kindleを試してみた
テーマ:文学・小説世の中というのは思いのほか電子出版について積極的ではなかったりする。間違いなく、今は出版におけるアナログからデジタルの過渡期に入っているんだろう。そして、アナログ派(印刷された出版物)が現在はまだまだ主流を占めていてデジタル化していきそうな世の中の動きに対して抵抗し、もがいている最中なんだと思う。
これって、オーディオやカメラの歴史に似たものを感じなくもない。
アナログレコードじゃなければ表現できない味がある。音の再現性はCDはアナログには叶わないという議論が今でもまことしやかにされたりする。カメラの世界でもそういう時代があった。デジタルカメラがフィルムカメラの性能にせまってきたのはほんのここ数年の事だ。十年ほど前にはまだまだデジタルカメラの写真は画像が荒かった。
多分、今でもプロのカメラマンの世界では銀塩フィルムを使う人が多くいるだろうと思う。そして銀塩フィルムでなければ細かいディティールが再現されないんだとか、ラチチェード(陰影が映る範囲:幅)が狭くなってしまうんだとか言ったりする。
実際には、近頃のデジタル一眼レフなんかは1000万画素を超える精密度で相当に引き伸ばして大きくした写真でも結構に美しい。ラチチェードの問題も、互角に近い所まで来ているんじゃないかと思ったりする。仮にまだまだフィルムに追いつけていないとしても、デジタルカメラがフィルムの精密さを超えてしまうのはおそらくは時間の問題だろうと思う。
実際には、フィルムカメラはほぼ瀕死の状態になっている。
殆どの人はわざわざフィルム一眼レフのカメラを買わない。そして、それで充分に目的を果たしているのだ。(プロの方については同一には考えられないとは思うけれど)
カメラ屋さんや、プリントショップ(それ自体激減してしまったけど)でフジフィルムやコダックのフィルムを買うなんてことはもうほとんどない。”写るんです”って今でもコンビニなんかに売ってたりするんだろうか? それくらいにデジタルカメラが普及している。
そういう事と同じような波が、印刷物の世界に押し寄せてきているんだろう。
実はアメリカではkindleという電子書籍の端末がそれなりに評価されている。
http://www.amazon.com/dp/B0015T963C/?tag=gocous-20&hvadid=4139704967&ref=pd_sl_19canl9h1z_e
なんせ、買ってすぐにネットに接続できて、アマゾンに登録すればすぐに電子書籍を購入して読むことができる。購入可能な書籍の数はすでに30万冊を超えているという。実はこのkindleってマシンはすでに日本でも購入出来るらしい。世界の多くの国で販売が開始されている。
実はiphoneのアプリにもこのkindleがある。無料のアプリをiphoneにダウンロードし、amazon.comの利用登録をすれば30万冊が読めるのだ。
これは多分だけれど、iphoneじゃなくても今後は噂のgoogle携帯でだってkindle書籍を読むことが出来るようになるだろう。それは大切なのは、本という形ではなく書籍をなすデータであって、それを読む媒体は紙でもkindleでもiphoneでも、あるいはパソコンやその他いろんな携帯電話でもよくなるという時代がそこまで来ていることを示しているんだと思う。
そう、それこそ紙じゃなければ読めない本というのは”特殊な”あるいは”マニアックな”ものになっていくに違いない。今現在、CDでは出さないで、アナログレコードだけで発売される音楽というものがあったとして、それは”珍しくて誰もが簡単に手にいれることはできない”という特徴を持たせるほかにに大きな意味があるだろうか? そして珍しい商品としてプレミアをつける事は、音楽や小説や、あるいは映画でもそうだろうけれど、たくさんの人に聞いて欲しい、見てほしい、読んで欲しいという作り手のもともとの目的とは遠く離れたものになっていくのじゃないだろうか。
ってワケで、我が家のipodにもkindleを入れてみた。
amazon.com(米国のamazon)にアカウント登録してクリスマス・カロル(ディケンズ)をダウンロードしてみた。ディケンズの作品はすでに著作権切れにより全部無料なのだ。うひゃひゃ、当たり前だけれど英語である。どうしてもっとちゃんと英語を勉強しておかなかったんだろう。
村上春樹の小説はほとんど翻訳されているので英語版はいろいろとkindle_bookになっている。その喜になれば日本語版(印刷されている本)と英語訳(kindle)を読み比べたりだってできてしまうのだ。
ちなみに、kindleって著者自身がデジタル出版権についてamazonと交渉・契約できちゃったりするらしい。
