南三陸町へ(09)

テーマ:
11/17、毎月恒例の南三陸町への物資支援に行ってきました。

前回の支援の際に『支援車無料通行証』というものの発行をお願いしたのですが、許可が下りない、との連絡がありました。
しかし今回仮設住宅の方々に『支援車無料通行証』をお願いした所、問題なく許可ががおりました。
これで今後の支援も順調に行なえそうです。

今回はたくさんの衣類が集まりました。
本当にありがとうございます。
会社単位でご協力いただいたり、秋田県の支援物資を分けていただいたり、と予想を上回る衣類が集まりました。

そしてここ最近恒例になっている『一世帯に一袋』の支援物資。
こちらは主に台所用品、生活必需品をピックアップしてお届けしました。

土濃塚隆一郎 (Ryuichiro TONOZUKA) official Blog


この荷物の仕分け自体も一日作業なので結構大変なのです。。
毎回、家族にも手伝ってもらって仕分けをしています。

そして車に積んで、明日の出発を待ちます。


土濃塚隆一郎 (Ryuichiro TONOZUKA) official Blog


朝になり、支援物資が新たに届きました。
ギリギリ間に合ったので、そちらも積んでいざ南三陸を目指します!

秋田~南三陸町は片道約300Km。往復で600kmの道のりになります。
もう何度も走っているので慣れたものです。

土濃塚隆一郎 (Ryuichiro TONOZUKA) official Blog




こちらが仮設住宅の『集会所』。
どこの仮設住宅にもこのような場所を設けているようです。

こちらに荷物を運び込ませていただきました。
この日は夜も遅くなり、またあいにくの雨模様だったので、明日以降に皆さんで分けてもらうことにしました。


土濃塚隆一郎 (Ryuichiro TONOZUKA) official Blog


自分が毎回行っているのは南三陸町の中でも端の方に位置する『荒砥地区』というところです。
ここはなかなか道の整備も後手後手に回っていたらしく、今回やっと数カ所舗装が直されていました。

ここは今までは酷い砂利道で、いつも車のハラを擦っていたところです。
震災から半年以上が経ってもまだまだこのような箇所ばかりが目につきます。

土濃塚隆一郎 (Ryuichiro TONOZUKA) official Blog


今回は到着が夜になってしまったので、南三陸町の町の様子の写真はなかなか上手く撮れませんでした。。
ですので以下の写真は10月に撮影したものです。
しかし、一ヶ月経ってもまだまだこのような状態が続いています。。

土濃塚隆一郎 (Ryuichiro TONOZUKA) official Blog


だいぶ瓦礫は綺麗に片付けられたとは言うものの、全く目処が立たないこの状況です。

土濃塚隆一郎 (Ryuichiro TONOZUKA) official Blog


今では報道も少なくなり、皆さんの心の中から消えかけようとしているこの震災ですが、現実はまだまだこれからなのです。。
ぜひ皆さんにも少しずつでも良いので、手助けをお願いで来たらと思っています。

土濃塚隆一郎 (Ryuichiro TONOZUKA) official Blog

土濃塚隆一郎 (Ryuichiro TONOZUKA) official Blog

土濃塚隆一郎 (Ryuichiro TONOZUKA) official Blog



今回、東北自動車道を走っていて思ったのですが、たくさんの箇所で道路の集中工事を行なっていました。それも5~10kmも一車線規制にして大渋滞の中、工事をしています。
毎月、東北自動車道を走っていますが、確かに大変な所はまだ残ってはいますが走れない訳ではありません。

それよりも、被災地で家も家族も失ってしまった方々の支援やその町の復興に一刻も早く行政の支援をお願い出来ればと思っています。




<11/26追記>

震災から早8ヶ月。。
正直、この先どのような復興を遂げられるのか、全く先が見えない状況に思えます。
しかし、そのような中で被災地の方々は懸命に毎日を生活していらっしゃいます。
精神状態もかなり大変だと思います。慣れない仮設住宅での生活。今までは想像もできなかった地域内でのいざこざや距離感。。
今、この時期に何をどうして、などとは言える状態ではないのは分かっています。。
しかし、、状況が悪すぎる。。
何とかこの精神状態を少しでも緩和できればと思っています。
『在宅者』と『仮設住宅者』の隔壁は日に日に広がってしまっています。
物資を届けても、きちんと地域の全ての世帯に届く事すらままなりません。。
非常に残念です。。非常にやりきれない思いです。。
しかしこれが現実。。

地域内での隔壁がこれ以上広がらないうちに何とか手を施して、また一体となって頑張れる日が来るのを心から切に願います。





AD