未来を願うな

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過去を思うな
未来を願うな
今なすべきことをなせ

と釈迦は言っています
(藤尾秀昭「ポケット修養訓」より)


これは、仏典に以下のような内容があるようです。

過去を追うな。
未来を願うな。

過去はすでに捨てられた。
未来はまだやって来ない。

だから現在のことがらを、
現在においてよく観察し、
揺ぐことなく動ずることなく、
よく見きわめて実践すべし。

ただ今日なすべきことを熱心になせ。


・・・如何でしょうか?

私はこれを読んで、
過去のことをくよくよ思い出さずに、
「今なすべきことをなせ・・・」
これはよく理解できました。

しかし「未来を願うな・・・」がよく理解できませんでした。

誰でも、未来を願うものではないでしょうか?
これをどのように理解すればよいでしょうか


私の理解では、
未来は願うものでも、心配するものでもなく、
「今この瞬間に自分自身が創るものだ」
ということを教えておられるのだと思います。

未来について何かの目標を持つことはとても大切だと思います。

しかし、今この瞬間の自分が、それが実現できるかどうか不安になったり
神頼みをしていては、何も実現しないということでしょう。

そんな暇があったら
「今この瞬間に自分ができることに集中せよ」ということです。
未来ではなく、「今この瞬間」だけが重要だということです。

「今この瞬間に自分ができること」とは、

未来のイメージを具体的に描くこと、
そのためのあらゆる準備・努力を精一杯すること、
それだけです。

「未来を願わず、未来に向けて今この瞬間を精一杯生きること」
それが大切なことだと教えておられるのではないでしょうか。

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心の消化力

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心を常に明るく生かす道はどこにあるか。

それは心の消化力を強めることである。

なぜだろう、どうしてだろう、うなずけない

というのは心を暗くする、疲れさせる。

なるほど、ウム、よくわかったといえば心は晴れる、明るくなる。

よく心で消化するからである。
(「常岡一郎一日一言」(致知出版)より)


心の消化力を高めるためには、

まず自分に起こることの基本法則を知り基本対応を用意しておくことです。


ひとつは、善因善果、悪因悪果。

自分がつくった原因、与えたものが結果として返ってくるということ。

もうひとつは、困難は克服できる人のところにやってくる、ということ。

そして最後は、渡部昇一先生が言われていましたが、

「自分の意志で自由にならない範囲をしっかりと見極め、

地震や天災など自分で自由にならないことには絶対心を動かされない」

ということです。

他にも色々あると思いますが、とにかく、うじうじいつまでも考えずに、

さっと考えて、潔く自らを反省し、周りのお蔭様に気付き感謝することです。

そういう明るい心を持てれば、おのずと明るい人生がやってくるに違いありません。

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腹で受け止める

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今までは、すべての感情の衝動や刺激を、
心ですぐ受けて、驚きあるいは怒り、
あるいは悲しんでいたろう。

今度はそれを、
腹で受けるようにしてごらん、腹で。

心で受けると、
どうしても衝撃が大きいんですよ。
(中村天風「心が強くなる言葉」より)


心は常にプラスに積極的に使いたいものです。

でも、誰かに悪口を言われたとか、怒られたとか、裏切られたとか、
日常的にたくさんのマイナスの刺激がやってきます。

心はとてもデリケートでもあるので、
すぐに傷つきやすく、簡単にマイナスになりやすいものです。

なので、天風先生が言われるように、マイナスの刺激が押し寄せてきたら、
心で受け止めるのでなく、腹で受け止めるようにしてはどうでしょうか。


自分の心がマイナスの刺激を受けて激しく動揺する前に、「ちょっと待った!!」をして、
まずはお腹で受け止めるようにしてみましょう。

お腹といっても、下の方、下丹田と言われるあたりで受け止めるのです。
そこには、ヨガなどで言われる「第二チャクラ」という重要な場所があります。

そこで一旦受け止めるだけで、かなり冷静に心が受け止められるようになります。

さらに、私の場合は、下丹田に大きな無限容量のダストシューターの穴があるとイメージしていて、
嫌な感情は、そこにポイッと捨てて「あ、消えた!!」と思って、あとは考えないようにしてます。

マイナスな嫌な感情というのは、うまく処理しないと、ずっとネチネチまとわり付きます。
そのままにしておくと、心はもちろん身体にまで影響が出てくるかもしれません。

お腹を大切にして、お腹にある無限のパワーを使って、マイナスの刺激に対処するようにすれば、人生がかなり楽になるように思います。

 
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気づくことはチャンス

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知者は惑わず、
仁者は憂えず、
勇者は懼(恐)れず。
 
論語に出てくる有名な言葉ですね。
知・仁・勇を持った理想的な人間像を示しています。

これを読んで、「自分は真逆だな」と思った人はチャンスです。

私たちは、仕事や日常生活で、何かに惑わされたり、悩んだり、心配したり、
失敗を恐れたり、実行を先延ばしにしてしまったりするものです。

それは「あなたは、まだまだ学ぶべきことがありますよ」というサインです。
それに自分で気が付くことが、人生好転、成長できるチャンスなのです。
 
いくつになっても、まだまだ学びが足らない・・ということですね。
 
 

