南三陸町へ(06)

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約2ヶ月ぶりに南三陸町へ物資を届けてきました。
6月7月と一日も休みの無い怒濤のスケジュールだった為、7月はお伺いできませんでした。。

2ヶ月ぶりに訪れる南三陸町はどうなっているのでしょうか?
出発の数日前にメールで、必要な物資等のやり取りをしている時に、ちょっとだけ現在の様子を聞いてみました。
すると、仮設住宅も建設が終わり、今月の10日頃から徐々に入居が始まったそうです。
そして、電気、水道も殆どの家で復旧したそうです。


良かった!!


少しずつ前進している話を聞いて、嬉しく思いました。



さてこれが今回の支援物資。
●ティッシュペーパー
●蚊取り線香
●防虫剤
●カップ麺
●お菓子
等。

これらを100世帯ごとに小分けにしてお届けします。

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またもや今回も機材車に満載の物資。
愛車アストロもよく頑張ってくれています。


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南三陸町に入ると、まだまだ片付かない瓦礫の山が沢山あります。。

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何百台もあろう車の瓦礫の山。。
現実をまざまざと見せつけられます。。

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南三陸町の町も無惨な状況です。。

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いつも物資の集積場として心良く引き受けて下さった高橋さん宅に到着です。

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今回も高橋さんには在宅の方々へ個別に物資を運んで下さるとの事。
いつもありがたいです!

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こちらには在宅分の約半分の物資を下ろします。

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「いつもありがとう!」
という事で、たくさんの海の幸をいただきました!

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まだ新鮮で生きているホタテ、そして銀ジャケです。
本当にありがとうございます!
早く、たくさんの漁が出来る日が来る事を祈っています。

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昼食までいただいて、2時間以上もお邪魔してしまいました。
色々な話を聞かせてもらいました。。
本当に、本当に辛かったと思います。。
でも皆さん前向きに頑張っていらっしゃいます。
何だか僕たちが元気をもらい、励ましてもらってような気がします。
被災地の皆さん、頑張って下さい!!


さてこちらは新しく出来た仮設住宅。
こちらに残り半分の物資を運びます。

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荷物を持っていくと
「いつも車に一杯の物資をありがとうございます」
と言って下さいました。
覚えていてくれたんですね。
本当にありがとうございます!

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ここでも色々と話を伺うことができました。
皆さん、本当に前向きに頑張っていらっしゃいます。



さて、今の現状。。

見ての通り、5月頃から殆ど足踏み状態のように見えてしまいます。。
被災地の方々は
「少しずつ良くなってきた」
とは言うものの、町はこのような状態です。。

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高橋さんがおっしゃっていました。

「復興には20年以上かかる。。」

と。。


自分も本当にそう思います。
元の南三陸町に戻るには長い長い年月が必要です。
それでも元に戻る事は無いのかもしれない。。
でも皆さん本当に前を向いて必至に頑張っておられます。
頭の下がる思いです。。


家も財産も全てを失ってしまった人が仮設住宅にたくさんおられます。
しかし、仮設住宅に住めるのはたった2年。。
この2年間で何が出来るというのでしょうか?
この2年間に新しく住む住居を用意しろ、というのでしょうか?
それはあまりにも酷です。。

南三陸町に限らず、全ての仮設住宅を、国が、県が、市が買い取って、県営住宅のようにし、10年、20年と住むことができるように出来ないのでしょうか?
2年で壊すなんて事はせずに、老朽化するまでここに住めるようにしてもらう事は出来ないのでしょうか。。
切に願います。。



そして、漁業組合の動きを聞いて、とても残念に思いました。。
先ずは国の対策、次に県、そしてその町ごとの対策、のようになっているようです。
その国の対策がなかなか決まらない。。
それでは末端の町では何も動くことができないのです。。

そのような意味の無い線引きは無くし、全ての漁業組合を一つの管轄で運営していくことは出来ないのでしょうか。。

今回、たくさんの有名な漁場が被害にあっています。
そこが一つになって対策を打ち出し、出来るだけ早くの復興を願います。




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今回、津波の被害を受けた場所には住宅を建設する事が禁止になったそうです。
自分のこの意見には賛同します。
しかし、住宅以外の工場やお店等の建設は許可されているようです。。
そのような会社こそ、たくさんの人々が集まる場所だと思います。
それを津波の被害を受けた場所に許可をするとは。。
代わりの場所を確保する事が非常に困難な事は分かりますが、これこそ非常に難しい問題になってしまう気がしてなりません。。


このようにたくさんの問題点がまだまだ沢山あるのです。
というか問題ばかりが残っているのです。。


被災者の方が言っておられました。

「国が支援すると言っても、結局は被災者が貧乏くじを引くんだよ。。」


悲しい事です。。



千葉から青森まで(もっと広い範囲だとは思いますが)の約600kmの海岸沿いが全て被災している訳です。
車で高速を走っても7~8時間かかる距離です。
想像を超える被災の規模です。


ぜひこの問題はもっともっと国民全員がしっかりと理解をし、手を差し伸べ、助け合って乗り越えていかなければならない大きな問題だと思っています。




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