July 07, 2008 15:40:05

これがペニー・ガム法だと思う訳だ

テーマ:その他
秋葉原通り魔事件 ~ 人生はリセットできない
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/ea/27/index.html


 詳細は上記リンクをたどって記事を読んでいただきたい。
 わかりやすく言えば、秋葉原事件の加害者とゲームには密接な関係があったであろう、そしてそういうゲームという媒体(ここでいうゲームは敵を殺すという趣旨のゲームと理解する)は、ゲーム会社が責任をもって青少年に与える影響について研究し、そのようなゲームはむしろ販売をやめて欲しいという記事であると思う。
 ほかにも、メイド喫茶や、ゲームに出てくる少女に感情移入する人たちについても述べられているけれど、そこらへんは記事としての”おまけ”につけた筆者の感想みたいなものだ。



 つい先日、友人の記事の中に「ペニー・ガム法」という言葉が出てきて、それについて考えていた。
 ペニー・ガム法とは、自動販売機に銅貨を投入するとガムが出てくる事をもって、銅貨がガムに変化するのだという思考法のこと。つまり、あるひとつの結果にはその元になるひとつの原因があるのだという考え方だ。
 
 猟奇的殺人を起こすのは、敵を倒すゲームをやっていたからだ。という論法はまさにこのペニー・ガム法なんじゃないかと思ってしまう訳だ。こういう論説を見ると、物事をしっかりと見据えるということを放棄しているように感じる。

 世の中はそんなに単純じゃない。私たちはどうしても単純な回答を欲する傾向にある。それは”得体のしれない出来事”が恐ろしいからだ。なぜそうなったのか解らない出来事に対処するすべを持たないから、物事を単純に曲解して安易な結論を求めてしまう。
 秋葉原事件の加害者は確かにゲームをしていたかもしれない。しかし今の時代、彼の世代でゲームをしなかった若者はどれくらいいるだろう?むしろ、多数派はゲームをした人間じゃないのだろうか?だとすれば、街を歩いている多くの若者が、ある日ガン細胞が目を覚ますようにゲーム細胞が目を覚まして無差別な殺人者に変身してしまうという話になってしまう。

 ある程度の優等生でゲームを趣味のひとつとし、そして派遣会社で働いている。
 そういう若者はすでに黄色信号なのか?

 私たちは、すぐに”そういう事をしそうな要素”というものを拾い出して、それが物事の原因だと決め付けたくなる。そうすれば、とりあえずは安心な気がするのだ。原因がわからない不安から開放され、”ほら見たことか、ゲームがあるからおかしなことが起こるのだ”とそこに責任を転嫁してしまえば安全も手に入れた気分になれる。

 人の狂気ってそんなにわかりやすいものだろうか?

 隣の犬がワンワンと吼える。それを嬉しく見守る人も、ある朝その声がたまらなく嫌になる事があるかもしれない。あるいは毎朝「おはよう」と声をかけあう同僚の、ある日の「おはよう」に妙な違和感を感じた時から狂気は始まるのかもしれない。

 社会は複雑系だ。

 もちろんゲームも原因の一部なのかもしれない。しかし、それが原因の大きな部分を占めるとは思いがたいのである。
 仮面ライダーは、ショッカーという悪の軍団の下っ端兵士達を無差別にやっつけていたと記憶する。ガッチャマンは、ギャラクターという悪の軍団の下っ端兵士をやはり無差別に殺していた。仮面ライダーやガッチャマンは当時の男の子のほとんどを魅了していたはずだ。こんな無差別で圧倒的な力の差がある攻撃の場面を毎週何年にもわたって見てきた大人は、やはり無差別殺人のスイッチを持っているのか?


 そういうある特定の”何か”ではなく、ほんの小さな分岐点が狂気と正気を分けているように私には思えるのだ。
 単純じゃない複雑な要素の中の、ほんの些細なきっかけが、得体の知れない狂気を引き起こしてしまうのだと、そう感じるのだ。



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コメント

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6 ■noizさん

 町田の件、ありがとうございます。
 ちょっと休みの日に時間とれたら古書店行ってみますね。いや、文庫だから普通に買ってもいいのですが(笑)
 夫婦茶碗でいきます。

5 ■無題

コメントありがとうございました。
町田の件ですが、ボクらの世代だと町田町蔵という方が通りがいいかもしれません。INUというパンクバンドでうたってたひとですね。
ただ単純に笑いたいときはエッセイ集「テイスト・オブ・苦虫」、少しく筋書きが欲しい場合は「夫婦茶碗」、ナンセンスで軽く読めるのは「浄土」こんな所でしょうか?
個人的には「夫婦茶碗」が好きです。
文体がリズミカルなので、軽く読めると思います。
かなり文庫化されてますし、古本屋にもかなりありますので、是非おためしください(笑)

4 ■noizさん

 メディアは明らかにネットを恐れている風情が感じられて、ネットの力が正しく動いていかないように(抑止力や矯正力として働かないように)暴走させようとしているんじゃないか?という印象は受けますね。

 ネットの匿名性を良い事に、メディア側の工作員(笑)が、思想なきネットワーカーを扇動してるんじゃないかと勘ぐりたくなる事はあります(笑)

 でも、もしメディアが扇動をしかけてきて、それにまんまと思想無きネットワーカーが扇動され、それがメディアの勝利に終わるならば、ネット自体の自序能力はその程度のものであったという結末に至るのかもしれません。

 常に、”個”=”弧”の集合体としてネットが機能した時にone of all, all of one として組織にも勝ちうる力というのが発揮されるんじゃないかなんて理想を夢見ますね。

3 ■アランさん

 ペニー・ガム法の連鎖。
 なんだかとても良くわかる気がします。ばかばかしい極論の対論はまたばかばかしい極論に陥ってしまうというような事なのかもしれません。

 議論や考察というのは、そこにあるその他の意見を鑑みて、受け入れるべき所は受け入れるが、そうでない部分については自説を展開するという形が望ましいと思うのだけれど、与党と野党の議論のように、”奴らの言うことは、すべて否定してかからるべし!”みたいな風潮があって、それって理知的じゃないようねって気がしちゃう。

 システマティックに反論する事が使命みたいになってしまうと、真実はどこか別の所に行ってしまうような感じになってしまいますね。

2 ■無題

この手の報道を視ていていつも思うのは、たとえばゲームにこの事件の一因があったと断じることによって、ゲーム好きの同世代の人達の怒りを買い、彼らが主にネット上で反論し、中にはそこからまた更に事件を起こす人達も現れればそれがまた話題になるという、一種の作為的な情報操作のように思えるということです。
要するに最近よくあるバッシングのネタとして、こんな重大な事件まで利用されているようなきがして、むかっ腹が立ちます。

1 ■無題

まさにペニー・ガムですね(笑)
リンクの記事に、
『トラックで人込みに突っ込み、ためらいなく人を刺し殺すのは「ゲーム感覚」としか言いようがない』
って断言してあって、すごい論理の飛躍だと思った。ちょっと笑ってしまいました。
いやはや(笑)

でも、リンク元の記事から、
『こういう記事がすべての歪みを生み出すのだ!』
という新たなペニー・ガム法が生まれたりもするので、そこが怖いとこですよね。ペニー・ガムの連鎖というか。
『「打倒ペニー・ガム」というペニー・ガム』に陥らないようにするのは、けっこう難しい気がします。
きんめさんの記事は、そういうところが全然ないので、安心しますねー。

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