金メダルロードは、万全のはずだった。しかし、準決勝で、まさかの敗戦。「ママでも金」を目指して畳に上がった谷が、アトランタ以来、12年ぶりに五輪の魔物にのみ込まれた。
2005年の大みそかに長男を出産した。「子供を産んでも、また柔道ができるというところを見せたい」と、谷は、子育てが一段落してから本格的に畳の上に帰ってきた。 だが、微妙に何かが違う。
昨年4月、休養を経て出場した全日本選抜体重別で負けた。実績を買われて、世界選手権代表に選ばれたが、まだ、長男への授乳も終えていない中での試合で、自らへの限界も感じたのだろう。関係者にポツリと漏らしたことがあった。 「ああ終わったなと思ったのに、選ばれちゃった。私はいつまでやったらいいんですかね」 自問にも聞こえる一言は、自らが進むべき道を迷ったことの証しでもあった。
だが、周囲は、谷に「YAWARA」を演じ続けることを求め続けた。子育てと並行しながらの競技生活はつらいが、止まることはできない。最近は「応援してくれる人のために戦う」と口にすることが多くなった。表向きは「調子は本当にいいです」と話していても、裏で「1日何時間あっても足りない」とこぼすこともあった。
「シドニーで念願の金、アテネは完璧(かんぺき)な金。北京はこの二つを超えたい」と話していた谷だが、予想外の敗戦を喫したアトランタの悪夢が繰り返された。勝負事に「絶対」はない。大本命と言われた谷に対しても、それは同じだった。 ( 読売新聞)
メダルの色が、違った。 「全力を出した結果ですから、すごくうれしい思いです」。精いっぱい絞り出した言葉。無念の思いがにじむ。
準決勝のドゥミトル戦。お互いに組み合わず、「待て」がかかった。試合は終盤。「指導」を受けたのは谷だけだった。一瞬、あれっという顔をした谷が猛然と反撃に出る。 だが遅かった。
北京まで応援に駆けつけた長男、2歳7カ月の佳亮(よしあき)ちゃんに、ママは世界一の報告が出来なかった。 昨年の世界選手権で「ママでも金」を達成した。今大会も「調子は良かった」という。ただ、一抹の不安はあった。
4月の全日本選抜体重別選手権は山岸絵美に完敗。山岸が所属する三井住友海上の柳沢久監督はこう説明した。 「実はしっかり組まれると谷は弱いんだ。組んでしまったら投げられるという、みんなの昔のイメージとは違う」
9月に33歳になる。以前は柔道着をつかんで組んだら確実に相手の動きを封じていたが、その力は確実に衰えている。それを最も分かっているのは谷自身だった。だから、組み合いを避けた。それが落とし穴だった。
特別の思いで臨んだ5度目の五輪だった。 05年末に佳亮ちゃんを出産した。妻であり、母である谷は「きちんと主婦をしているから柔道をさせてもらえる」と考える。
北京に向けて本格復帰したのは昨年春。全日本合宿では、ほかの選手が寝ている間に、眠い目をこすって3時間おきに授乳した。練習後、どんなにおなかが減っていても子どもの離乳食が先だ。睡眠時間を削って育児と柔道に取り組んだ。 奮闘ぶりは、家庭を持って働く女性への支援が乏しい社会への強烈なアピールだった。
彼女たちは、自分たちの思いを谷に重ねた。届いた激励の手紙は段ボール箱いっぱいになった。 「お母さん方の気持ちを感じながら畳に上がった」と言って目に涙を浮かべ、「5大会連続出場できたことを誇りに思う」と声を震わせた。
今後のことについては「また主婦がしたい」。冗談を言ったあと、「1人では決められない」。 金メダルには届かなかったけれど、ママは一生懸命に戦った。微妙な判定にも抗議のそぶりさえみせず、きちんと一礼して畳を下りた柔道家のママを、佳亮ちゃんは大きくなってきっと誇りに思うだろう。(柴田真宏)
【夫の佳知さん(プロ野球巨人)の話】 まずはお疲れ様でしたと言わせて下さい。アテネで金メダルを取った後の4年間は本当によく頑張った。子供が生まれてから子育て中心の生活に追われながら、弱音を吐かずに練習する姿にパワーをもらったのは僕だけではないはずです。目標のメダルの色とは違いましたが、僕には金色に輝いて見えました。 Asahi.comより
一言 準決勝のドゥミトル戦は明らかに誤審である。指導は両者に来るべきであった。
谷自身も納得いかない様子であったが、猛然と挑んでいったが結果は指導の分負けであった。
そしてコーチも監督も抗議に行けよ。何しに北京まで来てるんだ。
幼稚園の付き添いではないだろう。
全くいざという時役に立たないのだから。結果はどうあれ国民を納得させてくれよ。
其の後谷は恨み言一つ言わずに去ったのは立派であった。
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