しばらく前のwaebの情報で、日本語の漫画をkindleで発売したって話は聞いていたんだが、どうやら裏技的にではあるが日本語の小説もamazonで販売できちゃったりするらしい。これは小説のページを画像として取り込んで表示させるという方法。
下記サイトの”kindle storeで……”の記事を参照して頂きたい。
EARTHLIGHT TECHNOLOGY
http://www.earthlight.jp/
実はデジタル書籍(まぁパソコンなんかもみんなそうなんだけれど)の世界の話で言えば、英語などの1バイト文字圏と言われるものと、中国語・日本語・韓国語などのように文字を表現する為に英語の倍の情報を使う2バイト文字圏と言われるものがある。そして、英語を中心とした1バイト文字であればkindleは容易く対応できてしまったりする。2バイト文字はそこらへん、ハンディキャップがあったりはするのだ。
世界中でIBMのパソコンが売れまくっていた時に、日本ではNECのパソコンがひとり勝ちしていた時代があるけれど、それも2バイト文字にIBMなどが真剣に取り組まなかったからなのだ。
今はまだ、amazonを中心にした電子出版も2バイト文字の日本語にはあまり興味がないに違いない。だから日本の出版社なんかはこれから出版社で電子出版の協会を作って標準化を目指そうぜなんて事をのんきに始めたところだったりする。
だけど、それはソフトウェアー技術がいずれ解決してくれる問題なのだ。今は誰もが日本語でも中国語でもウィンドウズやマックのパソコンを使えるように、kindleだろうがipadが今後提供していくであろうibookという書籍形態だろうが、それらもいずれは普通に日本語や中国語の本が出版されるようになっていくのだ。
多くの日本の出版社や小説家は、多分だけれど、少し呑気なのかもしれないなぁなんて事はちょっと思う。日本ペンクラブはgoogle-booksとはどうにも仲良くなるつもりはないらしい。それは紙で守られた自分たちの既得権益にしがみついて、先が見えていないからなんじゃないかと思っている。
今、音楽の世界で成功しているのは(たくさんの人に聞かれているのは)、たとえば着うたであったりiTunesであったりの、レコードやCD意外にもメディアを広げているアーティストなんじゃないだろうかと思う。そういう流れが、今後、出版物の世界にも押し寄せてくるに違いないと、そう予感しているのである。
著者と言われる人たちはあるいは出版社は、電子書籍の発展に伴って、印税のあり方を見直す必要に迫られるかもしれない。(いろいろ想像はつきない)
予言してしまおう。
紙の本は、今後どんどん減っていくことになる。本、雑誌、新聞などおよそ出版物と言われるものはどんどん電子化されると思う。それはパソコンや携帯、ipodなどの情報端末、あるいは家庭のテレビや冷蔵庫の扉や壁の一部や窓など、読みたい場所で好きなときに表示させて閲覧出来るようになるだろう。あるいは電子化されたデータは音声読み上げにも対応するだろうから視覚障害者に対しての出版物の便宜は大きく改善されるだろう。(実際にkindleを使えば、英語の小説は読み上げてくれるのだ)
ペーパーの出版物も無くなりはしないと思うが、激減すると思う。重い本や、大きくて扱いにくい新聞紙を好んで持ち歩く人は減っていくに違いない。それにともなって書店などの数が激減する。大型の文豪具なども大量に扱う複合の書店は生き残るだろうが、街の小さな書店はなくなるだろう。そういう事が今後二十年以内に起こると思う。
大きな書架を持って、本を並べるというのは、ジャズやクラシックの愛好家がアナログレコードやCDの全集をを収集して整理しラックに納めるのと同じように趣味的な行為とみなされるものになっていくだろう。
近い将来、必ずそうなると思う。
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1 ■じゃあ、おれも予言しましょう
電子出版は今後、かなり増えるでしょう。
で、それによって、読書人口が増えれば、紙の本の出版も勢いがつくだろうと思われます。
どちらかがどちらかを淘汰するという方向ではなく、共存していく方向に向かうんじゃないかなと思います。
音は物質ではないので触れませんし、写真も目で見るものであって、物質的な側面による束縛が少ないのです。だから情報に変換されやすい。
しかし、本には物質的な利点というのが確かにある。ただ、そういう面は同じ本を繰り返し再読するような本好きじゃないと見えにくいところなんですが。
電子辞書は便利ですが、言葉を本当に知りたいと思えば書籍の辞書をひくほうがいい、というのは一例になるかなー。
と思うんですが、いかがでしょ?w