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2005年09月29日

やっぱりバッハって…

テーマ:オルガン・即興

 10月2日のマティネーで、J.S.バッハの"Piece d'orgue"を弾こうと思って練習中なのだが、練習しながら改めて思ったことがある。それは


バッハって絶対変。


だということである(爆)とんでもない曲書いてるよ、この人。


 一声で始まるオルガン曲は当時にだって多々あったけれど、それを2ページも延々と続けたのは多分バッハが初めてなんじゃないだろうか?どんなに速く弾いたって1分ぐらいはかかる。聴衆は1分もずうっと、この先何が起こるのか緊張しっぱなしなのだ。そして、ようやく和音が入ってホッとした…と思ったら、なんとバッハはこの和音の羅列-単なるカデンツの組み合わせ-を4ページも延々と続けるのである。時間にして5分ぐらい。あっちの調へ行ったり、こっちの調へ行ったり、偽終止を使って次のカデンツにつなげたり…を5分も続けてるのも当時としちゃバッハぐらいのものだろう。普通は間が持たないですって。

 で、ようやくこのカデンツが輝かしく終わりを告げる…かと思いきや、最後の和音がなんと減七である。当時、減七なんて和音は珍しいのであって、ようやく曲が終わるかと思って聴いていた当時の人は跳び上がって驚いたに違いない。そして、最後がまた緊張感あふれる2声(1声+弦楽器を思わせるバス)になっていて、これがまた2ページ(1分ぐらい)続く。最後にようやく緊張から放たれて、当時ありがちな終止形になって終わっているのだが…(汗)


 先週の南ドイツオルガンアカデミーで、講師のブライヒャー氏が「当時(バロック・初期クラシック)ってのは、人間の感覚と音楽が今の我々よりもっともっと密接に結びついていたんだ。だから、演奏家(イコール作曲家)が当時としては新しいことをやると、意表をつかれた聴衆は文字通り『椅子から跳び上がって』驚いたものなんだよ」と言っていたが、そういう意味ではこのPiece d'orgueはさぞかし聴衆を驚かせたに違いない曲である。円熟したバッハの後期の作品とは違った、実験的な試み満載の味のある作品だ。今でこそ何でもないようにさらっと弾いてしまう人が多いけれど、多分それではいけないのだと思う。ぜひ当時の人の驚きを、今の人にも味わってもらいたいものだと思うけれど、それにはどうやって演奏したらいいんだろう?なんてちょっと考えている私なのであった…(笑)

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2005年09月28日

パイプオルガン見学

テーマ:オルガン・即興

 今日は堅信礼準備コースの一環で、子どもたちにオルガンを見せる日だった。

 牧師が「簡単に僕がオルガンの説明するから、何か弾いて見せて」などと言っていたが、せっかくだからやっぱり、いろいろ見せてあげたい。というわけで、珍しくオルガンのパイプの入った箱を開放して(こっそり入れてあった飲み物も移動して[苦笑])、オルガンの周りの椅子を適当に片付けて子どもたちが近くに来やすいようにした。


 今年は堅信礼準備コースを受けている子どもの数が多い。なんと、例年の2倍、20名以上もいる。というわけで、オルガンの周りに集まると、どうしたって「ひしめきあっている」感じになってしまう。

 牧師が私を子どもたちに紹介して……といっても、子どもたちとは礼拝や教会行事で顔をあわせていて、みんな私が何者かすでにある程度知っているもので、私が冬季オリンピックの街出身だから、オルガンだけでなくてスキーも出来るんだぞ、などと不思議な紹介をしていた(笑)……それから、楽器について説明。「なぜオルガンは『楽器の女王』っていうんだと思う?」とみんなに質問するところから始まって、どこからかもらってきた「オルガンのパイプ」を一本ずつ子どもたちに渡して、音の出る仕組みを説明。子どもたちはピーピーとパイプを吹いて楽しそう。

 「で、こういうパイプが…このオルガンには何本あるの?」と聞かれて、答えられない私であった_ _; パイプの本数、数えたことなんかない~!


