厚生労働省が、「働き方改革」に向けて皆様の意見を募集します、と言っていたので、下記の意見を送ってみました。結論としては、行政に出来る事は多くはなく、「サービス残業に対する抜き打ち検査の強化」と、「各社の残業状況を公表させる」という事に尽きます。しかし、それが市場メカニズムを通じて多方面で事態を改善していく事が期待されるところです。ご笑覧いただければ幸いです。

 

(1)時間外労働の上限規制の在り方など長時間労働の是正について

 

○  何時間働くかは、労働者の自由だが、サービス残業は厳禁

長時間労働を希望する労働者について、それを規制する必要はありません。仮に規制したとしても、副業・兼業といった柔軟な働き方を認めれば、長時間労働したい人はするでしょう。問題は、長時間労働を望まない人が残業を強いられる事と、更に大きな問題は、残業手当が支払われないサービス残業が存在することです。

そこで行政としては、残業代が支払われている事のチェックを厳重に行なう必要があります。「労働基準監督署が抜き打ちで検査に入り、タイムカードやパソコンの動作記録などを提出させ、出退勤カードと付けあわせる」「サービス残業が見つかったら、即座に社名を公表し、支払うべきであった残業代の2倍を支払わせる」といった対応が望まれます。

 

○ 残業するか否かを労働者に選ばせる制度が望ましい

違法なサービス残業でなければ、法律で一律に規制する事は難しいでしょう。長時間労働を希望する社員もいるからです。しかし、希望しないのに残業を強いられる社員がいてはいけません。そこで、社員が会社に「残業厭わず」か「ワーク・ライフ・バランス重視」かを届け出る制度を作り、後者には残業させてはならない、といった規制をする事は選択肢でしょう。繁忙期だけは残業させても良い、といった細かい事は、別途検討です。

既に入社している社員だけでなく、就職活動をする学生も、選べるようにすべきです。その際、残業や賃金に関する各社のデータの公表を義務付けるのです。そして、そのデータが正しいか否かを労働基準局が抜き打ちで検査するのです。そうすれば、仕事優先派の学生とワーク・ライフ・バランス重視派の学生が、各々の希望に沿った会社を受けることが出来ます。

会社によっては、「特別な繁忙期を除いては、10時間以上働くな」「上司の許可無く1日10時間以上働いたら人事評価に悪影響」といった社内規則を作る会社もあるでしょう。そうすることで、ワーク・ライフ・バランス重視派の優秀な学生を集めようという戦略です。そうした学生は、普通の企業に行くと、仕事優先派の社員との出世競争に勝てませんが、残業禁止企業であれば、競争条件が同じですから、優秀であれば出世する可能性があるからです。

少子高齢化で労働力が不足し、加えて、サービス残業が消滅すると、その分だけ社員を増やす必要が出てきます。それによって、就職市場は明確な売り手市場となります。そうした時に、「我が社の主流は残業厭わず派です」というデータが公表されると、採用活動に不利になりかねません。そうなれば、ますます企業が残業を抑制するようになり、長時間労働が減っていくでしょう。

それが一層の労働力不足を招き、後述のように非正規労働者の賃金を上昇させ、結果として同一労働・同一賃金に近づいていくとすれば、素晴らしい事です。労働力不足が企業の省力化投資を促して、日本経済の労働生産性が向上していくとすれば、更に素晴らしい事だと言えるでしょう。

 

 

(2)賃金引き上げと労働生産性の向上について

 

○労働力不足によって、労働生産性は市場原理で上がる。行政はそれを支援

日本の労働生産性が低いと言われます。統計上も、先進諸国より低いです。その原因は、3つあると思います。第1は無駄が多いこと、第2は今まで省力化のインセンティブが乏しかったこと、第3は過当競争体質です。

無駄が多いことは、なかなか改善しないでしょう。これまでも無駄を減らそうと頑張って来て、それでも残っているわけですから。

今まで省力化投資のインセンティブが乏しかったのが、労働力不足になって企業のインセンティブが増す事は十分に考えられますので、これは明るい材料です。

日本企業の過当競争体質が生産性を下げている面も大きく、これが生産性の低さの本質的な原因だと思います。サービス競争、低価格競争、営業合戦などにより、付加価値が下がって労働生産性が下がっているのです。これについては、カルテルで禁止することも容易ではありませんから、行政の関与できる範囲は限られていますが、市場原理を働きやすくする事は重要だと考えます。

以下、詳しく見ていきましょう。

 

○日本企業は無駄が多いのは事実だが、容易には変わらない

上司が退社するまで、自分の仕事が終わっていても「つきあい残業」をする、といった事も多いでしょう。無能な上司に無駄な作業を命じられる事もあるでしょう。会議が多いことも指摘されています。しかし、これを是正するのは容易ではありません。

「会社は家族、社員は仲間」ですから、自分だけ先に帰るというのは職場の一体感を損なうリスクもありますし、何より自分の評判を下げるリスクがあるでしょう。

年功序列で無能な人も管理職になるのは、ある意味で仕方のないことです。年功序列にはメリットもありますから、年功序列をやめよう、という事にはなりそうもありません。

会議が多いことも、日本企業の意思決定がトップダウンではなくボトムアップである事によるものであり、仕方ない面が多いでしょう。会議を減らすためにトップダウンに変更する、というのは本末転倒ですから。

加えて、日本では子供の頃から「頑張った人が偉い」と教育されます。私の印象ですが、日本の昔話は「正直で頑張り屋は報われる」というものが多く、ディズニー映画は「信じて祈れば神様が助けてくれる」というものが多いように感じます。これは、日本人と米国人の大人たちの価値観を映じたものだと考えて良いでしょう。

