2005-11-19 09:03:25

ふと考えてみた。

テーマ:自分史

こんにちは。かんかんです。



なんと、今日は午前中に2本目の更新です。(笑)



ふと、自分のことを考えてみたのですが、

ぼくの人生ってかなりふらふらしていたことに気がつきました!



なぜって?



今回はじめて、自分の「やりたい!」という意思で、

自分の仕事を決めているからなんです。(笑)



ま、すべての意思決定は自分でしているといってしまえばそうなのですが・・・



まず、最初の就職は、学習塾の室長です。

ぼくがアルバイト講師時代に、

尊敬できる室長(ほんの3ヶ月くらいのお付き合いでしたが。)に、


「お前、うちの会社来ないか?」


って言われたのが縁で

卒業時に面接を受け、内部リクルートというのもあり、

あれよ、あれよという間に内定が決まってしまいました。

だから、ぼくは、新卒のときに、採用面接ってそこしか受けていないのですね。(笑)


正直、周りのみんなが就職活動に必死になっていることに、

疑問を感じていました(笑)



そして、その後は、今の会社になりますが、薬屋さんです。

これは、ぼくが薬学部出身だということ、

一度は、この世界に入ってみようって思ったこと、

という理由でアルバイトとして入社、

その後、正式に、社員として採用させてくれないかということと、

資格を持っているということで、役員として採用。



そして、今にいたります。



だから、こう考えてみると、自分の「やりたい!」という意思で

仕事を選ぶのは初めてだなーって思うのです。


では、今までやらなかったことに後悔しているのか?というと、

実はそうではありません。



なぜなら、ほんとうにこの2つの会社には

いろいろな経験をさせていただきましたから~。



採用、人材教育、財務、総務的な仕事、事務、営業、

販売企画、経営戦略、運営的な仕事などなど・・・



よく、自分でもこなしていたなーと、

感慨深いものがあります。(笑)



そして、何よりも思うのは、

ぼくが昔と比べてここまで成長できたのは、

この2つの会社でいろいろな壁にぶつかってきたからだと思うのです。


ほんとうにつらいことがたくさんありました。


特に、前職の学習塾時代には、

教室中の誰一人にも理解されない時期がありました。

改革時期みたいのがあったのですが、本当につらかった。

たとえば、みんなで忘年会しようっていう話で盛り上がっているのに、

ぼくだけ誘ってもらえないんですよ。

で、ぼくのいるブースと、講師室とがちょっと離れているのですが、


「どうする?」


という声が小声で聞こえるのですね。

つまり、ぼくを誘おうかどうしようかっていうのが聞こえてくるのです。


「お前ら、聞こえてるっちゅうの!」


って、思いながらも、さびしかったですね。



ある講師には、そんな状況にいる僕を見て、


「室長って、強いですよね」


な~んて言われたりもしました。

ま、彼らの行動に対し意に介さないという態度をとっていましたからー。(笑)


こーんな経験をしてるぼくは自分で言うのもなんですが、

かなり打たれ強いですよー(笑)




さて、話がちょっと脱線しましたが、

何が言いたかったかというと、



人生とは、訪れるタイミングが必ずあり、

そして、それは偶然ではなく、必然だ



ということなんですね。

たとえ、今日いやなことがあっても、

明日にはいいことがあるのかもしれない。

また、何かいやなことは、さきのいいことにつながっているかもしれない

ということなのですね。



友達と価値観の相違で喧嘩したことって誰にでもありますよね。


友達でも価値観が一緒って言うことはないですし、

それが相容れないときって必ずありますもんね。

でも、その先の仲直りしたあとの人生って、

たぶん喧嘩した前よりも仲がいいですよね!



こんなふうに、すべての出来事は何かいいことにつながっているのだと思います。



ふと、自分を振り返ってみると、そんな感じがしました。




これを最近オススメの



犬飼 ターボ
チャンス―成功者がくれた運命の鍵


的に言うと、



~どんなことが起きようともすべては順調に進んでいる~



ということでしょうか。


もし、何か自分にいやなことが起こっていたとしたら、

ぜひ、そこから自分は何を得ることができるのだろう、

というのをとことん考えてみてほしいと思います。



ジェームススキナー氏はこう言ってました。


「失敗はない。

 あるのは、成功か学びだけだ」


失敗してもそこから何かを学べば、

きっと最終的に成功につながっている、

ほんとそのとおりですよね。



もし、なんかいやなことがあっても、

そこから何かを学ぶという姿勢が大事ですよね♪



いい出来事だけでなく、悪い出来事にも、

感謝の気持ちを持って接してみてはどうでしょうか?




