ここには日本語もあるのだそうだ。(で、ポスターには「ようこそワールドカップドイツへ」と書いてあった^^;)


 さて、実は私、オーケストラ指揮の単位は取っているのだが、本物のオーケストラを振ったことがない。ハイデルベルク教会音大はお金がないため、本物のオーケストラを雇えるのは年に1~2回。で、大学院に相当する教会音楽科Aコースの学生がどうしても優先になるので、Bコースの学生にまでお鉢が回ってくることは稀である。ご多分に漏れず、私もそんなわけで空振りのみで単位を取ってしまったのである。

 単位を取るだけならそれでもいいのだが、今回の私のように、突然何かの間違いで(?)本物のオーケストラを振らねばならなくなった場合に困る。第一、指揮棒の使い方は習ったが、練習の手順を全く習っていない。一体どうしたらいいのだろう(汗)


 「何から練習します?」と聞かれて、とりあえず「教会ソナタ」と答える。モーツァルトは1楽章形式の「教会ソナタ」を17曲残しており、小編成のオケとオルガンのために書かれているのだが、そのうちヘ長調K.244とハ長調K.336(336d)を選んだ。この2曲は私自身がオルガンを弾き、指揮者なしで演奏するので、まず最初に片付けておこうと思ったのである。

 とはいっても学校のホールだからオルガンがあるわけではなく、鍵盤楽器といえばかなり年季もののグランドピアノが一台。モーツァルトは多分、足鍵盤を使って弾くことを前提としてこのソナタを書いていないので、まぁ弾けることは弾ける。

 ヘ長調の方は、オルガンは通奏低音の役割がほとんど。たまに掛け合いとかもあるが、至ってオケ中心の曲である。3拍子の速い曲なのだが、みんな意外とちゃんと指が回るので感心してしまった。1回通して、あとテンポ等を修正してもう一回前半だけ弾いて、あとは教会でオルガンと合わせをしないとわからん、という話になって終わり。

 ハ長調の方はヘ長調と全く違い、いわば「オルガン協奏曲」である。オルガンにとっては見せ場のたくさんある曲で、カデンツァまでついている。まだカデンツァの案を考えていなかったので、そこはすっ飛ばして2回通しをした。私のソロ、つまりオケにとっては休みの部分も多く、掛け合いもけっこうあるので、オケ側としてもソリスト抜きで延々と練習するのが難しい曲だと言えるかもしれない。


 さて、いよいよ私が指揮台に立たねばならなくなった。立ってみると、オケの真ん中に埋まっているような感じがする。何だか居心地が悪いので、少し後ろに下がろうとしたら、コンサートマスターに「舞台から落っこちちゃうよ」と忠告されてしまった。つまりこれは…私が慣れてないのか、それとも舞台が狭いのか…?

 まぁ、本番の時はまた変えられるだろうし、とりあえず始めてみることにする。まずはハイドンの小オルガンミサより「キリエ」。この曲は意外とテンポが難しい、ゆっくりしすぎると合唱がつらいし、速いとオケの細かい音符がつらいだろう(プロなら問題ないけど、アマチュアだから^^;)…という話をして、振り始める。細かい音符は全然そろっていないが、意外によく弾けている。あまりオケのためにゆっくりしなくても大丈夫そうだ。音量調整は最終的に合唱とオルガンと合わせてしないといけないけれど、と前置きしながら、曲想について説明。

 次に「グローリア」。これは3拍子の速い曲で、振り始めたら数小節でチェロが落ちてしまい、早速やり直し。「こんなに速く練習してなかったわ~」とチェロのおばさんが一言、コンサートマスターが顔をしかめている。やり直してみたら、さっき落ちた箇所は上手くいったものの、しばらく行ったらまたチェロがずれてしまってストップ。これじゃ先に進まないので、とりあえず何が起こっても最後まで行こう!と思って通してみたら、曲が終わったのにチェロだけまだ弾いていた…^^;(もちろん途中でずれてるのには気づいてたけど〔爆〕)Bさん(第一ヴァイオリン)が「もう終わってるんだけど…」と言い、一同爆笑。仕方ないので、ずれた辺りに戻ってやり直し。一箇所、どうしてもチェロが弾けない部分があって、チェロのおばさん曰く「練習しておくわ」。

