ふぅ・・・今日はアメリカ大使館へ3女のアメリカ国籍用パスポートの更新へ行ってきました。(;°皿°)

久しぶりの東京でしたが、用事だけ終わらせてとんぼ返りでした。


これは、あんまり参考にならないお話しなんですが、こんな情報も少しはだれかの助けになるかな≧(´▽`)≦

参考までに記事にしときます(^O^)


アメリカで出産すると、両親が日本人でもアメリカ国籍もできるようで、出産直後にアメリカで日本とアメリカ両方のパスポートを作りました。

ただし、日本は二重国籍を認めていないので、いずれ選択しなくちゃみたいです(;´▽`A``

ま、普通に暮らしていたら、日本を選ぶ以外にないでしょうけどねえ・・・(^_^;)


でも、まぁ、せっかく取ったアメリカのパスポートなので、いつかアメリカに旅をすることもあるだろうと、更新することにしました。


16歳までは、子供と一緒に5年ごとに両親揃ってアメリカ大使館へ出向くのが基本みたい( ̄ー ̄;

片方がいけない場合公正証書とか必要みたいで・・・


公正証書・・・法律とか疎いし・・・よくわからないし・・・ってわけで、旦那のお休みを利用して3女と旦那と3人で赤坂のアメリカ大使館へ行ってきました。




photo:01

いや~相変わらず厳重な警備で、何にもしてないのになんだか警察の方の視線が気になってしまう小心者の我が家(;´▽`A``


大使館手前の信号で、「どんなご用件ですか?」なんて聞かれちゃうだけで、

「ぱ、あぱ、こ、こどもの、ぱぱぱすぽーとの更新でございますヽ(;´ω`)ノ」と、しどろもどろになっちゃいました。



一応、更新までの流れを。

①まずは、アメリカ大使館のHPのパスポートの欄を熟読。

パスポート更新日の予約を取る。

②更新に必要な書類をつくるため、ネット上で情報を入力

ここは英語のみのページ


③エックスパックをコンビニか郵便局で購入して持参


ここまでで、めっちゃ不安に・・・・

書類に不備はないのかしら・・・情報入力とか間違ってたりして・・・(°Д°;≡°Д°;)

必要な書類を忘れちゃったらどうしよう・・・両親のパスポート、3女のアメリカのパスポート・・・

ひいいい~~( ̄Д ̄;;


ここまでクリアしたら今度は、当日。

1、大使館へ着くと、飲み物とお菓子類は、入り口のクーラーボックスみたいなのに入れます。

帰りに忘れないように(*゜▽゜ノノ゛☆


2、予約表とパスポートをすぐに提示しなくちゃないけないので、ご用意を


3、携帯電話とかUBSとかは預けなくちゃいけません


4、セキュリティーチェックが終わったら、アメリカ国籍の人はそのまま坂を上がって大使館の1階の左側へ


5、窓口を指定されるので、予約表を提出

  


6、待ってる間に、スピード写真を発見!そっこー3女を撮影!

  すぐそばに写真をカットする道具があるので、切る!!足早に窓口に戻る


7、呼ばれたら書類を提出


8、会計 パスポートの更新料を支払う



9、呼ばれるので、宣誓する


以上で終わりであります(;´Д`)ノ   2012年10月現在です


終わっちまえばたいしたことないのですが、無事に終わるまで小心者の自分にはもぉ~耐え難いのでしたヽ(;´Д`)ノ




反省「今回の更新で焦ったことo(TωT )」


①3女のソーシャルセキュリティーナンバーがないいいいいい???!!!!


でも、見つかりましたσ(^_^;)

未開封の封筒に入ってましたo(;△;)o 出産直後でそんなの来てたの??って、逆にびっくり!!

ソーシャルセキュリティーナンバーは、パスポートの書類をネット上で打ち込むことに必要でした(^_^;)


②3女のアメリカでの出生証明書がないいいいいいいい???!?!!!!



見つからなかったら旦那になんて言われるかわからないぃ~~!!と、必死に探すo(;△;)o

でも、これもなんとか見つかりました(^_^;)

出産直後の記憶がまーーーったくないので、そんなのあったっけ??くらいの勢いで、暮らしてたので、本当に焦りました( ̄Д ̄;;




③ええ??大使館の窓口で右手を挙げて英語で宣誓しなくちゃいけないのぉおおお????!!!