沈黙の行

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仏教でも、ヨガでも、キリスト教でも、

何らかの「沈黙の行」というのがあるようです。


言葉を発しない沈黙は、意志さえあれば誰でもできることでしょう。

でも、それを例えば丸一日続けるとなると話は別となります。

さらに、頭の中に沈黙の時間をつくることは、短時間でもとても難しいことです。


難しいからこそ、少しずつでもやってみる価値があるはずです。

禅の修行や瞑想も、沈黙の行の一種と言えるのかもしれませんが、

昔からこれだけ多くの人がこの修行をしているのは、そこに何かがあるに違いありません。


とにかく、一日十分でもよいので、

リラックスして姿勢を正して、

ゆっくり、ふかーい呼吸を続けて、

そして、頭のなかに次々浮かんでくる雑念に対して何も反応せず、

意識的に何も考えないことを続けるのです。


真にからっぽにできると、そこに何かが溢れているのを感じるはずです。

そのエネルギーを感じとれるようになりたいものです。

最初は、出てくる、出てくる自分の雑念の多さに驚くでしょう。

そのすべてが「自分の我」からでてきているということです。


その自分の現実、実態を知ることだけでも意義は大きいでしょう。

一日十分の沈黙の行を実践してはどうでしょうか。

自ら求める姿勢

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人に教えられたものは身につかない。

自ら探して得られたものだけが自分の力になる。

(「ポケット修養訓」(致知出版)より)


仕事で技術を身につける必要のある業種も多いでしょうし、

仕事外でも、最近は〇〇教室ブームと言えるかもしれません。


まず、基礎的なことを先生や先輩からしっかり学ぶのはあたりまえのことです。

でも、そこから先の成長は、その人の心の態度に大きくかかわっています。

いつも受け身に、淡々と先生に教えてもらうのと、

いつも自分で考えて、自分でわからないなと思うところを特に先生に教えてもらうのでは、

吸収力がまったく違ってきます。

大きく成長したいと思うなら、まず自分で成長しようと求めることが大切ですね。

同じ失敗をしても、そこから反省して成長に活かす力も違ってきます。

そういう積極的な心の姿勢を持ちたいものですね。

運をよくする考え方

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ノーベル賞を受賞された山中伸弥先生は、

何か悪いことが起こった時は
「身から出たサビ」、
つまり自分のせいだと考えて反省し、

反対にいいことが起こった時は
「おかげさま」と感謝する、

ことをモットーにして生きてきたそうです。


我々は、
何か悪いことが起こったら、誰か人のせい、

何か良いことが起こったら、
自分は付いている、やっぱり自分に力がある、

と考えてしまいがちです。

その100%真逆の考え方を、山中先生はしてこられました。

山中先生に限らず、松下幸之助さんをはじめ、
多くの成功者が同じような考え方をしています。

運命の分かれ目になるような、とても重要な考え方だと思います。

喜びが喜びを連れて帰ってくる

テーマ:

人に喜びを与えていこうとすると、

そこに気づきが生まれてくる。

(「ポケット修養訓」(致知出版)より)



身の周りの感謝すべきことに気づく力を養っていけば、

苦しいことへの抵抗力も高まり、

仕事でも、勉強でも、スポーツでも何でも、様々な目標の達成力が高まります。

そういう「気づき力」を養うことが、より充実した人生を送る秘訣だと思います。


そして、その「気づき力」を養うための方法は、

ひとつは、何かに全身全霊で取り組むことだと思いますが、

一番よいのは、「誰かに喜びを与えようとする」ことだと思います。


誰か相手に喜びを与えようとするならば、心を相手に向ける必要があります。

自分が、自分が・・では見えなかったものが、はじめて見えてくるはず。

そういう気づきこそが、自分を成長させてくれます。


「誰かに与えたものが返ってくる」と言われるのも、

自分の気づき力の高まりと無関係ではないでしょう。

「自分も喜び、相手も喜べば、喜びが、喜びを集めて帰ってくる」

そういう良い循環をつくれるようになりたいですね。

縁だけがある

テーマ:

幸も不幸も、病みわずらいも、
もったないめぐみも、

すべて先方から歩んでくるのではない。
いつでも自分の方から歩みよっているのである。

そこに行く道を縁という。
祈っても、願っても、歩みくることはない。

縁だけがある。
(「常岡一郎 一日一言」より)


今、自分に起こっていることは、すべて、

知らないうちに、自分からその縁(道)を歩み寄っているということ。


その縁を大切にしながら、より良い縁(道)を歩み進んでいく。


悪い縁に迷い込んだとしても、それは何かを教えてくれているはずだから、

感謝したうえで、さよならしていく、別の道を歩んでいく。



今、良い縁によって幸せであるとしても、それが自分の能力だと過信していると、

その縁はどこかで消えてしまい、また迷路に迷い込む。


縁とは不思議なものですね。

でも、縁は自分ではどうしようもないと思ったら、大間違いです。


プラスの意志と言葉をいつも大切にしていれば、

何故か、それに合った縁につながっていくものです。


今、良い縁がなくても、

自分にとってもっとも最適なタイミングで、最適な縁につながっていきます。


そういう不思議に、確信があるかないかで、人生が変わるのでしょう。

感謝力を養う

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感謝に値するものが無いのではない。

感謝に値するものに、氣がつかないでいるのだ。
                                    (中村天風)


嫌なことが起こると、一日中、嫌なことだらけで、

マイナスのスパイラルにどんどん入ってしまう人がいます。

そういう人は、だいたいが体調もいまひとつ良くないようです。


もし嫌なことが起こったら、その十倍くらい感謝に値するものを

みつけたいものです。内容は、天気でも家族でもなんでもよいでしょう。

そうすれば、とりあえずは、マイナススパイラルは断ち切れると思います。


逆に、感謝すべきことに気付く力を、もっともっと養っていけば、

嫌なこと、苦しいことへの抵抗力や対応力が高まりますし

仕事でも、勉強でも、スポーツでも何でも、様々な目標の達成力が高まります。


結局は、そういう感謝をみつける力を養うことが、

その人が幸せな人生を送る秘訣だと思います。