 脱線になるが、この際だからこのブログ上で計算してみよう。基本的に鍵盤数×ストップ数だから

    ペダル     鍵盤数30個×ストップ3本=90本

    グレート    (鍵盤数56個-パイプの入ってない鍵盤2個)×ストップ5本=270本

    ポジティブ   鍵盤数56個×ストップ4本=224本

    計   584本

 (うちの教会のオルガンって、グレート鍵盤の一番上のfisとgにパイプが入ってないから鳴らないんだよね~、これが…。)

 これで本数がわかった……かと思いきや!オルガンにはしっかり罠がある。複数のパイプを同時に鳴らすことで独特の音色を作っているストップがあるのだ。たとえばミクスチュアといわれるストップがそれである。

 うちの教会のオルガンの場合、グレート鍵盤にMixturとSesquialterがあって、Mixiturが4本、Sesquialterが2本のパイプの組み合わせになっているから

    鍵盤数54個×{(Mixturのパイプ数4本-1本)+(Sesquialterのパイプ数2本-1本)}=216本

 結局、合計800本!という結果になったが、合ってるんだろうか?計算間違いを発見したら、遠慮なくご指摘ください。お願いしますm(_ _)m


 パイプの材質、空気を送る「ふいご」の話(昔はふいごで風を送るのは堅信礼準備コースの子どもたちの仕事だった、なんて説明してたけど、本当なんだろうか?)、いつから礼拝に使われるようになったか等の説明を牧師が一通りして、最後に「何か付け足すことある?」と聞くので、オルガンのいろいろな音色の話をすることにした。まずストップを一本入れて、ひとつの鍵盤を押して「パイプ1本」を鳴らす。それからどんどんパイプの数を増やしていった。これは結構効果的で、みんなその音の大きさ(と音色)の違いに目を丸くしていた。

 パイプの入った箱の中には狭くて1~2人しか入れないので、みんなにとっかえひっかえ入って見てもらった。ただ、当然悪戯好きの13~17歳の連中だから、リスクは伴う。一人の男の子が、本人いわく「ついうっかり」一本の細いパイプを手で曲げてしまった。というか、多分そんなに曲がりやすいとは知らずに触ったのであろう。私のところに白状しに来たので、牧師が見ていないところでこっそり直してあげた。やれやれ、オルガンビルダーには内緒だぞ~!(苦笑) 以後、入る子どもには口をすっぱくして「触るの厳禁」を言い渡す。


 で、何か演奏してと牧師に言われたのだが、ろくに用意してなかったので、次の日曜のコンサートに弾く曲の一部を適当に演奏。子どもたちはパイプの箱に出たり入ったり、鍵盤の横に来てじ~っと見たりしながら聴いていた。20人以上もいるのに、思ったよりずっと静かでお行儀がいいと思ったのは私だけ?牧師のにらみも効いてるんだろうか(笑)まぁ、13歳から上ならそれなりの分別ももうついてはいるだろうけれど。(わざと悪いことをするヤツはいるにせよ^^;)


 そんなこんなでオルガン見学は25分ほどで終わって、牧師と子どもたちは準備コースの続きをやるために集会所へ引き上げていった。私は後片付け。特に、「例の」パイプがちゃんと機能してるかどうか、確認(笑)

 正直に言って、どういう形であれ「パイプオルガン」という楽器にこの年齢でめぐりあえる子どもたちがちょっと羨ましい。私自身がパイプオルガンに出会ったのが、すごく遅かったせいでそう思うのだろうけれど。何かの形で、この体験が子どもたちの心の中に残ってくれたらいいなと思う。

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2005年09月20日

南ドイツオルガンアカデミー 第2日目

テーマ:オルガン・即興

 8時から朝食だったので、7時半に目覚ましをかけて起床。

 低血圧の私にとって、コーヒーは医者からも公に認められている「昇圧剤」で、これがないと朝が始まらない。幸い、ドイツ人はコーヒーが大好きだから、どこへ行っても朝食ではコーヒーが飲めて便利だ。ビュッフェもなかなかの充実ぶり。


 9時に受付の前に集合して、みんなでオルガンのところへ行くことになっていた。昨晩のコンサートのときに、オルガンのところに上る階段らしきものが教会内に見当たらなかったため、不思議に思っていたのだが、なんと修道院(=アカデミー)の中に入り口があったのである。しかもらせん階段を延々と登り、そのあげく明らかに教会の「屋根裏」である空間を通って、ようやくオルガンのところにたどり着く、という…。

OHNdach ←オルガンのところに行く途中の「屋根裏」

 イタリアにオルガンを見に行った時にも思ったけれど、どうしてこう「オルガンに至る道」は弾く人に不親切に出来てるんだろう、と思いつつ…。でもオルガンを目の前にしたら、そんな不満もどこかへ吹き飛んでしまった。