はい、これは、わかりやすくゆっくり話てくれたので、なんとか 右手を挙げて 「Yes !!(;´▽`A``」

というだけでOKでした(;´Д`)ノ


あ、旦那は3女をだっこしてて思わず空いてた左手あげちゃってましたが、

「ええっと、右手で・・・」

と、遠慮がちに笑顔で指導ありましたので、すぐに右手を挙げてOKですσ(^_^;)

大使館のパスポートの窓口の方はアメリカ国民にはめちゃ親切という話がありましたが、本当にそうでした:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


2Wから3Wでエックスパックで郵送されます。

あぁあああ~疲れました(ノДT)


これにておしまい:*:・( ̄∀ ̄)・:*:



iPhoneからの投稿

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そうそう、日本へ帰国まで2ヶ月をきり、身の回りのものを処分するモードに入りました。

来週には、みーんななくなってしまい、パソコンとちっさなテーブルしかない生活になります。

アメリカに来た最初の3ヶ月、そうやって過ごしたのを思い出します・・・


留学ジャンルにいるのも、あと少し!フィナーレまでよろしくお願いします!('-^*)/


なかなか更新などできませぬが、育児の合間のブログ作成は、本当に息抜きになるなあ・・・o(〃^▽^〃)o

まあ、出産記録はおいおい書こうと思います。なぜって、私も他の人の記録を読んで、励まされたから。


でも、まあ、今日はちょっと軽い話題でまいろう♪


うちの子、およそ4400グラムで産まれたんだけど、アメリカ的にも相当大きいジャンルに入るらしい。


さらに、そう、私が渾身の力をふりしぼっていきんだ!!その瞬間!!

看護婦さんが、

「ワアア~~オ!!ヘアリイ~~ヘアリイ~~(°∀°)b 」

と、叫ぶ!!


一瞬、オイラ・・・自分が毛深いから・・・そんなセリフを看護婦さんが言ってるんじゃないかと・・・勘違い( ̄Д ̄;;


「ヘアリ~」なのは、私じゃなくって、私の赤ちゃんの事だった・・・

いやその、あまりにも早く「ヘアリ~」のお声がとどろいたので、まさか!!もう頭まで出てきちゃっているだなんて考えられなかった!!んで、アホなかん違いをしてたって訳です(●´ω`●)ゞ


さて、次は赤ちゃんが出てきた瞬間、看護婦さん一斉に

「わああ~~おおお~~~そお~~びいいいいいいいっぐ!!」と。


他の看護婦さんも、

「ヘロオ~ビッグガール!!3ヶ月くらいの大きさだわあ~びっくり!!」

そして、かなり大柄な黒人の看護婦さんは、

「ヘロオ~ビーッグ、パンプキン!!」と、赤ちゃんに向かって言っていた。


ここまでは、まあ、いい・・・

そして、私が夜、激しい痛みに耐えかねて、ナースコールして痛み止めを頼むと、もって来てくれた看護婦さん、私の赤ちゃんに向かって、


「シールックスライク、スモーレスラー!!(^ε^)♪」と。


しかも・・・彼女は続ける。


「ほら、なんだっけ?あのスモーレスラー・・・ハワイの・・・あの人よ!!(^人^)」


私「あのう~ひょっとして、コニシキ??(;´Д`)ノ」と、言うと


看護婦さんはめちゃくちゃ得意げに、

「そうそう!!コニシキ!!コニシキよ!!ほんと、ビッグでそっくり!!うふふ!私、1999年にハワイに住んでいたから、知ってるのよ!コ・ニ・シ・キ!:*:・( ̄∀ ̄)・:*:」


と、ウインクして部屋を出て行った・・・(;´Д`)ノ


部屋で痛みと戦いながら授乳し、腕の中でスヤスヤ眠るわが子をみて、


「こ、こにしき・・・こにしきかぁ・・・( ̄Д ̄;;ビッグな所が似てるのか?・・・それとも顔?・・・一応、女の子なんすけど・・・ね(´□`。)」

と、おもいっきりヘアリーなわが子の頭をなでてやった。ちょっとかなすぃ~

っていうか、私もよくおっさんくさい、と幼いころから言われてた・・・仕方ない、これって遺伝だよな・・・


まあ、コニシキでもいいか!体も心も大きくって、愛嬌のある子に育てばいいのさ!!そうさ!!それでいいのさ!!ヽ(゜▽、゜)ノ


しかし親ってえもんは、さんざ苦労して子供を産むわけで、他人様が何を言おうと自分の子は、かわいいと思うのさっ:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


そんなわが子も明日で、4週間を迎える。

小児科の検診で、「体重増えすぎだから、少し母乳控えてもいいですよ・・・(;´▽`A``」と、先生は苦笑い。

どんどんおおっきくなるなあー


さてと、また授乳の時間だ(*^o^*)ではまた!