 それから「ベネディクトゥス」。これはオルガンソロ+ソプラノソロがメインの曲なので、オーケストラだけで練習してもどうも休みばかり多くてさまにならない。それでも、のんびりと4拍子を振る私の指揮にあわせてちゃんと数えて入るあたり、さすがにオケの人たちである。(実は私がどこ振ってるんだかわからなくなりかかっていた^^;) 最後に拍子が変わって、6拍子の「ホザンナ」が来るところで、案の定止まってしまい、説明をしてやり直し。拍子が変わってもテンポの取り方には関連性があるので、それをちょっと説明したらすぐにわかってくれて、助かった。なぜか終わりまで来たらまたチェロがずれていて、コンサートマスターが短い叫びを上げる。ずれたところがどこか大体わかったので、それを踏まえてもう一度やり直したら、大丈夫そうだったので、とりあえずOKということにしておく。

 次に、モーツァルトの「ラウダーテ・ドミヌム」。K.339の5番目の曲で、ソプラノソロつきの有名な合唱曲である。ゆっくりした6拍子のきれいな曲だ。みんなも嬉しそうに弾いていたのだが、途中で第二ヴァイオリンが奇怪な和音を弾いたもので、コンサートマスターがまた叫んでしまった。楽譜を読み違えたらしい。せっかく止まったので(?)、第二ヴァイオリンの16分音符の動きがメロディーの第一ヴァイオリンに比べて目立ちすぎるから、もうちょっと音量落としてね、とお願いして再開。第二ヴァイオリンのおじさん曰く「えー、この曲は僕たちが主役なのかと思ってたのにー。」 …いやいやこの16分音符、確かに美しい動きではあるが、あくまでもメロディーはソリストと第一ヴァイオリンですがな^^; あとは曲想を少し説明…とはいっても、何せ最終的な音量調整は、ソリストと合唱団と合わせてみないとわからないのだれど。

 最後に、ブクステフーデのカンタータ「さあ主なる神に感謝を捧げよう」("Nun lasst uns Gott dem Herren Dank sagen")。コラールカンタータである、という形式を簡単に説明して始めたのだが、最初でつまづいた。この曲、通奏低音と合唱が先に始めて、そのあとで第一・第二ヴァイオリンが間奏を入れていくつくりになっているため、チェロだけ先に始めるというのがいまいち理解できていなかったのである。まぁ、オケのメンバーはパート譜しか持っていないのだから当然だ。もう一度入りの部分を説明して、始めたら上手く入った。ヴァイオリンに細かい音符が多いので、どのくらいのテンポで弾けるのかなぁと思っていたのだが、みんな意外にしっかり弾いている…どころか、私のテンポよりずっと速く弾きたがっているみたいで、キープするのに苦労した。(しかもみんなまだ楽譜を追うので精一杯だから、指揮をちゃんと見てくれてないし_ _;)おまけに、最後のところでまたチェロがリズムを間違えて、他のパートより遅く終わってしまったので、おかしくなった部分をやり直し。合唱のコラールの終わりのところで、ちょっとだけテンポ落とすから、と説明して、もう一度通そう…と思ったら、Bさん曰く、「ああ、あと5分しか時間がない。9時半になったら、厳しい管理人が追い出しに来るのよ」だそうで…。え、もう1時間たったの?と思いながら、コンサートマスターの提案で2箇所を選んでそこだけ練習した。


 あっという間の1時間だったが、上手くいったのかどうなんだか全然わからないまま、合唱とのゲネプロの時間だけ確認して、みんなに別れを告げた。

 帰り道、電車の中でどうもしっくり来なかったベネディクトゥスの楽譜を見ていてハッとした。…この曲って、のんびりずっと4拍子振ってるんじゃなくて、オルガンソロに合わせてレチタティーヴォの要領で振らなきゃだめじゃないか…!!とはいっても、無論オルガンソロの人がいない今日の状況ではどうしようもなかったわけだが、今更気づくなんて私もボケている。というか、完璧に指揮初心者である_ _;

 あ~、ベネディクトゥス全曲、練習しなおしだ~~~!と落ち込んで帰ってきたのであったが、ありがたいことにまだ間に合う…と思う。何とか頑張らなくては~!