OHNGabler-Orgel2 ←迫力!!   天井のフレスコ画も見事。→OHNfreske

 早速、ブライヒャー氏がオルガンの説明をしてくれた。オクセンハウゼン生まれのオルガンビルダー、ヨゼフ・ガプラーの手で1728年から1734年にかけて作られたもので、南ドイツで初めて作られた4段鍵盤のオルガンなのだそうである。3段鍵盤の楽器すら珍しかった当時なのだから、異例の大オルガンといっていい。更にこの楽器はガプラーの最初の作品だというから驚きである。

OHNspieltisch

 もちろん、そのままの状態で今も保存されているわけではなく、長い歴史の間にいろいろと手が加えられた。特に1965年~1971年に行われた大掛かりな修築の時には、当時のオルガン観に合わせて、まさしく原形をとどめない状態にまで変えられてしまった。幸い、古いオルガンの一部は博物館に保存され、一部は原形の保存を望んでいた人たちの手で、文字通りごみの中から救い出された。1980年代・90年代に古いオリジナル楽器の価値が見直されるようになり、それを受けての2000年~2004年の再度の修築によって、保存されていたオルガンの部分をもう一度組み合わせて、バロックオルガンを復活させることができたのである。

 ガプラーはなかなかおちゃめなオルガンビルダーだったらしく、オクセンハウゼンの地名の由来である「牛」を、しっかりとオルガンに組み込んである。下からオルガンを見上げると、真正面の一番手前に3段目の鍵盤用パイプを入れてある箱があって、一見その上に飾りとしてついている…ように見えるが、実はただの飾りではなく、「カッコウ」のストップを入れると動き出すのである!!オルガンの側から見ると、牛のお尻が出たり入ったりしていて面白い。

 ブライヒャー氏の話によると、これはもともと本当に動きながら「モォォォ」と鳴く牛のストップだったらしい。ハイドンがオクセンハウゼンを訪れたとき、演奏中にふざけてこの牛のストップを入れた人がいて、「モォォォ」という声でせっかくの演奏がぶち壊しになってしまった。ハイドンは怒るかと思いきや、「構わんよ、でもせっかくだからもっと美しい鳴き声に変えたら?」と言ったので、この牛は「カッコウ」と鳴くように作り変えられた、という言い伝えがあるとか。

OHNochs ←これがその、牛のお尻。「カッコウ」と鳴きながら出たり入ったりする。

 一通りオルガンの説明が終わると、早速レッスン。ゲオルク・ベームのコラール前奏曲から始めることになり、用意していた講習生が演奏台に座る。音色を決め、一通り演奏。よく弾けていると思ったのだが、タッチやフレーズ、装飾音などを細かく注意される。講習会のテーマは「いかにしてオリジナル楽器を弾きこなすか」なので、当然と言えば当然なのだが、非常に細かいところまできっちり踏み込んだ内容の濃いレッスンで、最初の数小節の話を聞いただけでものすごい情報量。当然、1曲のレッスンにものすごく時間がかかる。結局、午前中はほとんどベームのコラール前奏曲2曲だけで終わってしまった。

 昼食前にブライヒャー氏曰く、「午後はちょっとフランス・バロックに寄り道することにしよう。クレランボーを用意してきた人は誰がいたっけ?」だそうで…!うわ~、早速来てしまったよ、と思いつつ手を挙げた。私の他にも2人いたのだが、ブライヒャー氏は何を思ったのか、にっこりと私に微笑みかけて「午後の一番手、よろしくね」だそうで(滝汗)


 便宜上、午後に弾くことに決まっている講習生は、優先で昼休みに練習させてもらえる。クレランボーを弾く他の講習生と話して、昼休み前半を練習時間にもらった。大急ぎで昼食をとって、一人で教会へ。

 演奏台に座ってみて気づいた。ここのオルガンは椅子の場所調節がまったくきかないのだ。高さが調節できないのはもちろん、前後にずらすことも出来ない。バロックオルガンだから、足鍵盤の形や幅が現在のオルガンと違うのにも関わらず、である。あまり足を使わなくていいクレランボーで良かった、と思いつつ、さて音色を決めよう、と思ったら…これまた厄介。当然ながら、このオルガンは南ドイツのバロックオルガンであって、フランスのではないから、作曲者がせっかくストップを指定してくれているのに、そのストップがないのである。こうなると経験の浅い私は頭を抱えてしまう。

