『Go ahead,Make my day ! 』

【オリジナルのハードボイルド小説(?)と創作に関する無駄口。ときどき音楽についても】


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 それからどれくらいそこに座っていただろうか。
 ジジイがいうところの愚連隊らしき連中も現れず、アタシの興味を引くような通行人も現れなかった。公園の正面のホテルに運ばれてきた小太りのデリヘル嬢がアタシを見つけて訝しげにガンを飛ばしてきたが、これはアタシだからというより誰にでもそうしているような慣れた目つきだった。決して安くない――筈だ、たぶん――カネを払ってこんなのに当たる男に同情するべきかどうかは微妙なところだ。
 iPodの画面に視線を落とした。八曲聴いたうちの四曲がB’z――〈愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない〉〈今夜月の見える丘に〉〈LOVE PHANTOM〉〈さまよえる蒼い弾丸〉――だった。残りのはボン・ジョヴィの〈Runaway〉と土岐麻子がボサノヴァ風にカバーしたEW&Fの〈September〉、ELLEGARDENの〈Salamander〉、ベルリン・フィルハーモニー演奏によるワーグナーの〈ワルキューレの騎行〉だ。趣味の統一性のなさには自分でも呆れるしかない。
 携帯電話の画面を見ると四〇分ちょっと過ぎていた。片付けもそろそろ終わったことだろう――と思ったらジジイからメールが入っていた。

