人生を幸せに変える『気づきの思考法』 アドラー心理学にみる人の真実

仕事、恋愛、結婚、人間関係。
人生がうまく行かない。変わりたい。

自らが演じる自己欺瞞に気づき、今の人生を変えたいと思う人は、アドラー心理学をベースにした『気づきの思考法』を学んでください。
必ず変われます。


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ご訪問いただき、ありがとうございます。

 

心理コンサルタントの福場です。

 

さて、気づきの思考法及び、アドラー心理学を広めるための活動として、白瀧と相談し、もう一つ新たにブログを作成することになりました。

 

今その準備中です。

 

わたしは、ここでの記事の2回目(3回を予定していますが、未定です)です。

 

人の心理、心理学について、わたしが今までにわかったことを書きたいと思います。

 

白瀧は、引き続きこのブログを管理します。

 

 

最近、会話の中で、ふとアドラー心理学の話題をすると、アドラー心理学を知っているという方が、多いことにとても嬉しく思っています。

 

しかし、アドラー心理学をどのように理解しているかは、まちまちであるようには思っています。

 

シンプルが故に、とても難しい心理学なのです。

 

 

わたしはわたしの眼の前におこる(認知している)あまり嬉しくない様々な出来事は、わたし自身に問題があるからだと思い、心理学を教えてくれる学校に行ったことが、アドラー心理学との出会いのきっかけでした。

 

アドラー心理学は、わたしが知り、学びをしてきた心理学とは、まったくことなる理論だったこともあって、理解することに苦労もしました。

 

わたしの眼の前におこる(わたしが主体となって認識している)あまり嬉しくない様々な出来事は、わたし自身に問題があるからだと書きましたが、※あまり嬉しくない出来事とは、夫婦間の不和、家族の不和、職場での不和等々による出来事です。

 

これが、アドラー心理学により解決すると思っていたことが、間違っていたことに気づくのにわたしは何年もかかりました。

 

自分自身がよりよく変わることは、他の誰のためでもないのです。

自分自身のためなのです。

 

他の誰もが他人から変えられるわけもなく、他者が他者を変える権利などないのです。

 

つまり、他者の責任は他者が引き受けることであって、わたしはわたしの責任を引き受けることしかできないということです。

 

いい意味で他人に期待しないということですが、正確にいえば、無になること。

 

つまり、他の人のことをまるごと引き受け、認めることなのです。

 

 

うちの息子は、わりとひどいアトピーです。

 

治療をしていますが、なかなか治りません。

 

食事も管理しているので、マクドナルドやコンビニにはいきません。

 

なるべく無添加の油のないものを食べ、精進料理のようなものを食べ、生活しています。

 

病院の先生に言われたからって、そんなに過度に食事制限をしなくてもと思った時期もありました。(食物アレルギーでなくても、アトピーは現代人の悪い食事が一因にだという先生が大半でした。他の有名な病院でも食事制限を言われてます。)

 

 

しかし、本人は、治りたい一心で、やっているのです。

 

こんな食生活が一生続くなら、生きている意味がないと言うこともあります。

 

 

入学したころは、フットサルのサークルに入ったり、食べ歩きのサークルにも入っていたようですが、今は、人とあまり会いたくないと言って、外出することは少ないです。

 

大学からまっすぐに帰宅することが多く、部屋で映画を観たり、勉強していることが多いようです。

 

 

大学1年生、サークル活動やバーベキューをしたり、お酒を飲みに行ったり、したいのは

 

当り前だと、かわいそうだと思っているなら、

 

若いのに、もったいない。せっかく誘ってもらったのに。

 

そんな暗い性格だからと感じるなら、

 

親は、口うるさくなったり、うっとうしい顔をしたりと相手を変えようとします。

心理学を勉強していない親にやりがちな方法です。

 

しかし、心理学を勉強していても、アドラー心理学を勉強していても

 

やってしまいがちなのが、いい親を演じ、助言だったり、話を聴いているようで、意見を押し付けてしまう諸々の行為をしてしまうのです。

 

やり方が違うだけで、つまり相手を変えようとするのです。

 

相手が、そういっているなら、そうなのか、と受け止め、それを理解し聴くだけということができない。

今していることに関心を向けて、聴いて、話をしない。

 

他者を変えるために自分自身を変えるというなら、

自分自身を変えても他者は何も変わらないということに気づくことが大事だと

思うのです。

 

 

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

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心理コンサルタントの白瀧です。

 

さて、精神科医のヴィクトール・エミール・フランクルによれば、私たち人間が実現できる価値には、次の3つがあると言います。

 

それは、『創造価値』、『体験価値』、そして『態度価値』です。

 