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私は今まで2人の子供は、里帰り出産をした。

で、今回の3人目出産はアメリカでする事に決めた。


私の両親は、持病があるので健康面でリスクが大きく、13時間も飛行機にのって手伝いに来てくれということは、不可能ということになった。


ここ、アメリカで旦那と二人で乗り切るしかなくなった・・・( ̄ー ̄;


では、なぜそこまでしてアメリカで出産したのか??というと・・・(ちょっとここは真面目にいきます)

理由は・・・私の3人目の赤ちゃんは、大きく2つの不安要素があった。


まだ私は34歳とはいえ、たいして35歳とかわらないので「高齢出産」になるため、検査をするように産婦人科のおじいちゃん先生から言われて、いくつかの検査を行った。


①まず血清マーカーテストで異常値が出て、「ダウン症など染色体異常の可能性もある」ということになり、別の専門のお医者さんへ行き、「羊水検査」をした。しかし幸い、結果は「異常なし」だった。

最終結果が出るまで6週間もかかり、その間生きた心地はしなかった。


②羊水検査の次に行われた、これまた上と同じお医者さんへ行き、エコー検査による「胎児診断」、「可能性は低いが、心臓に異常があるかも」という事で、経過観察(定期的にエコー検査を行う)ということになった。


これも、「まず問題なし」という事だったけど、念のため、34週から出産までは毎週の「エコー検査」と「ノンストレステスト」で赤ちゃんの心臓を見続ける事になった。


*①②ともに、検診、出産をお願いした産婦人科のおじいちゃん先生から、別の先生へ回されて検査をしてもらった。はっきりいって、この別の先生のほうが、かなり信頼できそうな、仕事がデキルドクターだった!!



もし、万が一にでも赤ちゃんの心臓に異常があったら・・・と、考えた。ものすごく悩んだ。アメリカでできた友達の前で、柄にもなくおいらってば、泣いたりもした。・°・(ノД`)・°・

(結局、異常なく生まれてきてくれたわけだが、もしかしたら...と思うと心配でたまらなくなった)

そして、ここまでアメリカで細かく検査してきたのだから、出産までアメリカで迎えたほうが、いろんな意味でややこしくない!!と私が判断。

最終的に、旦那と二人でアメリカで出産を乗り越えよう!と、あえて、茨の道を選ぶ事になった。


旦那は、日本では家事などほぼノータッチだった。でも、これは仕方ない、と思っていた。(ノДT)

月に何回か当直して、当直明けも夜遅くまで仕事して、ボロ雑巾の様になって帰ってきて「病院に殺されちゃうよ~」と言うのが口癖だった旦那に「おむつとりかえてー!」とか、「ちゃわん洗ってー」とか、家事育児の手伝いなどを要求するのは無理ってえーもんだった!!( ̄Д ̄;;


家のことをしてる旦那を見た事がなかった私には、かなり不安だったが・・・出産後の結果は・・・


こりゃあ、まあーおったまげた( ̄□ ̄;)びっくりした!


洗濯をさせると・・・ちゃんと伸ばしてきれいに干されてる( ̄□ ̄;)!!

掃除をさせると・・・なんかちゃんと整理整頓されてるΣ(~∀~||;)

料理をさせると・・・あら?カレーすごくおいしいじゃない・・・しかも私より・・・しまいには、今までやったことがないという揚げ物系(とんかつもから揚げ)も作るようになってるし・・・∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

子供の送り迎えも、普通にこなして私のポーランド人のボスとチェコ人の友達とも、世間話してくるようになってるし・・・(  ゚ ▽ ゚ ;)

そして、恥ずかしいけどおしりの傷も消毒してもらった・・・じいちゃん先生はあてにならなかったし(´□`。)


旦那ってなんか、私よりも専業主婦向いてる??ヤバイ、ヤバイヽ(;´ω`)ノ


本当に、びっくりするほど2週間の間、大奮闘をした旦那なのでした(-^□^-)

日本にいたら、旦那の大奮闘は絶対にありえない事だったので、私たち夫婦にとってもアメリカで出産を迎える事は、たくさん苦労もしたけど良かったなー!と、思った。


日本へ帰っても、こういう旦那であり続けてくれたら・・・と願う私だけど、旦那は言う。

「たぶん、日本へ帰ったら、映画”レナードの朝”のロバートデニーロみたいに、また元の僕に戻る気がするよ・・・何もしない動きの止まった僕に・・・(*^o^*)」と。

ええ、きっとそうでしょう、悲しいかなきっとそうなるでしょうなあ。o(TωT )


しかし旦那のがんばりのおかげで、ここまで復活してきた私。

直接旦那に言うのはなんだか照れくさいので、ここで旦那に密かに「出産後支えてくれてありがとう」、と言ってみる、ぼそり(≧▽≦)

レナードの朝
¥3,591

















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