布施と裁判官と観音菩薩
テーマ:ブログこのメルマガ、日記も早いもので293号。
あと一週間書けば300号になります。
ありがたいことに始めた当初と比べると
多くの方に読んでいただけるようになったのを
うれしく思っています。
300号になれば、バックナンバーを読み進めるにしたって
ひとつの日記に一分かかったとしても
読み終えるのに5時間かかるわけです。
300号を迎えた暁に、
自分に乾杯しようかな(=⌒▽⌒=)
【今日の仏語】は『布施』の6回目です。
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■これは私の先輩で
弁護士をされている方からお聞きした話です。
先輩の友人で、
少年事件を担当する裁判官が言ったそうです。
「審判を担当した時は、よく子供が泣いてしまってね」
そのとき先輩は思わず尋ねたそうです。
「審判ではいつもそんなに厳しく子供を叱られたのですか」
すると裁判官は苦笑して言いました。
「違うよ。
子供の立場に理解を示して同情すると、
思わず涙ぐむ子が多いんだよ」
■犯罪を犯してしまった場合、
その結果としての事実だけしか耳に入りませんから
「あいつ、何やってるんだ。ひどいよな。」
と眉をひそめたり、
「あきれた。。あんな人だとは思わなかった。」
と親戚や友人達のうわさ話しにされるものです。
いかなる事情があったのか、
どれほど追い詰められていたのか、
どんなに孤独だったか
犯罪を犯すまでの胸の内を聞けば、
「無理もない」
「もし自分でもそうなっただろうな。。」
他人事に出来る人は誰もいないと
わかってくるのですが、
理解してくれるまで
話を聞いてくれる人もいない。
みんな自分のことで精一杯で
聞いてくれない。
犯罪を犯してみて、
裁判を通じて始めて自分の環境を語り、
それをまた始めて聞いてもらえた
ということが多いようです。
■慈悲の象徴としてよく彫刻にもなっている
観音菩薩は「音を観る」菩薩と書きます。
音とは「衆生の愁嘆の声」。
「観る」とはここでは「聞く」という意味ですから、
人々の憂い嘆きの声を
ひたすら聞く、という意味だそうです。
■以下はたくさんの青少年を見てきた
ある精神科のお医者さんが言っていた言葉です。
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『荒れる』のは、
それだけ、鬱屈した感情があるからですし、
『引きこもる』のは、
そうでもしないとどんどん傷つく現実があるからです。
『ウソをつく』のは、
本当のことを言ったら、余計ひどい目にあうからですし、
『やる気がない』のは、
やる気で意見を言っても必ず否定されてきたからです。
そんな中、よく今まで生きてきたね、と
声をかけたくなることも少なくありません。
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この精神科のお医者さんも
どんなことをしてしまっても
そうなった背景を
とことん聞いて下される方です。
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「ちょっとおもしろいな」 って思ってくださった方、










1 ■無題
いつも気づきの多い内容をありがとうございます。
今回のお話では、自分が普段いかに人の話を聞いていないかを改めて痛感しました。
特に話の内容がネガティブなものであった場合、自分の解釈を先に壁として建ててしまい、ちゃんと聞いてないということに愕然とします。
私も、もっと心を開いて話を聞けるようになりますように。
ありがとうございます。
P.S.
観音さまとして知られる観世音菩薩は、元々の意味からすると観自在菩薩が正しい、ということを何かで読んだ覚えがあります。
そういう名前で呼ぶのは、私は般若心経くらいしか不勉強のため知りませんが。
なぜ、それが観音様になったのか、は興味深いと感じています。