創造価値とは、人間が行動したり何かを作ったりすることで実現される価値のことを指します。

 

たとえば、仕事をしたり、何か芸術的な作品を創作したりすることがこれに当たります。

 

次に、体験価値とは、人間が何かを体験することで実現される価値のことを指します。

 

これは、芸術を鑑賞したり、自然の美しさを体験したり、人を愛したりすることで実現される価値です。

 

そして、最後の態度価値とは、人間が運命を受け止める態度によって実現される価値のことを指します。

 

つまり、病や貧困やその他様々な苦痛の前で活動の自由(創造価値)を奪われ、楽しみ(体験価値)が奪われたとしても、その運命を受け止める態度を決める自由が、人間にまだ残されているのだ、というわけです。

 

要するに、人は、息を引き取るその瞬間まで、人生の価値を実現することができるということなのです。

 

彼は、第二次世界大戦時、家族とともに強制収容所に入れられ、父や母、そして妻を失いました。

 

しかし、そのような極限の状況の中で暮らす人の中にも、人間らしい尊厳のある態度を取り続けた人がいたことを体験したことから、彼は、生きる意味や人生の価値を人生の苦境の中にこそ見出そうとした人と言えるかもしれません。

 

彼は、言います。

 

私たちが「生きる意味があるか」と問うのは、はじめから誤っているのです。

 

つまり、私たちは、生きる意味を問うてはならないのです。

 

人生こそが問いを出し私たちに問いを提起しているからです。

 

私たちは問われている存在なのです。

 

私たちは、人生がたえずそのときそのときに出す問い、「人生の問い」に答えなければならない、答を出さなければならない存在なのです。

 

生きること自体、問われていることにほかなりません。

 

私たちが生きていくことは答えることにほかなりません。

 

そしてそれは、生きていることに責任を担うことです。

 

そして、彼は、言います。

 

たとえ、どのような困難に見舞われたしても、あるいはどのような苦境に立たされたとしても、

 

それでも人生にイエスと言う。

 

(説明は、Wikipediaから抜粋)

 

【参考文献】

 

夜と霧 新版夜と霧 新版
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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

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心理コンサルタントの白瀧です。

 

さて、昨日のコメントにもありましたが、日本では、幼いころから、協力するということをあまり学ぶことがありません。

 

家庭では、親が子どもに言うことを聞かせるために支配的となり、子どもは、その親の支配に反抗するように育ちます。

 

または、親が子どもの言動に振り回されているか、そのどちらかの場合が多いのではないでしょうか。

 

何ごとにも協力的な家族というのは、少ないように思います。

 

そして、子どもが教えられることと言えば、

 

一人でやれ」、

 

競争に勝て

 

ということです。

 

そのために、子どもは、何でも一人でやることが自立することだという間違った認識を持ち、他人に協力を求めることは依存することだと勘違いしてしまいます。

 

これに対して、学校で学ぶ協力とは常に、何かの競争に勝つための協力であり、困難に直面した人に対して協力することではありません。

 

それどころか、弱音を吐くことは人間が弱いからだ、という意味不明なことを言い出したりします。

 

その結果、多くの人たちが、何でも一人で抱え込むようになり、その苦しみから抜け出せなくなっています。

 

また、協力することを学んでいないために、人から協力を求められても、うまく協力することができずに拒んだり、あるいはいらないお節介になったりしてしまいます。

 

そして、多くの人たちが、協力したときには見返りがあるものだという思い違いをしています。

 

一方で、世間では未だに、競争に勝つことが良いことだとされていますが、その先にあるのは結局は、妬みと嫉みばかりです。

 

競争に勝った者が賞賛されるのは、大抵は最初だけで、やがては足を引っ張る者が必ず現れ、その人間が失敗するのを今か今かと待っています。

 

つまり、競争に勝った者が、世間の人に心から受け入れられることはなく、やがてその人に待っているのは大いなる孤独感です。

 

世間の人に心から受け入れられるのは、常に、社会に貢献した人であり、他者に貢献した人なのです。

 

最近、「ポケモンGO」というアプリが海外で話題になっており、日本でも今日から配信される予定のようです。

 

しかし、海外では、アプリに夢中になった人たちが、歩行者に迷惑を掛けたり、あるいは怪我をしたりと、そんなことがニュースで取り上げられています。

 

ゲームというのは常に、自分本位に楽しむものであったり、競争に勝つものであったりします。

 

私は、「ポケモンGO」がどういうものは詳しくは知りませんが、

 

たとえば、歩行者に迷惑を掛けなかったり、人ごみの多いところではゲームを中断したりした人には何がしかのメリットがあるとか、

 

そういう他者と協力するという発想が製作者側にあってもいいのではないかと思います。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

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