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2005-09-16 10:06:39

赤裸々な人生・第一部(笑)

テーマ:自分史

こんにちは。

かんかんです。



さて、今日はちょっと自分の話をしようと思います。


実は、本日より、お休みをいただいて、

日曜日まで3連休です。

土曜日、日曜日は予定があるので、

金曜日の今日を使って自分の棚卸というものをしております。

細かい棚卸はみなさんやられているかと思いますが、

おおがかりなものは、なかなかできないですよね。

これは、ぼくの持論でしかないのですが、

年に2,3回はこのようなおおがかりな棚卸をしたほうがいいと思います。



さて、そのひとつにせっかく棚卸をするんなら、

過去はオープンがぼくの頭の中にはつねにありますから、

それを棚卸をしながら、ブログに書こうと思いました。

ちょっと長いのですが、今日のブログは棚卸が第一の目的にありますので、

できる限りおもしろおかしくは書くつもりですが、

読みつかれたら、やめたほうがカラダのためです。(笑)




①小学校時代


小学校低学年のことはほとんど覚えていません。(笑)

しかし、ひとつだけ覚えているのは(ひとつかい!笑)、

PTAの集まりに母親と出席したときのことです。

PTAの集まりなんて、小学生にしてはつまらないので、

ぼくは本を読んでいたのです。

その集まりの中で、ぼくの話題に触れられたそうなんですね。

あるお母さんが、うちの母に向かって

「すごく集中して本を読んでいるんですね」

って、言ったそうです。

そこから、なんの本を読んでいるのか?という話題になり、

いろいろな方がぼくにいろいろな質問をしたらしいのですが、

ぼくは本に集中していて、その話が耳に入っていなかったんですね。


そして、PTAが終わってから、その話をされて、

まるで、飲んで記憶をなくしたときのように、

なーんも覚えていない自分にびっくりしました(笑)


これが唯一覚えている小学校低学年時代のことです。


小学校高学年に入ると、ぼくは塾に通い始めます。

週に6日間塾に通い、日曜日は、知っている方もいるかもしれませんが、

四谷大塚のテストを受けていました。

おそらく人生の中で一番ハードワーカーだった時代だと思います(笑)

金曜日をのぞき、学校から帰ると塾のしたくをして、即、塾に向かっていました。

よく考えると、そんな生活がよく3年も続いたなーって思います。

小学校5年生までは、結構優秀でした。(早稲田中学校判定Aなど)

しかし、小学校6年生で「ゲームセンター」の存在を覚えたんですね。

それまでゲームなどあまりしたことのなかった僕は、

そりゃー楽しくて楽しくて、バス代をごまかしたり、

親父の貯金箱からお金をちょろまかしては(笑)、毎日のように通っていました。


当然、中学校受験は失敗です。

まあ、受けたところが、学芸大竹早(抽選落ち)、巣鴨、早稲田、市川、芝中(2次募)と、

そうそうたるメンバーでしたから、

まあいうなれば、リトルリーグが、メジャーリーグに挑むような感じでしたね。(笑)



②中学校時代


中学校受験失敗組は、当然頭がひとつもふたつも飛びぬけています。

中学校1年生の1学期の中間テストの成績は500点中480点でした。(いやみっしょ。笑)

しかし、100点はひとつもありませんでした。(さらにいやみ。笑)


まあ、そんな感じのスタートだったので、

そこから先の成績は当然・・・・落ちる一方でした。

中学校1年生のときは、ほとんどが4か5だった成績が、

中学校2年生の時には3が多く、4がぱらぱらみたいな感じになっていました。

まあ、ようはおさぼり君になったのですね。


しかし、ここからはかなりいやみになります。(笑)

当時ぼくは数学が大好きでしたが、中学校2年生の学年末で、

初めて76点という至上最悪の点数をとったのです。

それでもクラスでは1位だったのですが、

学年の中に、96点をとった人がいたのです。

で、これを聞いたぼくはめらめらと闘志が燃え滾った(もえたぎった。難しい字ですね。笑)のですね!