〈終わった。帰る〉

 メール短文主義のアタシでさえもうちょっと可愛げのある文章を書く。外国人の片言会話のほうがまだマシだ。
 携帯電話とiPodをデニムのポケットに押し込んだ。
 学校に行く時を除いてアタシは基本手ぶらだ。財布はデニムの尻ポケット、携帯電話とiPodは前のポケット。バイクのカギはカラビナでベルトに留める。由真のようにメイクがどうこうなどと言わないので持ち歩くのはせいぜいその程度なのだ。どうしても必要な時は革のシザーバッグをベルトに通す。
 手持ちのバッグを使わないのはあちこちに置き忘れるからでもある。こんなところが似なくてもと思うが父親とまったく同じ癖を受け継いでいるのだ。アタシがバッグを持つのはよほどの大荷物の時か、滅多にないがスカートを履くときくらいだ。しかもそれらはアタシが自分の意思で買ったものじゃない。由真に強制的に買わされたものだ。
 公園の外に歩きながらジジイの携帯電話を鳴らした。
「真奈か?」
「アタシ以外誰がいるっての。もう家に着いた?」
「さっきな。今、セブンの暖気をしとる」
 ジジイの愛車はケーターハム・スーパーセヴンという、古いレーシングカーのようなシルエットの如何にも趣味人の車だ。
「今からそっち行く」
「分かった。あ、済まんがスーパーで買い物してきてくれんか。明日の朝飯がない」
「……コンビニ弁当でいい?」
 こんな時間にスーパーなど開いてない。いや、福岡にだって二十四時間営業のスーパーくらいあるが今泉から歩いて行ける範囲にはないのだ。
 警固方向に歩きだしていたのを逆戻りして公園前のファミリーマートに入った。
 ちょうど商品の入れ替え前だったらしく弁当の揃いは良くなかった。まぁ、アタシが食べる訳じゃないのでどうでもいいが。和風であれば何でもいいだろうということで雑穀米を使った幕の内弁当を手に取った。
 最近のコンビニの弁当は保存料や着色料を使ってないので身体に悪いことはないというが、アタシは死んだ母親の影響で今一つ手を出そうという気にならない。同じ理由でカップラーメンや冷凍食品も苦手だ。
 他にジジイの好物のよもぎ餅や自分のコーヒーを買ってコンビニを出た。
 今泉公園の外周フェンス沿いはパーキングメーターになっていて、車が何台か停まっていた。ほとんどはメーターの未収ランプが点灯したままだが、それは当り前だろう。駐車監視員が廻ってこないこの時間に誰がまともに払うと言うのか。アタシだってぜったい払わない。
 そんな車列に向かってカップルが歩いてくるのが見えた。さっき小太りのデリヘル嬢が入って行ったホテルから出てきたようだ。
 アタシは何となく足を止めた。
 男の方は走るより転がった方が速いんじゃないかと思える丸々とした体格だった。歩を進めるたびに胸やら腹やらほっぺたやらの肉が揺れている。横幅のせいであまり長身に見えないが身長はアタシより高そうだ。大相撲九州場所の頃に福岡国際センターの周りをうろついていたら新弟子検査に誘われること間違いなしだ。
 変装のつもりか、キャップを目深にかぶって流行りのウェリントン型のボックスフレームをかけているが、顔が大きいのでまったく隠しきれていない。ちなみにあれは別名”ダサメガネ”と言っていわゆるイケメンがわざと野暮ったいメガネをかけてるのが売りの筈だが、男のそれは本当に野暮ったかった。顎の周りにうっすらと髭を生やしているが不思議と不潔な感じはしない。
 着ているのはPUMAのロゴと豹のマークが入った黒いTシャツ。もっとも豊満な胸と腹に引き伸ばされてダックスフンドみたいになっているが。半袖のタッターソルのシャツを上着代わりに羽織っているがどう頑張っても前のボタンは留まりそうになかった。ボトムはウェストに合わせたせいで太腿がぶかぶかなのを除けば普通のチノパンだ。指抜きのレザーグラブとリュックサックがあれば北天神のまんだらけやメイドカフェにいる連中そのものだ。手には何故かスポーツバッグ。
 一方、女の方は由真が憎悪の視線を向けかねない典型的なギャルファッションだった。ショッキングピンクのTシャツと豹柄のタンクトップの重ね着にボトムは裾が折り返しになったデニムのショートパンツ。形のいい脚は惜しげもなくさらけ出されている。足元はグラディエーター。男と違って大きな鍔がついた白いキャスケットと飴色の大きなサングラスで顔は隠れている。小柄な割にメリハリがある体つきだが隣の大柄な肉団子のせいで子供のように見えてしまう。
 不釣り合いなカップルは世の中にいくらでもいる。振り返ればアタシの両親がそうで、母は黒木瞳によく似た美人なのに父はいつ悪役商会からスカウトが来てもおかしくない面構えの典型的な”美女と野獣”夫婦だった。最近は反対の”美男と野獣”の組み合わせも少なからずいて、大嫌いな叔母とその再婚相手がまさにそうだ。やむを得ない事情で披露宴に出たが何処のホストクラブで捕まえてきたのかと出席者の誰もが訝っていた。
 それはともかく、ここまで不釣り合いなカップルもそうはいないだろう。二人の接点を想像することすら難しい。
 二人が足を止めたのは白いシビック・タイプRの前だった。どうせ街乗りしかしないくせにレーシング風のドレスアップがしていって、ボンネットは黒いFRP製に換装されている。タイヤもフェンダーからはみ出すギリギリまでサイズアップしてある。車内には転倒時に乗員を守るためのロールケージの影まであった。まぁ、あれにはただ棒状の部品を組み立てるだけの”なんちゃって”もあるのだが。
 そもそも何故こいつらは車をこんなところに停めているんだろう。二人が出てきたホテルは一階部分が駐車場になっているのだ。バカでかい四駆ならお断りの可能性もあるがシビックなら何も問題はない。車高が低めにセッティングしてあると言っても駐車場入り口の段差でボディの下っ腹を打つのを恐れる程でもない。
 男はスポーツバッグをリアシートに投げ込むとさっさとシビックに乗り込んだ。女は助手席には回らずに運転席の横に立っている。窓が開いて二人は何やら会話を交わしている
 やがて、男が窓から何かを差し出した。
 ハッキリとは見えない。しかし、四角くて薄っぺらいケースのようなのは分かった。CDかDVDだろうか。こんなところで渡さなくてもと思うが車の中に置きっ放しだったのだろうか。
 女はそれをジッと見つめてから男に返した。男はしばらく迷うような素振りを見せたが、小さく肩をすくめて受け取ったケースをダッシュボードの上に置いた。
 不思議な二人だった。ホテルですることをしてきたにしては漂わせている雰囲気が違いすぎた。親密な関係なのは見ているだけで分かる。それなのに二人はさっきからまったく笑顔らしきものを浮かべていなかった。
 無論、赤の他人にそんなことは関係ない。アタシはさっさとその場を立ち去るべきだった。
 しかし、時すでに遅しだった。運転席の肉団子が車から見て真正面に突っ立っていたアタシを見つけた。その視線につられて女もアタシの方を見た。
 女はいつの間にかサングラスを外していた。おかげでキャスケットは目深にかぶったままだが顔はハッキリ見えた。そしてアタシの視力は2.0だ。実際にはもうちょっといいらしくて健康診断を担当した学校出入りの女医のババアに「アフリカ人並みね」とまで言われたことがある。アタシを見つけて呆然とする女の表情まで見て取ることができた。
「……どういうこと?」
 アタシは手にしていた袋を取り落としそうになった。天神コアのマネキンが抜け出してきたような格好の女が徳永由真だったからだ。
 