そうだとすると日本は、「成果を出せば、頑張らなくても定時退社して良い」といった価値観を持つサラリーマンが育ちにくい文化だと言っても良いでしょう。これを変えるのは至難の技でしょう。

 

○長期不況期には、労働生産性を上げるインセンティブが乏しかった

バブル崩壊後の長期不況期には、失業者が大勢いて、企業は安い労働力をいくらでも調達できたので、省力化投資のインセンティブが乏しかったでしょう。たとえば飲食店はアルバイトに皿を洗わせればよく、自動食器洗い機を買う必要が無かったのです。

しかし、少子高齢化で労働力不足が深刻化し、アルバイトの時給も上昇してくれば、企業は省力化投資を行なうインセンティブが強まるでしょうから、日本経済全体としての労働生産性は自然と向上していくでしょう。

企業のインセンティブとは別の話ですが、労働力不足により賃金が上昇していけば、高い賃金の支払えない非効率な企業は労働力が集まらず、場合によっては去って行き、更には倒産するかも知れません。そうした労働力が、高い賃金の払える効率的な企業に採用されていくとすれば、これも日本経済全体としての効率性向上に資することになります。

こうした効率性向上は、原則として市場原理に基づくものであって、行政が介入する余地は大きくないでしょう。

行政としては、労働力不足の時に失業対策としての公共投資を控える、といった事が必要です。必要なインフラの整備は仕方有りませんが、不急不要の公共投資は次の不況期まで待つ、という事が求められるようになるでしょう。

 

○労働生産性の低さの本質は過当競争

コンビニの深夜営業、インターネット通販の翌日配達など、日本では素晴らしいサービスが提供されていますが、その分だけ価格が値上げされているわけではないので、付加価値を労働投入量で割った労働生産性は下がります。値下げ競争も同根です。金額を変えずにサービス競争をするのも、実質的な値下げだからです。

これを以って国際比較して日本の労働生産性が低いと言われても納得が行きませんが、本筋と外れますので詳述は避けましょう。

セールスマンの存在も、過当競争の一つと言えるでしょう。自動車が欲しい人は、自動車会社のセールスマンが来なくても、自分で自動車販売会社に出向くでしょう。しかし日本では、自動車会社各社のセールスマンが潜在顧客詣でを繰り返しているのです。

これは難しい問題です。「自分だけ安売りやセールス活動をやめたらライバルに顧客を奪われてしまう」という恐怖心の結果だからです。「安売りはやめよう、セールスマンはクビにしよう」と各社が申し合わせる事が出来れば良いのでしょうが、独占禁止法違反に問われる可能性もありますし、それ以前に「カルテル破り」をするインセンティブが各社にあるからです。

行政として、企業の過当競争を抑制する事は容易ではないでしょう。「値引き禁止法」「セールス活動禁止法」「夜間営業禁止法」など、作りようも無いからです。

せいぜい、「消費者の過剰な要求が、企業間の過当競争を激化させ、労働者たちの残業を増やしています。消費者が少しだけ我慢をする事で、労働者の残業が減るのであれば、皆で強力しませんか?」と語りかける事くらいでしょうか。

あとは、労働力不足に悩む企業が、背に腹は代えられないと考えて、ライバルにシェアをとられる事を覚悟で過当競争から降りる事を期待しましょう。もしかすると、ライバルも同じように考えて過当競争から降りるかも知れません。そうなれば、いずれの企業もシェアと売上を落とすことなく、労働生産性だけ上がる、という事も期待できるでしょう。

 

○ 日本型雇用に於いては、生産性向上が賃金上昇に直結するわけではない

生産性が上昇すれば賃金が上がる、と考える人は多いでしょう。「生産性が上がったので、労働者を雇えば多くの利益が得られる。高い賃金でも労働者を雇おう」と各企業が考えるので、労働力市場に於いて需要と供給の関係から賃金が上昇する、というわけです。

しかし、それは非正規労働者の話であって、終身雇用と年功序列という正社員にはあてはまりません。かつての正社員は、「会社は家族だから、会社が儲かれば給料が上がるのが当然」でしたが、最近では「グローバル・スタンダード」ですから会社が儲かっても配当が増えるだけで、給料は上がりません。

問題は、企業側にサラリーマンの給料を上げるインセンティブが乏しいことです。終身雇用、年功序列賃金制の下では、賃上げをしなくても社員が退職する可能性は大きくありません。従って、「釣った魚に餌をやる必要は無い」のです。

さすがに新入社員の初任給は上がるでしょう。そうしないと就職戦線で良い学生が採用出来ないからです。それにつられて若手サラリーマンの給料も上がっていくでしょう。しかし、中高年サラリーマンの給料は、なかなか上がって行かないでしょう。

企業に賃上げのインセンティブが乏しい時に、政府が賃上げを要請しても、なかなか実現しないでしょう。しかし、市場メカニズムは確実に働くはずです。一つには、非正規労働者の賃金は確実に上昇していきます。結果として「同一労働・同一賃金」に近づいていくとすれば、行政の目指すものが自然に達成出来ることになるかも知れません。

また、企業が労働力確保のために、非正規労働者を正社員に転換する動きも拡がるかも知れません。これも、労働者全体としての待遇の改善ですから、望ましいことと言えるでしょう。

 

労働者全体としての賃金が上がれば、上記のように労働生産性は上昇していくでしょう。結論としては、行政に出来ることは多くないが、価格メカニズムにより事態が望ましい方向に変化していく事が期待されるので、行政には価格メカニズムが働きやすいような環境作り(規制緩和等々)をお願いしたい、ということになります。

よろしくお願い致します。

以上

 

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