3.11から5年

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昨年末、福島県の四倉から南相馬まで国道6号線を北上しました。
一昨年にも被災地を訪れましたが、その時と同じルートです。

私は、3.11の後、福島原子力補償相談室に勤務し、たくさんの方のご相談を受けました。今もその時のお声が耳に残っています。

なぜ、被害者が、加害者から送られた定式の請求書によって請求し、加害者が金額を決めるのか。また、担当していた時期の補償については、30キロ圏内となっていたため、30キロを少しでも外れていると補償はありませんでした。なぜ、どうして、と頭をかしげる毎日。その時の経験が政治へ向かうきっかけとなりました。

今は、一地方議員として頑張っていますが、「どうして政治家を志したの?」と聞かれると、東日本大震災、そして原発事故抜きに動機を語ることはできません。

3.11以降に南相馬、いわきで教鞭をとる決意をし、今も頑張っている知人がいます。原発被災地を訪れる際は、彼が立ち上げた、福島県沿岸部の津波・原発被災地を案内する団体「ミライのためのフクシマ被災地案内団」(https://www.facebook.com/FukushimaTour4Future/)に案内をお願いしています。

私にできる事といえば写真をあげることくらいですが、復興はまだまだ道半ばです。オリンピック・パラリンピック支援も大切ですが、福島復興を忘れないでほしいですね。

最後になりますが、尊い命を亡くされたご家族ご友人の皆さまのお心が少しでも和らぎますように心からお祈り申し上げます。















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