 とりあえず、時間もないので音色は適当なまま、曲を弾いてみる。バロックのオリジナル楽器というと、足鍵盤だけではなく、手鍵盤の長さと幅も今の楽器と違ったり、妙に鍵盤が重かったり軽かったり、更に調律が今日のa1=440Hzではなくて半音低かったり3音高かったり、といろいろ弾きにくいというイメージがあるのだが、この楽器はなかなかの弾き心地で、かなり気に入った。タッチの細かい差もよく音に出る。それでいて、残響があって音がふんわりと広がるから、粗が目立ったりもしない。

 私が用意してきたクレランボーの曲は7曲からなる組曲だったから、ああでもないこうでもないとストップをいじって弾いていて、最後の曲が終わらないうちに、もう次の講習生J君の練習時間になってしまった。J君がやってきて「どう?」と聞くので、「とってもいいオルガンだけど、クレランボー弾くにはストップが…」と答えたら、「どれどれ」と覗き込みながら演奏台に座って一通りストップを眺め、「なるほど、こりゃ困るね。ブライヒャー氏に聞いてみないとねぇ。」だそうで(苦笑)そうは言いながらも、結構慣れた手つきで音を決めていたので、昼休み返上でストップの決め方を見学させてもらうことにした。J君はウィーン音大出身で、現在はウィーン郊外の町で教会音楽家の仕事をしている。同業者のストップの決め方を見せてもらえる機会なんて滅多にないので、かなり勉強になった。


 さて、14時からレッスンの続きである。最初にフランス古典の奏法についてのプリントが配られた。装飾音の名称と弾き方、イネガル奏法についてなどが一覧表になっており、なかなか見やすい。一通り説明を聞いた後、お昼前の指名をしっかり忘れていなかったブライヒャー氏に目で合図されて、演奏台へ。「昼休みに弾いてみてどうだった?」というので、正直に「どうもストップが決められなくて。」と言ったら、ブライヒャー氏曰く「それは手伝ってあげるから大丈夫」とのこと。

 「どの曲から始めましょうか?」と聞いたら、「どれでもいいけれど、一番最初の曲はここじゃなくて別のオルガンで弾いた方がいいと思う」と言うので、一番楽しく練習できた5曲目の"Basse et Dessus de Trompette"を選んだ。バスのソロをトランペットで、そしてソプラノのソロをコルネットのストップで弾くよう指示されている曲だ。ブライヒャー氏、早速「おお、この曲ねぇ。これはこのオルガンではストップが問題なんだよねぇ。何せトランペットがないし…」と言い始めたら、後ろからすかさずJ君が「コルネットもないんですよね。」と口を挟む。結局、別のリード管を使ってそれっぽい音にしたのだが、その選び方がJ君がやっていたのと同じだったので、さすが…!と感心。

 それで弾き始めたのだが、区切りのいいところで止められ、音符の長さや装飾音のこと等を早速注意された。で、言われたとおりにすぐ直して弾くのだが、この「その場ですぐ直して弾く」というのが実を言うとかなりの芸当で、相当の集中力がいる。更にブライヒャー氏曰く「この曲はもっともっと自由に弾いていいんだよ。装飾音も必ずしも書いてあるとおりに弾かなくていいし、この辺にもこう、音(装飾)を足しちゃったりして…」だそうで、例として鉛筆でちょんちょんと楽譜に音を書き込んでくれちゃうのだ。何だか、練習してきた曲と大枠は同じでも、全く別物みたいになってきてしまったぞ(汗)、と思いつつ…。さらに、「別に僕のアレンジをそのまま弾かなくても、あなたの感覚で自由に弾きなさいよ」だそうで、いきなり自分でも派手に装飾をつけながら弾く羽目となってもう大変。まさしく必死!!ブライヒャー氏も、私が直して弾けば弾くほどどんどんいろんな要求をしてきて、結局のところ何とこの1曲で1時間以上が経過してしまった。

 ハッと我に返るように時計を見たブライヒャー氏、「おお、早いねぇ。もうすぐお茶の時間だから、いったん休憩にしよう。で、その後で(と私の顔を見て)もう1曲、別の曲弾くでしょ?」と…。う~ん、私は嬉しいんだけど、この貴重なレッスン時間と貴重な楽器を、私ごときがこんなに何時間も占拠していていいものなんですかね?^^;


