はじめまして。心理学教育を広める活動をしているfukuyoshiと申します。
どうして、夢を叶えたいのでしょうか?どうして、成功したいのでしょうか?
どうして、お金持ちになりたいのでしょうか?どうして、自由になりたいのでしょうか?
どうして、人間関係を良くしたいのでしょうか?・・・etc
それは、幸せになりたいからではないでしょうか?
しかし、心理学の重要性に気づき、それを理解し、その知恵持っているならば、そのようなことでは悩みません。
世界中に、それに関する様々の本が出ていますが、私自身が、心理学の必要性に気づき、心理学教育(思考法)を習得するまで、全く気づきもしなかったのです。
この心理学的思考を習得すれば、人生がアイデアに満ち溢れ、バリエーションに富み、人生に豊かさをもたらします。
この心理学的思考法は、心理学教育による学習と訓練で、誰もが習得できます。
これが、Aha!(アハ)体験をもらたし、無制限の気づきを得るのです。
私は、このブログとこれに関連するHPについて、次の3つを心理学教育(心理学的思考法)についての本質の言葉としたいと思います。それは、”セレンディップの3人の王子の話”、”ヘレンケラーの話”、ゲシュタルト療法を提唱したフレデリック・S・パールズ氏の話”を挙げたいと思います。
※長文なので、フリースペースに書いております。
私は、心理学は、とても有益だと思っています。しかし、現状は、社会や個人に上手く、適切に活用されていないと思ってます。私が、心理学と社会(個人)との架け橋となり、それを少しでも改善できればと考えいます。
そして、この心理学教育による学習と訓練で、ひとりでも多く方が心理学的思考法を活かし、人生に豊かさをもたらす気づきのお手伝いができればと考えています。
この間、ある不動産の社長と話しをしてて、こんな話しになりました。
それは、投資物件を買う時に、なんだかんだ言って、結局買わない人がいるというのです。
だから、買う人と買わない人は、話をすれば、だいたい分かると言うのです。
私は、それを聞いて、そうだろうと思ったのです。
なぜなら、このブログでも何度も書いていると思うのですが、人間に、もし問題があるとすれば、それは、意識できる意識にはないからです。
例えば、たばこが体に悪いことがわかっている。つまり意識できている。
そして、体に悪いことが嫌と思う。これも意識できている。それなら、たばこを止めることが簡単にできるはずです。
だから、それが、できないということが問題なわけです。
つまり、意識していない意識の目的に、本当の問題が潜んでいるわけですから。
しかし、自分自身で、意識していない意識の目的を変えることは、とても困難です。
私はお勧めしていません。
なぜなら、それを意識できないから無意識なのですから。
※認知的無意識のことです。
この無意識的なことは、自分自身では、よくわからないくても、他人からは、よくわかるもので、癖は、他人の方が良く知っているものですから(笑
これが、自分のことは自分が一番わかっているようで、わかっていないという
意味です。
先ほどの不動産の社長の話しのように、人の認知的無意識がわかるのです。
このケースでは、知らず知らずのうちに、失敗をしたくない、損をしたくないと思い、避けているのでしょう。
では、どうすればいいのか?
それは、意識して思考し、目的を設定して、行動することが重要となるのです。
その訓練をすれば、従来の目的を変えることができるのです。
それでも、厳しい場合は、例えば、計画という、意識化するために必要なツールもいるでしょう。
つまり、意識的に思考した計画をもとに、行動をするのです。
イチローは、おそらく、意識してこれを毎日繰り返し(これが訓練)、それがいつしか意識的にしていたことが、認知的無意識になったと思っています。
普通に行動すれば、自分の意識していない意識の目的に、知らず知らずのうちに、引き寄せられてしまうものなのです。
これが、今の自分らしさです。
もし、嫌と思うならば、いつでも変更は、可能なのです。
今日は、経理です。
明日、税理士に送る資料を作成中です。
子供が期末テストの勉強中
家に引きこもっています(笑
このブログは、心理学の必要性と心理学的思考を身につけることで、アイデアとバリエーションが豊富になり、
日常生活、ビジネスに活かすことができ、人生が豊かになる。という考えを提供している。と私は思っているつもりですが(笑
やはり、多くの方に伝たわる努力が必要だとは思っています。
最近、あれもこれもやりすぎているような。発想がどうにもとまらない(笑
少し、あれもこれも仕事が多すぎることを考えないといけないと思っています。
ブログ記事:過去と他人は変えれない?という魔法 その1 の続きです。
過去が変えれる????