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2006年07月02日

障害を持つ子どもたちの堅信礼

テーマ:礼拝内の音楽

 私の勤務先、ホイマーデン教会のD牧師はもうずっと長いこと、シュトゥットガルトで障害を持つ子どもたちの堅信礼を行っている。もちろん堅信礼へ向けての準備コースもきちんと行っている。ホイマーデン教会に出席しているだけだと、D牧師のその活動を実際に目にする機会は全くないわけだが、今日はなんと、その堅信礼礼拝の奏楽をする機会が与えられた。

 といっても非常にお粗末な話で、堅信礼礼拝をうちの教会でやってもいいですよ、と言ってくれたその教会が、オルガニストを用意していなかったのである。それが礼拝まで1週間を切ってから判明し、慌てたD牧師からの打診で、ホイマーデン教会の方の奏楽を私の友人に任せ、私がD牧師に同行することになったのだった。急な打診にもかかわらず、引き受けてくれた友人のおかげで、私はこの貴重な体験をさせてもらえることとなったのである。


 朝、牧師が家まで車で迎えに来てくれた。私の家から車で5分の位置にある、小さな集落Zazenhausenの教会が会場なので、行きがけに拾ってもらったのだ。

 歩いてもそんなに遠くないし、教会の話は何度も聞いたことがあったが、まだ行ったことがなかった。ホイマーデン教会と同じく、中世のかわいらしい小さな村の教会である。きれいな墓地つきの教会で、建物には「1582」という年号が刻まれていた。

 会堂の管理人さんが、オルガンの鍵を開けて電源を入れてくれた。後方2階席に設置されている小さな2段鍵盤の楽器で、ヴァルカーの作。さすがにリード管はないものの、小さいのに結構強烈なストップが入っている。ストップの種類をよ~く見てみると、組み合わせが微妙に不可思議。細かく書くと無茶苦茶マニアックになるので割愛するが、さてこのオルガンでどうやって音のバランスを作ったらいいものなのか…。

 あれこれ試しているうちに、礼拝開始20分前にはもう結構人が入ってきたので、前奏と後奏の音だけ決めて、弾くのをやめた。前奏も後奏も、メンデルスゾーンのオルガンソナタから定番の曲を選んであった。弾いたことのない楽器で仕事をするときは、弾き慣れた曲を選んでおくことにしている。牧師がチラッと様子を見に来てくれたが、打ち合わせはもう済んでいたし、楽器も別に故障しているわけではないしで準備は万端。

 祭壇に背を向けた状態で演奏台に座ることになるので、バックミラーを調整。演奏台の左斜め上についているこのバックミラー、うまく調整すると祭壇・説教壇・洗礼盤が全部映るという優れものである。


 10時7分前に鐘が鳴り始め、鳴り終わったところで前奏を弾き始めた。出席者全員が起立して、牧師と堅信礼を受ける子どもたちの入場を迎える。小さい教会なので、大して時間はかからない。すぐにみんなが着席したのだが、それからまもなく、子どものものすごい叫び声が聞こえた。

 堅信礼を受ける6人の中に、1人重度の障害を持っている子どもがいるとのことで、牧師が心配していたのだがその子だろうか?オルガンの音が気に障ったんじゃないかなぁ、と微妙に心配しつつ…まぁそんな心配をしている間に1~2個音を外してしまったのだが_ _;…叫び続ける子どもの声を聞きながら、前奏を終えた。

 教会役員の挨拶、そして牧師の挨拶、最初の讃美歌"Das wird ein Fest!"「祝いの祭がくるよ!」(堅信礼準備コースのテーマソングらしい^^)と続くうちに、叫び声は聞こえなくなってきた。子どもたちが祭壇のろうそくに火をともし、「このろうそくは、神が私たちを愛しているしるしです」と宣言。祈りの後、有名な詩篇23篇「主はわが羊飼い」を全員で祈る。

 「イエスが子どもの手をとって人の輪の真ん中に立たせたように、今日はあなたたちの手をとって真ん中に立たせ、祝福します。神は今までも、これからもずっとあなたたちと共にいて、その人生の同伴者となるのです」という短い説教の後、牧師は6人の子どもを2人ずつ呼んで、頭の上に手をかざし祝祷した。祝祷のあと、写真と聖書の言葉の入ったカードを牧師から、小さな天使を脇に立っていた女性から受け取る。最後の2人のうち1人の子が、どうやら牧師の言っていた重度の障害を持った子らしかった。ダウン症のように見受けられる。牧師がかざした手の下におとなしく立っていてくれないので、祝祷も一苦労だったが、何とかその場を乗り切った。