 こういった研修施設でも、ちゃんと15時半~16時ぐらいにお茶の時間があって、コーヒー紅茶とケーキが用意されているところがいかにもドイツらしい。特に集中してレッスンを受けている合い間のお茶だから、本当にホッとする。

 さて、一息入れたところで先ほどの続き。ブライヒャー氏に「どれを弾く?」と聞かれたので、「装飾音について質問があるので、"Recits"をやりたいです」と言ってOKをもらう。さっきの曲が速い曲だったのに対し、今度の曲はゆったりとした装飾音てんこ盛りの曲で、当然イネガル奏法が適用される箇所も出てくる。

 数小節弾いたところで、「確かにこの曲はゆっくりだけれども、和音がわりと単調で変化がないので、あまりゆっくりになり過ぎないように」と注意され、テンポアップしたら装飾音が入れにくいのなんのって。イネガル奏法もソロの声部だけで、伴奏部は普通に弾いていいとのこと。そして前の曲と同じく「装飾音は書いてある通りでなくてもよい」とのこと。一つ一つの装飾音の入れ方を細かく指導してもらった。

 この曲は、2種類の違った音色のソロが交代で出てくるのだが、最後に2声そろって出てくる。まるで、2人の人が会話をしていて、最後に一緒にデュオを歌うような感じである。この最後の部分で、ソロ2声を装飾音までぴったり合わせて弾くのが意外に難しくて、準備の段階でかなり練習時間をくったのだが、ブライヒャー氏曰く「これは両方を全く同じに弾く必要はない。微妙に右手と左手を違えて、ずらして弾いて構わない。ただしきちんと流れに乗ってね」とのこと。結局のところ、全体的にかなりいろいろな意味で自由に弾いていいということか。ただし、この「自由」は当然「何でもあり」ではなくて、あくまでも「当時の様式にのっとった自由」だから、演奏する側にとってはそこに行き着くまでにかなりの勉強が必要なのだが。


 さすがのブライヒャー氏も他にクレランボーを用意してきた人のことを覚えてくれていたらしく、ここで生徒交代。(にしても、2時間以上もみっちりレッスンを受けてしまった^^;)私の後にはよりによってS氏という、なんとハイデルベルク教会音大で即興を教えていた(ゆえに面識がある)人が、同じ組曲の中の"Fugue"と"Duo"を弾いた。そうそう、書き忘れていたのだが、私とS氏はブライヒャー氏から全く同じことを注意されてしまった。何かというと「指使いを書いていない」ことである。

 「簡単そうに見えて、この手の曲は難しいんだから指使いは必須!」とのご指摘はごもっとも。元ピアノ弾きの私は自動的に身についている指使いがあるため、ついつい手鍵盤は書かないで済ませてしまうのだが、本当はこの時代のものはブライヒャー氏の言う「チェルニー式テクニック」で弾くより、バロックの指使いで弾く方がやりやすい時があることも確かである。そんなこんなで、夕食時までに"Duo"のブライヒャー式指使いをコピーしてもらい、明日までに各々それを試してみる、ということになった。

 この日は他に、ブルーンスのホ短調の前奏曲とフーガにちょっと触れた。実はこの曲、私はあまりよく知らなかったのだが、ものすごく前衛的な出だしにびっくり仰天。あの時代に、こんな曲作ってた人がいたとはねぇ~(汗)まぁ、ブルーンスという人物はそもそもタダ者ではなかったのだが、その話はまた次の機会に。


 夕食後は自由時間。指揮の講習会をやっている他のグループ向けに用意された、"Salve Regina"の歴史に関する講演会が20時からあったので、聞きに行った。テュービンゲンから音楽学の専門家を読んでの講演である。が、その指揮の講習会がインターナショナルなものだったため、講演が英語で行われるということを知らずに行ってしまい、なかなか苦しい1時間半だった。ドイツ語ならかなり細かいところまで内容を理解できる自信があったのだが、もう忘却の彼方へいってしまった英語では無理だ。結局、ここでこの旋律をパクったらしいとか、話の流れはなんとなくわかったものの、年号とか細かいことが全く頭に入ってこなくて、講演を聞いた甲斐は残念ながら全くなかった_ _;

 22時まで練習室が使えるので、ちょっとだけピアノのある部屋で、先ほど配られたブライヒャー式指使いを実験。書き間違いらしきものを見つけただけで、そんなに目新しいことはない…と思ったのは私だけだろうか?