大阪弁で言えば、
おっさん!何ぬかしとんねん!って思うかもしれません。
このおっさん、心理学を勉強したんか??って(笑
では、過去について、重要な考え方を2つ書きます。
1つ目は、
人間は、事実を純粋に体験をすることはできない。その人の意味づけというフィルターを通した体験をする。という意味であって、過去の事実が変わるという意味ではありません。
しかし、これが重要だと思うのです。
①純粋な体験が経験できないのです。
※限りなく純粋な体験を感じることを瞑想だと考えていますが、ここでは説明は省略します。
つまり、過去の体験は、私の体験であって、あなたの体験ではないのです。
人間は、同じ時間に、同じ場所に、同じ体験をしても、そこでの出来事は、人それぞれ違うということです。
残念ながら、恋人も違うことを見て、違うことを感じ、違うことを思ったかもしれません。
2つ目は、その過去が、なぜ?存在するのか?です。
過ぎ去ったことが、なぜ、今ここに存在するのか?
ご丁寧な方は、未来にまで、お土産として持って行かれる方もいます。
それは、私自身です。
残念ながら、もっとも付き合いの古い友人が、自分の過去なのかもしれません。
厳密には、私自身の中の”記憶”というものが、お連れになるようです。(笑
しかし、
②人間の記憶は、忘れたり、変えたり、自由自在なのです。柔軟なのです。
大阪弁で言えば、
何ぬかしとんねん!われ!。あほちゃうか?って思うかもしれません。
誰が自由自在にしているのか?それは、私自身であり、人間の特性なのです。
つまり、記憶が柔軟なことに意味があり、
私たちの記憶は、生きる、生存するために適用したものだからです。
※ここでは、長くなるので、詳しい説明は省略しますが、事実を記憶して、忘れないというものであれば、記憶を応用できなくなるからです。
※歴史家が、原爆などの過去の悲惨な出来事を繰り返し言い続けるのは、事実が変わることを恐れてです。
年月をかければ、人間のフィルターを通されたものは、簡単に事実が変わるからです。
例えば、100ぴきの猿という話があるのですが、これも事実は、嘘なのですが、伝わり、広まったことが、人間にとって事実となるのです。
これを心理学では、”事実効果の幻想”といいます。マーケティングでは、よく利用されているので、賢い消費者になることも大事だと思います。詳細は省略します。
有名な心理学者も、嘘の記憶を本当だと思いこむことがある経験をしているようです。
こんな皮肉を言ってます。『記憶が生んだ記憶かもしれないが、真実ではない。』
一度取り込まれた記憶は、繰り返し、思い出し、忘れない記憶となる。しかし、これが嘘だったらどうだろうか?
私たちは、心理学でいう”記憶の改変”いうものをしているのです。
私にもこんな記憶があります。
私は、子供の頃、毎日、父親から神経質な異常な怒られ方をして、毎日泣いて、喧嘩がたえなかった。
私は、小学校の頃、先生から、怠け者と言われ、じめられていた。
私は、中学1年の頃、友達集団から無視され、いじめにあっていた。孤独な中学生活だった。
本当に、そうだったのか?意識して、そのことについて、思い出してみると、
毎日??だったのか?たまに?、どうだったのか?1回だけ??
いじめではなく、いじられキャラだったような???
どうでもいいか?(笑
もし、それが、自分にとって、大切でもないものなら過ぎ去ったことを、大切にして、今ここまで、そして未来にまで、持っていく必要があるのだろうか?
今、覚えておきたい大切なことが目の前にあるのではないだろうか?
私はそう思うのです。
いつまで、そんなん言っとんねん!。あほちゃうか?って思うのです。
※良い、悪い、正しい、間違っているというものではありません。
次回続きを書きます。