中学2年~3年の間の春休みに、1学期分の数学の教科書を独学で勉強しました。

そして、3年生1学期の中間、期末テストとも、数学は100点でした。

さらに、学力テストという偏差値がでるテストがあるのですが、これも100点でした。(いやみっしょ。笑)

まあ、ほかの教科はあいかわらずだったので、いわゆる数学バカだったのですね。

2学期は中間テストが100点、期末テストが95点でした。

あとで聞いた話ですが、この5点分の問題は、ぼくに解かれないように用意した問題だったらしく、

学年では一人も解ける人はいませんでした。(そんな問題、私的な理由で作るなー!)


まあ、中学時代は成績もそこそこよく、何回か表彰されたりもしていましたが、

この時期に少しだけいじめにあうんですね。

まあ、今考えると、成績のいい、ちょっと気の弱い(!?)やつがいれば、

だれだっていじめたくはなりますよね。。。

まあ、ほんのちょっとですがあの経験は貴重でした。



③高校時代


高校時代は一転して勉強はまったくできませんでした。

というより、飽きちゃったんですね、覚える、記憶する勉強に。

数学も、高2に入ると、公式など覚えることが多く、

もともと、記憶脳より思考脳のぼくは、ほんとうに勉強は人並みでした。


推薦で大学に入った僕ですが、けっこういろいろなことをやらかしています。(笑)


1、生活指導の先生無視事件


うちの学校は私立(芝浦○大高校)だったのもあり、

規則には一応厳しかった。

そんな学園生活を送ってた3年生のある日、

ズボンの中にシャツをいれずに(こんなのも校則にあったのよ)、登校してしまった。

するとそこに運悪く生徒指導の先生が・・・


先生「おい、お前、なんだそのだらしないかっこうは!」

ぼく「あ、すいません」

先生「すいませんじゃねえ!今から家に帰ってもう一回出直して来い」


ここで、ぼくはかちんときて


「いやです!」


こんな些細なことでなんで家まで帰らなあかんのよ?

って思って、よりによって生徒指導の先生にたてついて、

なかば無視するかのように強引に教室に向かいました。

あとで担任にきつーくしかられたのは言うまでもありません。


2、教頭先生授業ボイコット事件


高校3年生のある日、数学担当の先生が具合が悪いということで、

授業が自習になりました。

受験組みにいたぼくらは、受験勉強ができるということで、

自習の時間を有意義に使おうと思っていたら、

教頭先生が入ってきていきなり授業を始めたのです。


それも、

「これは、大学に入ったら必ず使う内容だから、

 今のうちからしっかり勉強しておくといい」

と言ってはじめたのです(大学では結局使いませんでした。笑)


最初の5分くらいはおとなしくしていましたが、

元来、無駄なことをしたくない僕は、

いきなりすたすたと立ち上がり、思いっきり・・・・




長いので今日はこの辺にしますか・・?(笑)



書いていて疲れてしまったので、また明日。ヽ(^o^)丿



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2005-08-11 00:44:09

ネガティブを加速させる人

テーマ:自分史

こんにちは。かんかんです。


ちょっと1日またいじゃいました。

忙しかったもので、すいません。



前回のブログで、ぼくのネガティブ感を加速した人が現れた

というところまで話したと思いますが、

この人との出会いはほんと最悪でした。

おそらく人生でもっとも・・・。

今でもこんな言葉を発するほどなので、よほど嫌なんだと思います。

(もちろんその人から反面教師的に学んだ事はありますが。)



その人とは、ちょうどうちがマネージャー制からブロック制に初めて変わったときの、

うちのエリアのブロック長でした。

30代半ばのかなり太目のおばちゃんでした。

外見で言うと、森公美子みたいな感じのおばちゃんです。


彼女、実はかなり営業的には実力はあるのです。

まあ、ブロック長になるくらいだから当然なのですが、

ことマネジメント能力に関しては最悪です。


当時のぼくはただでさえネガティブ思考が強かったので、

ほんと標的にされ続けました。


要は彼女は、周りにはすごくいい顔をし、

誰かを標的に持ち上げる事で自分のストレスを解消する、

そんな性悪女なのですね。

もちろん成績は残しているので、周りの人も何も言わない(いえない)のですが、

ほんと相手するのも疲れました。


まず初めに彼女がやったことは何か?