 いずれにせよ、朝から晩まで音楽に集中した、本当に内容の濃い1日となった。これがあと3日続く…と考えて、消化不良を起こさないかとちょっと心配になったレッスン初日であった。

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2005年09月19日

南ドイツオルガンアカデミー 第1日目

テーマ:オルガン・即興

 今日から南ドイツオルガンアカデミーに参加。

 会場は「音楽する若者のための州立アカデミー」(←見事直訳!)という研修施設で、オクセンハウゼンOchsenhausenというオーバーシュヴァーベンの小さな町にある。シュトゥットガルトから電車で行くと、ウルムを経由してビーベラッハBiberachという駅で下車、そこからバスに乗ることになる。ローカル線を使ったにもかかわらず、所要時間は電車とバス合わせて約2時間半と意外に近い。

 ただ、バスを降りてからが大変だった。案内の手紙によると、修道院の教会を目指して歩いて徒歩10分と書いてあるのだが、大体修道院というものは高台にあると相場が決まっている。不案内なせいもあるのだろうが、延々と上り坂でとても10分でなんか歩けない。大汗をかいて、ようやく修道院の敷地にたどり着いた。

OHNkirche ←これがその、目印の教会。

 うわ~広いなぁ、と思いつつ、教会の前を右に曲がったところで、アカデミーの入り口を見つけた。受付を済ませ、自分の部屋に向かったのだが…

OHNtreppe ←階段   廊下→ OHNgang
 てな具合で、正直言ってかなりびっくり。修道院を改装した施設だろうとは思っていたのだが、ここまで雰囲気のある施設だなんて思ってもみなかった。それに、広い。受付の人が「初めての人どころか、2回目の人でも迷うみたいだから気をつけてね」と言っていたが、さもありなんといった感じである。

 部屋は二人部屋だったのだが、ユースホステルなら二段ベッドを4つ入れてあるだろうなと思えるような広さで、これまたびっくり。窓からの眺めもなかなか。隣の二人部屋と共同のシャワー・トイレがついている。4人で1つのシャワールームを使えるなんて、これまた贅沢。


 18時の夕食が講習会の最初のプログラムだった。ギリギリに階段を降りていったら、食事前の歌として定番の"Aller Augen warten auf Dich, Herre"(すべての目はあなたを待ち望みます、主よ)が聞こえてきた。合唱のメンバーと一緒に食事をするとき、このシュッツの4声の合唱曲をよく歌う。きれいにハモっているところを見ると、どこかの合唱団も来ているのかも…と思ったら、案の定であった。私達の他に2グループ入っていて、どちらも合唱関係だったのだ。

 この食堂もまた、シャンデリアにフレスコ画、おまけにオルガンつきの雰囲気のある食堂である。

OHNspeisesaal ←食堂

  ビュッフェ形式の夕食で、適当にいろいろなものを取って「南ドイツオルガンアカデミー」と表示されている席について、同じテーブルに座っている人に挨拶。結局ここでは夕食をとり、「19時から『図書室ホール』で施設の代表と講師の挨拶があるから」という連絡をもらっただけで、あとは同じテーブルの人と少し話をしただけに終わった。


  19時、『図書室ホール』なるところに行ってみて、本当に図書室を使ったホールになっていたのでびっくり。小さなパイプオルガンも入っていて、これまた雰囲気のあるきれいなホールである。施設の代表の人と講師のシュテファン・ヨハネス・ブライヒャー氏の挨拶があり、練習設備などについて簡単に説明があった。オルガンは教会とこの図書室ホール、食堂にある3台で、あいていれば夜10時までならいつ使ってもいいとのこと。他に、建物の一角にピアノのある練習室が複数あるのだそうで、これまた贅沢。

 講習会スケジュールとしては、午前中と午後がレッスン、夕食以降は自由時間にしようとのことであった。もう一人の講師、アルヴィート・ガスト氏は明日到着予定。また、木曜日には近郊の有名なオルガンを見に行くツアーが組まれているとのことだった。

 そして講習会参加者の簡単な自己紹介。アマチュアからプロまで、またオルガンに興味はあるが自分は弾かない人まで、いろいろな層の人が参加していることがわかった。年齢層も、学生から老人までと見事にバラバラである。こういう講習会も、意外に珍しいのではないだろうか。とりあえず、誰が何の曲を弾くのかリストアップすることになった。

