『Go ahead,Make my day ! 』

【オリジナルのハードボイルド小説(?)と創作に関する無駄口。ときどき音楽についても】


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「――友納貴行、三十五歳。住所は東区箱崎一丁目」
 博多署刑事課の若手はコンピュータの画面を眺めながら言った。小さな緑色の字が並んだモニタは見づらくて、一緒に覗き込む気にはならなかった。
「コイツ、何か関係があったんですか?」
 若手が訊いた。
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、何処かでこの男を見たような記憶があってね。白黒のファックスじゃ何とも言えないんで資料を見せてもらいに来ただけさ」
「なるほど。わざわざお疲れ様です」
 私の言葉を疑ってはいないようだった。私も嘘をついているわけではない。地下街で有紀子の相手を見かけたとき、記憶のどこかをくすぐられたのは事実だからだ。それが何なのかは思い出せないままだった。
「友納は引っ張られてきてるのか?」
 若手はコンピュータのずんぐりとしたモニタをポンポンと叩いた。
「こいつに記録がある住所にはいませんでした。大家の話では半年ほど前に引き払ったそうです。付き合ってた女がいたらしいんで、そこに転がり込んでるんでしょうね」
「女についての見当は?」
「まだです。でも、時間の問題でしょう」
「だといいがな」
「何か、ご存知なんですか?」
 若手の声がスッと低くなった。私は小さく手を挙げて彼を制した。
「そういう意味じゃない。あの履歴書を見る限りでは、店長とやらも店員のことを把握していたとは思えないだけさ」
「……それはそうかもしれませんね」
 私は彼の機動隊上がりらしいガッシリした肩をポンポンと叩いた。
「紛らわしいことを言って悪かった。友納の犯歴は?」
「未成年のときにバイクの窃盗、それと傷害で何度か挙げられてます。それと一〇年前に酒酔い運転で事故。このときに一年半の実刑を喰らってますね」
「誰か死なせたのか?」
「業務上過失傷害ですから、そういうわけじゃなさそうです。えっと、玉突きで三台巻き込んで六人に重軽傷を負わせてます。それと五年前に風営法違反で検挙されてますが、これは起訴猶予になったようですね」
「具体的には?」
「コンピュータにはそこまで記録されてませんよ。調書をご覧になりますか?」
 若手は首だけをこっちに向けて意味ありげな視線を送ってきた。言外に面倒なことをさせないでくれと訴えているようでもあった。宮田巡査長が言っていた「ブツブツ文句を垂れていた若手」とはおそらくこの男のことだろう。
「その必要はなさそうだ。写真は?」
「焼き増ししたものがそろそろできてくるころだと思いますが――」
 彼の視線の先に無表情な若い婦警が現れた。病原体のサンプルを持つような手つきで小さな封筒をつまんでいる。彼女は無言で封筒を若手に手渡すと、そっけなく会釈してその場を去った。
 封筒から取り出したカラー写真を見た。
 送られてきたファックスは正面から写したものだけだったが、こっちには横顔の写真もあった。やや受け口の顎のラインは有紀子に向かって愛しそうな視線を送っていたものと同じに見えた。
 若手が画面のプリントアウトを持ってきてくれた。私は礼を言ってその場を辞した。
 書類には友納貴行の風営法違反の調書番号も載っていた。私は資料課の書庫に向かった。
 古臭い庁舎の古臭い書庫は空調が効いているにもかかわらずホコリっぽかった。書庫の担当はそれほど時間をかけずに該当の調書の綴りを持ってきてくれた。担当者がよほどずぼらでない限り、調書の閲覧はそれほど面倒なことではない。
 別室で目を通した。
 風営法違反というのは雑餉隈のファッションヘルスで本番をやっていたのがタレこまれて、店長以下ボーイや働いていた女性たちが一網打尽になったものだ。友納はその店の雇われ店長で、オーナーと彼が地検に送致された。ただし、行為に及んでいたのが店からの指示ではなかったことなどが立証されて検察は立件を見送っていた。
 私は友納の履歴書を眺めた。店名こそ書かれていなかったが、その時期に彼が新和観光という会社に勤めていたことは記してあった。それがファッションヘルスの経営母体なのだろう。その前には二年ほどの空白がある。別荘にいた時期だ。それ以前は糟屋郡の運送会社に勤めていた。
 新和観光を退職以後は定職にはついていないらしく詳しいことは書かれていない。
 いずれにしても有紀子と接点があるような経歴ではない。少なくとも彼女が警官だった間には。
 私はピアッツァに乗り込んで、有紀子のアパートがある西月隈に向かった。自分のアパートに電話をかけて有紀子が来ていないことは確認してあった。二回続けてツー・コールで切ったら私からだと合図が決めてあるのだ。念のために大家にも有紀子の軽自動車が停まってないかを確かめてもらっていた。
 地下街の男が友納貴行であるとして、それが何を意味するのだろうか。
 有紀子と男は恋愛関係にある。それは間違いない。男女の機微に疎い私にでも二人の間柄が昨日今日始まったものではないことくらいは見て取れた。どの程度の期間の付き合いなのかまでは分からなかったが。
 そんな男がいるのに私に近づいてきた理由は何なのか。
 有紀子に適当な身元引受人がいなかったのは事実かもしれない。友納貴行は警察の覚えが良いとはとても言えないからだ。その点、現職警察官の私なら申し分ないし、二年前のことで私が大きな借りを感じているのは有紀子自身も感じ取っていたはずだ。言えば断わられないだろうという計算が働いてもおかしくはない。
 だが、その後の有紀子の行動の理由にはならなかった。
 私に何らかの利用価値があったのだろうか。
 李健一殺害事件は有紀子が私を呼ぶ前に起きている。友納がその件に関与していたとすれば有紀子も知っていただろう。私をたらし込むことで捜査に手心を加えさせようとしたのだろうか。
 それは馬鹿げている。二課の私では李の事件に対して何の影響も及ぼすことができない。殺人事件が捜査一課の担当であることは、昨今ではおよそリアリティを欠く刑事ドラマでも常識となりつつある。そんなことを元警官の有紀子が考えるはずはない。
 それに仮にできたとしても私はやらない。私がそんな人間ではないことも有紀子は知っているはずだ。第一、二人がもし身の回りに捜査の手が及ぶのを恐れているのなら、そんなつまらない工作をする前にさっさと福岡を離れるべきだった。

 首筋にチリチリする苛立ちのようなものを感じた。俗に嫌な予感と呼ばれるものだ。
 立て続けにタバコを煙に変えながら私は裏道を飛ばした。デッキに有紀子のカセットテープを突っ込むとCOMPLEXの「PRETTY DOLL」が流れ出した。氷室京介はCOMPLEXの曲を聴いて「こんなことをやるためにバンドを解散したのか」とコメントしたというが、私も彼に同感だった。ただ、床までアクセルを踏み込むときのBGMにはピッタリの曲だ。
 単に有紀子が尻軽の浮気性だったという可能性もなくはなかった。
 むしろ、私はそうであって欲しいと思っていた。常識的に考えて天秤にかけられることを喜ぶ男はいない。私にだってそれくらいの自尊心はある。それでも、脳裏に浮かぶ構図よりはそちらのほうが遥かにマシに思えた。友納貴行が持つキーワードと坂倉有紀子が持つキーワードの間にはうっすらと赤い糸が見え始めていた。
 友納の勤め先で殺された李健一の顧客と噂される人物のリストに、有紀子が警察に捕まるきっかけを作った男の祖父――高柳征四郎の名前があるのだ。

 

 

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