それは、うちの講師とラポール関係を作ることでした。

(それも一応立場上は他教室の室長にもかかわらずです。)

ただでさえ僕と講師はいろいろなことがあった上に、

外面のいい彼女はすぐに講師とラポールを気づきます。


そして、そこから先、講師たちの考えは僕を通さずに彼女に伝わるようになったのです。

当然ぼくは教室では孤立する一方。

それに輪をかけて、陰であいつは使えないだの、

あいつに話してもムダだから私に話しなというような話もする彼女。

もうこの辺で最悪ですよね。


当然限界になってきます。

しかし、ネガティブな僕は彼女に訴える事も、

彼女の直属の上司にそういう状況であることもいえません。

さらに、

「もしここで彼女のことを上の人に言っても、

 彼女はきっとうまく立ち回るに違いない」

というまあ、ネガティブな人にありがちな理由付けをしていたのですね。



実は、ぼくにはその教室に配属されたときに2つの目標がありました。

1つ目は、いい雰囲気の教室作り。

そして、2つ目は生徒数200人(配属時108人)。

これを達成したら、そこから先の人生を考えようと思っていました。



さて、こんなネガティブな状況でもぼくは自分の気持ちを押し殺す事で、

ふんばってがんばっていたんです。

こんな状況だと信じられないかもしれませんが、

いろいろな営業成績リストがある中で、

うちの教室は、募集期(2~5月。一番忙しい時期ね。)

生徒問い合わせ数ダントツNo.1だったのです。

(おそらく2位に2倍くらいの差をつけていました)

つまり、問い合わせが多いと言う事は、

それだけ教室がいい教室だと言う事なのです。


しかし、これから給料があがるというこの募集期終了の5月に

ぼくは退職をすることになったのです。



何があったのか?


これを次回にすると寝れなくなっちゃう人がいるので(笑)、

言っちゃいます(≧▽≦)




まず、もう生徒数200名は見えていました。

辞めたとき(5月時)は181名で、夏期講習でだいたい30人くらいは増えるので、

もう夏には200名に行くと確信していました。


しかし、状況が状況だったので、辞めるか続けるかで迷ってたときに、

辞めるってきっかけになった彼女からの言葉があったのです。



「○○ってさー、教室運営とか何もやっていないのに、

 よくこんなに問い合わせ来るよね。」


この言葉を聞いたとき、「もう辞める!」って決定しました。

今だから言える言葉なのかもしれませんが、

上に立つものは結果に対しては平等でなくてはいけないと思うのです。

ぼくが何もやっていない?はあ~?(魔邪風です。笑)

先ほども言ったようにいい教室だから問い合わせがいっぱい来るのです。

つまり、普通の上司であれば、褒めるところを、

思いっきりけなしたのです。



そして、このときぼくが考えたのは、

「結果を出しても、評価してもらえない会社なんだ」ということです。

もちろん、お金の面ではかなりの評価がもらえたでしょう。

しかし、評価とはお金だけじゃないですよね。


そのときぼくのプライドはずたぼろにされました。

今でもそのときのことを覚えています。

ネガティブだった僕は自分を押し殺し、成績を残すことだけが、

最終砦だったのです。


しかし、もう限界でした・・・。


いい教室作りは問い合わせ数が示している。

生徒数200人はもう手の届くところにある。


こう考えたぼくは募集期が終わると同時に辞める事を決意したのでした。

普通は表彰されるので、この時期に辞める事はありえません。

おそらく僕の場合でも、30万くらいのインセンティブはもらえたのではないかな?って思います。



でも、やっぱり限界だったのです・・・

(続)



すいません!

ほんとは今日で終わりの予定だったのですが、

また次回に続かせてください。

書いていたらかなり長くなってしまったので・・・






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2005-08-09 06:55:45

結果!

テーマ:自分史

かぎ




こんにちは。かんかんです。



昨日はたくさんのコメントありがとうございました!

結果発表で~すヽ(´▽`)/



結果は・・・


1、ゆずれないこと・・・2票

2、おすすめなこと・・・2票

3、昔の自分・・・4票

4、決め付け・・・0票


ということになりました!


そこで、昔の自分について書こうと思います。

僕にみなさんが興味を持っていてくれてほんとうにうれしいです(≧▽≦)

他の3つについてもいずれ書くと思いますので、

そのときまでお楽しみにぃー♪


まず・・・・


ぼくにお会いした事がある方のほとんどにあまり信じてもらえないのが、

昔、ネガティブだったということでしょうか・・・



それでは、ぼくの31年にわたる歴史の始まりです。



ぼくはいわゆる中学受験戦争に巻き込まれた小学校生活を送っていました。

なんとなくですが、小3の終わりに突然、

「塾に行く!」って宣言して、塾生活が始まりました。

小4~小6はほんと毎日のように塾に行っていました。

月曜から土曜までは学校から帰るとすぐにバスに乗って塾へ。

そして塾では10時くらいまで勉強。宿題もたくさん。

日曜日は四谷大塚のテストに・・・。

当然夏休みもほぼ毎日、それも朝から晩まで。

しかし、小6のときにゲームセンターという存在を覚え、成績は落ちる一方。笑

結局受けた中学はすべて落ちました。

(受けた中学:巣鴨、早稲田、学芸大竹早、市川、芝(2次)