 講師のブライヒャー氏のオルガンコンサートが20時から予定されていて、時間がないこともあって、この場では次の日の時間と待ち合わせ場所を決めて解散。だが、もちろんほとんどの参加者の顔を20時からのコンサートで見ることになる。


 さて、教会でのコンサート。さすがに修道院の教会、おそろしく広く、天井も高い。ドイツも南になると、カトリック教会の内装の色合いと雰囲気がとても明るくなるのだが、そういう意味でこの教会は典型的「南ドイツ」である。(写真はもちろんコンサート時ではなく、昼間に撮影したもの)

OHNkirche-alter ←教会堂内   オルガン→ OHNGabler-Orgel1

 そして、オルガンも見事な装飾の美しい楽器で、見ただけでワクワクしてしまった。こんな楽器でレッスンが受けられるなんて幸せである。

 ブライヒャー氏のコンサートはマイナーな曲が多くて、それゆえに専門家としては面白かった。パーセルやJ.S.バッハの曲も入っていたが、いわゆるオルガンコンサートの定番!というような有名どころは選んでいなかった。また、バロックの楽器だからと言ってバロックの曲だけを弾くのではなく、合間合間に現代曲も弾いていたのが面白かった。本人はコンサート前、「今朝ここに着いて、ちょこちょここの楽器を試しただけだから、どういう出来になるかなぁ」なんて言っていたが、とてもこの楽器をよく知っていて、手馴れた演奏という印象だった。まぁ、もう15年もここで講習会をやっていて、この教会で録音したCDも出してるんだから当然といえば当然なのだけど。


 こんな感じで講習会がスタート。楽器のことも含め、いろいろと楽しみである。

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2005年09月16日

今日はいろいろなことが…(苦笑)

テーマ:事務 その他

 今日は、私が住んでいるツッフェンハウゼン教区の教会音楽家会議なんてものが予定されていた。

 私は本来デーガロッホ教区で働いている教会音楽家であるから、何もわざわざツッフェンハウゼン教区の会議に顔を出さなくてもいいと思っていたのだが、顔を出さないと教区トップの教会音楽家K氏の機嫌が悪い。自分の教区内に住んでいる専門家が全然顔を見せないと、どうしても気になるのであろう。前回は「他の用事があるから」とメールで断ったのだが、あからさまに機嫌の悪い返事がきた挙句、その数日後に届いた議事録兼手紙には大きな文字で


「教区内の教会音楽家には出席の義務があることを頭においておくように」


 と書いてあった。やれやれ、というわけで今回は何とか日程の都合をつけたのである。

 ところで、私は物をどこにやったかわからなくする名人である。こんな「ご丁寧な」お手紙を頂いても、数ヵ月後には絶対に見当たらなくなっているのだ。てなわけで、会議の時間と場所を確認しようと思っても、いつものごとく手紙が見当たらない。仕方ない、K氏に直接電話して訊いてやろう。

 午後早い時間だったのだが、電話はあっさりつながった。「あの、私の手帳に今日、教会音楽家会議って書いてあるんだけど…」と切り出したら、K氏いわく「おお、よく電話くれたねぇ~。実は今日の会議、中止になったんだよ。

 そ~ゆ~ことは早く言えよ!!!と言いたいのを我慢して、「議題が教区の合唱プロジェクトの話だけだったから、電話連絡で済ませることにしたんだよね」というK氏の言い訳に耳を傾けておいた。さすがにK氏も悪いと思ったのか、「ところで、あなたは最近どういう仕事をしているの?」という質問を振って来たので、「ホイマーデンでオルガン弾いて、メーリンゲンで合唱振って…」てな説明をする。そうしたら意外にも、「仕事を拡げたいのであれば、今度一度ゆっくり話をしようじゃないか。」と言ってきた。ほぉ、今回は私が会議のことをちゃんと覚えていたおかげで、機嫌がいいなと思いつつ、「喜んで。」と言って受話器を置いた。お仕事はもらえるに越したことはない。そのうち最近の活動記録でもまとめて送ってみよう。


 ピアノレッスンの仕事に行こうとして、出がけに郵便受けをのぞいたら、ダ・カーポ合唱団の代表メンバーのEさんから手紙が届いていた。でも、差出人欄の住所がシュトゥットガルトではない。Eさんは7月に腕を骨折したとのことで、私も話を聞いてお見舞いのカードを送っていた。嫌な予感がしつつ封を切った。