 讃美歌"Lobe den Herren, den mächtigen König der Ehren"(栄光の力ある王、主をほめたたえよ)を歌った後、聖餐式。まず堅信礼を受けた子どもたちがパンとぶどうジュースをもらって聖餐を受け、それからパンのかごを持って、出席者にパンを配りにいく。ぶどうジュースは、祭壇の前で牧師から一人一人受け取っていた。その間私は、定番のテゼ共同体の讃美歌"Meine Hoffnung und meine Freude"(わが希望、わが喜び)を使って静かにBGM(?)を即興。堅信礼を受け、初めて聖餐を受けた子どもたちが、今度は出席者を聖餐に招く、というやり方が、とてもいいと思う。

 感謝の祈り、主の祈りと続いて、讃美歌"Nun danket alle Gott"(さあ全てを神に感謝しよう)。今日は最初の讃美歌を除いて、さすがに定番のものばかりを選んである。

 そして報告・祝祷。後奏と同時に、堅信礼を受けた子どもたちが牧師と一緒に退場。出席者は起立してそれを見守り、彼らに続いて教会を出て行く形に。後奏が終わった頃には、ほとんどの人がもう外に出ていたようだった。中に戻って、写真撮影をしている人たちも。


 天気のいい日である。片づけをして外に出たら、みんなそこで立ち話をしていた。堅信礼のお祝いには親戚も集まってくるから、これから日曜の昼・午後を一緒に過ごすのであろう。

 D牧師はなんと、ホイマーデンに戻って子ども礼拝(日本の「教会学校」かな?)に顔を出すというので、みんなに挨拶しつつ、人の輪を抜け出して車に向かう。

 スーツのジャケットを脱いで、ネクタイまで外して運転席に座ったD牧師、車を発進させるなり「あ~、まいったよ!」と一言。私は雰囲気のいい素敵な礼拝になったと思っていたので、不思議そうに牧師の方を見ると、牧師曰く「Cちゃんが叫び始めた時はどうしようかと思った」と。Cちゃんとは、例の重度の障害を持った子のことである。やっぱりあれは彼女だったのか…。

 「彼女は、緊張すると叫ぶんだよね。だから心配していたんだよ」と牧師。堅信礼なんて晴れの舞台だもの、非常に敏感に物事を感じ取る彼らが「いつもと違う」雰囲気を感じ取って緊張しないわけがないよね、と私も納得。

 牧師は続けた。「僕が思うに、父親が来ていたことも原因だと思うんだけれどね。」「??」とまた不思議そうな顔になった私に、牧師は説明してくれた。「Cちゃんのところは、両親が離婚してるんだ。Cちゃんだけじゃない。今回堅信礼を受けた6人のうち、3人の両親が別居している。障害を持つ子どもたちの堅信礼を担当していて、もっとも難しいことの一つがこれだよ。父親が障害を持つ子と一緒に暮らす状態に耐えられなくなって、出て行ってしまうんだ。」

 何て相槌を打ったか覚えていない。ハッとさせられたことは確かだ。「Cちゃんの父親は確かに礼拝に来ていたけれど、終わったらすぐにいなくなってしまっていた。辛うじて、挨拶だけはすることが出来たけどね」と牧師。


 そう言っている間に、車はすでに私の家に到着していた。お礼を言い合って握手し、車から降りた私の頭の中にはいろんな気持ちが交錯していた。


 正直なところ…


 男って一体何を考えてんだ!!  炎炎炎>(◇´= )(=`◇)<炎炎炎


 という気分だったことは確かだ。


 もちろん、結婚する前から障害を持った子が生まれるなんてことを想定している人はいないだろう。だけど、それは母親の方だって同じだ。また、障害を持った子と一緒に暮らすということがどれだけ大変か、その苦労を私が知っているわけではないから、出て行った父親に対してそんなに簡単に、どうのこうの言える立場にあるわけではない。また、そこに至った原因や過程も、おそらく一つ一つのケースで違うだろう。


 しかし、母親が子どもと一緒に残されているという結果は、残念ながら全てのケースに共通だ。

 障害を持って生まれてきても、自分の子どものはずなのに…。



 結婚して、家庭を築くということへの責任を、男性は一体どう考えているんだろう。



 今日、堅信礼を受けた子どもたちの姿を一人一人思い浮かべながら、真剣に問うてみたいと思ったのであった…。

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