 今考えると無謀だなー・・・)


中学校、高校生活はいわゆるおまじめ君でした。

そんなにひどいわけではないですが、いじめにもあいました。

この時期のぼくは人に何も言えない人間でした。

何か言われても言い返さないことで、自分を守っていました。

このときから、ネガティブの芽が生え始めたのかな?って思います。


大学は、楽しかったです!

なんか高校時代のもやもやしたのがはっちゃけた感じでした。

勉強が大好きだったので、大学に7年半通いました。(笑)

この大学生活で、大事な3人の親友に会いました。

おそらくは一生付き合っていく大事な親友です。

しかし、ネガティブな思考は変わりませんでした。

人をうらやましく思い、自分がそうでないことに悔しさを覚えてました。

家庭環境に納得いかず家出もしました。


大学を卒業してからの6年間、

この間にぼくはいろいろと経験をし、

大きく人間が変わりました。

人生のターニングポイントがたくさんあった気がします。


最初に就職したのは、大学時代アルバイトをしていた、

某学習塾です。(塾関係の方に名前を言うと、すげっ!って言われる個別指導塾です。笑)

ここで、僕のネガティブ思考が加速されます。

アルバイト時代は主任講師というのをやっていました。

それも、僕が中心となって運営をしていました。

その手法をやれば、絶対に教室運営はうまくいくという自信がありました。

しかし、それは営業担当者によって打ち砕かれました。

その方は、いわゆる営業に特化するために雇われた人でした。

しかし、初めてのことなので運営もやりたくなったのでしょう。

そして、新入社員という扱いやすい人種を使って、ぼくの教室を運営し始めたのです。

まだ、ラポール関係ができていない講師に、

ぼくの名をもとにして、いろいろな指示を出しました。

ぼくは1年でその教室の体制を作るつもりでした。

しかし、彼は3ヶ月でやると言いました。

そんなのできないことはぼくはアルバイト時代に知っていたので、

無理だといいましたが、彼は新入社員のぼくの言葉は聞きません。

そして予想される最悪な結果になったのです。

講師の不満の目はぼくに向けられました。

そして、3ヶ月もするとその人と僕の相性を考えた会社は、

営業担当をぼくの教室から外したのです。


しかし、もうその時点では遅かったのです。


そこからラポール関係を作るのにすごい時間がかかりました。

最後まで築けない講師もいました。

しかし、今考えると、それはただ単に

ぼくのネガティブ思考から生まれた言い訳に過ぎなかったのです。

もうこんなぐちゃぐちゃな状態からは何もできない、

営業担当がぐちゃぐちゃにした、

なんで講師はおれの思いをわかってくれないのか?

ということを毎日のように考えていました。



さて、ちょっと長くなってしまったので、

この続きはまた明日。


このあと、ある人との出会いで、ぼくのネガティブ感は

さらに加速されていきます。

そして、あることを転機に今の超ポジティブ感が生まれてきます。

まるで、幼虫がさなぎを経て蝶になるように・・・。



お楽しみにぃ~♪




それにしても、郵政民営化・・・

否決ですか・・・


国民にとって郵貯に対する不安の増大(lose)

反対派にとって納得のいかない解散(lose)

賛成派にとって納得いかない否決(lose)


これって、lose-lose-loseの関係ですね。

確かに、法案を決めるときは賛成、反対は致し方ないことですが、

なんかwin-winの形にしようとか思えないのだろうか・・・。



ぼくの私見でしかないのだが、

日本の将来を考えた場合当然賛成をしなくてはいけないと思う。

もっと議論をという議員さんもいますが、

win-winを考えられない人たちの集まりの中で、

すべての議員が納得できる議論はあれだけの人数がいたら

ありえないと思う。

何が正しいのかを考えてほしい。



今まで選挙に行ったことはなかったのですが(←非国民(≧▽≦))、

今回は一国民としてしっかりと選挙に行こうと思います。


みなさんも選挙に行きましょうー。

新聞とかニュースとかを見れない人は、

ぼくのブログにこまごま書きますので、

ぜひ見て、選挙に行きましょうー♪



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