 比喩として”微妙な距離”という言葉を耳にすることがある。主に心情的な距離のことを言う時に使う表現だ。
 しかし、アタシと由真の距離は物理的に微妙だった。素知らぬふりや気付かなかったふりをするには近すぎた。しかし、いつものように話すには遠すぎた。
「……おまえ、何やってんだ?」
 アタシはようやくその一言を絞り出した。由真はまだ目を白黒させている。まぁ、そりゃそうだろう。
「ま、真奈こそ何してんの?」
「何って……アタシのバイト先、すぐそこだぞ」
「……あ、そっか」
 また沈黙。
 男はシビックの運転席で由真とアタシの間で視線を往復させている。アタシの声が聞こえていないのか、事態が飲み込めていないようにも見える。フロントウィンドウから見えるロールケージに囲まれた姿は狭苦しいカゴに押し込められたパグ犬を連想させた。
「そいつ、彼氏か?」
「う、うん……真奈に紹介してなかったね。高橋くんっていうの」
「へぇ……」
 さて、こんなときアタシはどういう反応をすればいいのだろう。というか、アタシが何か言うべき場面なのだろうか。それすらよく分からない。
 有体に言えばアタシはパニックを起こしていた。
 由真に彼氏がいたのがショックだったか。いや、そんなことはない。むしろアイドルでも通用しそうなルックスの持ち主である由真をオトコどもが放っていることの方が不自然だと思っていたくらいなのだ。
 由真の彼氏がマイケル・ムーアの出来損ないだったことか。いや、それもない。率直に言って不釣り合いだとは思うが他人の好みに口を出す気はさらさらなかった。
 だとすれば理由は一つしかなかった。由真が彼氏の存在をアタシに秘密にしていたことだ。

(何だよ、彼氏がいるならいるって言ってくれればいいじゃねえか)

 心の中で呟いた。そりゃ、ちょっとばかり公開するのに勇気が必要な相手かもしれない。だが、アタシは由真が選んだ相手ならそれはそれでいいじゃないかと思っただろう。彼女が人を外見や噂で判断しないことはアタシ自身で証明されていることなのだから。
 アタシは大きく息を吸い込んだ。
「どこで誰に出くわすか分かんねえんだ、もうちょっと用心しろよ。――ま、そのための変装なんだろうけど」
「……うん」
 いろんな感情が顔や声音に出ないように努力したつもりだった。だが隠し切れてはいないことも分かっていた。
 由真はそんなアタシに向かって何かを切り出そうとしているようだった。びっくりするほど奔放で我儘なところもあるが、本質的な部分で由真は他人に気を遣いすぎる。自分の秘密がバレたことよりも、そのことでアタシが受けたショックの方を心配しているのは明らかだった。
 しかし、アタシはそんなチャンスを与えなかった。
「じゃあな。このことは誰にも言わねえから心配すんな」

 由真は翌日も補習に顔を出さなかった。週末になっても何の連絡もなかった。
 何度か携帯に電話しようとしてみた。だが、何度やっても最後の通話ボタンが押せなかった。どうしてアタシがあいつのご機嫌を伺うような思いをしなくてはならないのか、その理由は自分でもよく分からない。
 ……ちぇっ、何やってんだアタシ。
 冗談めかして笑い飛ばしていれば良かったのだろうか。ひょっとしたらそうかもしれない。思いっきり冷やかしてやっていれば、そのときはいつものようにむくれたとしても笑い話にできたかもしれない。
 しかし、あのときの由真はそれを許すような雰囲気じゃなかった。
 月曜日、久々に本格的な登校拒否を起こしそうになった。だが補習は今日と明日の二日間で終わりだった。我慢して行くしかない。
 アタシは由真が学校に来ていないことを祈った。彼女は本来補習を受ける必要などない。アタシに会いたくなければ来ている筈はないのだ。
 そう思って教室に入った。ところが由真はいつもと同じようにアタシの後ろの自分の席にいた。
 さて、何と話しかけたものだろうか。
 数秒ほど悩んで自分に小芝居を打つような器用なマネは出来ないという結論に達した。アタシは何事もなかったように自分の椅子にカバンを置いた。
「……おはよ」
 憂いに満ちた眼差しがじっとアタシの目を見返してきた。それだけだった。彼女は一言も口をきかずに席を立った。
 由真はこれ以上ないほど鮮やかにアタシを無視した。
 
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