 「8月に再び転んで骨折し、前から痛めていた腰と一緒に手術をすることになりました。手術は成功しましたが、まだ療養生活を送っています。私ももう71歳、いよいよ合唱団のメンバー及び代表としての仕事を引退する時が来たなと感じました。合唱団には若い人がたくさんいるので、私の後継に関しては心配していません。皆さんによろしくお伝え下さい。シュトゥットガルトに戻ることが出来次第、楽譜棚の鍵をお返しします。」

 確かにEさんは最高齢と思われる合唱団員ではあったけれど…まさか71歳とは思っていなかった。今まで合唱団用の楽譜の整理と管理を完璧に行ってきてくれた人である。クリスマスや受難節等、教会暦の大切な時期ごとにきっちりと分けられたファイリングのおかげで、どれだけスムーズに楽譜探しが出来たことか。まさしく「縁の下の力持ち」的な存在であった。本当に残念だが、実を言うとEさんは前回のプロジェクトの時にも、体調不良のため寝込んでいて参加が出来なかった。身体に無理がかかっていることを、本人が感じているのだから仕方がない。

 1年間お世話になったことに感謝して、近々お返事を書かなくては、と思いつつ、仕事に向かった。


 会議の中止で夕方の予定が空いたので、ピアノレッスンの仕事のあと、ここぞとばかりホイマーデン教会へ練習に出かけた。オルガンのところに到着して、何となく楽譜が昨日置いていったのと違う位置にあるような気がした。といっても、昨日のことをきちんと覚えているわけではないから、気のせいかもしれないなぁ…と思ったのだが…

 オルガンの、パイプの入っている箱の鍵を開けて中をのぞいて、やっぱりおかしい、と思った。実は、この箱の中の空いているスペースに、こっそりミネラルウォーターとジュースの瓶をケース入りで置いてあった。私の練習時の水分補給用なのだが、昨日とケースの位置が違っているのだ。

 このオルガンの鍵を常時持っているのは私だけで、あとは教会の事務所に置いてある鍵しかないはずだから、誰かがこの箱を開けたとすれば……調律か、何かオルガンの中で非常事態でもあったかどちらかだ。でも調律の場合、普段は事前に連絡してくれるんだけど……。まぁ、どっちでもいいや、と思いつつ、しばらく練習していたら、牧師がにこにこしながらひょっこり顔を出した。「やあ、オルガンの調子はどう?今朝、オルガンビルダーが調律しに来たんだけど。


 やっぱり調律だったか…_| ̄|○


 事前に知っていれば、ケースは移動しておいたんだが…(苦笑)オルガンのパイプの入っている箱を開けて、一瞬固まっているオルガンビルダーの姿が目に浮かぶ。お気の毒。


 よろしければ一本どうぞ、って書いておけばよかったかな?(←違っ^^;)


 とりあえず、忘れることにした。(爆)

 それより、オルガンビルダーが来るならリード管の調律器具("Stimmeisen")ってどこで手に入れられるのか聞こうと思ってたのに。残念。

 それにしても、悪い時にオルガンビルダーが来たものだ。シュトゥットガルトは明日から気温がど~んと下がるという予報が出ている。2~3日中には音が全体的に下がってしまうだろうし、Stimmeisenなしではリード管は使用不可能になると思っていい。いくらホイマーデンの小さなオルガンに1種類しかリード管がないとは言っても、調律した意味があったのかどうか…?う~ん。

 10月2日のマティネーは、またリード管なしで弾かねばならないかなぁ…。それともStimmeisenの代わりになるようなものを探してきて、自分で気長に調律するしかないか…_ _;


 来週のオルガン・アカデミーで弾く曲は「一応」弾けるようになったのだが、何だかどれも「一応」の域を脱していないという感じである。バッハはアーティキュレーションがいまいち不満だし、クレランボーは文献を引っくり返して山のような装飾音とイネガル奏法、その他もろもろの歴史的要素を盛り込んでみたものの、どうもしっくりと馴染まないという始末。そこのところを教えてもらいに講習会に参加するんでしょ?と言ってしまえばそれまでなのだけどねぇ…。まぁ、あと2日間、せいぜい悪あがきをしてから講習会に持っていこうと思っている。

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